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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
二章
18/156

落ちていく重圧

 俺の修行は空気抵抗を有する自由落下から始まった。

 俺もまさか上空1000mから落とされるとは思いもしなかったわけで、現在全力で悲鳴を上げている。


「あああああああああ!!!」


 高層ビルなんて比にならない高さである。地面が遠すぎる。


 俺をこんな状況に陥れたのはもちろんあの人。溜息さんだ。

 溜息さんは余裕の表情で俺の隣を落下している。

 

 完っっ全に油断していた。


 ここ二日間、俺はあまり睡眠を取れていなかったのだ。

 それでここに来て、疲れが溜まった俺の隙を睡魔が襲った。

 目的地が眼前だというのに。


 いつしか俺はうとうとし始め、気づけば夢の中。

 そして謎の落下感に気づいて目を覚ますと、俺は空中遊泳……スカイダイブしていたのだ。


 もちろんびっくりしたよ。思わず漏らしそうになったくらいにはな。

 むしろこれに驚くなという方が無理がある。

 目を覚ますとスカイダイブをしていた、なんて経験をしたことのある奴は恐らく俺だけだろう。


 前の任務の件で”落下”が少しトラウマ化していた俺にこの仕打ち。

 とっくに気づいていたが、やはり溜息さんはとんでもない人だった。



 というかもう地面が近づいてきているじゃないか。

 ……まあ、さすがに着地は溜息さんが何とかしてくれるだろう。

 俺に着地の手段はないわけだし、何とかしてくれないと死ぬ。

 そんな期待を抱いて溜息さんの方を向くと、溜息さんは口を開いた。

 その口から飛び出た言葉に俺は驚愕せざるを得なかった。


 俺でないと聞こえないくらい小さな声で、こう言ったのだ。

 着地は自分でなんとかしろ、と。


「嘘でしょ溜息さん!?」


「受け身になるな。行動しろ」


 空中でどんな行動をしろっていうんだ。受け身もクソもない。


 くそ……! どうしたらいい!

 どうしようもないだろ!


 俺に着地の衝撃を緩和する手段はない。

 この高さなら確実に叩きつけられてお陀仏だ。


 考えろ。

 いくら溜息さんも不可能なことを要求するとは思えない。

 なにか打開策があるはずなんだ。


 だめだ。もう地上が近づいてきている。

 何も思いつかない。


「無理ですよ! 助けてください!!」 


 俺は音の増幅をして叫ぶ。

 状況的にこうしないと溜息さんに声が届かないのだ。

 溜息さんの声は小さくても聞き取れるが、溜息さんは俺のように音を聞き分けられるわけではない。


「はぁ……。甘えるな」


 なんなんだよこの人!

 いや、こうなったら……。

 もうこうするしかない!


