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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
八章
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加速する夢

 根のように伸びた細い稲妻が、如月大将を囲うように展開されては消えを繰り返していた。その放電現象により、彼は一瞬にして場を支配する。

 同時に、弦気の頭には如月大将につけられた異名が浮かんでいた。


 ――雷神。


 御堂龍帥が風神ならば、如月紋亥は雷神。かつて対を成していた双璧の片一方。

 自衛軍七大将の中で、実質的に一番の威権を持つ男。弦気も勿論、その実力をよく知っている。

 今、そんな男と一戦を交えようとしているのだから、弦気はこの状況に不合理を感じていた。


 だが、彼に恐怖はない。内省することもなく、それ故に後悔もなかった。

 あるのは怒りのみ。


 この少女を庇うことは決して咎められることではないはずだ。ただ一人の少女を守ることが罪ならば、この世界は間違っている。

 己の中で吐き捨てて、弦気はバチンバチンとほとばしる閃光を纏った如月大将を睨んだ。


「力ずく、って言いましたね」


「ああ、そうだ」


 何度か行ったことのある模擬戦とは雰囲気が違う。明らかな殺気。戦闘は避けられそうになかった。

 弦気は周りを低回する白衣の男共を牽制しながら、今一度肩に背負った愛花を見やる。

 彼女の荒かった呼吸は正常に戻ったが、目覚める気配はなさそうだ。


 彼は考える。

 愛花を背負ったままでは戦闘は困難だろう。だが、この少女が自衛軍にとって重要な研究対象なら、自分ごと攻撃されることはないはずだ。


 弦気はそう判断しかけて、すぐに考えを改める。

 相手は雷神如月紋亥。狙った標的だけを攻撃する巧妙な能力捌きもできるのではないだろうか。否、できないはずはない。

 そして、直撃を受ければいくら弦気の能力を持ってしても何度耐え切れるか分からなかった。


 ここは逃げに徹するしかない。

 そう決めて、弦気は言い放った。


「やれるものなら……、やってみてくださいよ!」


 彼は地面と自身の両足の接触を反発する形で拒む。同時に自身に掛かる重力を拒否し、弾けるように一気に扉へと移動した。

 直後、弦気の立っていた場所に雷の一閃が落ち、地面を削った。


 地面に落ちた雷は、砕いたその床からバウンドするように、弦気の元へと向かう。

 そして彼の後頭部に当たる直前で軌道を変えて壁に当たった。


 弦気は愛花を抱えたまま走る。

 彼女を背負っている以上、障害物をすり抜けることはできなかった。彼は他人に掛かる干渉までは拒否できない。


 彼は半開きになっていた扉を蹴り開け、出口へと向かう。

 しかし、ドゴンと壁を粉砕して現れた如月大将が弦気の行く手を阻んだ。


「チィッ!」


 弦気はすぐさま進路を切り替える。彼は愛花を両腕で横抱きにし、ダンと地面を蹴って背中から窓ガラスに身を投げた。

 窓ガラスの先は植え込み。そこへ着地すると、弦気はすぐさま走り出す。


「こちら如月、今すぐ応援をよこせ! 御堂弦気が夢咲愛花を攫って逃げた!」


 後ろからそんな声が聞こえて、弦気は後戻りできなくなったことを悟る。

 この場合、捕まればクビになるのだろうか。それとももっと重い罰があるのだろうか。あるいは、護衛を外されて地方に飛ばされるだけかもしれない。


 どうであれ、弦気に捕まってやる気はさらさらなさった。最低でもこの少女だけは安全な所へ逃がさなければ。

 弦気はそう意気込んで疾走を続ける。


 しかしどこへ逃げればいい? 弦気は脳をフル回転にして思考を張り巡らせていた。

 如月大将を敵に回してしまった以上、頼れる味方はいない。ただでさえセントセリアは弦気にとってアウェーな街だった。

 街の外へ出るにしても距離がありすぎる。それまでに捕まってしまうだろう。


『セントセリアは石を投げれば自衛軍に当たるような街だぞ』

 弦気は自分で言った言葉を思い出す。

 ならばこれを逆手に取って、逆に中心街に出ればいいのではないだろうか。 

 街の中心ともなれば如月大将も派手な力を使うことはできない。内部のゴタゴタで民間に被害があれば、信用が落ちるどころの騒ぎではなくなる。

 直に駆けつけて来るであろう応援も中心街では隠密を強いられる。このことを民間人に悟られてはならないからだ。


 安全、平和を掲げるセントセリアで、民間人を不安にさせるような騒ぎはお互いに避けたい所であった。


「ハァ……、ハァ……」


 弦気は走る。

 背後を確認してみるが、如月大将は追って来ていなかった。

 しかし、弦気は如月大将が導体を利用して高速移動することができるのを知っている。視認されていないのは弦気にとってのアドバンテージではなく、如月大将にとってのアドバンテージであった。

