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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
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死は狂気に染まる

 自衛軍との圧倒的な戦力差を埋める手段は存在しない。

 Anonymousを指揮していたボスは反社会組織として有効な立ち回りを熟知しており、俺達が組織的に力をつけるべく動いてもあの手この手で退路を塞いでくるだろう。


 大将に昇格したボスは非常にアクティブだ。各街の悪を排除すべく、目まぐるしく改革していく。自らが築いてきた裏社会の礎を躊躇なく破壊していく。


 そんな中俺は、現状におけるあらゆる問題をまとめ上げて、一つの結論を導き出していた。


 ボスの襲撃から生き延びた俺達は、執拗なまでの指名手配を受けている。

 これから逃れることはできない。


 追い打ちとなったのは、宵闇さんの過去を知ってしまい、烏滸がましくも彼をコントロールすべくその場しのぎを嘘を吐いてしまったことだ。

 これで俺は形だけでもボスと向かい合わざるを得なくなっていた。

 だが半端なことをしてしていればいずれボスに追い詰められるし、それ以前に宵闇さんからの信頼を失ってしまう。

 何度も確認するが、宵闇さんの協力無しでこの先生き延びることは不可能なのである。


 兎にも角にも、ボスを始末しないことには俺の命は延々と脅かされ続けるのだ。

 だから、ボスには死んでもらわなければならない。

 例えボスを殺したとしてもしばらくは狙われ続ける毎日を送ることになるだろう。

 だが根気よく息を潜めれば、俺達に向かった世間のヘイトは無くならないにしてもいずれ逸れるはずだ。

 ボスさえいなければ、大人しくなった俺達に構う奴は殆ど消えると踏んでいる。多少の残党はその都度始末していくしかない。


 要するに。

 俺はボスから目を背けないと決めた。


 ニューロードの隠れ家に戻り、改めて落ち着きを取り戻していた俺は床に座り込んでいる大橋の前に立っていた。ナイフを片手に。


 大橋を監禁している部屋には見張りとしてロールを立てていた。

 帰宅して作戦の失敗を伝えた後、すぐ俺がこの部屋に赴いたことで、空蝉さんとセンも部屋に集まった。

 大橋は唇を固く結び、少し潤んでいながらも敵意の篭った目で俺を見上げている。


「殺るのか?」


 結局俺の能力をコピーし直した空蝉さんは鬱陶しい方の性格に戻っていた。


「……」


「殺るならセンにやらせた方がいいぞ。そいつの能力が今、誰を対象にしているか分からねーからな」


「いやいや、私もできるだけ痛いのは嫌なんだからな」


 復讐白書。確かに不死身のセンにとっては恐るるに足りない能力だ。

 だが考えているのはそんなことじゃなかった。


 きっと俺は選択を間違えている。

 もう大橋は役に立たない。それはいい。


 先程の弦気との通話では冷静さを失ってしまった。

 現在落ち着いたと言っても未だあいつに対する怒りは湧いてくる。

 ……だが弦気に協力を仰ぐという案は実質宵闇さんから出たもの。


 そんな宵闇さんの機嫌を取るなら俺は限りなく譲歩して、弦気の意思に背くような手段は取らないとか適当な約束を取り付けてでも協力を仰ぐべきだった。

 その場合、宵闇さんについた嘘の口裏を弦気と夢咲愛花に合わせてもらわないといけないが。


 とにかく、宵闇さんに側に居てもらう為には、彼の意志をできるだけ尊重しなければならない。

 なのに俺の都合で弦気との結託は失敗に終わってしまった。


 宵闇さんは観測者の件の足掛かりを弦気と夢咲愛花から得ようとしている。

 宵闇さんを味方につけたまま、俺は状況をコントロールしなければならないのだ。


 ……通話の最後に言い放った言葉。

「いいや、大橋は殺す」

 これをこのまま放っておく弦気ではないだろう。


 怒りに任せて携帯を破壊してしまったが、ショートメールに送られていた電話番号はしっかりと記憶している。

 今からでも間に合うのではないか。

 とは言え弦気にまたあの悟ったような態度を取られた時、俺には耐えられる自信がない。


 数十秒の沈黙。

 大橋を含む四人の視線が俺に集まる。宵闇さんは自分の部屋で静かにしている。


 なんだろう。なぜ俺を中心に事態が動いているんだ。

 生きるため、一番俺が周りに働きかけているからなのか。


「殺さない」


 一先ず決断を下す。

 大橋を殺すメリットはない。デメリットはあれど。

 彼女も今更変な抵抗をしたりしないだろう。

 弦気との接触が失敗に終わったことはこの流れで察していると思うが、大橋自身、スレイシイドにいるよりかは俺達といた方が弦気へ辿り着ける可能性が高いことを理解している。その上で"死"というリスクも頭に入っていたはずだ。


