始まりの音
「はぁ」
俺は少しセンチな溜息をついて、学校への道のりを足取り重く進んでいた。
無理もない。今日は月曜日なのだ。
なんとなく空を見上げると、飛んで登校する生徒が目に入って、俺は視線を地に戻した。
あーあ、浮遊能力者はいいなー。
なんてことを考えながら俺は少しだけ歩調を早める。
そうすると、後ろから俺に声を掛けてきた男がいた。
「おーい、風人!」
神谷風人。俺の名前だ。
そして俺に声を掛けてきたのが御堂弦気。
「弦気か……」
「今日は一段と元気ないな」
「月曜日だからな」
彼は俺の親友だ。少ない無能力者同士だから仲良くできるってのもある。
だけど、俺と弦気には決定的な差があった。
「つーるぎ〜!」
そんな声を上げてこっちまで駆けて来た女の子がいる。
彼女の名前は大橋瞳。
誰もが一度は恋した事があると言われるほどの美貌の持ち主で、高校のマドンナである。
そんな彼女は弦気の幼馴染である。弦気は気づいていない……ことは無いと思うが (無いと信じたいが)彼女は弦気に惚れている。
「おはよっ」
「おはようヒトミ」
こちらまで走ってくると、さっそく弦気の腕に抱きつく大橋。
朝からこのイチャつきを見せられるのは正直辛いものがある。
「あ、神谷くんもおはよー」
大橋は今気づいたかのように言った。
「……おはよう」
俺がそう返すと、誰かが後ろから掛けてくる音が聞こえた。
「弦気おはよ!」
振り向いたのと同時にもう片方の弦気の腕に抱きついたのは、古谷凛だ。
「おはようリン」
「む、ヒトミ……!」
「……リンちゃんおはよう」
さっそく俺の目の前で二人の弦気争奪戦が始まる。
凛は俺の幼馴染だが、弦気に惚れている。
幼馴染だったら俺に尽くせと言いたいところだが、生憎俺と凛はそんな仲ではない。
腐れ縁ってやつだ。
「ああ風人、いたの」
凛も今気づいたかのように、俺にそう言った。
「……」
そう、これが俺と弦気の差だ。モテるかモテないか。
弦気は非常によくモテる。
彼女達も、弦気ハーレムと呼ばれている弦気の取り巻きの一角でしかないのだ。
その点については切実に朽ち果てて欲しいが、言っても仕方ない。
ああ、俺もイケメンだったらなぁ。
そんなことを考える時だけは隣の親友の顔面をボコボコにしてやりたくなる。
「早く行かないと遅れちゃうよ」
大橋のそんな言葉で、俺達は学校に遅れそうになっていることに気づいた。
ーーー
教室の真ん中辺りの半端な席に座る俺は、遠い窓から景色を眺めていた。
そこからは空を飛び回ってパトロールする自衛軍の人が見えた。
自衛軍は、いわゆる正義の味方だ。
主に能力者だけが集まった組織。
俺のような無能力者からすると、彼らの存在はありがたい。町で偶に発生する魔獣を駆除してくれるのは彼らだ。
そして、自衛軍の反対勢力である悪の組織「Anonymous」から俺達を守ってくれるのも彼らなのだ。
悪の組織とは言うが、奴らの目的は分からない。噂によると世界征服だのなんだの。
くだらないことを考える集団もあったもんだが、自衛軍がいれば安心である。
「えー、能力は操作系、強化系に大きく別れており、その2つに当てはまらない物も多く存在している。しかしジャンルとして確立しないのは……」
授業は聞き流す。
使えない能力の話なんて聞いても仕方ないし、そもそも常識レベルの話なんてされても困る。俺の能力発現の可能性はもうないからな。
大抵のやつは10歳までに発現して、遅くても15歳だ。
俺はもうすぐ17歳。風とか操ってみたいとか思ってた時代も過ぎた。
劣等感はやっぱりあるけどさ。
大人しく公務員目指そう、そう区切りをつけたんだ。
「で、風人の誕生パーティなんだけど……」
「うん、弦気に任せるよ。うひひ、神谷くんびっくりするだろうなぁ」
「あんな奴のためにパーティってのも癪だけどね」
「言い出したのリンだけどね」
授業中なのにそんな弦気達の会話が近くで聞こえて、俺は振り返った。
すると、俺の席の後方でひそひそ話をする弦気とその取り巻きが見えた。席まで固まりやがって。
しかし、俺が振り向いたのに気づいたのか、もう先程の大きな声では話していない。
そういえば明日は俺の誕生日だったな。
パーティしてくれるのか。それならうっかりでも俺に聞かれちゃマズイだろ。
