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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
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瘴気と死

 この前宵闇さんが実践して見せてくれたように、例え太陽が出ている朝でも"暗転"の移動速度は凄まじい。


 しかしニューロードの外壁を出ると、そこからの移動手段は車に頼らざるを得なかった。

 "暗転"はあくまで、闇を伝って移動する能力であり、テレポートではない。

 闇の少ない日中は、移動できる距離が短い上に、遮蔽物の乏しい拓けたニューロード近郊では"暗転"の力を存分に発揮することはできなかった。


 助手席に座る俺は、ウィンドウを開けて外の風景を眺める。

 目的地には二時間程で着くだろう。

 そうすれば、そこで大橋の携帯を取り出し、弦気から連絡があったかどうかを確認するつもりだ。


 弦気とのコンタクトは取れなくてもいい。

 当初はそう思っていたが、これだけのリスクを冒しているんだから、連絡がなかったらなかったで腹が立ちそうである。


「死音」


 ふと、車を運転する宵闇さんが俺の名を呼んだ。

 俺は車窓に肘をついたまま、首だけそちらに向けて聞き返す。


「なんですか?」


「さっきのことだが、ロールと何かあったのか」


 少し額に皺を作る。宵闇さんは続く街道を真っ直ぐに見据えていた。


「そんなこと気になるんですか」


「ああ」


 宵闇さんはチラリとこちらを見てすぐに視線を戻す。


 俺は少し考えた。

 これは静かな車内に会話を作るために投げかけた、なんということのない話題の振りなんだろうか。

 にしてはちょっと違和感があるな。別に宵闇さんとは会話が無くて居心地が悪いという訳ではないし。

 宵闇さんらしくないというか。


「音楽でも流します?」


 俺はあえて話を変えてみる。


「……死音、聞け」


 どうやら、真面目な話だったらしい。

 俺は車窓から肘を下ろし返事をした。


「はい」


 車が走る音。

 スラムから拝借してきたオンボロ車なので、騒音が酷い。

 その中で宵闇さんが話し出す。


「奇しくも。戦う理由ができた俺だが……、元は一緒に戦ってやる気はなかった」


 それは分かっていた。

 なぜなら宵闇さんは人を殺せない訳で、本来なら匿ってくれるだけでも有り難いことだ。


「……」


「俺は一人きりでいるつもりだった。だが結局今、そうでない。要するに死音。ずっと一人でいることは難しい」


 宵闇さんの言わんとすることが理解できず困惑したが、首を傾げるわけにもいかないので俺は「なるほど」と相槌を打った。


「そこで。俺はお前達を仲間だと思うことにする」


「……」


 口下手な宵闇さんだから思うことが伝えられないのだろうか。

 しかし、俺達を仲間だと思ってくれるならそれは嬉しい。


「……ロールはお前のパートナーだろう」


 彼がそれだけ言うと、車内は沈黙に包まれる。


ーーー


 ニューロードから車で二時間程の位置にある小さな街、ネグウェーブ。

 外壁は低く、自衛軍の管理も緩いと聞く街だが比較的治安は良いらしい。

 そこへ着いた俺達は、さっそく安置を見つけて大橋の携帯を取り出していた。

 場所は街の片隅にある寂れた駐車場。そこにオンボロ車を停めて、俺は車の中で宵闇さんから携帯を受け取った。


 電波を遮断していたため着信履歴はないが、メールが受信中となっている。

 俺は大橋の携帯端末に浮かび上がるその文字を見てほくそ笑んだ。

 受信完了すると、弦気からのメールが一件届いていた。


 メールの本文には電話番号が書かれている。

 おそらくここに掛けろということだ。


 続いて「着信通知機能」によるショートメールを確認する。

 弦気からの着信通知が一件と、知らない番号からの着信通知が何件か。


 この知らない番号からの着信通知は、こちらの位置を探るために自衛軍側が掛けたものだろう。


 時計を見る。長話はできないが、一件だけ着信を入れて来たということは、奴は事情を察しているらしい。


「じゃあ、かけますね」


「早くしろ。時間がない」


 俺は携帯端末を操作し、メールに書いてあった電話番号をダイヤルに入力すると、電話を発信した。


 ニューロードから三番目に近いこの街で逆探知されるということは、宵闇さんとの繋がりを懸念されるだろうが、心配ない。

 そう。計画通りに弦気と協力関係を結ぶことができたら、ニューロードに留まる理由はない。

 新天地で新たな計画を練って、ボスを討つのだ。


 プルルルと、コール音が耳の中で鳴り響く。

 焦らしてくる。中々電話にでない。


 しかし焦る必要はない。

 セントセリアからここまでは相当な距離があるし、近くの隊員を派遣されようと、大将クラスが来ない限りは俺でも対処できる。

 それに加え、宵闇さんまでいるのだ。

 まあ宵闇さんは最終手段になるのだが。


 たっぷりと十数回コール音を聞かされて、ようやくガチャと電話が繋がる音がした。

 僅かに口を開き、要件だけ伝える準備をする。


『お前はやはり、俺の脅威になるのかもしれないな。死音』


 その声で頭の中が真っ白になった。


「な……ッ……!」


 なんで……ボスが……!


 目を見開き、俺は開いていた唇を噛みしめるように閉じた。激しい動悸。

 その様子を見ていた宵闇さんが眉を顰める。


 せめて冷静さを取り戻すべく大きく息を吐いて、俺は脳をフル回転させる。

 なぜボスが……?

 つまり弦気はすでに捕まっている? いや違う。


 まずは、電話を切れ。


 俺は携帯を耳から離すと、おぼつかない手つきで電源を切った。


「……くそ!」


「なにがあった、死音」


 隣の宵闇さんが訝しげに俺を見る。


「……電話に出たのはボスでした。宵闇さん、この携帯を"暗空"の中に」


「なに……?」


 大橋の携帯を受け取って闇に匿いつつ、宵闇さんは驚きの意を示した。


「……どういうことだ」


 そうか……。

 馬鹿だ俺は。

 俺は弦気が自分の携帯を破壊している可能性を考慮していながら、その携帯が敵の手にあることは考慮しなかった。

 弦気があんな状況なんだから、なんらかの形で携帯が押収されていてもおかしくない。



 ということは、もう一つの登録されてない番号からの着信通知こそが、弦気だったのか。


 その可能性は高い。

 が、どちらにせよ今から弦気に掛け直している時間はない。


「とにかく宵闇さん車を……」


 言いかけて口をつぐむ。


 集音。

 そして、車の中から辺りをぐるっと一周見回した。

 敵影は見えないが……




「ああ」


「早すぎないですか……? いくらなんでも」


 すでに、囲まれている。

 コール音で稼がれた時間を考慮しても、早すぎる。


 これはこの街の戦力ではないな。俺が電話を掛けてくるまでの間ずっと、転移能力者を待機させていたのだろうか。

 考えても仕方ない。こうなったら戦う他手はないのだ。


「俺がいきます」


「いや、俺も出よう」


「待ってください、宵闇さんは……」


 この状況でも宵闇さんを温存したい。そう思った俺は制止しようとしたが、彼はすでに車から降りて外に立っていた。

 溜息を吐き、ゆっくりと車から降りると、駐車場の入り口に人影が現れた。


「ちょっとちょっと。キミもしかして宵闇? こんなの聞いてないよぉ」


 愚痴を垂れながら歩いてきた男の胸には、銀色に光る四つ星のバッジ。


 目を瞠る。


三國崎宮日みくにざきみやび……」


 俺は本来遠方の街に配属されているはずの大将の名前を、確認するように呟いた。

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