和の崩壊
シャンリアは景観の美しい街だ。石畳で舗装された道路、木造の建築物、街の中心まで続く瓦の屋根。街灯に照らされて、それぞれが美しく映えていた。
昔から独自の文化を守ってきているこの街は、観光客も多く、問題もよく起こるらしい。そのため、街の南西部分に景観にそぐわない自衛軍基地が構えられている。
さて、俺達がシャンリアに到着した時刻は午前の三時だった。自衛軍の目もあって、この時間にウロウロするわけにもいかず、一旦俺達は車内で朝まで休憩した。
そして朝になると、俺達は空蝉さん探しに乗り出す……前にまず服屋に向かった。
というのは、俺とロールが着ている私服に対して、溜息さんはいつも通りのスーツ。なので、街を歩いていてやけに人目を感じたのだ。
ロールもそうだが、ただでさえ溜息さんの容姿は目立つ。
それで溜息さんの服を調達しようという話になったのである。
正直、顔バレしている人が堂々と歩いていても、自衛軍が駆けつけて来る可能性はそこまで高くない。
しかし、今回の任務はなるべく自衛軍との戦闘を避けたいし、空蝉さんを見つけるのに動き回る可能性があるので、最低限の変装はしておきたい。
そう言うと溜息さんは仕方なくという感じで話を了承した。
「馬鹿。あんたセンスないわね。溜息さんに似合うのはこういうのよ」
そう言ってロールが見せつけたのは、グレーのだぼっとしたパーカーだった。
彼女の方は、黒いショートパンツに、トップスは白いカットソーで着こなしている。頭にはサイズ大きめのマリンキャップが乗っかっていて、やけに扇情的に感じる格好だ。
剥き出しになったふとももと、ブラの形が浮き出ているのがさっきから気になっている。
「それは暑いだろ」
「夏用なんだからそんなことないわよ。ほら、触ってみて」
「ホントだ。思ったより薄いな」
「それに、溜息さんは一年中あのスーツ着てるんだから」
「そう考えればそうだな」
俺はちらりとスーツ姿の溜息さんに視線を向けた。
溜息さんは店の入り口の柱に背を預けて立って俺達を待っている。多分、自分で服を選ぶのが恥ずかしいのだろう。
今も結構暑いのに、彼女は涼しそうな顔をして街の通行人を目で追っていた。
「この下にこのシャツとか着ればきっと良い感じだわ。ちょっと溜息さん呼んできてくれない?」
「分かった」
俺は音を飛ばして溜息さんを呼ぶ。
「決まったのか?」
そう言って、溜息さんはこちらまでやってきた。
「ええ、これとかどう?」
「それにしよう」
溜息さんはロールが持っている服一式を奪い取ると、そのままレジに向かう。
「ちょ、溜息さん試着しないんですか? サイズもあってるかどうか分からないのに」
俺が慌てて聞くと、溜息さんは「必要ない」と答えた。ロールもやれやれといった感じで、溜息さんを諭すことはなかった。
せっかく溜息さんの着せ替えができると思ったのに、惜しい。
溜息さんはレジを済ませると、試着コーナーで着替えてそのまま出てきた。
買ったばかりの服をそのまま着て出ていくなんて恥ずかしくて俺はできないが、あえてそれを指摘する必要はない。
ロールがコーデした服は、溜息さんにすごく似合っていた。
ボディラインを強調する白いTシャツの上に、ゆったりとした薄手の灰色パーカー。下はぴっちりとした黒い七分丈のジーンズだ。大きなベルトがやけにかわいい。
フォーマルなハイヒールとはあんまり合わない服装だが、まあそこは仕方ないか。
「ありがとうございましたー」
店員さんの見送る店を出て、俺とロールで溜息さんをジロジロ見ていると、彼女は切り返すように言った。
