誰が死に行く
夜更け。宵闇さんに呼ばれるまでもなく、誰もがアパートの外へ出てくる。
棺屋がカチリとタバコに火を点し、センもそれに続く。
アパートの階段から宵闇さんがゆっくりと降りてくる。俺達には目もくれることなく、駐車場に向かう。バンにかけられたブルーシートを取り去ると、言う。
「乗れ」
彼がここまで殺気立っているのを見るのはこれで二度目だ。
メンバーが無言で荷室に乗り込んでいく。弦気には夢咲愛花も付いてきていた。会議の後、宵闇さんと弦気が話しているのを聞いていた。
戦闘面では役に立たないが、観測者の件もあり、連れてくる判断だ。
傍受を拒否することができる弦気なら、一ノ瀬大将との連携もできる。先程も連絡していたが、それが出来ることをもっと早くに知っていれば違う動きもあったはずだ。
今更言っても遅いが。
全員の乗車を終え、宵闇さんがハンドルを握る。
ここしばらく世話になったアパートに、今一度振り返る。
部屋に監禁されたこともあったし、溜息さんと宵闇さんに会いに来たこともあった。なんだかんだで、馴染みのある場所だ。
……この作戦がどういった結末を迎えるかは分からないが、少なくとも俺はもうここに帰ってくることはないのだろう。
ライトも付けずに走り出したバンが暗闇に向かい、景色が変わる。
人気の無い住宅街からいきなり荒野に出る。
"暗転"だ。
遠く離れたニューロードの灯りが車窓から見える。月明かりに雲が差し、街道の電気を闇が覆えば、また景色が変わる。
タバコの煙が煩わしい反面、懐かしくもあった。
煙たい車に揺られて荒野の闇を行く。
運転席と助手席に、黒犬さんと白熱さんの後ろ姿を幻視した。
そう昔のことでもないのに、ずっと前のことみたいに感じる。よく任務に連れて行ってもらったな。
あの時はこんなに静かじゃなかった。爆音の音楽を鳴らし、二人が口ずさみながら、たまに俺にちょっかいを掛けてきて。
Anonymousとして最低限の規律と義務を守りながら、俺に苦痛を忘れさせるような旅へ連れていってくれた。
──この世界もそう悪くないだろ?
そんなふうに言っていた。
死の恐怖を取り払う術や、どんな状況でも楽しめることを教えようとしていた。
「……宵闇さん、何か音楽を」
無言でボタンを押し込み、車内に砂嵐の混ざった音楽が流れる。場に合わない陽気なもの。
俺は普通だ。
慎ましく生きていたら、いきなりこんな世界に飛び込むハメになって、やがて歪に適応した。
誰にも見えない涙が伝う。
弦気、俺だってな。
全部無かったことにして戻れるなら戻りたいよ。
こんな力が目覚めさえしなければ……。
ずっとそう思ってる。
でもそんなことできないから、俺は俺が一番楽な方に進む。
暗い未来の中、少しでも明るいと思えるほうへ。進むしかない。
でなければ、死が待ってるだけだ。
「ここで乗り捨てる」
宵闇さんが言って、俺達はだだっ広い草原が囲む街道に降りた。
ジーザ山の濃い影が眼前にはそびえ立っている。冷たい夜風が吹く。
あれを超えればセントセリアにつく。宵闇さんの暗転ならすぐだ。ここならセントセリアからの感知も難しい。街の中に入ればこちらのものだ。
「一ノ瀬は?」
「メールが来てる。返信すればいつでも中央監視課の機能を止めてくれる。そう長くは止められないだろうけど」
宵闇さんの問いに弦気が答える。
一ノ瀬空刃……ボスに気づかれる可能性もあるのに、中々リスキーなことをする奴だ。今後の沽券にも関わってくるのに。
御堂龍帥の死が、それ程の覚悟を彼に与えていると察する。
「機能を止めると言っても気を引くだけで、過信せず細心の注意が必要だ。
一応ハイドはこの時間、開発施設にいることが多いらしい。情報の信憑性は低いが」