 彼がその気になれば、この程度の距離など一瞬で詰めてしまうだろう。


 そう考えた弦気は直進を避けて、基地付近の住宅街の路地へと紛れる。

 重力の拒否により速度は数倍。飛距離を伸ばし、狭い道の突き当りを跳ねるように曲がって中心街へと向かう。


 彼は自身に掛かる感知能力をキャンセルすることはなかった。感知能力にも種類があるが、干渉を拒否すればそのポイントから逆探知されてどちらにせよ位置は割り出されてしまうからだ。

 これが弦気の干渉拒否(マスターキャンセル)の欠点だった。


 しかし、感知されたとしても捉えられなければ問題ない。

 感知能力者の中継は、実際に追うとなれば弦気の動きにワンテンポ遅れる。それを利用して、弦気は入り組んだ道を選んだのだ。


 が、路地を抜けたその先で、弦気は白い軍服に囲まれてしまった。先回りされていたのだ。


「なっ……! クソっ!」


 弦気は、推進力、慣性、抵抗を拒否することによってピタリとその場に止まる。

 そしてすぐに反転し、引き返そうとした所で彼はあることに気づいた。


 愛花の体内に埋め込まれたマイクロチップ。

 これがある限り、愛花の位置はGPSで筒抜けなのだ。つまり、逃亡は無意味。

 弦気の思考が一瞬停止する。背後の自衛軍、弦気という中将を制圧するに相応しい一小隊が動いていた。

 ギリと歯を鳴らし、彼は視線を移す。


 その時、彼が出てきた路地の先から声が響いた。


「自分が何をしているか分かっているのか? 御堂弦気」


 声の主は如月紋亥。

 彼は路地の奥から姿を表し、ゆっくりと弦気へと距離を詰めていく。


 弦気は愛花を抱えたまま後ずさりをする。

 そして、弦気は完全に包囲された逃げ場のない大路へと追いやられた。


「如月大将、話し合いを放棄したのはあなただ!」


「話し合いだと? それ以前の問題だ」


 ギリリと歯を食いしばり、弦気は路地から完全に姿を現した如月大将を睨んだ。

 状況は圧倒的に不利。


 如月大将に加え、ざっと見渡すだけでも40を超える白い軍服。

 しかし、微塵の勝機も見出だせないこの状況で、弦気の意地、その怒りはさらに助長されていく。


「自衛軍と敵対する反社会的勢力が多いのは、俺の知らなかったこういう一面に問題があったのかもしれない……。

 正義という名の理不尽、秩序という名の不平等……!」


 弦気の独り言に如月大将は眉をひそめた。


「なんだと……?」


「如月大将……。確かに僕は復讐がしたい。その割にはこうして絶対に許せないことも多いし、犠牲の上に正義があることに納得できない。それは僕がまだ若いからでしょうか?」


「その通りだ。ワシも、龍帥も……。全てを守り通す正義を諦めなければならなかった。誰もが通る道だ。それ故に、多くを守る正義が実現する! 誰も苦しまない世界などない!」


「それは分かってます。だけど……、その結果がこの思考停止ならば……僕はそうはなりたくない。

 僕がなりたかったのは……、あらゆる現実としがらみを否定してそこに立つ、我儘なヒーローなんだ」


 俺はまだ、あの頃の風人に憧れている。

 弦気は目を閉じ自答した。


「……そんなものは偶像に過ぎない」


「そうですね……。その通りです」


 弦気は愛花を地面に寝かせ、身に纏う軍服のバッジを外す。

 そして脱いだ軍服を畳んで目の前に置くと、バッジをその上にそっと乗せた。

 白いシャツを風にはためかせ、弦気は立ち上がる。


「弦気、お前……」


「だからこそ、ここは押し通る。退け、如月紋亥」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] どうなるツルギ!勝てないような気がするけど、逃げおおせても行くとこないんじゃね? [一言] 漢ツルギかっけぇよ。だが、これは散ったか
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