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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
一章
15/156

助太刀の音

 次に動いたのがロールだった。

 不知火との距離を数秒で詰めたロール。しかし、その顔面に触れる寸前で不知火は”消えた”


 そして奴の音が俺達の後方に現れる。


廻転子猫(ローリンキャット)か。君は確か触れられたら終わりなんだってね。恐ろしい能力だよ」


 やはり音の移動に途中経過がない。

 なんかの能力だ。

 転移能力(テレポート)、とかだろうか?

 俺が音を追いきれないなんてありえない。


「いやあ、救援を受けて来てみたら思わぬ収穫だ。

 廻転子猫に規格外の少年。両手に花じゃないか」


 くそ、自衛軍サイドにも救援という手段があったのか……!

 来ても大佐クラスって、どんなデタラメだよあのボス……!


「死音、立てる?」


「あ、ああ……」


 痛む全身をなんとか起こして俺は立ち上がる。


「……厄介なのが来たわ。

 私でも勝てるかどうかわからない」


「……うそだろ?」


「ホントよ。不知火中将は世界でも有数の転移能力者(テレポーター)

 よそ見しないで。

 アンタは音だけ聞いてて」


 ロールに余裕はない。

 やはり転移能力者(テレポーター)だったか。

 転移能力(テレポート)なんてどうやって対処したらいいかわからないし、そもそも対処のしようがないんじゃないだろうか。

 とにかく、状況は最悪だ。


 不知火はじっと動かない俺達を見て薄く笑っている。

 俺は不用意に動けない。

 近接戦闘において無敵のロールから少しでも距離が空くと、俺から狩られてしまうためだ。

 今奴が攻撃してこないのはロールがいるから。

 ロールもそれが分かっているようで、わざと隙を見せている不知火に仕掛けない。


「死音。ほんとにやばい時は、私に気にせず全力で能力を使って」


 ロールは不知火から視線をそらさない。

 牽制しているのだ。


「わ、わかった」


 俺がそう返事をしたのと同時に、不知火が口を開いた。


「うーん。来ないなら……、とりあえず荷物を回収させてもらうとするよ」


「……!!」


 不知火の笑みが空に消える。

 俺はブツが積まれてあるサディンタの方に急いで振り返った。


「ロール!」


 荷物がやばい。


「死音、しっかり掴まってなさい!」


 しかしロールはそう言って俺を抱きかかえた。

 そしてサディンタとは真逆の方向に走り出す。


「どこいくんだよ! 荷物が!」


「任務は失敗よ! とりあえず今はあいつから逃げ切ることだけ考えなさい!」


 ロールは大通りから路地裏に入り、薄暗い道を駆け抜ける。


 疾走疾駆。


 路地裏をジグザグと不規則に走る。

 全力ダッシュだ。俺はロールの肩でガクンガクンと揺れている。


 そしてそのまましばらく路地裏を走ると、やっと止まって俺を地面に下ろした。


「はぁ……、はぁ……、とりあえずサディンタを爆破しないと……。

 死音、アンタは周囲に警戒してて」


 ロールは切らした息を整えながら、ポケットから携帯端末を取り出してその画面をいじる。

 すぐに遠くの方で爆発音が鳴り響いた。

 サディンタを爆破したのだろう。色々と組織の情報が残っているからだ。


 いや、そんなことより……


「……ロール、任務は失敗したのか?」


 俺は携帯端末を睨んでいるロールに恐る恐る聞いた。


「ええ。あんなのが来たなら逃げるしかないわ。

 あってはならならないのが奴らに捕まってしまうことよ」


