回転する音
ロールはおそらく車の上に立っている。
あの巨大な竜を一体どうすると言うのか。
そう思っていると、頭上でダンッと音が聞こえた。
まさか、飛んだ?
嘘だろ?
ハンドルから手が離せない俺は、必死に前を見ることしかできない。
ハンドルの重い操作感に持っていかれないように、強く掴む。
荒い道はガタガタとトラックを激しく揺らした。
しかし、俺はアクセルを緩めずとにかく遮二無二突き進む。
トラックの外の音を聞く余裕はない。
そんな時だった。
前方に、上から竜が降ってきた。
先程の刃竜だ。
すごい音を立てて地面に落下した刃竜に驚いて、俺は思いっきりブレーキを踏み、その前に止まった。
フロントガラスがその巨体で埋め尽くされる。
「……嘘だろ?」
そんなつぶやきと共に俺はトラックから降りた。
刃竜は首がよじれ、舌と目が飛び出した状態で死んでいて、足はまだピクピクと動いていた。
ロールがやったのだろうか。
「それにしてもでかいな……」
ド迫力の刃竜に近づいて、その刃上の鱗に触れてみる。
すると思ったより鋭かった鱗で、俺は指を少しだけ切ってしまった。
しかしロールはどこに行ったのだろうか。
そう思って耳を澄ましてみると、刃竜の裏側からロールの心音がしっかりと聞こえた。
俺は死体の裏側に回り込む。すると、ロールの足音が俺を避けるように移動した。
「……?」
かくれんぼでもしたいのかあいつは。
そんなことを考えながらロールを追うと、刃竜の周りを一周してしまった。
あいつ……、何がしたいんだ?
「ロール! 何がしたいんだよ!」
俺は刃竜を隔てて向こう側にいるロールに向かって声をかけた。
しかし返事は帰ってこない。
俺は忍び足でロールの元に向かう。しかし今度も遠ざかっていく。
こんなお茶目……というか面倒くさい奴だったかな。
「マジでなにしてんだよ!? いい加減にしろ!」
声を上げると、裏から俺くらいしか聞き取れないようなか細い声が聞こえて来た。
「”捨て猫”を使ったのよ……。元に戻るまで10分かかるわ……」
なるほど。
つまり今のロールは猫耳な訳か。
そして今まで見せてくれなかったのは実は恥ずかしかったからと。
黒犬さんみたいにすぐに元に戻れないらしい。
「ふーん……」
俺は本気ダッシュした。
それはなんとしてでも見なければ。
「なんで来るのよ!」
ロールも走る。
「見たいからだよ!」
「ロクなことにならないわ!」
しばらく追いかけたが、追いつかない。影すら見えない。
女の子に追いつかないというのは中々屈辱だが、ロールは強化系の能力を使っているのだから仕方ない。
速すぎだろ。
すでに刃竜の周りに2周ほどしている。
そんな時、だいぶ息が切れてきた俺は名案を思いついた。
追いかけてる音を作ればいい。
そしてそれを思いついた瞬間から行動に写していた。
俺はトラックの物陰に隠れて、『俺がロールを追いかける音』を作った。
ここしばらく、能力の訓練を疎かにしていたわけではないのだ。
俺は呼吸をなるべく大人しくさせ、まんまとひっかかってこちらに向かってくるロールを待つ。
そして俺は、ロールが付近まで来たタイミングでトラックの物陰から躍り出た。
「なっ! アンタ……!」
今度はロールが素早くトラックの陰に隠れる。
猫みたいな奴……じゃなくてしっかりと猫だった。
そう、一瞬だがロールの姿を見たのだ。
猫耳だけじゃなく、しっぽも見えた。
「……見ないほうがいいわ」
「もう見た。出てこいよ」
正直はっきりと見たわけじゃない。しかしもうここまで来たら見せないってのもないだろう。
すると、トラックの影から耳としっぽを押さえたロールが出てきた。
耳としっぽはロールの手では隠しきれず、ぴょこっと覗いている。
「……はぁ」
「お前それ……」
そして俺はその姿を真正面から見て、衝撃を受けざるを得なかった。
なんていうか、可愛すぎる……。
猫耳としっぽは人をここまで変えるのだろうか。いや、おそらくこれが捨て猫の能力だろう。
心理的引力ってやつか。
実際、俺はロールに吸い込まれていくように足を進めていた。
可愛すぎる。
まさに捨て猫を放っておけない感覚だ。
撫でたい、愛でたい。頬ずりしたい。
「ロール……、それやばいな……」
「ほらロクなことにならないでしょ?
