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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
一章
14/156

見えない音

 任務内容を再確認しよう。

 大きく分けて俺達がこなさなければならない仕事は2つある。


 まず一つは、サディンタの後部座席に積まれたあの巨大な箱の処分。

 その強固な箱の中には人体実験によって生み出された”壊れ者”が閉じ込められている。

 しかも本来本部でボスや溜息さんが直接処分するはずの”壊れ者”だ。俺達が処分するのには少々難易度が高い。


 そしてもう一つがこの街に展開された自衛軍の殲滅である。

 ボスいわく、来ても大佐クラスまでらしいが、それでも油断はできない。

 というか、ボスからしたら大佐クラスは雑魚なのかもしれない。しかし俺からしたら十分に強敵だ。

 まあ戦闘状況によれば、能力による一方的な死合が展開できる自信はあるけど。



 ロールとの作戦会議は簡単なものだった。

 お互いに案を出し合い、そして穴を探す。


 後部座席に積まれたブツを海に捨てるという案は、自衛軍に回収される可能性が高いという点からボツ。

 ロールがブツの処分、俺が自衛軍の殲滅という形で二手に別れるという案も、危険性と連携の完成度が低いことを考慮してボツ。


 作戦会議は五分もかからず終わる。


 そして出た結論は、このままこの特定されたサディンタでの逃走を維持すること。

 約50分の逃走で救援の到着が来るまでの時間を稼ぐ。

 サディンタからの乗り換えは車の用意ができないのと、(ブツ)の運び入れに手間がかかるためボツ。

 もちろん支部の拠点が押さえられている可能性があるから、この街の各所にある拠点などに隠れるのもすでにボツ案となっている。

 捕まった末端がどれくらい末端の人間かが分からないから自衛軍に渡った情報も分からない。


 ボスは問題ないと言っていたが、今回支部の末端が捕まったことで、この街における組織の機能はいくらか失ってしまったんじゃないだろうか。

 もし本当に拠点の位置が割れていたりしたら相当な痛手のはずだ。

 ……まあそのへんは俺の考えることじゃないか。


 とにかく、俺達は逃走案という安全策をとった。

 任務はその質の前に、達成することが優先される。

 俺達は質にこだわっていいほど、パートナーとして完成していない。

 だから救援の到着まで逃げ続けるという選択は、ロールの適切な判断だ。


「つぎ左」


「了解」


 漆黒のタキシード。アノニマスのマスク。

 お互い全く同じ服装に身を包み、サディンタで道路を駆け抜ける。


 街にはすでに避難勧告が発令され、気づけば人通りはほとんどない。

 乗り捨てられた車が俺達の行く手を阻む。


 徐々に俺たちを追い詰めていく自衛軍の包囲網だが、それをなんとかくぐり抜けて逃げ切れているのは、俺の音によるマッピング能力のおかけだ。

 敵がどこにいるか、どのように動いているか、こんな袋のネズミ状態でもそれが把握できているから自衛軍との鉢合わせはなく、戦闘を避けられている。


 しかし、自衛軍の道路の封鎖スピードも上がっている。

 こちらに戦況把握能力があるのはバレているだろう。市街地の外に誘導されるのを防ぐため、たまにロールが旋回に工夫して自衛軍を撒く。


 戦闘になるのは時間の問題のはずだ。奴らが仕掛けて来れば戦闘は避けられない。

 だが奴らは万全の状態で仕掛けたいはずだ。民間人への被害はこちらもなるべく抑えたい。

 残り30分と少し。

 なんとか時間を稼ぎ切れればいいが……。


 そう思った矢先だった。

 ロールの頭にピョコンと耳が立つ。

 そして俺も助手席から後ろへ振り返った。


 音。

 風を切る音だ。


 何かが高速で近づいてきている。


「仕掛けてきたわね」


 ロールはそう言ってハンドルを切った。

 アクセルは更に強く踏まれる。

 俺の体がガクンと揺れた。


「このまま振り切るわよ!

 死音は音を聞いてて!」


「了解!」


 返事が若干どもる。

 急スピードで展開された状況に、俺の心臓が強く脈打っていた。


「戦闘は最後の手段!