「失礼します!!」


 俺は手を伸ばして溜息さんの手首を掴むと、そのままその体を引き寄せる。そして溜息さんに思いっきり抱きついた。


 俺とは違い、溜息さんには着地の手段があるはずだ。

 こうして抱きつけば、溜息さんは俺と一緒に着地することを余儀なくされる。

 つまり俺ごと着地するしかなくなるのだ。


 無理やり引き離されたら終わりだけど、そうならないためにも溜息さんをキツく抱きしめる。


「……!」


 こんなことを考えている場合ではないのだが、溜息さんからはすごくいい匂いがした。

 それに結構細い体をしている。にもかかわらず、ふくよかな双丘はしっかりと存在を強調しているではないか。


 溜息さんの体に正面から抱きついている俺は、自然とその双丘に顔面を埋めることになった。

 溜息さんが膝でも繰り出せば、即ノックダウンな態勢である。


「ごめんなさい! わざとじゃないんです! 不可抗力なんです! 不可抗力なんです!」


 俺は溜息さんの胸に顔を埋めながら声を上げる。


「やめろ、喋るな。くすぐったい」


 俺はひたすら振り払われないように祈った。


 目を瞑る。

 もうすぐ地面だ。


 暗黒の落下感。

 しかし、唐突にそれは終わりを告げた。

 フワッと、体が妙な浮遊感に包まれたのだ。


 目を開くと、先程までぐんぐんと近づいてきた地上は止まっていた。

 辺りはすでに高い木で囲まれており、匂い、空気が違っている。


「着いたぞ」


 溜息さんがそう言うと、謎の浮遊感は消えて、俺達は着地した。

 今のは溜息さんの能力だろう。

 確か溜息さんは重力操作系の能力者。重力を操れるならあんなことも可能だろう。


 というより、俺の回避法は及第点だったらしい。溜息さんにしがみつく以外にあの状況を切り抜ける方法があったかはさておき。


「いつまでくっついてるんだ。離れろ」


 そう言われて、俺は慌てて溜息さんから離れた。


「すいません……!」



 俺の謝罪には興味がないらしい溜息さんは、なぜか空を見上げながらウロウロしていた。


 何事かと思って俺も空を見上げると、木々葉の隙間から見える空に、小さな点が見えた。

 その点は徐々に大きくなっていく。


 風切り音。

 何かが落下してきている。


 その落下物はものすごいスピードで落下を続け、やがて溜息さんの手に吸い込まれるように落ちた。

 あのスピードで落ちてきたのに衝撃も何もない。


 落ちてきたのは大きなリュック。ヘリに積んでいた溜息さんの荷物だ。


 そういえば俺の荷物とかは一切ないんだよな。拉致られたみたいなもんだから仕方ないけど。


 外界との通信を断つとか言って携帯端末すら没収されてるし。

 おかげでロールにメールの一つも送れない。これは中々に面倒な事態だ。

 ロールに一通だけでいいから謝罪のメールを送らせてほしい。


「とりあえず湖の近くにあるキャンプハウスに向かう」


 キャッチした大きなリュックを俺に差し出して溜息さんは言った。

 持つのが面倒なんだろう。


 てかキャンプハウスなんてあるのか。

 野宿とかさせられるのだと思っていたけど、そんなことはなくて安心した。


「わかりました」


 俺はリュックを受け取る。

 溜息さんが軽そうに持ってたリュックは尋常じゃない重さだったが、俺はなんとかそれを背負う。そしてすでに歩き始めていた溜息さんの後を追いかけた。


 樹海の中をタキシード姿で進む俺達。

 場違い感がすごい。


 いや、それより驚くべきはこの”音”だ。

 全方向、あらゆる向きから魔獣の唸り声、咆哮、悲鳴、やらが聞こえてくる。

 樹海に生息する魔獣の数の多さが、音だけでわかってしまうのだ。


 ……いきなりやばい魔獣と遭遇したりしたらどうしよう。 

 辺りの音に警戒しておこう。




「着いたぞ」


 しばらく歩くと、溜息さんの言っていたキャンプハウスについた。

 多少ツタとコケで汚くなってしまっているが、思っていたより綺麗なログハウスじゃないか。


 キャンプハウスの周囲はほとんど木が伐採されており、広い間ができている。

 なるほど。

 雑草なんかは生い茂ってしまっているが、動きやすそうな空間である。



 溜息さんがキャンプハウスの入り口のドアを開けて中に入っていくのを見て、俺もそれに続く。

 しかし、中に入った瞬間俺は溜息さんに蹴り出された。

 ドアの外で俺は尻もちをつく。

 地面に着いた手の周りを蟲が這っていた。


 正直もうこれくらいのことでは驚かない。

 俺はなぜ溜息さんに蹴り出されたかを考えてみる。


 土足厳禁だったか?

 いや、溜息さんも土足だ。


 しばらく考えてみたが、結局なぜ蹴り出されたか分からず、俺は答えを求めるように俺を見下ろす溜息さんを見上げた。


 目があって、すぐに溜息さんは口を開いた。


「お前は野宿だ。一ヶ月ずっとな」


 そうきたか。

 まあ野宿は覚悟していたことだから別にいい。


 でも待ってほしい。


 溜息さんはキャンプハウスのドアの隙間から覗くあのベッドで寝るつもりなんだろうか?


「俺だけ、ですか?」


 俺は不満を表情に押し出して言う。


「お前の修行だ」


「待ってください。流石に夜ずっと一人は怖いし、心細い」


「修行だ」


「お願いです。

 せめて最初の2日くらいは一緒に野宿してください」


 切実な願い。


「女を外で寝かせるのか?」


「女って、溜息さんそんな(がら)じゃないじゃないですか」


 言ってから気づく。

 ……しまった。

 いらないことを言ってしまった。


「……」


 無言の溜息さん。


 これはちょっと……傷ついている?


 いや、溜息さんに限ってその可能性はあまり考えられないか。

 でも一応フォローしておこう。


「俺が言った柄っていうのは、女と思ってないってことじゃなくてキャラって意味ですよ?

