死の帰還
Anonymous元首領、ハイド。
ボスは現在、酒井中将の人生そのものを奪い、自身を殺すことで表舞台に立っている。
宵闇さんですらボスの能力の全貌を把握していないのだが、時間の強奪により、起こったことを改変する力を持っているのは確実だ。
敵になってみると、どう攻略していいのか分からないふざけた能力……。
そして宵闇さん曰く、夢咲愛花の力により、ボスの能力は強化されているという。人一人の時間をまるまる奪い、それに成り代わったボスの及ぼした改変は計り知れない。
それを、目の前の男は疑問に持っていた。
「酒井大将。……当時は酒井中将だが、彼にAnonymousを壊滅させる程の力はなかった。いや。あの日、組織を壊滅させる程の戦力は確かに作戦行動に参加していた。
だが、詩道は? 溜息は? 百零は? 煙は?
彼らがいたから対応できないことがこれまで何度もあったのに、逃げることもままならず壊滅状態に陥ったとは到底考えられない」
「…………」
盲点ではあった。
ボスが自衛軍の中枢へと潜り込んだ今、最善の解決策は自衛軍の自己修復だ。
「他にも、不可解な事がたくさんある。なぜ襲撃の日に幹部が襲撃を待つかのように勢揃いしていたのか。その直前から支部が統合するかのようにデリダへ集まっていたのは?
これではまるで……、壊滅こそがシナリオであったかのようだ。これを誰も疑問に持たないのがおかしい。
そもそも酒井中将は無能で知れ渡っていたはずなのに、世間の反応はまるでそうでなかったようなものだ」
「死音! 大丈夫か!」
一ノ瀬が話に区切りをつけた所で、買い物袋を両手にぶら下げたセンが俺の元まで駆けつけてきた。
チラリと屋根の上に目を向けると、空蝉さんが拍子抜けだといった様子で舌を出していた。
確かに空蝉さんにとっては良い流れではない。しかしこれは反撃への足がかりとなる。
味方とまではいかないが、この疑問を持ったなら一ノ瀬はきっと俺達で動かせる駒になる。
自衛軍の中に敵がいるとなれば、俺達残党を始末することより優先度は遥かに高いだろうし、一時的に協力しあえる。
俺は小さく息を吐いた。
「分かった。話をしよう。その代わりこっちも聞きたいことを聞かせてもらう」
「勿論、構いませんよ」
「じゃあ隠れ家まで連れて行く」
「いやいやいやいや、何言ってんだ死音! コイツ! 大将だぞ!? 自衛軍のトップ戦力!!」
話を最初から聞いていなかったセンが反対してくる。
センは特に上空に置ける一ノ瀬の戦闘力を間近で見たから、その反応も仕方ない。
「分かってるよ。デカイ声を出すな」
一々音量を下げるのはそれほどの手間ではないが、煩わしい。
俺はセンに軽く事情を説明し、アパートまでの道を先導させた。
ーーー
一ノ瀬を連れてアパートに戻ると、大橋を含めたメンバー全員が宵闇さんの一室へと集まった。
一ノ瀬は一瞬大橋を見たが何も言わない。彼女の方は一ノ瀬の姿を見るや否や俯いてしまっていた。
当然だ。今の大橋の状況は自業自得。規律を破った独断行動が招いたものだ。
「……死音、何があったらこうなる」
自衛軍大将を隠れ家に招くという異常すぎる状況。宵闇さんの疑問は至極真っ当だった。
一体どこから説明するべきなのか。一ノ瀬が俺達に接触してきたのは完全に想定外の事態。だが、その前に俺は宵闇さんに無断で外出し、弦気と連絡をとっている。
そのことから正直に話し、後から弦気と二人で会う旨を話すか?
一ノ瀬には事の顛末を話すとして、その後どういう行動をとってくるかは分からない。なら弦気と接触したことはまだ話すべきではない。
俺は宵闇さんとの音のチャンネルを繋いだ。
同時に一ノ瀬が口を開いた。
「お初にお目に掛かります、元Anonymous幹部、宵闇──。僕から彼に接触したんですよ。真相を知りたくて」
宵闇さんは一ノ瀬を一瞥し、ロールは俺と目を合わせた。
真相、という単語で一ノ瀬が何かを察していることに気づいたのだ。
「どうやら皆さんの反応を見るに、やはりAnonymous崩壊には何か裏があるみたいですね」
「その話をする前に、聞きたいことがある」
一ノ瀬の言葉を半ば遮って、宵闇さんは言った。その視線の先には当然俺。
「何かコソコソしていたようだが、何のつもりだ?」
やはり宵闇さんは俺が出ていったことには気づいていたか。"暗視"されていたのだろう。
弦気との会話も見られていたとしても、宵闇さんの読唇術を考慮してボロは出していない。
正直に話しても問題ない。
「弦気と会うことになりました」
俺は宵闇さんと繋いだ音のチャンネルでそれを伝えた。
「……なぜそんな勝手な真似をした?」
間髪入れず問詰められる。
俺も用意していた答えを若干間を置いて答えようとした。
「……前の作戦、失敗したじゃないですか。俺のせいで。それで……」
「やめろ」
ズン、と。一瞬の内に俺の首は可動域限界まで捻じ曲げられ、部屋の壁に押し付けられていた。
遅れて全身に衝撃が走り、まだ所々完治していない傷が激しく痛んだ。
「ぐぁ……!」
「死音!」
