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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
149/156

死と踊る



 もはやボスに言えることはなかった。


 ロールに視線を移す。

 頭を強打して、額から血を流す彼女もまた俺を見ていた。

 その目に不安の色は一切無い。全てを諦めた瞳。


 背後ではボスが通路を歩き、遠ざかっていく。

 俺は深く呼吸を繰り返し、彼女の前に立った。取り出したナイフの鈍い輝きを見つめる。


 やれる。ただそう感じた。


「……軽蔑してくれ」


 そう言うと、ロールは小さく笑みを浮かべる。


「俺は……」


 お前を殺さないと。


 感情が溢れ出ないことに安心する。死音が俺に仮面をしてくれたからだ。

 最初からロールはずっと守ってくれた。出会ったその日から俺のことを想って接してくれた。


 なのに殺せる。俺は殺せてしまう。


「分かっ……てる……いいよ。それと、……ごめん」


 ズキンと、鋭い痛みが胸に走った。

 その台詞には。いいや、この光景には、見覚えがあったのだ。

 両手が震え出す。あれを思い出さないように強くナイフを握り締める。


 ロールは目を閉じていた。


「結局……、……死音の……ために、何も……できなかった」


 ロールの震えた声が部屋に響く。閉じられた目からは絶え間なく涙が溢れている。


 俺は後ずさりたくて仕方がなくなった。

 なんだ、なんなんだ。もう、嘘だろ、やめてくれ。


 それはこれから死ぬ者の言葉ではない。

 ロールは俺を軽蔑し、恨み、絶望していなければならないのだ。


「来世でも……私の、バディになって……死音」


 消え入りそうな声で望む。

 それは叶わないと、俺が受け入れないだろうと、ロールは分かっているみたいに涙を流し続ける。


 ハッキリと脳裏に蘇っていた。

 死に行く凛の浮かべた苦々しい笑みが。

 自分だけを呪うような表情が。


 それが、ロールと重なってやまない。

 息が、できない。俺は、また……凛を……。 


 ──殺せ。


 響く声に従い、俺はロールの前に片膝を付いた。ナイフが震えている。頬に涙が伝う。

 しかし俺はすでに決断している。


 口から漏れる吐息が一定ではない。上手く息ができていない。

 彼女の胸元にナイフを突きつける。


 ナイフを持つ俺の手を、ロールが強く握り、そしてそのまま引きつけ、自らの胸に突き刺した。


「ぅ、ぐ………っあぁ……」


「ロール……!」


 引き抜こうとしても、ロールの剛力が俺の手を離さない。

 残った手で俺の腕を弱々しく掴み、俺の体を抱き寄せた。


「……ずっ……と、こうし……た、かった……」


 どくどくと溢れ出る血。

 俺はただ涙を流し続けることしかできなかった。



ーーー



 部屋を出て、誰もいない通路に俺は寄りかかっていた。


「……仮面を、仮面をしてくれ」


 呟き続ける言葉には誰も答えない。

 命懸けで俺を守ろうとしてくれる者など、もう誰もいない。

 黒犬さんや白熱さん、溜息さんにロール。

 みんなみんな、俺のために死んだ。


 なぜなんだ。こんなクズに守る価値なんて無いだろう。

 もっと早くに見捨ててくれていたら、俺はここまで歪まなかったかもしれない。

 生き抜けば生き抜く程、死に対する恐怖は深まっていく。それを避けるためなら何をしてもいいと思うようになった。

 あの日、大人しく自衛軍に殺されておけば、俺は。


「…………」


 今更なことだ。

 突き進むしかない。この局面を生き延びたとして、その先に待っているのが死だとしても。


 今を生きる事だけを考えて、行動するしかない。


 ようやく涙が止まり、外の様子に耳を傾けてみる。

