悪意の紡ぎ手2
前衛を失った勇者一行一体どうなるのか
「炎よ、嵐と…」
しかし、結局魔法使いの呪文は詠唱を完遂する事は叶わなかった。
黒い山羊の様なそれが角を突き出す様に走り、槍の突進の様に脇腹を突き刺す形で魔法使いの生命活動諸とも、詠唱を無理矢理に中断させたからだ。
魔獣が居る所為で命尽きた仲間に駆け寄る事も出来ない僧侶は、今なら守られていない召喚主を倒す事で戦いは終わらせられると考えた。
かくして、僧侶は乾坤一擲の覚悟でメイスを少年に叩きつけた。
しかし、確かに当たった筈のメイス、しかし当たった感覚がおかしい。
少なくとも、メイスが当たった時の人間の肉を叩き、骨を砕く感触ではない。
不思議な感触に眉をひそめる。
その瞬間、攻撃されたという動作も、詠唱すらなく、唐突に痛みすらない"何か"で距離を突き離される。態勢を立て直し、逃げて仲間を助ける為、観察し、隙を突こうとする。
「…?」
そうしていると僧侶の耳に何かが入り込んで来る。
「………♪」
僧侶は少年に目を向ける。少年は何時からだったのか分からないが確かに歌っている。
小さく…囁く様に…である歌詞はおろか、メロディーすら僧侶にとっては理解の出来ない物だった。
歌なのかすらも…分からないが歌って居ることだけが分かる。
理解できてしまう。
「戦いの趨勢は…既に決した…」
初めて少年が相対者に対して言葉を紡ぐ。
「じゃあ…」
僧侶の目に希望が浮かぶ。この少年が興味を無くしてくれたならもしかしたら命は見逃してくれるかもしれない。
そう…思った。
神の加護で生き返ろうと痛い物は痛いし、死んだら、自分の死んだ痛みや、死んだ瞬間の感覚が精神を殺しに来るのだから。
しかし少年は構わずに、言葉を続ける。
「投降は無意味だ。抵抗か、自害しろ。抵抗するならば…」
ハウンドが牙を剥くが、少年が手で制する。
「僕が一人で相手をしようか?」
頭を振って、逃げようとする。
死ぬのは嫌だった、生き返ってもこの少年の力の前には無力だ。
解らなくても、本能は理解できてしまう。
勝てない…彼女とて、幾度も、幾度も修羅場は乗り越えている。彼らに随行してからは滅びの都ヒュレーも力を合わせて皆で生きて還った。
冥府の洞窟も生命力も精神力も残らない位ボロボロだったけど帰って来れた…
彼らは少なくない魔獣を屠って来た。
魔獣でも上位の主将級も倒してきた。
彼ら自身強くなった自負もある。
それでも、否だからこそ戦士が魔獣の一撃で命を落とした事は無かったし、魔法ならいざ知らず純粋な物理攻撃で等予想すらしていなかった。そんな攻撃を受けたら自分という存在はただの全身の骨も砕かれた"物"にされてしまうだろう
夢であって欲しかった。
此処で彼らが少年と遭遇したのは不幸な事故だったのだろう。しかし、一つの事故や災難で命を落としてしまう。
当たり前と言えば当たり前なそんな一つの天災が目の前に居る。この戦いはただそれだけつまらないの話だったのだろう。