ロールがすぐさま駆けつけ、丁度捻じ曲げられた首の視界の先で壁にもたれ掛かっていた空蝉さんはぴゅうと口笛を吹いた。
眼球をなんとか下に移動させると、黒い"モヤ"が胸部から首に掛けて覆っている。
"闇支配"による力だ。そしてその能力を使役した張本人がゆっくりと俺の元まで近づいてきていた。
「死音、お前は俺を舐めているようだな」
「お願い、宵闇さん。やめて」
「邪魔だ」
ロールが割って止めに入ったが、"モヤ"に払い飛ばされる。彼の冷えた視線が俺を射抜いた。
ああ、しくったな。俺は察して脱力する。
「嘘をついているな?」
「…………」
「俺を馬鹿だと思っているだろう」
宵闇さんが冷たい手で首を掴み、俺をさらに壁へと押さえつける。かろうじて声は出せるが、俺は答えられない。
彼の言うとおり、俺は宵闇さんを舐めていたのかもしれない。実際自分の都合の良いようにコントロールしようとしていた。それを悟られたのだ。
「お願い……、死音を離して」
モヤに払い飛ばされたロールが再度制止に入ることで、宵闇さんは俺を解放した。
その場に崩れ落ちた俺の側にロールが両膝をつく。
「けホッケホッ……」
「……死音、大丈夫?」
「死音。俺達をただの駒だとしか思えないのなら、ここから去れ」
そんなつもりはなかった、などとは言えない。
でも正直、宵闇さんの考え方がわからないというのはあった。彼が俺を、俺達をどう思っているのか。ただ成り行きで匿っている訳ではないのは分かる。
溜息さんのように、落ち着いた雰囲気を纏わせながら、どこか冷めきっていない感情を秘めているのであろう宵闇さん。それでいてこれまで宵闇さんは、観測者の一件を除いて受動的であった。
だからきっと俺は無意識にコントロールできると思ったのだ。保身のために。
「考えを改める気があるなら、まず俺に、本当のことを話せ」
それで宵闇さんの不興を買ったなら当然改める。本当の事を話す。
「宵闇さんがいないと、俺達は殺されるんですよ……」
「…………」
ポツリ、嘘をついている理由を話し、宵闇さんを見上げる。ロールの不安げな息遣いが耳元で響く。
感情の見えない瞳で宵闇さんは俺を見下ろしている。
「観測者は……死にました。自殺です」
視線を外し、俺は言った。
「そうか」
宵闇さんの返答は淡白なものだった。恐る恐る表情を窺ってみる。やはりその瞳から心の内は推し量れない。心音にも変化はない。
何も感じていないはずはないだろう。元々死んでいると思っていた所に、俺が無駄な希望を与えてしまったのだ。
「……ですが、その一部を夢咲愛花に譲渡した、みたいなことを言ってました」
死んでいることに変わりはないが、俺は気休めの事実を伝える。同時にそれは、まったくの嘘を言っていた訳ではないという、俺の弁明でもあった。
「分かった」
それだけ言って深く呼吸をし、宵闇さんは一ノ瀬を見やった。
あの時のような激昂はなく、一人でボスを討ちに行く、なんてことにはならなそうだ。理性を欠きさえしなければ、宵闇さんには俺達を守っているという自覚がある。
ならばこうして事実を打ち明けることになったのは、結果的に良かったのかもしれない。
俺はロールの肩を借りて立ち上がる。
終始音支配による干渉で話を聞いていた空蝉さんが、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「話は終わりましたか?」
宵闇さんからの視線を受け、一ノ瀬が言った。部屋の入り口付近に立つセンが分かりやすく顔をこわばらせる。空蝉さんは下卑た笑みを浮かべたまま腰の刀に手を添えた。
「そう殺気立たれては話もできませんよ」
やれやれと両手を上げる一ノ瀬。
このメンツが相手では流石の自衛軍大将と言えど勝ち目はない。それ以前に一ノ瀬は俺の歪曲音の支配下にある。
「ところで彼女は、弦気くんと接触するための人質ですか? 拘束が見受けられませんが、ただナメられているのか、それとも……」
一ノ瀬が目を向けたのは大橋だった。
「一ノ瀬大将……、私は……!」
「お前は黙ってろ」
大橋の言葉を遮り、俺は前に出る。宵闇さんからの叱咤を受けた手前、場を仕切るのには少し抵抗があるが、宵闇さん、空蝉さん、セン、今のロールには話の進行を任せられない。一ノ瀬の思うように話を進められても困る。
「本題を話す」
「少し待て死音、一人客を呼んでいる。もう直、来るはずだ」
宵闇さんが言った。
「客……?」
センが首を傾げる。
今自衛軍が総力をあげて潰そうとしている俺達に関わろうとする馬鹿がいるのか、そういう意味で俺も疑問があった。
それからしばらく待つと、アパートの階段を誰かが上がってくる音が聞こえてきた。
足音は部屋の前に止まり、ドアノブが回って扉が押し開かれる。
「よう。っておいおい……、流石にこれは聞いてねーぞ宵闇。新手のジョークにしてはいくらかスパイスが効きすぎてんじゃねーの」
一ノ瀬を見るや否や開口一番にそんな不平を漏らしたその男を見て、俺は目を見開いた。
現れた男の名は、棺屋万里。俺が確かに殺したはずの男だった。




