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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
一章
12/156

海の音

 テストの結果はまずまずだった。

 とりあえずはそう簡単に入れる学年20位じゃなかったと言っておこう。

 しかし、それでも27位という好成績。

 いきなり伸びた俺の成績に教師も驚いていた。

 そろそろ進路のことを考えないといけない時期なので、クラスの奴らも俺がいきなり成績を上げてきたことに、少し焦りを感じ始めたみたいだ。


 でもまあ俺の学年席次が27位だと知った時は、20位に入れなかったことに結構なショックを受けた。

 ロールに怒られると思ったのだ。


 しかし実際は怒られることはなく、むしろ褒められた。

 ロールも正直20位以内は無茶だと思ってたらしい。

 無茶だと思っていたのだとしたら、なおさら20位以内に入ってやりたかったところだが、まあ実際無茶だったのだ。

 ちなみにロールは3位だった。流石だ。


 さて、俺がアノニマスに入ってから一ヶ月半くらい経っている。

 そして夏休みに入った。


 最近の主な活動と言えば野外訓練だ。

 射出機の熟練度は中々良い感じになってきてるが、ロールには及ばない。

 能力の差だ。ロールは回転を使えるから、射出機を半ば自在に扱うことができる。

 ちょっとずるく感じるが、まあ能力の特権だろう。



 さて、そんな俺達が今何をしているかというと、夏休みの宿題だった。

 空調の効いたロールの部屋に、カリカリとシャーペンが紙の上を走る音が響く。


 しかし、俺のシャーペンの動きがふと止まった。

 それに気づいたロールが視線を俺に向ける。そして自然と俺と目があった。


「はぁ、また解けない問題?

 どこ?」


 机の向かい側に座っていたロールは、俺の隣へと移動して座る。

 ロールのいい香りが鼻孔をくすぐった。


「ここなんだけど……」


「ああここね。ここはこうして……」


 俺が指した分からない問題を、ロールがわかりやすく説明していく。

 俺の視線というと、ロールの指先から腕に登り、いつしかその横顔を見ていた。

 ロールの真っ白だった肌は少しだけ焼けて黒くなっている。

 真夏の野外訓練は日焼け止めを塗っていても肌を焼いてしまうのだ。

 俺は自分の腕に視線を移す。


 俺も結構焼けたな。

 少しずつ筋肉もついてきたし、中々の好青年に見えるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、俺の視界の中にロールの手が伸びてきて、俺の腕を強くつねった。


「いててて、ちょ、痛い」


「アンタ今聞いてなかったでしょ」


 しまった、聞いてなかった。


「ろ、ロールに見惚れてたんだよ……」


 俺は事実でもある苦し紛れの言い訳をした。

 そもそも夏休みの宿題が難しすぎるのが悪いんだ。


「もう。そういうのいいから。

 じゃあもう一回教えたげるからちゃんと聞いててよ?

 何が何でも今日中に終わらせるから。明日は任務も入ってるし」


 ロールはやれやれとため息混じりに言った。


「り、了解っす」


 次の日の深夜3時までやって、やっと宿題は半分まで終わった。



ーーー



 日差しが照りつける中、海から吹きつける風が気持ちいい。

 地平線に浮かぶ客船、港にぷかぷかと並ぶ漁船、空できょうきょう鳴いているのはカモメだ。

 

