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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
143/156

死離滅裂

「棺屋……お前、なんで生きてる」


 眉を顰め、不快感を明確にあらわにする。

 俺の脳裏に蘇るのは、Nursery Rhymesの侵攻により、スレイシイドが崩壊したあの日のことだ。

 俺はこの男、棺屋万里と一戦を交え、その末に棺屋を殺した……はずだった。

 心音撃によって棺屋が肉片となり散りゆく姿をこの目で見たのに……こうして俺の前に立っているのは、殺り切れていなかったからに他ならない。


「クク、こりゃまた随分と研磨された様子だなぁ、死音。そんなに殺気丸出しで睨まないでくれよ。まずは再会を祝おうぜ?」


 棺屋は部屋の中央の椅子へ勝手に腰掛け、ボロ机に両足を上げる。


 どうする。歪曲音の支配下に置くか?

 だが宵闇さんの客だ。この状況でここにやって来たということは、おそらく俺達に加勢するつもりなのだろう。

 考えを巡らせながら見下ろしていると、棺屋は肩をすくめていた。


「まあ、訳ないトリックだから教えてやる。ただ影の中に用意してた身代わりと瞬時に入れ替わっただけさ」


 それくらいしか考えられないと思っていたところだ。

 しかし心音撃は心音をマークして放つ音撃。にも関わらず俺が入れ替わりに気付かなかったということは、相当シビアなタイミングだったはず。


「イカれたヤマがあるって話を聞いて来たのはいいものの、なんで一之瀬大将がここにいる? 説明してもらおうかね」


 俺が視線を一之瀬に移した所で棺屋が誰にともなく尋ねた。

 メンツと言い、室内はより一層混沌と化している。

 そしてまた誰も話し出さないのを見て、状況を整理するためにも俺は棺屋と一之瀬に事の発端から今に至るまでを話し始めたのだった。




ーーー



「あー……」


「……ふむ」


 俺たちが置かれている状況を知れば、相当な場数を踏んでいるであろう二人も流石に唸らざるを得ないらしい。


「つまり酒井大将がAnonymous首領ハイドその人であると?」


「そうだ」


 一之瀬の再三に渡る確認に何度でも肯定を返す。

 小一時間掛けて説明したが、二人は未だに納得し切っていない様子だ。

 しかし俺達がこうなっていることを考えれば信用するしかないだろう。嘘にしても荒唐無稽だし、何より意図が掴めない。


「俺の知らない所でそんな最低最高な事が起きてたのか」


 棺屋は他人事のように笑った。

 こいつは空蝉さんと同様、闘争に喜びを感じるタイプだ。Nursery Rhymesに属していた事もあり……殺人への好奇心、執着が凄まじい。

 だからこそ宵闇さんは棺屋を呼んだのだろう。営利目的の戦闘をする奴ではないから。


 ただ、こいつは虐めたくなるという理由だけで俺を付け狙ってきた前科がある。だから裏切ってまた俺を狙ってくる可能性も懸念しなければならない。

 事が済めば殺すのは確定として、それまでこいつが近くにいるなると安易に休んだりできないのが辛いところだ。

 しかし、気兼ねなく敵を押し付けられる味方が空蝉さん以外にも出来たのは素直に悦ばしい。


「それで、あなた方はどうするつもりなのです?」


 一之瀬が俺達をぐるりと見回して言った。



「酒井大将を殺す。それができない限り、俺達に安寧はない」


 俺達の考えはそういうことで纏まっている。