 その言葉にドキリとする。


「任務失敗か……」


 やっぱり怒られるのだろうか。

 なんでだろう……。あまり任務をしていると実感はなかったのだが……、失敗してみて現状を知ると結構ショックだ。

 ショック、というか、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか。

 言うなれば、あの荷物の”壊れ者”はアノニマス開発部の機密の塊。

 そんなものが自衛軍の手にわたってしまったんだから、怒られるなんて話じゃない。

 やってしまった。


「死音が気に病むことはないわ。

 今回はボスの判断ミス、というか支部の人間がトチったせいでしょ。

 今度からは私達がカバー出来るようにならないとね。

 とにかく、今はそんなこと考えてないで逃げることに集中した方がいいわ」


 ロールは携帯端末をいじりながら話す。

 すました声で言ったが、内心はどうなんだろうか。

 マスクの下の表情は伺えない。


「……ああ」


「救援に来る人達には状況を伝えておいたわ。

 私達だけでこの街を抜け出すのはキツそうだから、キャンセルせずに引き続き救援を依頼した。

 あと10分くらいで着くって」


「わかった」


 返事をした後、俺は点々と近づいてくる音に気づいた。


 あいつだ……!


「ロール、あいつが近づいてきている……!」


 不規則な撒き方をしたのに、確実にこっちに近づいてきている。

 俺達の位置がバレているんだ。

 後方支援に特定型の能力者でもいるのだろう。


「早いわね。逃げましょう」


 ロールは素早く俺を抱きかかえると、再び走り出した。

 風を切って路地を駆け抜ける。


 ブルーのゴミ箱を飛び越え、壁を蹴って方向転換する。

 凄まじい速さだ。


 強化型、捨て猫(ストレイキャット)

 こういう地形はロールの独壇場である。

 そして奴の音は確実に遠ざかっていく……はずだった。


「やあ」


「なっ!?」


 突如として視界に現れた不知火に、ロールはすぐさま反転した。

 しかし、この速度での素早い反転は間に合わず、不知火は一気に距離を詰めてきた。


「くっ!」


 俺を抱えたままではロールは戦えない。

 ロールは地を大きく蹴って、不知火の頭上を抜く。

 再度反転。


 そしてそのまま駆け抜けた。


 路地裏を抜け、太陽が照らす大通りにでる。

 それと同時にロールが悲鳴を上げた。


「うぐっ!」


 ロールは膝から転がり、俺は投げ出される。


「ロール!」


 俺はすぐに立ち上がり、転がったロールに駆け寄る。

 すると、ロールの背中にはナイフが突き刺さっていた。

 華奢な背中から血が溢れ出している。


「おい! ロール! 大丈夫か! おい!」


「……つぅ、これくらいなら大丈夫だから……! 先に逃げなさい!」


「くっそ!」


 俺は地に伏せるロールをなんとか担ぎ上げて走り出す。

 だが、すぐに不知火が俺の行く手を阻んだ。


「こんなに簡単にあの廻転子猫を仕留められるとはね。君のおかげだよ」


「……ッ!」


 振り返って逃げようとする。

 いや、だめだ。

 ロールですら捕まったんだぞ。俺が逃げ切れるわけがない。

 くそ……、どうする。


「死音……、私はいいから力を使いなさい!」


 ロールは荒い息でそう言った。 

 だが、それは本当に最後の手段だ。

 ロールを殺してしまうことになる。

 そんなのは……だめだ。


 クソ、どうすればいい……!


 そうだ、時間稼ぎ。

 時間稼ぎをしよう。本部からの仲間が到着すれば、まだ勝機はある。


 だがどうやって時間を稼ぐ?