「あついわねー」


 ロールはそう言ったが、涼しそうな顔をして海岸を歩いている。

 暑苦しいジーンズの上は、肩を露出させたラフなシャツ。

 麦わら帽子がよく似合う。



 俺達は海に面したディールベルの街にいた。


 俺達の住む街からここまで、ロールの運転で大体3時間半程だった。

 夏休みなので、もっと道が混む見通しだったのだが、案外早く着いて時間を持て余している。


 さて、わざわざこんなところまで今度は何をしに来たか。


 一言で言えば、デートだ。


 というのは俺の願望で、俺達は任務でこの街まで来ていた。


 簡単な任務だ。難易度でいうとD。


 この街の支部に届いた、ある”荷物”を受け取ってそれを本部に持ち帰るだけ。

 今夜9時、指定された場所にその荷物が運ばれる。

 自衛軍の網はすでに解いてあるので、安全な受け取りができるわけだ。

 故にこの任務の難易度は低い。


 とにかく、俺達は荷物を回収して帰るだけなんだが、まだ昼の1時だ。

 昼飯も食べてない。


 昼食は車の中で食べる予定だったのだが、時間があるので見渡しの良いところで昼食を食べようということになり、俺達は海岸を歩いている。


 ちなみに昼食というのはロールが作ってきたサンドウィッチだ。

 片手に下げたバスケットは重い。


 どんだけ作ってきたんだよロール。

 そんなことを考えながら歩いていると、俺達はすでに目的地の灯台のすぐそばまで来ていた。


 防波堤の上に立っている灯台。

 そこからの景色は予想通り素晴らしい。

 晴れた空、南風。


 しかし暑い……。

 正直俺は冷房の効いた車の中で食べても良かった。

 この灼熱の中だと食欲もわかない。


 ロールは防波堤の端に座り込み、海の方に足を伸ばす。

 灯台がちょうど日陰を作ってくれているので、俺もその隣に座った。


「さ、食べましょ」


「ん」


 バスケットを開けて、俺達はサンドウィッチを食べ始める。

 味の方はいつもながら上手い。

 強いて言うなら少しヘルシーすぎるのが不満である。


「風が気持ちいいわね……。あー、眠たくなってきた……」


 二人でサンドウィッチを完食すると、ロールはそう言ってぐっと伸びをした。


「マジで? こんなに暑いのに?」


「ずっと運転してた私の身にもなって欲しいわ……」


 眉間を指で抑えてロールは言った。


 そういえば俺は助手席でずっと寝てたんだった。

 そう考えるとなんか申し訳ないな。

 昨日も宿題でほぼ徹夜だった訳だし。

 隣を見ると、ロールは必死に眠気をこらえてうとうとしていた。


「車に戻って寝るか? 時間もあるし」


「ん、……じゃあそうさせてもらうわ」


 そう言ったが、中々立ち上がろうとしないロールに俺は手を差し出す。


「仕方ないな。おぶってやるよ」


「悪いわ、自分で歩くわよ」


 睡魔の手によって打って変わってローテンションになったロール。


 俺はそんなロールを半ば無理やり立たせて背中におぶおうとした。


 しかし、無気力の人間ってのは意外と重いもんで、態勢をくずした俺はロールもろとも防波堤から落っこちてしまった。


 ザブンという着水音が波の音に紛れる。



ーーー



「ほんとなにしてんのよアンタ」


「いや、マジでごめん」


「はぁ、髪がベタつくわ」


「ほんとすいません」


「もういいわよ」


 俺達は念のため持ってきていた換えの服に着替え、今は広い車内の中で涼んでいる。


 シートを倒して平地にした車の中で、ロールはゴロンと寝転んだ。

 効きすぎた冷房が少し肌寒い。


「さて、私は七時まで寝させてもらうことにするわ。

 死音も寝てていいわよ」


「じゃあそうさせてもらおうかな」


 念のため、俺のケータイでも目覚ましを夜の七時に設定する。

 そして俺もゴロンと寝転がった。


 カーテンに妨げられた日差しが車の中を照らす。

 今日の任務は穏便なのでよかった。

 ロールが眠るところを見ても、緊張感は全くない。

 本当に簡単な任務なんだろう。


 Anonymous専用車体番号162。モデルサディンタ。

 車内の広いこの車を使うということは、荷物の質量がそれなりの物だということだ。

 どんな荷物を運ぶのだろうか。

 任務難易度は荷物の重要性に反映されないらしいからもしかすると物凄いものを運ぶのかもしれない。

 荷物の内容を教えられていないから中身について俺が知ることはなさそうだけど……。

 ロールは知ってるんだろうか。


 そう思ってロールに視線を流してみると、ロールは俺に背を向けて寝息を立てていた。

 腰から下には毛布がかかっている。


 寝付くの早いな。


 ビーチの駐車場に停めているせいか、浜の方から遊び声が聞こえてきた。

 それを聞いてると、だんだん俺もまどろんできて、いつしか意識は途切れた。


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