 あと30分! 逃げ切るわよ!」


 今戦闘になってしまえば、もちろんサディンタを止めることになる。

 止まってしまえば俺達はやがて包囲され、集中砲火されるわけだ。

 救援までの時間が遠い間は戦闘に持ち込むべきではない。

 そしてキリング50分と言っても大体の目安。

 もしかすると救援は遅れるかもしれないのだ。


 俺は敵の動きに対し、ロールを導いていく。


 中央道路の交差点に差し掛かった時、サディンタに何かが被弾した。

 車体が大きく揺れる。


「なっ!」


 キィィィとタイヤが擦れる音。

 ロールがブレーキを踏んでいる。

 車体は揺れ、やがてサディンタは高層ビルの壁に突っ込むすれすれのところで止まった。


「死音! 下りて!」


 突然のことにびっくりしていた俺だが、ロールの声でハッとする。

 シートベルトを外すと、急いで反対側のドアから下りた。

 地面に足をつけ、すぐさま俺は周囲の音に注意警戒する。

 接近中の音は二つ。

 後方から俺達を追っていた浮遊持ちの能力者。

 そしてもう一人は反対側からやってくる。おそらくサディンタに攻撃を仕掛けてきた奴だろう。

 この距離ならロールにも十分に察知できる音だ。


 そして、その更に遠いところから自衛軍がぞろぞろと集まってきているのが分かる。


「はぁ、最悪の展開ね。

 残り20分強。

 荷物を守って応戦するのには分が悪すぎる。

 あいつら市街地だってのにお構いなしじゃない。本気ってことね」


「……そ、そうだな」


 俺の震えた返事にロールは振り向いた。


「何、死音。もしかして緊張してるの?」


 そりゃそうだ。死ぬかもしれないのだから。

 そもそも俺の能力は真っ向勝負のタイマンに向かないし、能力を考慮しない接近戦になったら二等兵にも劣る。

 しかし緊張してるなんて恥ずかしいことは認められない。

 ロールに幻滅されるのも困る。

 大佐クラスくらい、鼻息荒く迎え撃つくらいの気概がないと。


 俺はロールの言葉には返事せず、奴らが来る双方を交互に睨んだ。


「素直じゃないわね。

 死音は下がってていいわよ。先陣の二人は私がやる」


「大丈夫。戦えるって」


「ここで死音が出張るのは得策じゃないからよ。

 死音は数が来たらアレをお願いするわ」


 そう言って前に出るロール。

 俺は黙って下がることしかできなかった。


 ロールは気を遣った訳じゃないんだけど、やっぱりこうしてロールに守られるという形は気に入らない。

 だが、実力が伴わない俺が出しゃばるのはロールに迷惑をかける。

 そうなると黒犬さん達に怒られることになってしまう。


 今はまだロールの影に隠れていよう。

 だけどいつかは守れるくらいに強くなりたいものだ。 

 ロールより強くなれるビジョンがまったく浮かばないが。


 さて、そうこう考えている内に双方向から向かってきた刺客が肉眼で十分に視認できる距離に迫っていた。


 二人共、空を滑空してこちらへ向かってきている。

 自衛軍の白い制服。


 そして降り立った2つの影にロールは構えた。

 金色の猫耳がピョコンと立って、態勢は低い。


 二人に挟まれる形になったロールは、双方に警戒しつつ臨戦態勢をとっている。

 刺客の二人の胸に輝くバッジは銀の鷹。

 大佐だ。


 二人は俺に警戒しつつ、ロールに歩み寄っていく。

 邂逅と共に始まると思われた戦闘は、まだ静かに幕を揺らしている。

 走る緊張の中、片方から歩み寄った大佐が静かに口を開いた。


「投降し……」


 ロールがその言葉の続きを聞くことはなかった。ロールの爪がすばやくその大佐の喉元を掻っ切り、鮮血の花を宙に咲かせたからだ。

 その体が倒れる前にロールは反転する。

 ロールは標的を反対側の大佐に移し、辛うじて音だけ捉えられる速度でその顔を捉える。

 そして次の瞬間には大佐の首から上と胴体はサヨナラしていた。


 即死だ。


 ロールは捻り切った大佐の首を投げ捨てる。

 そして彼女の足元で血の海を作っていた大佐にナイフでとどめを刺すと、ポケットから取り出したハンカチで手とマスクについた返り血を拭く。

 そこまで終えると、ロールはゆっくりと俺の元まで戻ってきた。



「……」



 あまりに一瞬で戦闘が終わったため、俺はぽかんと口を開けていることしかできなかった。

 ロールは息一つ切らしていない。



「新米が来て助かったわ。

 自衛軍の階級は相変わらず当てになんないわね」


