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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
145/156

死を願う



「俺もかなり治癒加速このちからが板についてきたよな」


 そう言って笑う空蝉さんを尻目に、俺は部屋の壁にへたり込んでいた。

 弦気が運び込まれたのは空蝉さんに割り与えられた部屋である。この部屋で空蝉さんはもう半日も弦気に掛かりっぱなしだった。


 容態は落ち着いたとはいえ、まだ完治には遠い。空蝉さんがいなければ治療もままならず、最低限の収拾すらつかなくなっていただろう。状況を打開するために弦気を迎え入れたのに、こうなってしまったのは俺に責任があった。


 部屋の隅では夢咲愛花がベッドで荒い息を繰り返す弦気を心配そうに見つめている。

 戦闘能力が皆無で何かしでかす心配も無い彼女は放っておいてもいいが、別の部屋で勾留している大橋にはセンを見張りに付けている。

 弦気との合流により、逸ったあいつが何をやらかすかは分からないからだ。


 そして宵闇さんは俺が起こした騒ぎの事後処理と自衛軍の動向を確認しに出ていた。

 完全に俺のせいで事態が悪化している。


「まあそう落ち込むなよ。良いストレス発散になったろ?」


「…………」


 空蝉さんの軽口に付き合うのも今は億劫だ。

 彼にも多大な迷惑をかけてしまっているからいつものようには言い返せないが。


「あんだけの騒ぎを起こしちまうと拠点を移す必要があるぜ」


「……そうですね」


 弦気の傷の完治は最短で2日といったところらしい。

 空蝉さん本人が能力の練度を上げてきたことに加え、皮肉にも衝動的に放った音撃の、無意識下の手加減が幸いしていた。


「いや……」


 言いかけて口を閉ざす。


 冷静になって考えてみると、この不祥事は取り返しがつかないだろう。拠点を変えるのも決して簡単なことではないからだ。


 今や自衛軍と真正面からやりあえる勢力は存在しない。棺屋曰く、"協会"も粛清され始めたらしいし、どの街にも感知系能力者が数多く配置されているという。

 つまり、俺達にとって安全な場所を探すことがそもそも難しい。元々治安の悪かったニューロードの整備も進んでいる。


 それに宵闇さんに匿ってもらっていることは先日の一件で露見していて、今はそれが抑止力になっている状態。

 ボスは着々と俺達を……宵闇さんを始末する準備を進めているだろう。この事件を起点に一気に動き始めてもおかしくはない。


 俺達はせめて無害でなければなかったのに、俺が台無しにしたんだ。

 ……とにかく、今後のことは宵闇さんが帰ってきてから改めて話合うしかない。


 弦気の荒い吐息がこの上なく耳障りだった。


「はぁ……」


 今日何度目かも分からない溜息を吐いていると、新たに部屋の戸が開き、缶コーヒーを手に持ったロールが入室する。


「はい、死音」


 彼女は温かい缶コーヒーを俺に手渡した後、残ったもう一本を空蝉さんに放る。そして俺の隣に腰を下ろした。


「……大丈夫?」


 ロールは弦気に打たれた俺の顔を見つめる。

 赤くなった眉間は僅かに痛む程度なのだが、以前腕や足を折った時よりも煩わしく感じた。


「疲れた」


 ポツリと漏らしたそんな言葉に、空蝉さんが不機嫌そうに振り返ってくる。


「お前、そんなつまらねぇこと抜かしてたら死ぬぞ」


「……早く終わりにしたいんですよ。俺は」


 俺は反論にもならない言葉で誤魔化していた。


「あァ? 俺を楽しませてくれる約束だろうが」


「そんな約束した覚えはない。ちょっと黙っててくださいよ。空蝉さんが正しいことくらい分かってますから。

 ……俺は今、本当に疲れてるんだ」


 少し声を荒らげて言ってしまう。そしてすぐに俺は頭を掻きむしった。

 最低な八つ当たりだ。

 空蝉さんなりに俺を励まそうとしてくれたはずなのに、そんなこと分かってるのに、口から出る言葉が感情的になっている。


「……死音、少し休んだら?」


 ロールが言う。


「俺のせいでこうなってるのに……? 無理だ。宵闇さんが帰って来たらすぐにでも動かないといけなくなるかもしれない」


「でも死音、ここのところまともに睡眠とってない……。せめて宵闇さんが帰ってくるまで」


「無理だって、言ってる」


 また他人に当たる。

 それでロールが口をつぐみ、とうとう居心地が悪くなって俺はその場を立った。


「気にしないで」


 ロールが俺の心内を読んだかのように言う。深く息を吐き出し、俺が二人に謝ろうとしたその時、新たに声が響いた。


「……当たるのは俺だけにしとけよ。風人」


 その声に眉を寄せる。

 「へぇ」と、空蝉さんが感心したような声を上げた。ベッドに横たわっていた弦気が目を覚ましていたのだ。


「弦気さん……!」


 夢咲愛花が立ち上がる。

 彼女は弦気と関わる時だけ感情を見せるらしい。


「その傷でよく目を覚ましたな。まだ治療は四分の一も終わってねえぞ。っと嘘だろお前!」


 ベッドから足を下ろし、立ち上がって見せた弦気に空蝉さんが余計驚く。

 俺も驚いていた。いくらなんでもまだ動けないはずだった。手加減があったとはいえ、音撃をあの距離で受けたのだ。

 それで、目を覚ますだけでも予想外なのに、立ち上がるだと……?


