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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
十章
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死んだ街

 弦気の居場所に心当たりはなかったが、探せと言われて当たってみるのはこの街だ。


 かつてAnonymousの拠点(アジト)があった街、スレイシイド。


 スレイシイドは俺の生まれ育った故郷であり、俺が見捨てた街でもあった。

 街中を巻き込んだあの大抗争以来、住民達は街への信頼を無くし、次々とセントセリアへ移り住んでいっていると聞く。

 その結果、スレイシイドは治安の悪い街へと変わり果てていた。


 あれから半年が経っている。

 つまり、俺がこの街にやってくるのも半年ぶりだった。


 空を見上げると、月が街を明るく照らしている。雲は無く、星がよく見えていた。

 視線をそのまま下せば、街に残る抗争の傷痕が各所で見受けられる。聞いていた通り、復興はあまり進んでいないようだ。


 俺と宵闇さんは、中心街にある住宅の屋根の上に降り立っていた。


「ここまででいいな」


 静かに頷くと、隣に立っていた宵闇さんの姿は闇夜に溶けて消える。


 そう、スレイシイドまでの道のりは、宵闇さんの"暗転"でやってきた。

 時刻は深夜三時過ぎ。昼間だと"暗転"による長距離移動は難しいので、この時間まで待っての作戦決行となった。

 他のメンバーはアパートにて待機。これについてはロールがゴネたが、いくらなんでも全員で弦気を探すというのは目立ちすぎるし、リスクが大きいので却下。


 出来ることなら宵闇さんとのペアで捜索に臨みたかった。しかし、無闇に宵闇さんを動かしてボスに勘付かれるのは不味い。

 ということで、宵闇さんは足としての役目だけを果たし、一時撤退。俺が連絡すれば、彼がまた迎えに来る手筈になっている。


 俺一人で捜索に臨む。


 が、単独での行動は不安も多い。

 もし自衛軍に見つかったら? 通報を受けたら?