 戻ってきたロールは陽気な声でそんなことをいった。


「今のはロールが強すぎたんじゃ……?」


「そんなことないわよ。

 自衛軍は昇級審査が能力の強さに依存するから、訓練と実戦経験があまり積まれていないああいうのがよく生まれちゃうわけ。

 特に、浮遊持ちの、風能力者の、大佐は、カモが多いわ」


「へぇ」


 自衛軍との戦闘あるあるか。

 覚えておこう。


「とにかく、階級で判断するのはあまり良くない。大佐以下の階級でもあいつらよりは強いのいっぱいいるし。あくまで基準ね。

 色んな例外があるから型には嵌めないことよ」


「分かりました師匠」


「よろしい」


 そう言うと、ロールはサディンタのボンネットにもたれかかった。

 近づいてくる音はまだ少し離れている。


「ロール、今なら再発進が間に合うんじゃないか?」


「無理よ。タイヤやられたし。

 大人しくここで迎え撃つしかないわ。

 とりあえず死音、車の中の水筒とってくんない?」


 言われて俺はサディンタの中から水筒を取り出した。


「手にかけてくれない?」


 なるほど。血を洗い落とすのか。


 俺は言われたとおりロールの手に水筒の中の水を少しずつかけた。

 ロールは手を濯いでパッパと水を切り、そして俺の手から水筒を奪うと、それを口につけて傾けた。


「ありがと。死音も飲む?」


「もらうよ」


「全部飲んでいいわよ」


 俺は残りの水を全部飲み干し、水筒をサディンタの中に放った。




「さて、そろそろね。

 今度は死音にお願いするわ」


 それからしばらくすると、ロールはそう言ってサディンタにもたれかかるのをやめた。

 俺は死体と血の海をまたいでゆっくりと大通りの真ん中に立つ。

 自衛軍はもうすぐそこまで接近してきている。

 ビルを挟んだ後方から、大通り四方向から、ビルの上、そして上空からも。

 上の方はすでに視認できる。

 俺は良い的だろうな。


 だがこれだけ引き付ければほとんどが射程圏内だ。

 先手必勝。


 俺はロールにチラと視線を向ける。

 ロールは俺の合図に気づいて、耳を塞ぎ、口を大きく開いた。



 そして俺は能力を使う。



 140dB(デシベル)

 これが直接聞いたら気絶する音量らしい。

 もちろん爆音だ。


 俺はピッタシこの音量を出せるわけじゃないが、おそらくそれ以上と思われる爆音は鳴らすことができる。

 俺が確認できた最大出力は、衝撃波が生まれるほどの音の波。


 本気でやったわけじゃないが、それなりにデカイ音をだした。

 高層ビルのガラスがパリンと割れ、落ちていく。

 ロールはすでにサディンタの中に避難していた。


 宙に浮いていた浮遊能力持ちの能力者が地面に落下して嫌な音を鳴らす。

 自衛軍はほぼ……、全滅だ。


 この威力では人を殺せない。よくてショック死だろう。

 しかしほぼ気絶したとなれば攻撃してくる奴もいないはず。


 このまま救援を待って、荷物を本部に持ち帰れば任務は達成だ。

 こっちで荷物を処分しないといけないんだっけ?

 いや、ボスは持ち帰れるものならやってみろとか言っていたから同じか。


 なんだ。やってみれば案外簡単な任務じゃないか。

 俺は余裕の笑みをマスクの下に浮かべてロールの元へ歩む。



 ……いや、待て。

 ほぼ全滅?


 それは生き残っている奴がいるということではないのか?

 体質とか、運良く生き残れる程度の音じゃなかったはずだ。

 それってつまり……。


「噂の規格外の少年だね。

 やはりアノニマスに回収されたのか」


 心臓が飛び跳ねた。

 背後に男がいきなり現れたのだ。


 いきなりだ。

 接近という途中経過はなく、突如としてそこに現れた。


 咄嗟に腰のホルダーからナイフを取り出し、俺は振り返って男に突き立てようとする。

 しかし、振り返った時点で俺の手首は捻られ、気づけば地面に伏していた。

 遅れて体に衝撃が走る。

 何をされたのかは分からない。

 ただ地面に叩きつけられたってことは分かる。


「うぐぅ……」


 息が詰まる。

 受け身も取れない態勢でコンクリートに叩きつけられたのだ。

 俺は首をなんとか捻り、男の姿を視界に入れた。

 そこで見えたのは、老けた男の笑みと胸に輝く銀色の三つ星。


「悪党にも名乗るのが僕のスタイル。

 自衛軍、不知火(しらぬい)中将だ」



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