 俺の離脱により、宵闇さん達は動きを変えていた。きっと暗視で今起きていたことは視られていたのだろう。

 空蝉さんはこちらに向かって来ている。宵闇さんと情報を共有し、まず俺を始末することに決めたのだろうか。


 ボスの位置は……、開発施設の方へ向かっている。

 終わってるな……。特に宵闇さんだが、全員を殺すことなんて不可能に近い。


 弦気と宵闇さん、あと夢咲愛花は……開発施設へ足を進めている。

 ボスの唯一の憂い。第一に弦気を殺さなければ話にならない。それさえできればボスも考えてくれるかもしれない。

 甘すぎる見通しだが……。


『裏切ったろ、死音』


 会話が可能な範囲に入った空蝉さんから音が飛んでくる。


「……ええ」


『ハハ。よし、じゃあ今からそっちへ行く。待ってろ』


 一人で来るのか。

 それなら十分やれる。今の空蝉さんに関しては音支配の練度で勝っている俺が有利だ。

 住宅街をうろつくセンと棺屋も、俺一人で撃破できるだろう。


 なら空蝉さんは後回しだ。問題はやはり宵闇さん。

 彼が俺の説得に望もうとすれば不意をつけるが、状況を知っているなら望みは薄い。


 メンバーに会話は無かった。状況が悪化してなお、退却する様子もない。

 むしろ俺が消えてようやく捨身の動きが出来るようになったという感じだ。

 元より、自分の命は自分で守るのがこの世界の常識。機動力の無い俺以外は各々の判断で逃げられる。

 それができないなら、ボスが牛耳る今後の世界で命を繋ぐことはできない。


 やはり空蝉さんは後回しにした方がいい。

 治癒加速と音支配。この状況においてはどちらも手放せないはずの能力だ。後から対処しても問題無い。


 空蝉さんにこちらの行動を把握させないために、俺から発せられる音を消す。

 宵闇さんの暗視は免れないだろうが、致し方ない。


 あえて位置を晒すボスの元へ宵闇さん達が向かっている。ボスは俺を試しているのか、何か他の意図があるのか。

 どちらにせよ、弦気がボスを殺してしまうようなことがあれば、俺の時間は返ってこなくなる。

 俺を許すなどと言っている弦気は、相対した時、別の手段を提示してくるだろう。その間に宵闇さんを殺すのがベストだ。

 どうせ宵闇さんもボスに挑めば死ぬ。


「…………」


 駄目だ。考えが無茶苦茶だ。穴だらけだ。

 もっとまともな策はないのか。考えられない。何より。


 本当に、これでいいのか。そんな考えがずっと俺を揺らしている。

 俺一人が生きるために、どれだけの犠牲が出るのか分からない。


 俺は開発施設へ向けて歩き出しながら考える。

 起死回生の一手ではなく、なぜ死にたくないのかを。


 自衛軍に殺されそうになった時は、漠然と死にたくなかった。誰もがそうだろう。

 今が無くなる。それが死だ。

 俺は他人を犠牲にしながら、ここまでその想いの所以を考えてこなかった。


 死にたくない。漠然としたその想いだけでここまで来てしまった。

 生きて何か成し遂げたいことはあるのかと問われれば無い。守りたい、大切だと思っていた人は、皆死んだ。それも俺のせいで。


 自分自身が何をしたいのか分からない。

 これまでどうやって納得していたのか分からない。取り返しがつかないと分かっていることを、どうして繰り返せるのか。


 地上に出て、自衛軍の警備を避けながら開発施設へ向かう。

 全身が重いのは時間を奪われたせいだ。

 宵闇さん達の音が近くなっていく。歪曲音を知っているのに、俺を躱すつもりはないらしい。


 死音、答えてくれ。

 俺一人では何も考えられない。言い訳が思いつかない。

 開き直ることも、できないんだ。


 ──捨てろ、お前を。楽になれる。


「……ああ」


 ああ、そうか。

 俺は分かっていなかったんだ。

 こうして生きていっても、何も得られない、もう死人のような存在だってことを……。

 ただ害を振りまくだけの、躯でしかないことを。


 ──それでも、俺は。