でも明日の放課後の予定は空けとかないとな。
そう思って俺は窓の外に視線を戻した。
ーーー
次の日の朝、少し早く家を出た。
早く目覚めたからであって、特に意味はない。
いつもより早めの通学路は少しだけ人が少ないように思える。
家を出て、なるべく人通りの少ない道を選んで俺は学校へと向かった。
朝は少しだけ肌寒い。
ブレザーが欲しいところだけど、昼になると暑くなる。
商店街を抜けて大通りに出ると、信号を渡った。
そしてまた俺は人気のない道を選んで進む。
遠回りでもいいか。そんなことを考えながら次の角を曲がると、俺は誰かとぶつかった。
ドシン、と弾き返される。男だ。
「……すいません」
「……。気をつけろ」
長身の男はそれだけ言って、俺が来た道を進んでいった。
その後ろにはもう一人 (フードで顔は見えないがおそらく女)いて、男についていく。
「……」
異様な雰囲気を放つ二人組だな。
そんなことを思って俺はしばらくその後ろ姿を見ていたが、振り返った男に睨み返されたので、焦って視線を逸らした。
「……今の?」
「そうだが、また観測者のハズレ観測かも知れないな」
「あれはハズレじゃないかしら。顔を見たら分かるわ」
なんだ。あんな大きな声で。
俺の話、なのか……? 分からないけど、関わらない方が良さそうだ。
俺は早足で歩き始めた。
ゆっくり遠回りして、いつも通りの時間に学校へ着こうと思ってたのだが、結局あれから教室まで一直線だった。
俺は自分の席にカバンを乗せると、ひとまず椅子に座った。
「ふう……」
静かなのもいいな。
聞こえてくるのは椅子が軋む音だけ。
でも数10分後にはガヤガヤうるさくなるんだろうな。
俺は天井を見上げた。廊下から誰かが歩いてくる音がした。
そしてガラガラっと扉は開いた。
振り向いて見ると、扉は開いていない。
どうやら隣のクラスの扉が開いたみたいだった。
うーん。すぐそこで音が聞こえた気がしたんだけどな。
まあいい。
なんか今更眠たくなってきた。早起きするもんじゃないな。
机にうつ伏せになると、俺は目を瞑った。
すると俺はいつしか眠ってしまった
オオオォォォォ!!
そんな騒音で飛び起きた。
いきなりのことだったので心臓がバクンバクンと暴れてる。
なんだ? なんの音だ?
うるさいなんてもんじゃない。コンサートに来たみたいだ。
俺は汗を掻きながらキョロキョロと辺りを見渡すが、普通の教室だ。
ホームルーム前なので人数は大体揃っている。
あれ?
だんだんと収まってきたぞ。
「おはよう風人」
「あ、ああ、弦気か。おはよう」
「どうしたんだ? 汗びっしょりだぞ?」
額ににじむ汗を拭いて「なんでもない」と返す。さっきのは多分寝ぼけてたんだろう。
それか耳がバグったか。
「ところで今日の放課後空いてる?
みんな俺んちに集まる予定なんだけど来ない?」
下手くそだな、誘い方。
「みんなってだれ? どうせヒトミとリンだろ?」
「ま、まあそうなんだけど。他にも誘う?」
「いや、いく。どうせ暇だしな」
「……! わかった。じゃあ放課後な」
「了解。でも一旦家帰るぜ?」
「うん。そっちのが助かる」
弦気が席に戻ると、丁度教室の扉が開いて担任の教師が入ってきた。
途端に教室が静かになって、みんな席につく。
「起立、礼、おはようございます!」
そんな合図で、今日も平和に一日の授業が始まるのだった。
ーーー
一日の授業を終えて、俺は家に帰ってきていた。
今日はなぜかいつもより疲れる一日だった。
俺はリビングのソファにゴロンと寝転がる。
家族はまだ誰一人として帰ってきていない。そういや今日はみんな遅くなるんだっけか。
俺も弦気の家に行くから家は空けることになる。
着信音。
俺はケータイに届いたメールを確認する。凛からのメールだ。
『7時までには来なよ? 言っても遅れてくるんだろうけど』
だそうだ。早めに行こう。
そう思って俺は水を1杯飲んでから、再びソファに寝転がった。
そしてそのまま眠ってしまった。
鳴り響く着信音で目を覚ました。
「なんだうるさいな」
俺はあまりにも頭に響いた着信音にイラッと来て、荒っぽくケータイの画面を見てみた。
着信はすでに止んでいる。
だが、着信32件の文字にはギョッとした。
……今何時だ?
