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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
133/156

同列死

 公園のベンチに、俺は腰掛けていた。

 大橋の家から徒歩で数分。子どもが自由に駆け回れる程の広さもないこの小さな公園には、遊具がほとんど無く、あるのはベンチと砂場とブランコだけ。周囲は住宅と密接しており、加えて無駄に木々が立ち並んでいるため見通しはかなり悪かった。

 公園のど真ん中にぶっ刺さっている、高さ5mくらいの街灯が辛うじて周囲を照らしているが、それも心許ない明るさだ。


 自衛軍の警邏は住宅街を行ったり来たりしているが、公園の近くまで来るようなら場所を移す予定である。

 夜間パトロールに当てられる隊員は、夜目の利く強化系の能力者が多い。いくら公園の見通しが悪くても、油断はならない。


 夜の公園はとても静かだ。ときおり吹く風が木々に葉擦れの音を鳴らせる。


 しばらくベンチに座って待っていると、私服に着替えた大橋が公園にやってきた。

 ベンチに座る俺の姿を見つけると、そのままゆっくりとこちらまで歩いてくる。


 大橋の脈が通常より速く脈打っているのが分かった。

 警戒、恐怖、緊張、不信。それらの感情が彼女の動悸を促進させている。


 大橋が目の前までやってくると、俺はベンチから立ち上がって、彼女と向かい合う。

 こいつの能力が何なのか俺は知らない。だからベンチに座って余裕をぶっこいている訳にはいかなかった。

 攻撃されないとは限らないのだ。


 余裕を見せつつ、油断はしない。


「久しぶりだな、大橋」


 距離にして2,3m。丁度助走をつけて殴るには最適の距離を取っている大橋に向かって、俺は言った。


「久しぶりって……。よくいけしゃあしゃあとそんなことが言えるね、神谷くん……いや、死音」


 明確な敵意を宿した目。

 当然だ。大橋は俺が凛を殺したことも、死音であることを隠しながら学校へ行っていたことも、何もかも知ってしまっただろうから。

 指名手配されている俺は、写真付きで本名とAnonymous構成員"死音"というコードネーム、働いた悪事が各地に発信されている。

 俺に失望した人間は、きっと多いだろう。


「なんで、凛を殺したの」


 大橋は続けて言った。心音は相変わらず高速で脈打っている。


 おそらく、こいつが本当に聞きたいのは弦気のことだ。

 しかし、大橋も大橋で頭を回していて、俺がここに来た理由を考えている。

 だから、彼女は俺が自分から弦気の情報を得ようとしてるかもしれないと考え、アドバンテージを得るつもりで最初に弦気の名前を出さなかった。

 それだけでこいつが弦気に関して何の情報も持っていないことが分かる。対等な立場で話したかったら、俺がここに来た要件を最初に聞くべきだったのに。


「凛のことは悪かったよ」


 俺は肩を竦める。

 大橋の眉間にシワがぐっと寄せられたのを見て、俺は続けた。


「運も悪かったな。殺す気はなかったのに」


「ふざけ……!」


 大橋が声を上げようとした所で、俺は彼女の履くジーンズのポケットを指差す。ポケットは膨らんでいた。


「それは?」


「……携帯だけど」


「出せ」


 少し語気を強めて言うと、大橋はすごすごとポケットから携帯端末を取り出した。


「じゃあ、預かっとく」


 一歩前に出ると、大橋は慌てて携帯をポケットにすっこめた。


「……どうして?」


 聞かれたので、俺はそこで核心を突く。


「弦気に会いたいんだろ?」


 ドクンと、彼女の心臓が跳ねた音。

 心音、筋肉の緊張、息遣い。

 それだけで大橋の感情が手に取るように分かった。それらを悟られないようにするための訓練を積んでいないことも明白だ。


 大橋は俯き、考え込んでいると見受けられる。

 その隙に俺は自分の携帯を取り出し、宵闇さんに掛ける。この携帯端末は宵闇さんに貸してもらっているものだ。


『なんだ』


 宵闇さんはすぐに電話に出た。


「迎えに来てもらっていいですか」


『早いな』


「ええ」


 必要な会話を交わすと、俺は電話を切り、携帯をポケットに仕舞う。

 大橋が不信な目でこちらを見ていた。


「今のは……」


「仲間だ」


「仲間を呼んだの?」


「ああ、帰るからな」


 言うと、大橋は焦ったように口を開く。


「弦気は今、どこにいるの?」


 食いついてきたか。


「さあ?」