「お前達、任務を忘れてないか。こんなことをしてる暇はない」
「これも任務の一貫よ」
「溜息さん、すごく似合ってますよ」
「そうか……?」
前方を向いてスタスタと歩いていた溜息さんはちらりと俺の方を見た。
「死音、私にはあんまりそういうこと言ってくれないわよね」
ロールがそんなことを言ったその時、遠くで爆発音がした。ロールと溜息さんはバッとそちらの方を向き、俺は耳を澄ます。
「基地の方からだ」
「基地? なんかの事故かしら」
なんだなんだと、街ゆく歩行者達は野次馬と化し一斉にそちらの方へ向かい始める。
浮遊能力持ちは飛んで爆発音のした方向に向かった。
なんだこの街。スレイシイドの街人は、爆発音なんかしたら野次馬なんかせずになるべく遠ざかろうとしたのに、やけに好奇心が強いというか。
気になるのは分かるけど。
「私達も様子を見に行ってみる?」
「そうだな」
言って、溜息さんは両脇に俺とロールを担ぎ、タンと飛び上がった。
溜息さんからは新しい服の匂いがした。
ーーー
「ハァーハッハッハ!! 円城寺八千代ーーーーーーっ!! 出てこぉぉぉぉぉい!!!!」
自衛軍基地のフェンスの外に出来た野次馬の、さらに後ろの方にいる俺達は、上空でそんな馬鹿でかい声を出す男を見てそれぞれの反応をした。
「ああ、あれはダメな方の空蝉だ……」
「……馬鹿かあいつは」
「え? え? あれ何してるんですか?」
あれが空蝉さんらしいということは二人の反応を見てわかった。
空蝉さんは菅笠をかぶり袴姿で、羽織を靡かせ上空で未だ何かを喚き散らしている。
「早く出てこぉぉぉぉぉい!!」
ドン、と基地内の施設がまた爆発し、立ち上る煙が一本増えた。
「あれ、マジで何してるんですか?」
「見たらわかるでしょ。大将を呼び出してるのよ」
「……なんで?」
「言い忘れてたけど、あの空蝉は戦闘狂なの。多分円城寺八千代の能力を狙ってるんじゃない?」
「そうなのか。……でもなんでこの街の伝統衣装を着てるんだろう」
「大方、気に入ったのだろう。行ってくる」
そう言って飛び上がろうとした溜息さんを俺は慌てて引き止める。
「どこ行くんですか溜息さん!」
「当然、空蝉を連れ戻しにだが」
「いやいや、今行ったらまずいですよ!」
「はぁ……。あの空蝉と関わればこういった戦闘は避けられない。仕方のないことだ」
やれやれといった様子で溜息さんは言う。
ロールの反応を伺ってみるが、溜息さんが行くことに反対はしていないみたいだ。
「お前達はここで待っていろ。能力を使わせれば、多少性格はマシになる」
「お願い溜息さん」
ロールは言った。確かに、大将、幹部クラスのバトルになるなら俺達の出る幕はない。
そうして私服姿の溜息さんが今度こそ飛び上がろうとした時、今度は空蝉さんがいる反対方向から衝撃音が聞こえてきた。
何事かと思ってそちらを向いてみると、建物の天井を突き破って現れたのだろう人物が上空にふわふわと浮いていた。
自衛軍の軍服。官帽からはみ出る溜息さんばりに長い黒髪は逆立ち、その頭上には天井を突き破って飛び出した際に舞った瓦礫が未だ上昇を続けていた。
「あれは……?」
俺は分かっていながらも、確認のためロールにそんな問を投げた。
「分かってるでしょ。円城寺八千代よ」
円城寺八千代。
史上最強の女……もとい史上最強のババアと揶揄されることもある自衛軍七大将の一人。
「またお前かァ空蝉ィ……」
「ハハ、今日こそ頂くぜ。その能力」
腰にささった刀に手を伸ばし、空蝉さんは言う。
地上の野次馬からは歓声が上がって、いつしか賭けが始まっていた。
何なんだこの街。