アンタは特段酷いわね……」
ロールはため息を吐く。
「手どけてみてくれよ」
「無理。アンタ撫でるでしょ。
撫でられるのはちょっと……アレなの」
どれだよ。
というかほんとに可愛いなこれ。
もう我慢ならない。むりやり抱きしめてやろうか。
「マジでヤバい」
「それ以上寄ったら殴るからね。アンタちょっと効きすぎ。異常よ」
「くそっ! 抱きしめさせろ!」
玉砕覚悟でロールに飛びかかると、あえなく鳩尾に拳を叩き込まれ、俺はその場に崩れ落ちた。
ーーー
ある程度の平静を取り戻した俺は、助手席で流れる景色をみているフリをしながら、隣の猫耳しっぽをチラチラ気にしていた。
トラックの進行は続く。
刃竜はアジトに報告して、回収してもらうことになった。
珍しい素材がとれるので、あのまま放置は勿体無い。
「……なにチラチラみてんのよ」
「だってそれ……、気になるじゃん」
10分は長い。と言ってももう少しで切れるはずだ。
「帽子持って来れば良かったわ」
「1撫でだけさせてくれないかな」
「ダメ」
そんな時、ロールの猫耳がピョコンと跳ねた。
視界の端に映ったのは小動物。
普段はちょっと垂れてるロールの猫耳がそっちの方向に向けてピーンと立ってる。
「……なぁ、それほんとに可愛いな。
猫だからやっぱああいうの気になるのか」
「仕方ないでしょ。強化系動物は習性とか本能的なのも付属してくる場合があるんだから。
でもはい、もう時間切れ」
ロールがそう言うと、猫耳としっぽがスッとひっこんだ。
どうやら10分が経過してしまったらしい。
「ああ……! 尻尾が! 耳が!」
ロールに手を伸ばすが、その手はパシッとはじかれた。
そして、ロールの能力が完全に切れると、俺も段々と落ち着きを取り戻してきた。
「はぁ、疲れたー。
これだから捨て猫はあんまり使いたくないのよね。
疲れるし死音は発情するし」
「……発情してた訳じゃねーよ。
予想以上に反則の可愛さだっただけだ。ちょっと可愛すぎた」
「その……可愛い連呼するのやめてくれない? なんか調子狂うわ……」
「もしかして照れてる?」
「照れてない」
「ちょっと照れてるだろ」
「…………そりゃあ可愛いって言われたら嬉しいわよ」
猫耳がなくても正直ロールは可愛い。
時折見せる優しさとか女の子らしさにドキドキしてしまったりするのだ。
これは惚れてしまうのも時間の問題かもしれない。
「死音も早く私にカッコイイところ見せてね」
そんなカウンターを食らって、俺は押し黙った。
ロールと対等の所に立つのには時間が掛かりそうだ。
だけど、少しずつお互いに打ち解けてきているのは実感できる。
それからしばらくすると、やっと街が見えてきた。
街道の先に見える街は、夕日に照らされてそれっぽくなってる。
街に入って、ロールは先程のレストランの駐車場にトラックを止めると、運転席から降りた。
荷台には幌が被せられた葬竜が積まれている。
ここにトラックを置いておけば組織の人間が回収してくれるらしい。
だから俺達はここで任務完了なわけだ。
「中途半端な時間ね」
時計を見て、ロールはそう言った。
時計の針は5時半過ぎを指している。
「そうだな」
「アンタテスト本当に大丈夫なの?」
「まあそれなりに。結構勉強したからな」
「ふーん。
ならちょっと遊んでく?