開発施設、それを聞いた夢咲愛花が腕のガーゼを強く抑えた。
一ノ瀬が知る情報に信憑性が無いのは、元Anonymous首領だったボスが、本当の動きを周囲に伝えるはずがないからだ。
時間泥棒という自衛軍にとっては知られざる能力もあり、その辺りの誤魔化しと隠蔽はあまりに容易い。今、何をしているかは誰も知らない。
俺達ですらボスの目的が分からないのだ。
Anonymous崩壊の日に相対した時聞かされた言葉は、どれも的を射ず、曖昧なものだった。
……いや、それはもう関係ないか。
ボスは死ぬ。ただそれだけだ。
「……まず死音とロールを中央付近に飛ばす」
宵闇さんが俺とロールの背に手を触れる。
しかし、その手を少し離して彼は口を開いた。
「一つだけ……助言がある。ハイドの視界には入るな。今や奴の能力は未知数だが、それだけは……間違い無い」
ギリギリになって宵闇さんが対処の難しいことを言う。それくらいは気づいていたが、改めて忠告されると身構えてしまう。
「いいねぇ。この緊張感」
「宵闇とそこのガキ以外がハイドの視界に入るような事態になったら元々詰みだからな」
戦闘狂二人組は気に留めていないらしい。
ロールも落ち着いた表情をしていた。センは顔を引き攣らせているが、こいつは不死身の能力を持つのでどこまで行っても緊張感に欠ける。
宵闇さんが弦気に目を向け、頷いた弦気は端末を操作する。
それからしばらくして、一ノ瀬から行動を開始した旨の連絡を受ける。
「始めるぞ」
"黒"が足元から覆う。
不安はあるが、失敗する気はない。見込みもある。
「風人。お前には言いたいことがまだまだある」
暗転する間際、弦気が言う。
死ぬな、と言うことか。愚問にも程がある。
「俺はお前が死んでもなんとも思わないけどな」
闇に呑まれながら、俺はそう吐き捨てた。
ボスが死んで弦気も死ぬ。それが一番良い。
ーーー
セントセリア中央本部。コンクリートの城を思わせるこの拠点を、住宅街が広く囲う。
宵闇さんの暗転で闇の濃い路地にやってきた俺とロールは、まず周囲を確認した。
あらかじめ暗視で探ってもらっていたため辺りに人気は無い。宵闇さんに限ってヘマなどありえないが、しっかりと安全な位置に移動させてくれた。
ここは基地から少し離れた第一住宅街、軍員の寮も置かれる場所だ。
弦気が用意した地図のコピーを取り出していた俺は、無理のない反響音によるマッピングを行いながら、地図と自分たちの位置を照らし合わせる。
拡大計画の進んでいるセントセリアだから、地図に所々の誤りはある。しかし概ね正確だ。
少し離れた場所に暗転した空蝉さんの音を感じる。
『空蝉さん、この地図は大体信用できます。警らの傾向や位置も正しい。
俺はここでそのままボスの位置を探ります』
空蝉さんにだけ通る声を送る。
空蝉さんも音支配をストックしているので感知面では優秀だ。俺ほどの範囲と精度は出ないが、もう一人いるだけで連携のスピードが変わってくる。
『おう。俺は宵闇がくたばった時のために退路を探しておく』
彼からはそんな返事があり、宵闇さんや他のメンバーも何かあればすぐに合流できる間隔でセントセリアへの潜入を完了させたのを、俺は音で確認した。
センと棺屋は住宅街。二人の探索能力は低いため、何かあれば騒ぎを起こして敵戦力の注意を逸らす。
弦気と宵闇さん、あと夢咲愛花は基地内部に飛んでいた。彼らはそこから暗視や感知で探索を行う。
セントセリアは街中に軍の拠点や施設が点在してるので、ここにボスがいない場合は一度合流してまた暗転でバラけることになる。
ことが済んで退却する時に、宵闇さんから離れすぎていると問題だからだ。
「死音、監視カメラの目は避けられない」