 足を止めると、通りに出ていた。

 等間隔に並ぶ街灯。両脇に立ち並ぶ自衛軍のオフィス。その先の道に、弦気が歩みを止めて俺を見ていた。

 背後から現れた宵闇さんと夢咲愛花は足を止めることなくこちらに向かって歩いて来る。


 そのまま通り過ぎ、開発施設へ向かっていく。

 宵闇さんを殺すべく、無音世界を展開しようとしたその時、弦気が口を開いた。


「風人」


 弦気に名前を呼ばれただけで、全ての罪を突きつけられたような気がして、俺は動けなくなる。

 硬直を無理矢理解き、俺は弦気に手を向けた。

 今は弦気の顔を見るだけで涙が溢れそうになる。会う度に湧き出す止めどない怒りは、弦気に向けられたものではないと知る。


「まるで、ヒーローだな……。お前は、いつも……!」


 もう弦気しか見えない。

 他のことが、全て頭から消えていく。こいつさえ殺せばなんとかなると、死音が叫んでいる。

 そうだ、こいつだ。いつもこいつが俺を揺らしてきた。それさえ断てば、俺はまた死音に戻れる。

 思考を闇に委ね、生き残るための最適解を選び続けることができる。


 そのために俺はここへ来たのか。

 そうしなければ話にならないから、死音がそうさせたんだ。


 俺の殺気に弦気が顔を強くしかめていた。


「来いよヒーロー! 殺してやるぞ!」


 叫んでいた。


「こうやって、最初からお前の前に立ちはだかれたらよかった。……行くぞ、親友」


 弦気が歩み出す。

 ドクン。ドクン。

 聞こえるその心音は、俺のものではない。

 弦気のものだった。


「クソッ、クソォ……ッ!」


 音撃を放てない。

 ここへ来ても、弦気は俺を拒むつもりがない。


 ──殺せ! 殺せ!


 誰かが遠くで叫んでいる。

 放て、殺せ。

 今なら簡単に殺せるだろ、俺。


「殺してみろ、俺を殺してみろよ! 弦気!」


 しかし口から出る言葉は正反対で、俺が望んでるはずのない言葉だった。


「り、凛も! お前の父親も! 俺が……俺が殺したんだぞ! この手で!」


 泣くなよ俺。後悔しているみたいじゃないか。


「死音だ。死音が殺した」


 違う。違うんだ、弦気。


 全部、全部俺がやったんだ。

 自分の罪を正当化するために、必死で言い訳を探してただけなんだ。一貫しないと、どうしていいか分からなくなるのが怖かったんだ。

 だから考えることを止めて、なるべく楽な方へ楽な方へと逃げてきた。

 自分に立ち向かい、本当に正しいと思うことをする力が俺には無かったんだよ。


「弦気、俺はな! 何も後悔なんかしちゃあいない! どいつもこいつも俺のために死ねばいい! お前もだ! だから弦気……!」


 駄目だ。言うな。

 言うな言うな言うな言うな言うな。


 思うな。そんなこと。


 今後もし、死を受け入れられるのだとしたら。

 今しかないなんて。


「俺を……殺してくれよ……」


「お前を許すよ、風人」


 弦気が言う。

 俺は手を下ろし、俯いていた。


「凛に、凛に謝りたいよ……」


 終わりだ。そんなこと言ってしまえば、認めてしまえば、もう俺は死から逃げて生きていけない。

 近づいてくる弦気が涙を流している。


「あいつだってきっと、許してくれるさ」


「…………」


「俺もずっと後悔してるんだ。なんで気づいてあげられなかったのか。なんであの時駆けつけたのが俺じゃなかったのかって。

 殺したい程憎くもなったよ。でもお前が苦しんでるのを見ると、やっぱり俺は……」


「うぅ、うぁぁぁ……」


 許さないでくれ。許さないでくれ。

 俺はもう善人には戻れない。誰かに憎悪を向けられていないと、開き直れない。





 ……まだそんなことを思うのか、俺は。


 どうしようもないな……、全く。


「一緒に行こう、風人。ハイドさえ倒せば、俺達はまた……。お前の時間だって」


 ロールの血で濡れたナイフを手に取る。

 