あそこでご飯食べてから」
ロールはレストランを指差し、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。
帰って勉強する気満々だった俺だが、これを断る気にはなれなかった。
「いいね」
「じゃ、行きましょう」
レストランの中に入ると、俺達は思わぬ人物と出会うことになった。
弦気と大橋と凛だ。
他の弦気ハーレムの面々は、最近大橋と凛の猛攻について行けないらしく、前程の活発さがなくなっている。
それはどうでもいいことだったが、あいつらが三人で勉強会をしているところを俺達は発見したのだ。
最初にあいつらの存在に気づいたロールはあからさまに嫌な顔をした。
弦気達が嫌い、という訳ではなく、演技をしなければならないのが煩わしいのだろう。
それに、こんな町外れのレストランにロールと二人で来ていることがバレるとなかなか面倒なことになる。
あいつらもなんでこんな所で勉強会なんてしてるんだって話だが。
まあとにかく、俺達は気付かれないうちにレストランを出ようとした。
しかしその前に弦気達が俺達の存在に気づいてしまったのだ。
そうなるとレストランから出るわけにもいかなくなる。
で、だ。
俺達は結局弦気達のすぐ隣の席に着くことになり、そこからの質問攻めには、ロールが華麗な受け答えをかましてくれた。
それで、俺達がここにいる理由としては『デート』ということになった。
「神谷くんもなかなか隅におけないな」
「風人にそんな行動力があるなんて……びっくり」
「風人、やっぱり惚れてたんじゃないか。
おめでとう」
三人の中では、俺達が付き合っているという認識になったようだ。
これは学校で面倒なことになるかもしれない。
すでに校内でも結構な人気を誇るロールさんなのだ。
俺はなんとか付き合っていないことを主張しようとしたのだが、その前にロールが言った。
「あの……私達が付き合ってることは内緒にしてくれませんか?」
ロールがこう言ったということは、俺達が付き合っているという設定で学校生活を送る分に、障害はないみたいだ。
内緒にしろと言ってもどうせ噂はすぐに広まるだろう。
確かに、そうなると二人で行動しやすくなるかもしれない。
俺が周りの男子から妬みの視線で見られ、多少の嫌がらせを受ける可能性を犠牲にしなくてはならないが。
「もちろん誰にも言わないよ。
俺たち邪魔みたいだからそろそろ行くか」
弦気がそう言ったことで、大橋と凛は立ち上がった。
俺達に気を遣って出ていってくれるらしい。
俺達はそれを引き止めたが、まあぶっちゃけ出ていって欲しいというのが本音だった。
それを変な意味で見破った三人は、会計を終えてレストランを出ていった。
「予定が狂ったわ」
三人がレストランを出て、しばらくしてからロールは言った。
「なんの?」
「もうちょっとゆっくりアンタとの距離を詰めたかったのよね。
もう付き合うことになっちゃったじゃない」
学校の話か。
ロールには色々と予定があったらしい。
「問題あんの?」
「慎重に行きたかったのよ。まあいいけどね」
「ふーん。
とりあえずなんか頼もうぜ」
俺はレストランのメニューを開いて言った。
「私はもう決めてる。
オムライスとメロンソーダよ。風人は?」
「ん? 風人?」
「今はプライベートじゃない。私はどっちにしろロールだけどね」
なるほど。プライベートではコードネームを呼ぶ必要がないのか。
それにしてもオムライスとメロンソーダね。普段はすごく体に気を遣った料理を作るロールとは思えないチョイスだ。
「じゃ、俺もオムライスとメロンソーダにするかな」
「なんで同じの頼むのよ」
「プライベートではカップルなんだろ?」
「そうね。でも栄養偏るからアンタのは私が頼んだげる。
そっちの方が彼女っぽいでしょ?」
ーーー
食事を終えると、俺達はしばらく駄弁ってからレストランを出た。
時刻は七時過ぎくらいだった。
そしてその後ロールの提案で、俺達は近くのデパートで軽くショッピングをしてからアジトに戻った。
時刻は10時過ぎだ。
ロールは結構服を買ったので、荷物持ちの俺の両手には大量の袋が下げられている。
「アンタこれ似合いそうね」ということで、俺の服もいくらか選んでくれたりしたのだ。
いくらロールがお金を持っているとは言え、奢らせるのは男としての尊厳が傷付くので、そのお金は意地でも俺が出した。
黒犬さん達と任務に行った時の報酬のおかけで、お金には余裕があったのだ。そのお金をどう使うか困っていたから、この機会に使えて丁度いい。
しかしまた月末に45万という大金が入る訳だ。
金銭感覚が狂いそうである。
「んじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
ロールをアジトの部屋まで送り届けると、俺は荷物を置いて別れを告げた。
ロールが選んでくれた俺の服は、この部屋においていくことにした。
「あ、ちょっと待って」
俺が部屋を出て、しばらくしたところでロールが俺を引き止めた。
俺は振り返ると、ロールが部屋から顔を出していた。
「なに?」
「ちょっと来て」
言われてまた部屋の前まで行くと、ロールはさっと俺の背や腕やらをメジャーで測り始めた。
「……なにやってんの?」
「アンタのタキシードを発注するのよ。潜入任務とか制圧任務とかで着る動き易いやつ」
「えぇ、そんなのもあるのかよ」
タキシードか。恥ずかしいななんか。
ロールは一頻り測り終えると言った。
「よし、もういいわよ。じゃあおやすみ。ちゃんと勉強しなさいよ」
「あ、ああ……」
歯切れの悪い返事を最後に、ロールとの一日は終わった。




