瘴気と死
この前宵闇さんが実践して見せてくれたように、例え太陽が出ている朝でも"暗転"の移動速度は凄まじい。
しかしニューロードの外壁を出ると、そこからの移動手段は車に頼らざるを得なかった。
"暗転"はあくまで、闇を伝って移動する能力であり、テレポートではない。
闇の少ない日中は、移動できる距離が短い上に、遮蔽物の乏しい拓けたニューロード近郊では"暗転"の力を存分に発揮することはできなかった。
助手席に座る俺は、ウィンドウを開けて外の風景を眺める。
目的地には二時間程で着くだろう。
そうすれば、そこで大橋の携帯を取り出し、弦気から連絡があったかどうかを確認するつもりだ。
弦気とのコンタクトは取れなくてもいい。
当初はそう思っていたが、これだけのリスクを冒しているんだから、連絡がなかったらなかったで腹が立ちそうである。
「死音」
ふと、車を運転する宵闇さんが俺の名を呼んだ。
俺は車窓に肘をついたまま、首だけそちらに向けて聞き返す。
「なんですか?」
「さっきのことだが、ロールと何かあったのか」
少し額に皺を作る。宵闇さんは続く街道を真っ直ぐに見据えていた。
「そんなこと気になるんですか」
「ああ」
宵闇さんはチラリとこちらを見てすぐに視線を戻す。
俺は少し考えた。
これは静かな車内に会話を作るために投げかけた、なんということのない話題の振りなんだろうか。
にしてはちょっと違和感があるな。別に宵闇さんとは会話が無くて居心地が悪いという訳ではないし。
宵闇さんらしくないというか。
「音楽でも流します?」
俺はあえて話を変えてみる。
「……死音、聞け」
どうやら、真面目な話だったらしい。
俺は車窓から肘を下ろし返事をした。
「はい」
車が走る音。
スラムから拝借してきたオンボロ車なので、騒音が酷い。
その中で宵闇さんが話し出す。
「奇しくも。戦う理由ができた俺だが……、元は一緒に戦ってやる気はなかった」
それは分かっていた。
なぜなら宵闇さんは人を殺せない訳で、本来なら匿ってくれるだけでも有り難いことだ。
「……」
「俺は一人きりでいるつもりだった。だが結局今、そうでない。要するに死音。ずっと一人でいることは難しい」
宵闇さんの言わんとすることが理解できず困惑したが、首を傾げるわけにもいかないので俺は「なるほど」と相槌を打った。
「そこで。俺はお前達を仲間だと思うことにする」
「……」
口下手な宵闇さんだから思うことが伝えられないのだろうか。
しかし、俺達を仲間だと思ってくれるならそれは嬉しい。
「……ロールはお前のパートナーだろう」
彼がそれだけ言うと、車内は沈黙に包まれる。
ーーー
ニューロードから車で二時間程の位置にある小さな街、ネグウェーブ。
外壁は低く、自衛軍の管理も緩いと聞く街だが比較的治安は良いらしい。
そこへ着いた俺達は、さっそく安置を見つけて大橋の携帯を取り出していた。
場所は街の片隅にある寂れた駐車場。そこにオンボロ車を停めて、俺は車の中で宵闇さんから携帯を受け取った。
電波を遮断していたため着信履歴はないが、メールが受信中となっている。
俺は大橋の携帯端末に浮かび上がるその文字を見てほくそ笑んだ。
受信完了すると、弦気からのメールが一件届いていた。
メールの本文には電話番号が書かれている。
おそらくここに掛けろということだ。
続いて「着信通知機能」によるショートメールを確認する。
弦気からの着信通知が一件と、知らない番号からの着信通知が何件か。
この知らない番号からの着信通知は、こちらの位置を探るために自衛軍側が掛けたものだろう。
時計を見る。長話はできないが、一件だけ着信を入れて来たということは、奴は事情を察しているらしい。
「じゃあ、かけますね」
「早くしろ。時間がない」
俺は携帯端末を操作し、メールに書いてあった電話番号をダイヤルに入力すると、電話を発信した。
ニューロードから三番目に近いこの街で逆探知されるということは、宵闇さんとの繋がりを懸念されるだろうが、心配ない。
そう。計画通りに弦気と協力関係を結ぶことができたら、ニューロードに留まる理由はない。
新天地で新たな計画を練って、ボスを討つのだ。
プルルルと、コール音が耳の中で鳴り響く。
焦らしてくる。中々電話にでない。
しかし焦る必要はない。
セントセリアからここまでは相当な距離があるし、近くの隊員を派遣されようと、大将クラスが来ない限りは俺でも対処できる。
それに加え、宵闇さんまでいるのだ。
まあ宵闇さんは最終手段になるのだが。
たっぷりと十数回コール音を聞かされて、ようやくガチャと電話が繋がる音がした。
僅かに口を開き、要件だけ伝える準備をする。
『お前はやはり、俺の脅威になるのかもしれないな。死音』
その声で頭の中が真っ白になった。
「な……ッ……!」
なんで……ボスが……!
目を見開き、俺は開いていた唇を噛みしめるように閉じた。激しい動悸。
その様子を見ていた宵闇さんが眉を顰める。
せめて冷静さを取り戻すべく大きく息を吐いて、俺は脳をフル回転させる。
なぜボスが……?
つまり弦気はすでに捕まっている? いや違う。
まずは、電話を切れ。
俺は携帯を耳から離すと、おぼつかない手つきで電源を切った。
「……くそ!」
「なにがあった、死音」
隣の宵闇さんが訝しげに俺を見る。
「……電話に出たのはボスでした。宵闇さん、この携帯を"暗空"の中に」
「なに……?」
大橋の携帯を受け取って闇に匿いつつ、宵闇さんは驚きの意を示した。
「……どういうことだ」
そうか……。
馬鹿だ俺は。
俺は弦気が自分の携帯を破壊している可能性を考慮していながら、その携帯が敵の手にあることは考慮しなかった。
弦気があんな状況なんだから、なんらかの形で携帯が押収されていてもおかしくない。
ということは、もう一つの登録されてない番号からの着信通知こそが、弦気だったのか。
その可能性は高い。
が、どちらにせよ今から弦気に掛け直している時間はない。
「とにかく宵闇さん車を……」
言いかけて口をつぐむ。
集音。
そして、車の中から辺りをぐるっと一周見回した。
敵影は見えないが……
「ああ」
「早すぎないですか……? いくらなんでも」
すでに、囲まれている。
コール音で稼がれた時間を考慮しても、早すぎる。
これはこの街の戦力ではないな。俺が電話を掛けてくるまでの間ずっと、転移能力者を待機させていたのだろうか。
考えても仕方ない。こうなったら戦う他手はないのだ。
「俺がいきます」
「いや、俺も出よう」
「待ってください、宵闇さんは……」
この状況でも宵闇さんを温存したい。そう思った俺は制止しようとしたが、彼はすでに車から降りて外に立っていた。
溜息を吐き、ゆっくりと車から降りると、駐車場の入り口に人影が現れた。
「ちょっとちょっと。キミもしかして宵闇? こんなの聞いてないよぉ」
愚痴を垂れながら歩いてきた男の胸には、銀色に光る四つ星のバッジ。
目を瞠る。
「三國崎宮日……」
俺は本来遠方の街に配属されているはずの大将の名前を、確認するように呟いた。




