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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
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志の崩壊

「……一体何を語りだすかと思えば、そんなくだらんことが組織の目的だったのか」


 溜息さんは言った。

 彼女はいつもの調子だった。怪我のせいか呼吸の乱れはあるが、その表情や声色は至って平静。


 俺は眉を寄せる。


 ずっと組織のために働いてきて、それでこんな裏切られ方をしたのに、なぜ平気な顔をしていられるんだ。

 俺ですら大きなショックを受けたのだ。溜息さんは俺以上に傷ついて然るべきだろう。


「元より、お前から同意を得られるとは思っていなかったさ」


 ロールにそんなことと言われた時は言い返したボスだったが、溜息さんに対してはやや自嘲的な笑みを浮かべていた。


 ロールが、飛び退いた俺の元までジリジリと下がってくる。

 センもボスから無造作に距離を取っていくが、まるで意識を向けられていない。


「だから私達には計画を話さなかったんだな。私達が、お前のために命を投げ出せないと思ったから」


「それもあるが、元々俺達だけで実行する予定だった計画だ。百零や空蝉、です子、あいつらみたいな組織にあまり協力的ではないメンバーを幹部にしていたのは、この時のためだった。

 お前のように有能な奴ばかりだと、俺が食い潰されかねなかったからな。

 この事は、です子にだけは多少勘付かれていたみたいだが。

 それでもお前には話してもいいと思っていたぞ、溜息」


 最初から全部決まっていたことなら、俺が今まで抱いていた違和感も解消される。

 あえて機動力のないメンバーばかりを集めていたのも、アジトをセントセリアに近いこの場所に作ったのも、あの時天井峰大将にトドメを刺さなかったのも……、全部この計画が前提にあったのだ。


「そうか……。なら結果的に話さなかったのは手痛い失敗だ、ハイド。……私は、お前のために命を投げ出せるかと問われたらイエスと答えられるくらいの忠誠心はあったつもりだ」


 溜息さんがそう言うと、ボスは手に持っていた大太刀をカランとその場に放り、両手を小さく広げて言った。


「今はどうだ?」


「当然、ノーだ」


 溜息さんは俺とロールの方をちらりと見る。


「そうだろう。お前は良くも悪くも宵闇と似ている。何もしなくても、いずれは組織を抜ける運命にあった」


「……」


 溜息さんは黙り込んでいた。

 手負いの割には落ち着いた雰囲気を纏わせて、ただじっとボスを見つめている。


「……もっと崇高な目的を期待したか?」


 ボスは、溜息さん、俺、ロールに視線を流しながら言った。


 期待……、違う。失望……でもない。

 Anonymousの目的なんて、正直どうでも良かった。

 だけど、殺すために助けられたのだとしたら、俺達はあまりにも惨めすぎる。


 Anonymousという組織が、ただ一人、ボスのためだけにあったなんて。

 民衆の支持を得る、マッチポンプをするためだけにこの組織を作ったなんて。


「いいや……。くだらんこととは言ったが、よく考えてみればそんなこともない。

 今のAnonymousを潰せば、間違いなくお前は世を動せるくらいの影響力を手に入れることができるだろう。いいんじゃないか。

 ……どうせ、私を含め、ここにいた奴らは死人ばかりだったからな。私も……お前の野望にケチをつけられる程、信念を持った生き方をしてこなかった。

 いかにも自分の玩具を壊す(よう)だが……、この組織はお前の玩具で相違ない」


 死人ばかり……。

 そうだ。俺も溜息さんもロールも、ボスがいなければ……、この組織がなければ生きてこれなかった。

 そういう意味で、溜息さんは達観しているのか。

 それに、元々いつ死んでもおかしくない世界に身を置いていたのだ。


 だけど、俺はそんな風に納得できない。

 俺はボスの玩具になったつもりはないのだ。


「モノ好きも多かったが」


「そうだな」


 溜息さんはおもむろに上着を脱ぎ、それをひっくり返して中のナイフを屋根の上に散らかした。

 二人の会話は止まっていた。張り詰めた空気が戦いの始まりを俺に予見させる。


 俺は二人を交互に見て、ゆっくりと後退る。


「最後に言いたいことはあるか? 溜息」


「そうだな……。なら、一つだけいいか?」


「なんだ」


「こんなことになっても、私を育ててくれた宵闇とハイドには感謝している」


 溜息さんの表情がそこで初めて崩れた。

 泣きそうなのか、微笑んでいるのか分からない顔をしている。


 そんな顔で溜息さんは俺の方にチラリと視線を向け、小さく呟いた。「逃げろ」と。

 俺はボスの方を見る。ボスの方もその眉間に皺を寄せ、初めて険しい表情になっていた。


「煙達には辛い役目を負わせてしまったようだ」


 気づけば、その手にはナイフが握られていた。

 ボスは一歩を踏み出す。


 その瞬間、彼の姿が消えた。同時に、溜息さんが屋根から弾けて上空に舞っていた。


「っ……!」


 急いでボスの姿を探し、すぐにその音を捉える。

 ボスは先程溜息さんがいた屋根の上にいて、その陰からゆっくりと立ち上がり、上空の溜息さんに視線を移した。


「ここに来て、その領域に達したか」


 今……何が起きた?

 察するに、溜息さんがボスの攻撃を回避したのか……?


 溜息さんはボスの能力を知っている。

 確か、タイムシーフと言っていた。

 どういう能力なんだ。名前から察するに、時間を奪う能力か……?

 だとすれば、溜息さんに対応する術はないはずだ。

 実際、百零さんも、です子さんも、御堂龍帥ですらも……あらゆる強者がボスの能力の前では成す術なくやられてきた。


 だが、今溜息さんは確かに不可避の攻撃を回避した。


「第六感を超越した危機感知能力。それはもはや未来視の域だ」


「……ハイド。言っておくが私は死ぬつもりなどない」


 溜息さんは上空からボスに向けて声を張った。

 溜息さんは続けて声を上げる。


「行け! 死音、ロール!」


 その声にハッとして、俺はロールの手を取った。


「ロール、行こう……!」


「う、うん……!」


 走り出した俺はセンにも視線を向ける。


「お前も来い!」


 


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