 そう考えると最悪の事態に備えて一人くらいお供が欲しいと思うが、ここは敢えてそういったミスを考慮しないことにする。

 元々、俺の能力は単独行動に向いたものなのだ。


 それに今なら……、例え大将の一人や二人駆けつけて来たとしても焦らず逃げ遂せる自信がある。


 それだけあの時のボスとの対峙は絶望的で、同時にあそこからの生還が俺に自信を与えている。


 俺は、弱くない。決して。


 住宅の屋根から飛び降りて、コンクリートの地面に着地する。

 体が軽く感じるのは、いつもなら腰にぶら下げているはずの射出機とナイフがないからだろう。

 必要なくなった……訳ではない。あれば便利だ。


 しかし当然だが、俺は今一般人を装って街に潜入している。

 タキシードに仮面を着用って訳じゃない。

 灰色がかった薄手のパーカーに、濃紺のジーンズだ。ロールがあっちで適当に拵えてきた洋服である。


 なので、そういったものを持ち歩く訳にはいかない。

 射出機に関してはロールがAnonymousの開発部に発注していたものなので、もう手に入らないだけなのだが。


 薄暗い道路を一直線に歩いていく。

 被っていたフードを取り去って、俺は両手をパーカーのポケットに突っ込んだ。


 これだけ堂々としていれば誰も俺が指名手配犯なんて思わないだろう。

 他のメンバーと違って、俺には目立った特徴がない。金髪に碧眼だとか、燃えるような赤髪だとか、袴姿に菅笠だとか、そういった特徴だ。


 だからすれ違い様に俺を見て、一発で指名手配中の犯罪者だと分かる奴は本当に少ないと思う。

 それに、多くの人々が、指名手配犯なんて自分には関係ないと思っているのだから。


 まあそれ以前に、俺は何人とも遭遇する気などないのだが。


 そんなことを考えながらしばらく進むと、顔面パンチさんが吹き飛ばしたかつての住宅地が見えてきた。

 そこは瓦礫の撤去が終わって、大きな空き地になっている。


 俺は一旦立ち止まって、一度周囲をぐるっと見渡した。

 被害の大きかった中央街にはもう、ほとんど人が住んでいない。夜更けなのも加わって、人通りはからっきしだ。

 それでもちらほら付近をうろつく音が聞こえるのは、自衛軍の警邏だろうか。


 俺は前方200mほど先から接近する音を避けるべく、進行方向を変えた。

 半年ぶりだが、長年住んでいたこともあって相変わらず街の地図はしっかり頭に入っている。


 夜風が生暖かい。

 俺は見慣れていた景色を流しながら、"目的地"に向けて進んでいく。


ーーー


 スレイシイドが俺と弦気の生まれ育った故郷であることは、勿論ボスも知っている。

 故郷ということは、当然その地に知人や友人が多く、俺達を(かくま)う存在がいる可能性を考慮するだろう。


 ここまで来るのに自衛軍のパトロールを掻い潜ってきたが、明らかにパトロールの動員数が多い。

 つまり、ボスはしっかりと対策しており、ボスが対策することで、弦気は安易にこの街に立ち入り、留まれなくなっている。


 ……だが思うに、弦気がこの街の誰かを巻き込むような真似をするだろうか。

 リスクの大きい「プラン2」だけはなるべく選びたくないのだが……。


「期待はできなそうだな」


 そんな独り言を、誰にも聞こえないように掻き消し、そして俺はある一戸建ての住宅を門扉の外から見上げた。


 あいつの部屋の明かりはまだ点いている。そしてその部屋の中から、あいつの音が聞こえていた。


 腕時計を見て時間を確認する。

 午前3時50分。こんな時間までまだ起きていることに驚愕だが、都合は良い。


「大橋、いるか」


 大橋瞳。

 正直に言えば、裏社会の濁流に飲まれ、その存在すら忘れたことのある名前だ。

 学生の時は弦気、凛、俺、大橋で馴染みメンバーだったな。


 俺は彼女にのみ声が届くよう、もう一度口を開く。


「窓の外を見ろ」


 窓が開いたのは、ほんの数秒後。

 勢い良く開かれた窓だが、無音。俺が音を消している。

 一切の音がしないまま、大橋瞳は窓から身を乗り出して、すぐに俺の姿を見つけた。


 大橋は肩を上下させて、こちらを凝視する。パジャマ姿で、髪は少し濡れているように見えた。


 俺は人差し指を立て、それを唇の前に前に持っていく。

 俺が全ての音を消せるため、今あいつには通報も騒ぎ立てることもできないが、できれば本人の意思で黙っていてもらいたい。家族を危険な目には合わせたくないだろう。

 ほんの少しだけ口角を吊り上げて、そう忠告する。


 さて、弦気を捜索するにあたって、俺は2つのプランを用意している。


 プラン1が、弦気の情報を得て直接あいつにコンタクトを試みるプラン。

 そしてプラン2が、誰かを人質にとってあいつからのアクションを待つプランだ。


 大橋から弦気について何も聞き出せなければ、俺はプラン1を打ち切ってプラン2に切り替えるつもりでいる。

 大橋は、弦気に対してストーカーレベルの情意を寄せているのだが、彼女に聞いて何の情報も得られなければ、他を当たっても同じことだろう。それは弦気が誰も巻き込まず完璧に逃げ遂せているということだ。

 だから下手に動き回るより、さっさと違う手段に移った方がいい。


 しかしプラン2は協力関係を築くという目的に対して、あまり友好的な手段とは言えない。

 当然、人質として犠牲になってもらうのは大橋なのだが、それが先程の大きなリスクの一つだ。


 しばらく窓から身を乗り出す大橋を見上げた後、俺は誘うように踵を返し、夜の住宅街へ向けて歩を進める。


 彼女は当然、追ってくるだろう。

 弦気の情報を持っているにしろ、持っていないにしろ、彼女が俺に聞きたいことは山のようにあるはずだ。


 俺の目が無ければ携帯などで増援を呼ぶことも可能。だが恐らく、大橋は弦気のことを何も知らないし、知らされていない。

 これはあいつの性格を考えて、の話だ。だから最初から俺に"心当たりはなかった"


 この予想が当たっているならば、彼女は間違いなく、俺から情報を得ようとする。そうなると、増援を呼べば俺から何も聞き出せなくなるし、邪魔になる。だから大橋は一人で来る。



 そして俺は、それを利用させてもらおう。


 もし俺の予想が間抜けにも外れて、増援を呼ばれたり追ってこなかったりしたら、その時は撤退して違うプランを考えるだけだ。大橋が弦気に関する情報を持っているという裏付けにもなりうるから、それはそれで都合が良い。



「待って!」


 しかし案の定、大橋は追ってきた。

 彼女の家から数十歩歩いたところで俺は振り返る。玄関先で叫んだ大橋は、余程急いで降りてきたのだろう、先程のパジャマ姿に裸足。そのまま警戒するようにこちらまで歩いてくる。


 そんな彼女に俺は言った。


「着替えてこいよ。この先に公園があるだろ。そこで待ってる」

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