辺りの目視を済ませたロールが言う。
「一ノ瀬を信用するしかない」
いつまで止められるかは定かじゃないが、本気でボスを殺したいと思っている一ノ瀬なら十分行動できる時間を作ってくれるはず。
恐る恐る中央監視課に探りを入れてみると、俺達の潜入はまだバレていない様子だった。一ノ瀬の声もそこから聞こえる。
隊員が一ノ瀬と話していて、少し慌ただしい。何やら別件を持ち込み、人員をそちらに集中させているようだ。
『一ノ瀬、監視カメラは大丈夫なのか。そのまま話していい。口元は隠せ、音は消す』
丁度良かったので彼に声を送ってみると、すぐに返事が返ってくる。
『無事潜入できたみたいですね。問題ありませんよ。別の映像に差し替えている。その辺りはぬかりないので、あなた方はハイド暗殺に集中してください。
私の音が聞けるなら、私の足止めが効かなくなるタイミングも分かりますね?』
映像のすり替え……。
そこまで大規模なことをやってるのか、こいつ。
『ああ』
『それなら良かった。こちらも今、彼の位置を探っています。あまり派手に動くと気取られるので、部下達に聞くくらいしかできていませんがね。彼もこの状況を想定して平時は位置を眩ませているのでしょうから。
直接連絡を取って聞いてみるのが一番早いですが、これも勘付かれるリスクが高い。いかがしましょう』
『大丈夫だ。こっちでなんとかする』
端的に答え、一ノ瀬との音を断つ。
今の会話はロールを含め、他のメンバーにも能力で聞かせていた。
「……試してみる」
ロールが監視カメラの前に出て、自ずと人柱になった。数秒間立ち止まった彼女だが、基地に騒ぎ立てる人間はいない。
実証してみせたこともメンバーに伝える。
これで全員、人目だけを気にして憂いなく動けるはずだ。
しかし一ノ瀬がここまでやってくれるとは。これだけ安全なら、基地全域に感知の音を広げてみてもいいかもしれない。
いや、楽観はよくないな。気配に敏感な強化系など、雑な感知では気付く者が確実に現れる。
ボス以外にもどんな能力者が潜んでいるかは分からないのだ。自衛軍総本山にもなれば監視課に配備されていない感知持ちもいるだろう。
……堅実に、いつも通り俺の命を優先していけばいい。
集中し、丁寧に音を聞き分けていく。
時折酒井大将について話している声も聞こえるが手掛かりはない。
その一方で、退路の確保、騒ぎを起こすための下準備を行う棺屋とセンに指示を出していく。
殺しても問題無さそうな警備の隊員を始末させる。
一度も悪に侵攻を許したことのないセントセリアだが、中に入ればその前提が彼らの油断となっていて動かしやすい。警備はほとんどザルだ。
Anonymousが崩壊し、自衛軍と張り合う勢力がいなくなった今、敵が乗り込んで来るなど普通は考えもしないか。
ボスも、それを警戒して策を敷く程の権力はまだないから、居場所をくらますだけの措置をとっている。
本部にはボスはいない様子なので、感知の範囲をほんの少しだけ広げ、俺は開発施設に耳を傾けた。そこにもボスはいない。
となると、この場所で無理なく調べられるのは地下だけになる。
俺は一度だけ極微小の音で地下に放ち、構造を頭に叩き込む。
そこから音の聞き分けを────。
「……!」
ボスの音が、聞こえた。落ち着いた息遣いから漏れる音の傾向で、俺は人を判別できる。
この音は、間違いなくボスのもの。
ボスは地下の広い空間に、なぜかたった一人でいる。何をしている。動きがなさすぎる。
隠れている……? 何かしっくりこない。
一度深呼吸し、俺は冷静に宵闇さんへと音を繋ごうとする。
が。
『死音』
ドクン。
心臓が強烈に脈打ち、俺は咄嗟に胸を押さえた。
ボスが、呼びかけてきたのだ。