8時だった。
急いで着替える俺。再び鳴ったケータイをとる。凛だ。
「もしもし!」
『もしもし? アンタ今何やってんの?』
「ごめん、寝てた!」
『はぁぁー。早く来い』
長いため息を聞かされてからブツッと電話が切れる。
俺は急いで学生服から適当な私服に着替えると、家を飛び出した。
久しぶりに焦っている。まさか寝てしまうとは。せっかく俺のために誕生パーティをやってくれるというのに。
自転車のペダルを強く踏む。
弦気の家は俺の家から五分くらいだ。
もうすぐ着く。
その時、キィィィンという耳鳴りがした。
「っ……!」
勢い良く自転車から転げ落ちる。耳鳴りはすぐに止んだ。
「いてぇ……。何だ今の」
耳鳴りは良くする方だが、今みたいなのは初めてだ。
……そんなことより早く行かないと!
俺は自転車を起こすと、再び跨がってペダルを漕いだ。
ーーー
「いや、ほんとごめん」
「もう、主役が遅れてどうすんのよ」
なんだかんだで俺の誕生会だというネタバラシをされて、グダグダながらにもパーティは始まっていた。
「料理冷めちゃったな……」
「……ごめん」
でも俺より弦気に食わせるために作ったようなもんだろ?
そんな余計なセリフは胸にしまって、俺は頭を下げる。
「ま、いいじゃないか。事故だと思って心配してたんだよ。
さ、食おうぜ」
こんな所でイケメン力発揮しやがってお前……。
「うん、いただきまーす」
「いただきます」
三人が食べ始めたのを見て、俺も手を合わせて料理をいただく事にした。
「お、旨いなこれ」
「どうどう弦気??」
「おいしいよ」
「私のは!?」
「うん、おしい」
「え? おしい?」
俺は感想を述べなくていいらしい。
目の前で広げられるイチャイチャを噛み締めながら、俺は黙々と料理を食べた。
俺の誕生会、だよな?
しばらくして料理を食べ終えると、みんなでケーキを食べた。
「で、プレゼントは?」
「ないよ」
だそうだ。
まあ、これだけやってもらえれば十分だ。
その後もTVゲームなどをして遊ぶと、いつしか時計の針は11時を指していた。
「もうこんな時間か」
「そうだね。ヒトミとリンもいるし、そろそろ解散か……」
「今日は泊まってこうかなー」
「じゃあ私もー」
「何言ってんだお前ら」
いや、いつも通りか。
「だって無能力の女の子がこんな時間に帰るなんて危ないし」
そういえばこの場にいる人間は全員無能力だな。
いや、凛は無能力じゃないか。
まあ無能力と言っても差異はないような能力だけど。
「じゃあ俺が二人を送るよ」
「「えー」」
他所でやってくれ。
そう言いたい気持ちを押さえて、俺は上着を羽織った。
「じゃ、俺先帰るよ。今日はありがとう。嬉しかった」
俺はそれだけ礼を言うと、さっさと弦気の家を後にした。
ーーー
帰り道、俺は自転車を押して帰っていた。
そう、パンクしたのだ。
誕生日なのに運が悪い。
ぶつぶつと神様に心の中で悪態をつきながら、俺は重い自転車を押す。
しかしやけに騒がしい夜だな。
そんなことを思った時だった。
ギィィィィーン。
それは頭が割れるような音が俺の脳を揺さぶった。
「ぐっ……! うう……なん、だ……こ……れ?」
耐えきれず、俺は耳を押さえてうずくまる。
耳から何かが垂れて、地面に落ちた。
なんだ? 血?
「っうう……!」
収まらない音、激痛。
目玉が飛び出そうだった。
『あそこのパン屋さんおいしいよねー』『だよねー』『はい、すいません……、はい、……はい、明日までには必ず……』『ラーメンおかわり!』『はいよ!』『あー、宿題終わらねー』『死にたい』『君がいるだけで〜』『だーかーらー』『早く寝なさい!』『お風呂上がったよー』『ご飯要らないの!?』
うるさい。
うるさいうるさい。なんだこれ。うるさい……!
「……君、大丈夫かね?」
初老のおじいさんが俺の肩をつついた。
「うるさい!!」
ギィィィィーン。
響音。
そこら中の窓ガラスという窓ガラスが割れる。
俺の肩をつついたおじいさんは、耳から血を出して倒れた。
そしてサイレンが鳴り響く。
『緊急発現警報。緊急発現警報。
地点B-56で、能力者の発現反応を確認。
危険度=規格外。よって強制排除対象とします。
自衛軍、少尉以上の人員は、速やかに対象の殲滅、市民の救助へ向かってください。
市民のみなさんは、家から絶対に出ないでください。
繰り返します……』