 本当に知らないのだが、含みを持たせたのはブラフだ。


「私に……どうして欲しいの?」


「あいつに会いたかったらついて来いよ」


 言い切った。

 ここまで言えば、大橋も自分の価値に気づくだろう。具体的には分からなくても、俺の大橋を利用したい、という意思には気付くはず。

 要するに、手を貸せと言ったのだ。

 弦気と友好的な協力関係を築くためには……、いや、これ以上関係を悪化させないためには、俺も大橋を傷つける訳にはいかない。

 だから、この辺りは多少俺が下手に出なければならない。

 不本意ではあるが。


 そこまで整理して、俺は今一度大橋の目を見据えた。


「今ここで私も仲間を呼べば、あなたは捕まる」


 ゴクリと唾を飲んで、大橋は言った。


「……へぇ」


 こいつ、案外頭が悪いのだろうか。

 いや、弦気のことしか頭にないのだ。だから、まともな思考回路をしていない。


「それはできないし、俺を捕まえた所でどうする?」


「弦気のことを、喋ってもらう」


「……で? どうなる?

 お前が会いたがってる弦気自身も、今自衛軍に捕まれば殺されるんだぞ?」


 つまり俺が捕まって弦気について話せば、それは弦気にとっても不利ということ。

 俺が弦気について何の情報も持っていないということはさておき。


「それは……ない」


「自信なさそうだな」


 弦気は捕まれば間違いなく殺される。

 いくら弦気が元自衛軍中将で、あいつのことを信頼する仲間が沢山いたとしても、ボスが殺す。


「保証が欲しい」


 大橋は言った。


「なんの?」


 内心で笑いを堪えて聞き返す。


「弦気に会えるという保証が」


 堕ちたな。

 ここまで来れば、もう言ってしまっても大丈夫だ。


「悪いけど、弦気に会えるという保証はない」


「……」


 大橋は目を瞠る。


「俺達も、弦気となんとかコンタクトを取りたいと思ってる。そのために、大橋には一役買ってもらいたい」


 彼女も、弦気が指名手配を受けて、自衛軍に不信感を抱いている。それは大きな隙だ。


「神谷くんは、弦気と会ってどうするの」


「俺達の置かれてる状況は同じだ。だから、協力関係を結びたい」


「信用……できない」


 だろうな。でもお前の場合、それ以上に弦気と会いたいという性欲が勝るんだろ?

 ここで俺というチャンスを逃せば、一生弦気に会えないかもしれないのだから。


「……具体的に、私はどうすればいいの」


 躊躇うように大きく息を吐いて、彼女は言った。否、言ってしまった。

 俺は内心笑いを堪えるのに精一杯だ。


 自覚しているか? お前は凛を殺した俺に、弦気と会いたいからって理由だけで手を貸すクズ女なんだよ。

 騙されているかもしれないのに。利用するだけして、俺が処分しないとも限らない。

 なのに、弦気に会いたいという、たったそれだけの事情が、大橋お前を突き動かす。


「俺が大橋を攫ったと知れば、弦気も無視できないはずだ」


「うん……」


 大橋が頷いた時、俺の背後に音が現れる。

 大橋の視線が俺の後ろに移り、彼女は数歩後ずさった。


 現れたのは宵闇さんだ。

 朝が来るまでは街の付近で待機していて欲しいと予め伝えていたので、彼の到着は早かった。


「仲間だよ」


 と、言っても初見で宵闇さんを警戒するなというのは無理がある。

 観測者の件を知ってから宵闇さんは気が立っているようで、周りにいる俺達もヒヤヒヤしているのだ。


「彼女を連れて一旦ニューロードに帰ることにします」


「分かった」


 闇が、俺達に覆いかぶさろうとした。

 しかしそれは俺の言葉でピタリと止まる。


「その前に大橋、増援を呼んでくれ」


「え、でもそんなことしたら……」


 唐突な意見に、大橋は戸惑う。

 弦気に大橋を攫ったことを伝えるためには、メディアを利用しなければならない。

 だがきっと、敵は俺達が大橋を攫った意図に気づくだろうから、報道されない可能性もある。

 なら、揉み消せない程大きな騒ぎにしてしまえばいい。


「いいから」


 圧力を掛けると、大橋はすぐに携帯を取り出して何らかの操作をした。


「宵闇さんは姿を見られるとヤバイので、大橋を連れて先に帰っててくれませんか?

 それでまた俺を迎えに来てください」


 俺は、宵闇さんが戻ってくるまで少し大げさに暴れることにする。

 宵闇さんと大橋が闇に溶けて消えた後、俺はベンチに深く座り直した。

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