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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
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円の崩壊

 円城寺八千代(50)の能力は、もしかするとあの御堂龍帥よりも有名かもしれなかった。


 強化系、超人(ブレイバー)


 常軌を逸する身体能力と、並外れた攻撃力防御力を発揮する強化系の能力。オーラで空を飛ぶなどという訳の分からない所業をも可能にするイカれた能力であり、強化系においてはもちろんトップクラス。

 どれくらい凄いかと言うと。


「……アレ相手は正直分が悪い。しばらく様子を見ることにする」


 溜息さんが参戦を思い返して、しばらくの観戦を決め込むくらいヤバい敵なのだ。


「それがいいわね……」


 しかし、円城寺八千代は正直好感の持てる将軍だ。

 こんな辺鄙……ってこともないが、セントセリアからは大きく離れた街にいるのにも関わらず、彼女の民間からの人気は御堂龍帥に次ぐ二位だった。

 特にこの街の人々からの支持が高いのは、野次馬の熱狂具合で分かる。


 なぜ、彼女がこんな人気を誇るかというと、それは簡単だ。

 まず、彼女は人を殺さない。例えどんな悪党であっても、彼女は人を殺すことを嫌うのだ。

 円城寺八千代は戦った相手を獄所にぶち込むだけに留める。彼女が手を下すのはそこまでだ。

 それ故に彼女は殲滅作戦に参加することもないらしいし、ほぼ自分の管轄内でのみ活動してると聞く。


「ハッ、今日は何の能力を提げて来たんだい。にしてもいい加減しつこい奴だ。アタシの方こそ今日という今日は牢屋送りにしてやる」


「テメェがほんの少し触れさせてくれるだけで話は終わりなんだよ。

 まずはコレでも食らっとけババア!」


 上空の空蝉さんは叫びつつ、背後に巨大な瓦礫を浮かび上がらせた。


「ほう、一つは念動力と見た」


「オゥラァ!!」


 空蝉さんが浮かび上がらせた瓦礫は、高速で円城寺大将に向かったと思うと、彼女の寸前でピタリと止まり、今度は俺達の方に向かって落下してきた。


「ハッハァ!! 潰れろアリ共!!」


 空蝉さんは両手を銃の形にし、それを逆向きにして叫ぶ。しかし円城寺大将の方は、落下してくる瓦礫より速く移動し、すでに野次馬が構えるフェンスの斜め上に立っていた。


 ギリギリ目で追えるかどうかの速度。音速は超えていない。が、俺が捉えきれる速度ではなかった。

 彼女の、年齢にそぐわない艶のある綺麗な髪が舞う。


「八千代さん頑張って!」「大将ー!」「円城寺さんファイト!」


 応援する声に、彼女は振り向かず、親指を突き立てることで答える。


 そして彼女は巨大な瓦礫に向けて拳を突き上げた。

 するとその拳撃で瓦礫はバラバラに砕け散り、舞った破片を彼女は片足で一蹴。その風圧で、細かくなった瓦礫は人のいない方向へと吹き飛んだ。


 湧き上がる歓声。


「これは……」


「やばいわね」


 これも彼女が人気な理由の一つである。

 民間人を死守する姿勢。

 野次馬は、ちょっとしたアトラクションのつもりなのかさらなる盛り上がりを見せていた。さっきの瓦礫があのまま落っこちてきていたら俺達はぺしゃんこだったというのに。

 いや、円城寺大将が守ってくれなければ代わりに溜息さんが動いていたのだろうが、それにしても大将に対するこの信頼はすごい。


「ハッハッハ! エンターテイナーだなァ! おばあちゃんよォ!」


「空蝉ィ……! 毎度毎度おふざけがすぎるぞォ!」


 そう言って彼女が飛び上がると、ブワッと強風が俺達を襲った。

 ロールは、飛んでいきそうになった帽子に手を伸ばしてキャッチする。溜息さんの薄手のパーカーがマントのようにはためいていた。


 飛び上がった円城寺大将に視線を戻すと、上空ではすでに戦いが始まったようで、二人の攻防の音が聞こえてくる。

 しかし、二人は一瞬でかなりの高度に達してしまったらしく、地上からは点が動いてるようにしか見えなかった。


「ここからじゃ何にも見えないわね。死音、どうなってるか分かる?」


 ロールは隣の俺にそう聞いてきた。


「……なんか暴言飛ばしあいながら戦ってる。空蝉さんが劣勢だな、アレは」


 空蝉さんは「っざけんな老婆!」などと叫びながら風切り音を鳴らしてヒュンヒュンと飛び回っている。

 円城寺大将は空蝉さんにうかつに接近できないというハンディキャップを負っているが、先程のような拳圧の連打で空蝉さんを圧倒していた。


「気になるのは空蝉の能力だ」


 溜息さんは眩しそうに空を見上げながら言った。

