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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
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認識の崩壊

 現在、俺、ロール、溜息さんの三人が乗り合わせる車では一切の会話が行われていなかった。

 ロールが運転し、俺が助手席、そして溜息さんは後部座席に座っている。

 非常に居心地が悪かった。身じろぎすら躊躇われるこの状況に、俺は一度大きく深呼吸……もとい溜息を吐いた。


 ロールと二人で任務に行く時は、会話が途切れて気まずくなることなんてありえないし、溜息さんと二人で任務に行く時は、会話がなくてもなぜか居心地が良かったりする。


 正直、溜息さんとロールはあんまり仲良くなさそうだなと思っていたが、ここまで険悪なムードになるなら俺は是が非でも任務を拒否するべきだったのかもしれない。

 俺の修行の一件もあったし、やっぱり二人の間には確執があるのだろうか。


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙。聞こえるのは車の走行音のみ。

 沈黙を破った方がいいのか、それともこのまま沈黙を守った方がいいのか。

 何度かそんな思考を繰り返したが、結局俺には沈黙を破ることなどできなかった。


 俺にできることは早く目的地に着けと祈ることだけだ。

 しかし、その目的地もまだまだ遠いことを知っている。


 空蝉さんの目撃情報があったのは、デリダからひたすら西に行った所にある街、シャンリア。

 街まではまだ7時間は掛かると思われる。途中で休憩も必要だろう。

 それまでこんな沈黙が続けば任務が始まる前に疲れてしまう。


 俺がなんとか会話を切り出さないと。

 そう思った時、唐突にロールが口を開いた。


「しかし、溜息さんと任務に行くのって久しぶりね」


 破られた沈黙に、俺は息を呑む。

 ロールと溜息さんが会話するのを見るのはこれが初めてなのだ。やけに緊張する。


「そうだな」


 溜息さんから、いつもと変わらないつっけんどんな返事が返ってきた。しかし溜息さんについては、微妙な声のトーンの変化によって機嫌の良し悪しを判別できる。

 これは……機嫌が良いときの声だ。


「何年ぶりかしら」


 俺はちらりとロールに視線を移すと、彼女の方もいつも通り薄く笑ってるのか笑ってないのか分からない顔をしていた。

 これは多分ロールの方も、機嫌が良い方なんじゃないだろうか。


「三年前のアレ以来じゃないか?」


「アレって、西タツミ基地の襲撃?」


「ああ。です子が私達に任せて先に帰った任務だ」


「懐かしい。あったわねそんなことも。じゃあそれ以来か」


 あれ、なんだこの感じ。この二人って別に仲悪いとかそんなことはないのか……?

 確かに、二人にはです子さんという共通の絡みがあった。ロールはです子さんと仲が良かったし、溜息さんはです子さんの元パートナーだ。


 だから二人の間にもそれなりの接点があったということか?

 考えてみれば、ロールは物心つく頃からAnonymousにいたというし、溜息さんも20年近く前から組織にいる。これで接点がないという方がおかしいのかもしれない。


「空蝉もその辺りに消えた切りだな」


「ぶっちゃけあの人Anonymousに加入してる意味ないわよね。特に仕事してるわけでもないし」


「そんなことはない。こうしてちゃんと私達の仕事を増やしてくれているじゃないか」


 バックミラーに映る溜息さんは少し口元を歪ませた。それを見てか、ロールもクスっと笑みを漏らす。


「ふふ、そんなジョーク聞いてないわ」


 あれぇ? 仲良しじゃんこの二人。

 さっきの張り詰めた沈黙は一体なんだったんだ。


「それにしても空蝉はなんでよりにもよってシャンリアなんかにいるのよ」


 シャンリアの街には、自衛軍七大将が一人、円城寺八千代(えんじょうじやちよ)が配属されている。ロールがよりにもよってと言ったのは、そういった不都合があったからだ。

 問題を起こせば彼女が真っ先に駆けつけてくるであろう。


「あいつに行動理由なんてものはないだろう。あったとしても、どっちかわからない」


「そうね……」


「空蝉さんってどんな人なんだ? ロール」


 空蝉さんについて気になった俺は会話に混ぜてもらうことにした。

 俺が空蝉さんについて知っていることは、先ほど詩道さんから聞いた、性格に難があるということと、ちょっとした二重人格ということ。そして、Anonymousの幹部であるということだけだ。

 それだけじゃ少し情報不足である。


「……空蝉は能力を使う度に性格が反転する特殊な体質の持ち主だ。いや、体質というよりは能力による弊害だな」


 俺の質問にはロールではなく溜息さんが先に答えた。


「うわぁ、それは厄介そうですね……。

 それで空蝉さんの能力って、どんな能力なんですか?」


 聞くと、今度はロールが答えた。


「空蝉の能力は、現身(うつせみ)って言って、触った相手の能力を二つまでストックすることができる能力よ。いわゆるコピー能力ね」


 複数コピー能力か。また応用の利きそうな能力だ。


「まあ、コピーした本人以上にその能力を扱える訳じゃないがな」


「でも二つ能力を使えるアドバンテージは大きいですね。いつ、何をストックしているか分からないってのも強みですし」


「そうだな」


「私は元々二つ能力を持ってるけどね」


 ふふんと言わんばかりの得意げな顔でロールは言う。


「そう考えると能力重複者(スキルリピーター)って反則だな」


 そこで会話は止まった。

 荒野を行っていた車は、いつの間にか林道に差し掛かっている。車窓の外の木々が次々と通り過ぎていく。

 時刻は午後七時前。日は段々と沈み始め、辺りは暗くなり始めていた。


 しばらく無言でいると、後ろから小さく寝息が聞こえてきた。振り向くと、溜息さんが車窓に寄りかかって眠っているのが分かった。


「溜息さん、これは相当疲れが溜まってるようね」


「だな。かなりの数任務こなしてるみたいだし。

 なんか俺も眠くなってきた。寝ていい?」


 座席を倒し、寝る準備をしながら俺は言う。


「いいわよ。その代わり後で運転変わってね」


「了解」


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