 俺は溜息さんとても美人だと思ってますし、勘違いしないでくださいね?」


「……何言ってるんだお前。

 はぁ。

 ハイドには変な奴を押し付けられたな」


 そう言うと、溜息さんはバタンとキャンプハウスのドアを閉めた。


 ……今のは、溜息さんちょっと照れてなかったか?いつもよりちょっとだけ早口だった気がする。



 しばらくすると、再びキャンプハウスのドアが開いてその隙間から寝袋が転がってきた。


 もしかすると溜息さんは思っているより面白い人なのかもしれない。




 かくして俺の修行は始まった。



ーーー



 溜息さんは思っているより面白い人なのかもしれない。

 そう思っていた時期が、ほんの一瞬だが俺にもあった。


 撤回しよう。

 溜息さんはやっぱりやばい人だった。


「本当にこれだけは勘弁してください。一人で野宿でもなんでもしますから」


 俺は溜息さんに必死訴えかける。


 現在、俺の両耳には小さなゴムボール状の耳栓が詰め込まれている。


 一見するとただの耳栓だ。


 しかしこの耳栓は、耳の粘膜にぴったりとくっつく材質で、特殊なローションじゃないと取れない。

 この訳の分からないゴムボールのせいで、俺の聴覚は9割減の機能ダウンである。


 溜息さんによると、どうやら俺はこれを着けて一ヶ月過ごすらしい。

 ぶっちゃけ、死ぬ。


 俺には今、かろうじて会話できる程度の聴覚しか備わっていない。

 これだと敵の感知も難しい。

 しかも魔獣の巣みたいなものであるバサラ樹海だ。


 死ぬ。


「でも耳糞とかたまると困りますし……」


「修行が終われば私が耳かきしてやる」


 マジで!?

 と声が出そうになったが踏みとどまる。

 なんだこの人。そんな誘惑も使ってくるのか。


 だが誘惑には釣られないぞ。


 第一、溜息さんの耳かきなんて耳小骨まで突き刺して終わりみたいな感じだろう。

 とても耳を任せられない。


「遠慮しておきます」




「そうか。

 じゃあ少し真面目な話をしよう」


 急に溜息さんの雰囲気が変わったので、俺は思わず姿勢を正した。


「……なんですか?」


 溜息さんはいつも半開の瞼を少しだけ持ち上げると、口を開く。


「私はそれなりに本気でお前を鍛えるつもりでいる。

 本来なら絶対にないことだ。

 自分でも珍しくやる気が出て驚いている。

 溜息もあまり出ないしな」


「……」

 

「まずはお前のその迷惑な攻撃をなんとかしなければならない。

 全方位に向けた無差別攻撃しかできない能力者。無意味。任務に連れて行く価値がない。

 殲滅任務を一生一人でやっていればいい」


 ボロクソだな。

 でもそれに関してはロールをあんな目に遭わせてしまった件があるため何も言えない。

 何も言えないというか、実際その通りだし。


「音の能力なら、まずは音の強さの指向性をコントロールできるようになれ。

 狙った敵だけに攻撃を当てる力。


 ……だが、その前にすることがある。

 体の全てで音を感じられるようになれ。

 音を支配する能力者なら、聴覚以外の五感で音を感じられるようにならなければならない」


 なるほど。

 じゃあこの耳栓はそのためか。

 聴覚を削って他の五感を鋭敏にする。


「目で音を見る、肌で音を感じる、鼻で音を嗅ぐ、舌で音を味わうってことですか?」


「そうだ。

 私も”重力支配”という扱いが難しい能力を発現したから、お前と同じ道を通ってきた。

 発現時にはお前の倍近く人を殺している」


 マジかよ。

 それはなんていうか、結構……親近感が湧く話だ。


「だから私は的確なアドバイスが出来るはずだ。

 まあ要するに何が言いたいかというとだな。

 私の言うことは聞け」



 最後に溜息さんは「こんなに喋ったのは久しぶりだ」と付け加えた。


 溜息さんは本気で俺を強くしてくれようとしているらしい。

 それは俺にも伝わった。

 ちょっと嬉しい。

 ここまで言われたならちゃんとするしかないな。


「わかりました。師匠。

 なんでもやります」


 強くなろうと決めた俺が溜息さんにモチベーションで負けていてどうするんだ。


「その呼び方はやめろ」


「師匠と呼ばせてください」


「だめだ。私の言うことは聞け」


「じゃあ先輩でいいですか?」


「はぁ……」



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― 新着の感想 ―
[一言] 周辺地帯陥没orフリーフォールやったんやろなぁ... もしくは両方
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