「これだけ治して貰ったら大丈夫だ。意識さえあれば、俺は能力で活動できる」


「そんな能力だっけか?」


 空蝉さんが首を傾げる。同様の疑問があり、ロールも訝しげに弦気を見る。


 確か大橋から聞いた弦気の能力は、干渉拒否マスターキャンセル、あらゆる干渉を拒否するというもの。

 痛みを拒否して動いているとかだろうか。

 いや、それで何とかなるような問題ではない。各所で骨は砕けていたし、臓器も致命的なダメージを受けたはずだ。


「どうやって?」


 ロールが弦気に尋ねた。


「……ああ、傷が俺に与える負荷そのものを拒否すれば、無傷の時と変わりなく動けるんだ。

 俺は拒否する事象を選べるから、生命維持にも支障は出ない。リスクといえば多少神経を使うことくらい、だな」


 自分の能力の詳細を話すのは、俺を安心させるためか。

 いや違う。

 ギリと歯を鳴らす。

 そうやって話せるのは、誰にも対処出来ない能力だからだ。


「……そうなんだ、羨ましいわね」


「へぇ……」


 元々攻撃が効かない上に、万が一傷を負ったとしても意識がある限り全力で戦える。

 壁のすり抜けのように、他にも出来ることはあるはずだ。能力に関しては人のことを言えた義理はないが、とことん恵まれた奴だな。


 だがまあ、好都合でもある。2日の戦力ロスによる遅れはこれで考える必要がなくなった。


「つっても完治するに越したことはねぇだろ。もうちょっと付き合ってやるから座ってろ」


「いい。俺は攻撃を受けることもほとんどないし、時間が経てば勝手に治る」


 治療を施した空蝉さんを突き放すような冷たい声。

 それに少し苛ついたが、弦気からすれば空蝉さんは生粋の悪人だ。協力すると言っても仲良くするつもりがないのが伺える。

 空蝉さんとしても治すメリットがあるからそうしているだけで、弦気が礼の一つも言わないことを気に留めていない様子だった。


「弦気さん……、治して貰った方が……」


 夢咲愛花が顔をしかめて言う。


「本当に大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、愛花」


 側に寄ってきた夢咲愛花の頭をそっと撫でる弦気。

 その様子を見ていた空蝉さんが鼻で笑った。


「んだよ、強がってるだけか」


「なんだって?」


「元々取り返しのつかない体になってるだけだろ、お前。

 振る舞いこそ一丁前だが、実際は色んな致命傷をそうやって放置している死に体ってわけだ、違うか? ハハハ、そりゃあ能力による自然回復なんて意味ねぇよなぁ!」


「…………」


 弦気が一度空蝉さんを睨みつけ、その後少しバツが悪そうに俺の方を見る。

 俺は空蝉さんの言っていることを理解するのに時間がかかっていた。


「おっと、暴露しちまったな。しかし死音、こいつは気に入ったぜ。ガッツがある」


 空蝉さんがケラケラと笑う。

 そんなことはどうでも良かった。


 自衛軍に所属していた弦気は、顔写真付きで俺達以上に詳細の載せられた指名手配が行われている。

 そんな中で、自衛軍の追手からお荷物一人抱えて逃げてきたのだ。

 きっと、宵闇さんでも手傷を負うくらいの危機的状況だったはず。


 空蝉さんの言うことが本当だったなら、治癒加速アクセルヒールによる処置ではもう元の体には戻らない。疲弊し、能力が使えなくなって延命ができなければ弦気はいつでも死ぬ。

 今回死ななかったのも、ほとんど奇跡だ。


「……なんなんだよ、お前。そんな体でなんで……」


 なんで俺の音撃を受けたんだ。


「なんでそんな顔をするんだ。殺すつもりだったんだろ、風人。それとも俺が防ぐのを見越した上での攻撃だったのか?」


 胸がざわつく。生き延びるために必要な思考が鈍る。

 

「死音じゃなかった。風人だったから拒まなかった。やっぱり、ちゃんと話し合ってみて良かったよ」


「ふざけんな、ふざけるな、お前!」


 ズイと弦気の方へと踏みよる俺を空蝉さんが止める。それでも俺は拳を握りしめ、弦気の胸ぐらを掴もうとしていた。


「気色悪いこと言うんじゃねえ! 俺は……、俺はな……ッ!」


「おいおい、また繰り返す気か? 見ていて面白いが、やるなら全部終わってからやれよ。今度こそ戦力が減るぞ」


 その言葉が俺に多少の冷静さをもたらす。

 息を何度も吐き出し、平静に戻ろうとする。

 怒りに行き場が無い。これがどういう怒りなのかも分からない。

 死なないことで精一杯な日々で、弦気のことなど忘れたことすらある。


 今後俺に危害を加える気がないなら怒る必要なんて微塵も無い。弦気は俺を許すと言っている。好都合にも程がある。全て終われば、関わらないようにすればいいだけ。

 今はボス暗殺に向けてのすり合わせを滞りなく行うために、全て忘れて媚びを売っても良い。

 そうだ、そうだろ?


「とりあえず、瞳に会わせてくれ」


 弦気は何事も無かったかのように言う。


「クソっ……」


 答えがでないまま、俺は視線を下ろすことしかできなかった。

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[良い点] ふっかつやあああ [一言] うれしい
[良い点] 祝!復活!! 圧倒的感謝!!! [気になる点] 先生の完結宣言を聞いた以上、一欠片も憂いなし!!! [一言] 星の数だけあるなろう小説において、私の中では間違いなくこの小説がナンバーワンで…
[一言] 夢かと思って惚けました。ただただ嬉しいです。
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