 空蝉さんの能力。一つは念動力(サイコキネシス)関連みたいだが、もう一つはまだ確認できていない。

 今使っている念動力も中々にハイスペックらしいが、あれだけで円城寺大将に挑もうなどとは思わないはずだ。


 そんなことを考えている間にも戦闘は続いており、二人の影は徐々に高度を下げていた。

 空蝉さんは防戦一方。円城寺大将の方は空蝉さんに触れられないよう一定の距離を保ちながら拳撃と脚撃を放っていた。


「昔は移動用の転移能力を常にストックしてたわよね、空蝉」


 ロールは思い出したように言う。


「なるほど。転移能力なら円城寺大将に触れることくらい可能かもな」


 その隙を伺っているのだろうか、空蝉さんは。


「いや、転移能力は私でも見切れる。あの女には通用しないだろう」


 溜息さんがそう言ったので俺は考えを改める。

 確かに、驚異的な反射神経があれば転移のラグくらい見切れるだろう。俺も転移能力者とは何度か相対したことがあるが、あれは攻略不能の能力というわけではない。


「あっ」


 ロールがそんな声を上げた時、空蝉さんに円城寺大将のかかと落としがクリーンヒットした。

 クリーンヒットと言っても、頭上から振り下ろされたかかとの風圧をモロに受けただけだった。

 空蝉さんはビュンと音を立て、俺達の背後に流星のごとく落下してきた。


 ズドンと、彼が落下したことによって石畳の地面は窪み、遅れて俺達の元にもかかと落としによる風圧が叩きつけられる。

 叩きつけられると言っても強風程度の風圧だったが、あの距離からこの威力を出せるということに俺は恐怖した。


「……マズくないですか」


 誰もが空蝉さんを振り返る中、円城寺大将はその頭上に舞い降り、彼を見下ろした。


「どうしたんだ、もう終わりかい? 今日は偉く歯ごたえがないじゃないか空蝉」


 ことの顛末を見守るべく、野次馬も今は大人しい。


「ねぇ溜息さん、これ助けに行った方がいいんじゃない?」


 ロールが囁くように耳打ちするが、溜息さんはフルフルと首をゆっくり横に振った。

 空蝉さんはまだ死んだわけではない。石畳に腰が埋まっているが、鼓動は聞こえる。あれで死んでいないということは、おそらく念動力で先に地面を削り、一気に勢いを緩和することでダメージを軽減したのだろう。


 しかし、溜息さんは空蝉さんを助けないつもりなのか?

 そう思っていると、空蝉さんに動きがあった。


 空蝉さんはだらんと下げていた頭をぐいと上げて、円城寺大将を睨む。


「やってくれたな、ババア」


 そう言って彼がぺっと吐き出した血混じりの唾は、念動力によって直進し、円城寺大将の軍靴にべとりと付着した。


「アタシはいくらお前でも殺す気はないが、その様子だとあと一発くらいは耐えられそうだね」


 円城寺大将が拳を振りかぶり、それを空蝉さんに向けて振り下ろす。

 それと同時に空蝉さんの体に変化があった。

 メキメキと音を立て、彼の体が膨れ上がる。そして彼の着ていた羽織破けた時、円城寺大将の拳圧が空蝉さんを襲った。


 バコン、そんな音と共に彼は後頭部を石畳にぶつける。それによって空蝉さんは気絶したらしく、肥大化しつつあった空蝉さんの体は一気に萎み、その後ピクリとも動かなくなった。


 今のは……、能力の不発、だよな……?


「あー……」


 ロールが見てられないというよりは呆れたように空蝉さんから視線を外す。


「……相変わらずこっちの方の空蝉は弱い」


 溜息さんも溜息混じりに言った。

 こっちの方の空蝉さんは弱いって、もう一つの人格の空蝉さんは強いということなんだろうか。

 そう思いながらも俺は「どうするんですか」と溜息さんからの指示を促した。


「こちら円城寺。悪党の回収だ。応援を頼む」


 円城寺大将は空蝉さんの前に立ち、胸ポケットの端末を取り出して基地に連絡をする。

 そこで野次馬共の歓声が湧き、一部では悔しがる声なども上がった。


 彼女は倒した後も空蝉さんに触れるつもりはないらしく、その油断の無さは流石としか言いようがなかった。


「死音、ロール、私が合図をしたら空蝉を回収しろ」


 しばらく黙り込んでいた溜息さんがいきなりそんなことを言ったので、俺は思わず聞き返した。ロールも眉を顰めながら溜息さんの方を見る。


「え……?」


「私が円城寺を足止めしておく。その隙にお前達は空蝉を回収して、可能なら街を先に出ろ」


「……なるほど、考えたわね溜息さん。空蝉は気絶してた方が扱いやすいから」


 そういうことか。


「そうだ。死音は私と音を繋いでおけ」


「……分かりました」


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