 これを一之瀬に伝えたところで問題はない。なぜならボス自身が俺達の方針に気づいているからだ。


「では、僕も協力しましょう」


 簡単に言ってのけた一之瀬に、全員の視線が集まった。


「まあ、信用は得られないでしょうけど」


 彼はそう付け足す。


「そうだよ、信用できる訳ないだろ……!」


 センが堪らず口を挟んできた。

 ロールがセンをチラリと見やると、彼女は口を押さえて一歩下がる。


「一之瀬の手引きがあればセントセリアへの侵入難度は一気に下がるな。このメンバーの中でノーリスクで侵入できる奴なんか、宵闇と棺屋、あと俺くらいなもんだ」


 空蝉さんが珍しくまともな発言をする。その通りだ。

 暗殺にしても、敵の本拠地に宵闇さんや空蝉さん、あと棺屋だけで攻め込むのは無謀すぎる。いや、一之瀬がいないことを前提にするなら、無謀であってもそれがベストだった。

 だが俺達全員でセントセリアに入れるなら多少の余地は生まれる。

 弦気も動かせたら十分計画と呼べるものになる。俺や弦気は唯一ボスの能力を無効化することができるからだ。


 どの道ここで一之瀬は殺せない。殺せばボスに軍を動かす口実を与えることになる。

 帰すしかないなら何か成果を得たいところだが……やはり裏切られたら終わる。


「酒井大将は着々と地盤を固めていますよ」


 時間をかければかけるほどボスの暗殺は難しくなってくる、という意味だ。


「あー、それでやけにセントセリア拡大計画を急いでんのか。住民を受け入れれば受け入れる程、本部に配属される人員も増やせるからなぁ」


 棺屋が合点のいったように頷く。


「信用に値する話にはなりませんが、僕があなた方に協力を申し出た理由は二つ。

 一つは自衛軍をより良い組織にするため。実権を握る者が罪人であるなど、言語道断です。

 もう一つは……個人的にAnonymous首領、ハイドを恨んでいるからなんですよ」


 一之瀬の瞳の光が失せた。歪曲音の支配下ではあるが、俺はその底知れぬ激情を見据え、一歩距離を取る。


「ふゥん。俺達もそうだが、Anonymousのボスともなれば大勢の恨みはそりゃあ買ってるよな。アンタは何されたんだ?」


 空蝉さんがセンが買ってきた食材の中から酒を発見し、それを手に取りながら尋ねる。

 プシュッと缶ビールのプルタブが開かれ、彼がそれをゴクゴクと喉を通す音が部屋に鳴り響く。

 センが羨ましそうに手を伸ばしたのをロールが無言で嗜めていた。



「彼は御堂龍帥を殺した」



 ピリと、一気に緊張感が漂う。


 一之瀬空刃は最年少に大将まで上り詰めた男。下積み時代、御堂龍帥の部隊に所属していたことはあまりにも有名だ。

 そうか、それならボスを恨んでいてもおかしくない。


 だがそうなると……俺もだ。

 俺も御堂龍帥を殺した人間の一人なのだ。

 御堂大将抹殺の任務に参加したメンバーで生き残っているのは、今や俺とボスのみ。


 一之瀬と、目が合う。

 お前もだぞと訴え掛けてくるかのような眼光。

 駄目だこいつ。やはりここで……。


「安心してください。君に関しては弦気に一任するとに決めていますので」


 鋭い眼光を和らげ、ニコリと微笑んでみせる一之瀬。

 この状況でなぜそんな脅しを掛けられるんだ、こいつは。

 まともじゃない。


「…………」


 一之瀬の協力は得たいが、見送るべきか。

 でもこの賭けに乗らなければ次の賭けはもっと分が悪そうだ。

 どうにかして一之瀬の裏切りを防げないものか。空蝉さんに大橋の"復讐白書"をコピーしてもらって、それで一之瀬を対象に定めさせるか?