「ごめんなぁ、弦気」


 そしてそのナイフで、俺は自分の首を掻っ切った。


「なん……! あ、ああ、ああぁぁぁ!!」


 噴き出す鮮血。倒れゆく中、弦気が必死の形相で駆け寄って来るのが見える。 


 何度も何度も、こうやって人を殺した。

 慣れた動作。しかし、最後の最後まで自分に甘い俺の一振りは、すぐに俺を死に追いやることはなかった。

 クズにはお似合いの最後になる。


「……か、ふっ……」


 口から血が溢れ出る。視界が縮まっていく。

 闇が迫る。流れ出す血が止まらない。

 倒れた俺の体を弦気が抱き起こしていた。


「そんな、風人……! やめろ……、やめろよぉ!」

 

「……ボ、ボスは……、能力者を、皆殺しに、す、する……。お、お前、しか、止め、られない」


「そんなことどうでもいい! クソ、誰か! 誰か!!」


 かろうじてその叫び声を消す。助けを呼べば弦気は捕まる。


「……弦、気……怖、い……。し、死ぬ、のが……」


 俺はどうなるのだろう。

 涙が止まらない。 


「風人……! 風人……!」


 弦気の声が少しずつ遠ざかっていく。

 俺の人生は、なんだったんだろう。

 何もできないまま、全てが終わった。生きて償うことすら選ばなかった。

 最後は……ずっと避けてきた死に逃げるのか。


「お、俺が悪かった、俺が悪かったのに……、そんなこと、なんでそんなこと……! それだけは……っ!」


 弦気、お前は何一つ悪くない。


「い、行、けよ……、親、友……」


 でないと、何も成し遂げられなくなる。俺のように。

 弦気は俺を強く抱きしめ、ひとしきり泣いた。

 体から次々と血が抜けていき、呼吸が弱まっていく。


 しばらくして、俺の意を汲んだのか、ゆっくりと立ち上がった。


「……俺を死音から、守ってくれたんだろ」


 涙を流し続ける弦気が言う。

 そうではない。最後まで自分が可愛くて仕方がなかったのだ。

 選択肢が見えなくなったから、こうしただけなんだ。

 そう思ってももう声は出ない。伝えたくても、唯一俺のことを知る弦気にそれを伝えれば、最後まで苦しまなければならなくなるから、言えない。

 どこまでも弱い。醜い。


「……バイバイ、ヒーロー」


 立ち上がり、俺に背を向けた弦気が言った。そして彼は歩みだす。

 何度も足を止め、それでも先へ進む。

 それでいい。


 這い寄る死の恐怖。月明かりにどんよりとした雲が掛かっては顔を出す。

 もはや避けられない死。自分で選んだ死。


 それすら後悔している自分が嫌で嫌で。今からでも助かりたいと願う気持ちは押し込めようとしても押し込められない。

 溢れ出る涙を拭う力も無くなり、微かな呼吸を繰り返す。


 誰も側にはいない。

 とうとう理性を恐怖が追い越して、俺は体を弦気の進む方に転がした。

 悲しみを背負う後ろ姿に手を伸ばす。何度も何度も腕で涙を拭っているのが見える。


 死にたくない。嫌だ。


 死にたくない。死にたくない、死にたくない。

 誰か、助けてくれ。

 弦気、行かないでくれ、弦─────





第十章──終





あと数話、ボスとの決着が着くまで続きます。

賛否両論あるかと思いますが、「音使い」に視点を当てた話はここまでです。


久しぶりに更新した時に皆さんの愛が凄く伝わって、熱量をもって書くことが出来ました。ここまで書くのに一ヶ月はかかると思ってたんですけどね。

心よりの感謝を。


間が空いてしまい、書かないといけないことを忘れてる部分もありますので、残ってる疑問等感想で教えていただけると助かります。

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― 新着の感想 ―
です子が死音に人を愛さなければ私みたいに何もかも嫌になる、と忠告していたにも関わらず死音も結局幸せに生きることは無かった。 自分を嫌っていた死音には他人を愛することは出来なかった、という事だろうか?そ…
[良い点] 自分のために生き、自分のために死んだ。 "死音"はその形だと思います。 生きるも死ぬも類義語なのかもと思いました。形に、生きて死ぬことに自分を奪われたくない。 [一言] ↑なにいってんだこ…
[一言] ガチで悲しい、、、、 ロールと幸せになる未来にならないことは物語の流れ的にわかってたけど、いざ読むとなるときついものがある
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