「んでだよ、邪魔だろうが」


「そうだよ。一応こいつは敵だぜ? 用済みになったら殺すのが一番だって」


「私も殺すべきじゃないと思う」


 空蝉さんとセンが立て続けに批判した中、なぜかロールだけが賛同したので、俺はちらりと彼女を見た。


「……」


「瞳は自衛軍側にではなく、無条件で御堂弦気に付くつもりなんだからむしろ貴重な味方なんじゃない?」


 確かにそうなんだが、凛を殺し、故郷をめちゃくちゃにした俺達に復讐心を抱いていない訳がない。

 殺さない理由は、やはり弦気へ再度交渉を試みるべきだと思ったから。


 命と一時の感情を比べてはいけない。

 プライドも何もかも、最善の選択の足枷になる。

 弦気とは共に動かないにしても最低お互いの動きを知らせあっていた方がいい。


 あの時、観測者は言っていた。

 弦気と俺が、ボスを殺しうる存在であると。


「大橋」


 ナイフを仕舞って、俺は元クラスメイトの名前を呼んだ。


「なに……」


「弦気の能力について話してくれ」


「……聞いても対処できる能力じゃないけど」


 何度か対峙して、そんなことはとっくに分かっていた。

 ボスの能力すら受け付けないその力のトリックをただ知りたいだけだ。

 あいつが俺にもう敵意を抱いていないのなら、この先戦うことはないだろう。

 俺も無駄な戦闘はしたくない。腑に落ちないが、この際好都合だと考えることにする。


「いいから話せよ」


 もう一度ナイフをチラつかせ、俺は言った。


「……干渉拒否マスターキャンセル、あらゆる干渉を拒否する能力」


「なるほどな」


 ボスに真っ向から対抗できる能力だ。

 その力はボスの抹殺にだけ使ってくれたらいい。


「壁をすり抜けたりしてたのもその能力の応用か?」


「……うん」


「仲間の能力を売るなんてこいつ相当なクズじゃんか!」


 センがダンと足を踏み鳴らした。

 脅されたなら仕方ないと思うけどな、俺は。Nursery Rhymesに所属していたセンは、意外とそう言った仲間意識が強い。


 センの言葉が案外刺さったようで、大橋の目にはじわりと涙が溜まる。

 そして大橋はぐっと唇を真一文字に結び、それっきり口を開く気配はなくなった。


「ハハ、お前が余計な事言うからだぞ」


「いや、だってよぉ……」


 弦気の能力についてはもう少し詳しく聞きたかったが、それだけ分かれば十分だった。

 奴は拒否しなくても致命傷にならない攻撃は受け、攻撃が通じると思わせながら戦っていたということなのだろう。

 あらゆる干渉を拒否するなら、俺の歪曲音も弾かれる可能性がある。


 だがこれであいつを倒す手段ははっきりした。


 限界まで能力を使役させること。


 どんな能力者も、能力の使役には体力、精神力が必要となる。それに限界が訪れた時、能力は使えなくなるのだ。

 まあ、俺にそんな手段が必要となる機会は既になくなっているのだが。


 だが俺のこの胸の奥に潜む感情は……

 弦気の逆鱗に触れてやりたいという、言い知れぬ感情だった。


 俺は大橋を一瞥し、宵闇さんの元へ向かう。


ーーー


 数時間前、御堂弦気とのコンタクトを図るべく、死音と宵闇がネグウェーブに向かった頃、ロールは隠れ家の一室で大橋瞳の見張りを任されていた。


 大橋瞳の復讐白書という能力は1対1の対人戦において非常に優れていたが、ポテンシャルの差でロールは彼女に危害を加えることなく無力化することができる。

 瞳自身も、弦気と連絡が取れるまではこの無法集団に抵抗するつもりはない。