 そんな思考の途中で、不知火の体がブレた。否、消えた。

 その次の瞬間、俺の見ていた景色が一変する。

 ロールの重みが消える。

 そして謎の浮遊感。


 10m程前方に、横たわるロールを見つけた。

 そこは地面。

 背後の音。


 瞬時に理解した。

 俺は転移させられたんだ。


「さて、規格外の少年。ちょっとお話をしようか」


 落下が始まったのと同時に、後ろの不知火からそんな声が聞こえた。

 地面が近づくと、再び景色が変わる。


 今度は先程よりさらに高い。


「解析の結果、君が音支配(ドミナント)を発現させたのが分かったよ。素晴らしい能力だ」


 落下して、再度転移。

 高度が上がっていく。


「先程の攻撃力、隠密性、感知性。どれをとっても最上位クラスの性能。鍛えればとてつもない能力者になる。

 これが敵だから恐ろしいね」


 景色が変わる、変わる、変わる。

 転移を繰り返し、俺は不知火と共にどんどん上昇していく。

 いつのまにか立ち上がっていたロールが高層ビルの壁を登って追いかけて来ているのが見えた。

 しかし不知火の転移スピードには追いつけない。


「そこでだ。君には償いのチャンスを与えたいと思っている。情状酌量の余地ありってやつだね。

 君の状況を鑑みて、アノニマスに入らざるを得なかったのは理解している。

 なんとかして君を保護するとか、自衛軍側にももっと他のやり方があったはずだ」


 高層ビルの屋上が見えた。

 とんでもない高度。

 こんな高さから落下でもしたらまず死ぬ。


「自衛軍に入るつもりはないかい?

 回答次第で、君の人生が終わるか始まるかが決まる」


 さっきからうるさいノイズだ。

 都合の良いことをペラペラペラペラと。

 俺が今生きているのはボスのおかけだ。

 お前らは俺を殺そうとしただろうが。


 自衛軍に寝返れば俺は生き延びることができるだろう。

 本音を言えば、できればそうしたい。

 だけど、それまでだ。

 生きられたらそれでいい。

 そんな風に考えているのは今も変わらないが、俺にもプライドってもんがあるんだ。

 嘘を言って生きながらえるという手もある。

 でも、それで生きながらえるより、俺はこの状況を自分で打破したい。


「返事を聞かせてくれ」


 不知火の問に俺は答える。


「クソ喰らえ」


「そうか。じゃあ死んでもらうとするよ」


 背中を思いっきり踏みつけられて、俺の急速落下は始まった。

 高層ビルを駆け上がってくるロールが視界の端に映る。

 しかし、そのすぐ近くに転移したのが不知火だった。


 なるほど。俺はもうここからどうしようもないから、ロールを押さえてジ・エンドか。


 そんなわけない。自分でなんとかするさこれくらい。


 俺は片方のホルダーから射出器を取り出して、手にしっかりと持つ。


 深呼吸。

 そしてワイヤーを射出。


 射出されたワイヤーは高層ビルの屋上のフェンスにひっかかる。

 よし。


 いける!


 射出ボタンを軽押ししてワイヤーを手繰り寄せ、張らせる。

 後は落下に任せてビルの壁にへばりつくだけだ。


 しかし、いきなり投擲されたナイフが俺の手に直撃した。

 小さな血飛沫とともに射出器は俺の手から離れる。


「しまった……!」


 振り向く。

 そこにはロールとの交戦中にナイフを投擲したであろう不知火が見えた。


「クッソ!」


 だめだ。

 落ちる……!


 俺は半ば諦めて目をつむった。


 人生、無駄にあがいてすこしだけ長生きしてしまったな……。

 そんなことを思いながら小さく息を吸うと、ロールの声が聞こえてきた。


「死音! 死音!」


 振り向くと、投擲され続けるナイフを交わしつつ、未だ高層ビルの壁を駆け上がってくるロールが見えた。


 もうそこまで来ている。


 ロールはダンと壁を蹴ると、落下する俺に飛びついた。

 そして見事キャッチ。


 しかし地面が近づいていく。

 俺をキャッチしたのはいいが、この危機的状況をどうやって切り抜けるつもりだ。


 ロールは不知火が投擲してくるナイフをホルダーから取り出したナイフで撃ち落としていく。

 弾き切れないナイフは体をよじらせて躱す。


「死音! 衝撃に備えて!」


 ロールの叫びで地面がすぐそこまで来ていることに気づいた。

 ロールは俺を抱きかかえ直して、着地に備える。

 まさかこいつ……!