 対象からの攻撃にしか効果を発揮しないあの能力じゃ担保としては弱いが、それくらいしか……。


「ま、担保が欲しいなら宵闇にお願いすりゃいんじゃね」


 俺の思考を読んだかのように棺屋が言った。

 その言葉を受け、俺は宵闇さんに視線を向ける。


「そんなことできるんですか?」


「……気休めくらいにはな」


 宵闇さんは壁にもたれかかって腕を組んだまま、人差し指を立てる。すると彼の背後から滲み出てきた黒い"モヤ"が、床を這って一之瀬の元まで進んでいく。

 そしてその足元から腰へ、腰から首へと蠢きよじ登っていき、やがて一之瀬の顔まで辿り着く。

 一之瀬は動じず、それを払いもしない。


 顔に辿り着いた"モヤ"はそこで分散し、一之瀬の瞳孔と、耳の中に"馴染んだ"。


「あまり心地の良いものではありませんね、これは」


「お前の視力と聴力を担保に、手を組もう」


 宵闇さんが最終的な決定を下す。

 いつもながら恐ろしい能力だ。だがこれなら一之瀬はそうそう裏切れないだろう。

 それこそ目と耳を犠牲にする覚悟が無いと。


 自衛軍大将である一之瀬が酒井大将の皮を被ったボスを排除したがるのは当然のことだ。

 残党の俺達はぶっちゃけどうとでもなる。


 俺達にボスを始末させた後、俺達を始末する──

 それが一之瀬の筋書きなのだろう。


 何かと不安要素は残るが、どうせこの先盤石での戦いは望めないのだ。

 やはり宵闇さんはボスとの決着を急いでいるようだが、……決定に従おう。


「決まりですね」



 その後、一之瀬とは弦気と合流してからまた改めて段取りをつける予定を立てた。

 棺屋も俺達の計画に乗ることにしたらしく、しばらくアパートに居着くことになった。



ーーー



 それから二日後。

 起きている間は一時間置きに行う街の集音で、俺は"干渉拒否"を感知した。

 三日後と言っていたが、どうやら一日早く街に着いたらしい。

 あっちはこちらの位置を掴んでいるのか、随分と近くまで来ていた。これなら念の為指定していた待ち合わせ場所には行かなくて済みそうだ。


「宵闇さん、弦気と話して来ます」


 壁の向こうに音を送り、ベッドから立ち上がった俺は上着を羽織る。

 観測者の件が解決した今、弦気と二人で話す意味はない。意味はないが、話すことなら多くある。

 協力者として良好な関係を結ぶために、ある程度はしがらみを消化しておくのが得策だ。

 あっちが許す気でいるなら、俺が我慢するだけで済むことだからな。


「出掛けるの?」


 隣で横になっていたロールが体を起こし、尋ねてくる。


「うん」


 視線を向けずに答え、口元を隠すためにマスクを付ける。そのまま部屋を出ようとしたところで思い直した。

 宵闇さんが見ててくれるとは言え、流石に一人で行くのは不用心か。


「ロールも……来るか?」


「行く」


 振り返って聞くと、返事はすぐに返ってきた。

 ロールは慌ただしくベッドから降りて、パパっと着替えを済ませる。

 部屋着から私服に着替えた彼女は俺の隣に立つ。


「……久しぶりよね。二人で出掛けるの」


「帽子くらい被った方が良いだろ。ロールは目立つから」


「ん」


 壁に掛けてあったキャスケットを手渡すと、ロールはそれを深く被る。


 そうして俺達はアパートを出た。




 人通りのない路地を通り、廃れた商店街に出た。

 ロールは肩と肩が触れ合うくらいの距離で隣を歩いている。


「ねぇ死音」


 ロールが声を掛けて来たのとほぼ同時に、商店街の反対側から歩いてくるあいつが見えた。隣には白髪の少女……夢咲愛花だ。


「なんだ?」


「後で……ちょっと話聞いて」


 そっと俺の袖を摘んで、弱々しい目つきでロールは言った。俺が頷くと、ロールは袖から指を離す。


 そして視線を移すと、俺達とその男……弦気との距離は、もう普通に話せるくらいにまで切迫していた。


「久しぶりだな、風人」


「ああ、弦気」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 待ってました [一言] ハッピーエンド、アンハッピーエンド どちらにせよ結末を楽しみにしてます
[一言] 溜息さんは生きていて欲しかったなぁ。。。 これからも頑張って下さい 急展開すぎてヤバシ!!
[良い点] べ、弁当箱!貴様生きていたのか! (やったぜ、これからも更新あると嬉しいな)
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