 そう、最低限の利害は一致していた。

 瞳は弦気に会いたい一心で、死のリスクすら飲み込んでいる。


 状況が悪い方向へ転べば脱出する予定であったが、瞳は自分の無力さを実感した。

 学生特殊部隊という奇異な地位に身を置くことで培った多少の自信は、死音を含むAnonymousの面々を前にして砕け散ったのだ。

 空蝉は勿論、セン、ロールとの実力差は戦わずしても明らか。それが分かる程度の経験は、彼女にもあった。

 どんな抵抗も無意味である。にも関わらず見張りをつけ、一切の油断を見せないロール達に、瞳は裏社会で生き抜いてきたプロフェッショナルを感じた。


 弦気が戦っていたのはこういう相手だったのだ。

 だが瞳は保身の為、別の切り口を見つけていた。


 部屋の隅にうずくまる彼女が視線の先に捉えていたのは、ロールの姿だった。

 何の目的があったのかはもう瞳に知る由もないが、転校生として学校に潜伏し、死音と行動を共にして来た少女。

 少し見ない間に、随分と雰囲気が変わった。

 長かった髪は肩で切り揃えられ、瞳に勝るとも劣らないその容姿の反面に宿らせていた猛獣のような気迫はもうどこにもない。

 有り体に言うと、やつれている。

 しかしその一言では済ませられない事情を、瞳はかつての友、神谷風人、そしてこのロールから感じていた。


「ロールちゃん」


 ボロボロの木椅子に腰掛け、ダラリと首を項垂れている彼女に、瞳は声をかけた。

 部屋に声はよく響き、ロールは少し首を持ち上げて瞳を見やったが、返事はしなかった。


「神谷くんのことを話してよ」


「……死音のこと?」


 その名前が出ると、否応なしにロールも反応してしまう。豹変した神谷風人について知りたいと思うのは、瞳の状況的にも不自然ではない。


 だが瞳はロールの恋心ならぬ依存心を、死音に向けられたその視線のみで半ば見抜いていた。

 これまでの学校生活にて瞳は、色んな人間の恋愛に触れてきたのだ。

 そういう意味では瞳もまたプロフェッショナルであった。学生のうちにしか培えないものは確かにある。


 打って変わってロールは、Anonymous構成員という立場とプライドを失って、今更やってきた思春期に戸惑う初々しい乙女になっている。

 死音には元々異性としての好意を寄せていたが、Anonymousに居た頃のロールには誇りがあり、感情に流されない意志があった。

 だが組織という宿り木を失うことで、抑えられていた数々の感情が自分の弱さと共に爆発したのだ。


 その結果、心の拠り所が好きな相手に移るのは、ごく自然のことだった。

 さらにロールの特殊な生い立ちが、依存度に拍車をかけている。


「うん」


 そんな弱点を見抜いていても、現在の立場上瞳は慎重に言葉を選ばなければならない。


「どうして……、あんなにも変わっちゃったのかなって」


「そんなの、生きるためよ」


 ロールの口からは躊躇いもなくそんな台詞が飛び出た。

 きっぱりと、それでいてどこか怒気混じりの言葉に、瞳は話題の転換を考える。

 そして会話の過程を大きく飛ばして、切り口の核心へと踏み入った。


「……ロールちゃんは、神谷くんのことが好きなんだよね?」


 そんなに分かり易いものか。

 ロールは表情にこそ出さなかったが、内心では羞恥の念に襲われる。

 同時にその唐突な切り出しに、ロールは瞳の狙いを察した。


 構うことはない。


 だけど、と。彼女は木椅子に深く腰掛け項垂れたまま、今度は欲を覚える。

 空蝉、宵闇、セン。どれもそう言った話しをするに適した人間ではない。