「おい!! よせ……! よせ!!」


 俺の叫びも遅く、着地。

 しかしそれが着地といえるかは怪しい。

 ワンクッション置いて、俺は地面に叩きつけられた。

 しかし俺が聞いた音は、自分の体に響いた衝撃音じゃない。

 ミシミシバキバキとロールの足から響いた嫌な音だ。


 口からドバっと血を吐き、地面に倒れるロール。

 叩きつけられた衝撃で声なんか出ないが、俺はズルズルと体を引きずってロールの元まで這い寄った。


「……ぉ、ロ……ル……!」


 ロールは俺を抱えて落下の衝撃をそのまま引き受けたわけだ。

 無事なはずがない。

 しかし心臓の音はまだ聞こえている。

 意識はない。

 体中の骨はボロボロだろう。


「無駄な足掻きだね。どうせ死ぬのに」


「く……そ、が……」


 俺たちを見下ろす不知火に辛うじてそんな言葉を吐くのが俺の限界だった。


 気づけば自衛軍側の援軍がさらに数人到着している。


 万事休す。


 最善策といえば、俺が能力を使うこと。

 しかしロールは死ぬ。

 ロールが死んで、俺が生き延びる。

 パートナー的には最善策でもある。


 でもロールが助からなければ意味がない。


 まだ立てるだろ、俺。


「おお、すごいね。まだやるつもりなのか。

 ほんとに惜しい人材だ。でも二度目のチャンスはないよ。

 大人しく死んでくれ」


 不知火がナイフを軽く握り直す。




 その次の瞬間だった。




「はぁ……」


 そんな溜息と共に現れた人物がいた。


 黒いスーツ。

 素顔を晒して、黒いハンドグローブの片手にはアノニマスマスク。

 とにかく気だるそうな表情で、その人はやってきた。

 おそらくだが……あれは例の溜息さんって人だ。

 ロールから聞いていた特徴と一致する。

 その存在感は、大通りのど真ん中を堂々と歩いてゆっくりと近づいてきていた。



「……君のお仲間がわざわざ来てくれたようだね。

 それも”重い溜息(グラビティ)”」


 圧倒的威圧感を放つ溜息さんに、不知火中将も警戒している。


 戦況はすぐに動いた。

 ビルの物陰に隠れていた自衛軍。

 階級はわからないが、俺の攻撃に耐えた一人だから鍛えられた能力者のはずである。そいつが溜息さんの元へ突っ込んでいったのだ。


 しかし、戦闘は始まらなかった。

 いや、戦闘は終わっていた。

 プチリ、と。

 彼は溜息さんに触れることもかなわず、気づけば踏み潰されたプチトマトのように、地面に赤い花を咲かせていたのだ。

 ペシャンコである。


「これはちょっと僕も本気でやらないとまずいかな……」


 不知火の呟きの後、「はぁ……」と再度ため息が聞こえた。

 次の瞬間。グチャリという音。

 俺のアノニマスマスクに血がピシャリと付着した。


 恐る恐る。

 隣に視線を流す。


 すると、そこには大きく広がった血溜まりだけがあった。


「え?」


 確か、そこには不知火がいたはずだ。

 俺が混乱していると、最後に長い長い溜息がまた聞こえて、みると溜息さんは踵を返して背を見せていた。


 お、終わった……?


 状況を飲み込めないままポカンとしていると、一人の女性がいきなり隣に現れた。

 その女性は詩道さんだった。 


「死音君、よく頑張ったわね」


 いきなり現れたことに驚いたが、詩道さんの能力のことを思いだす。

 ”虚理使い(ディスタンサー)

 詩道さんは、距離という概念を一時的に支配下に置くことができるのだ。


 俺の頭をゆっくりと撫でる詩道さん。


「詩道、さん……。ロ、ロールを……」


「分かってる。可哀想に。

 これは酷いわ……。でもまだ助かる。

 ヘリに千薬が残ってるから急いで連れて帰りましょう」


 まだ助かる。

 その言葉に安堵すると、俺は気を失ってしまった。



 こうして俺達の任務は、「失敗」という形で幕を下ろしたのだった。


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[気になる点] > 路地裏を抜け、太陽が照らす大通りにでる。 夜9時の任務っていうくらいだから、時間帯は夜じゃないのか!?
[良い点] ヤバ... 重力操作と“距離”の概念はヤバすぎ... 重力操作は言わずもがなだけど概念系も大概だなぁ... 実質不知火中将の上位互換では?
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