 いや、Anonymousという組織が機能していた頃から、そのような話ができるのは詩道、執行くらいのものだった。そんな二人も今はない。

 では己の内に潜む感情を吐き出せる相手として、瞳は申し分ない相手なのではないか。

 例えそれが瞳の策略であっても。

 奇しくも、大橋瞳という少女は恋に奔走した結果、この場に至っている。


「まあ」


 たっぷりと間を置いてから、ロールは曖昧な返事をした。

 瞳の食いつきは早かった。


「なんで好きになったの?」


「分かんない。色々あったから……」


 守るべき存在として意識していたのが、いつの間にか好意に変わっていた。


「瞳は?」


 ただ自分の話をするのではなく、ロールは瞳に話題を切り返した。

 一度話し出してしまえば、瞳の狙い通り取り入られることになろうがもう関係なかった。

 ロール一人を味方に付けたところで、瞳の生存率はわずか程度にしか変わらない。

 それを瞳は理解していなかった。できるはずもない。

 豹変した神谷風人という人間、空蝉、宵闇、セン。彼らに及ぼせる影響力が、今のロールにはないのだから。


「なんで弦気を好きになったかって?」


「そう」


「これってのはないなぁ。私も長い付き合いで、色々あったし。でも弦気って、凛のことが好きだったんだよ」


「ふうん……。凛も弦気の事が好きだったんでしょ? 両思いなのに、瞳の介入余地はあったわけ?」


「それは神谷くんが昔、凛のこと好きだったから……、弦気は自分の想いに蓋をしたんだと思う」


「……死音、凛が好きだったんだ」


「これは多分、だけどね。それに昔の話だよ。きっと弦気もなんとなく察してただけで。だから私の恋は、そこに付け入るしかなかった」


「瞳も大変ね」


 ロールに卑怯者、とは言えなかった。

 同じ悩みを抱える者として、瞳の気持ちは痛いほど分かる。


「だからこそ、神谷くんが凛を殺したことは許さないよ、私」


「死音が、凛を殺した……?」


 ロールにとってその事実は初耳だった。


「……知らないの?」


「ええ、全く。初めて聞いたわ」


「……そうなんだ」


 それだけ死音にとって些細な出来事だったのか。誰にも触れられたくないことなのか。

 瞳には理解し難かったが、ロールは死音を理解した。

 強いられていたのだ。切り捨て、選ばざるを得なかった。同時に、彼なりのケジメだったに違いない。


「一生敵わない敵ができちゃったよね」


 不謹慎な思考を包み隠さず瞳は曝け出す。自分の汚い一面を見せなければ、深い会話に踏み出せない。


「私はそれでもいい。私は死音と結ばれたい訳じゃないのよ。死音に……、死んでほしくないだけ」


「それは違うんじゃない、ロールちゃん」


「何が?」


「だって結局、側にいたいと思うんでしょ」


「まあ、それはそうね」


 度々胸が締め付けられる。

 死音のためならなんでもしたいと思う。


「ならロールちゃんは理性と本能の住み分けができてしまってる。私、神谷くんとロールちゃんはお似合いだと思うよ。もっと攻めなきゃ」


「そ、そう?」


 ロールは馬鹿ではない。死音を非難した後の瞳の言葉にはまるで心が篭っていなかった。

 しかし、自分の恋を上辺だけでも応援してくれる存在に、ロールは謎めいた安心感を得ていた。


 恋する乙女の心は手玉に取りやすい。

 それを身を持って実感しながら、ロールは瞳との会話のるつぼに入り込んでいった。

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