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銀の姫君と蒼の魔法使い  作者: 苫古。
銀の姫君と蒼の魔法使い
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06. 赤毛のお姫様と、泥だらけの長靴。

「うっわッ!」

 水際の土手に片足を掛けたところで、靴底がズルリと滑った。

 危うく泉の中に逆戻りしてしまいそうになったが、王女に引っ張って貰えたおかげで、何とかバランスを立て直すことが出来た。

「わ、わるい」

「あーもう、ニブニブな動きね! しっかり立ちなさいよ」

「んなこと言ったって、池底の泥で靴が!」

 そう訴えながら、粘土混じりのしつこい泥で汚れた長靴を見せ付けようとした矢先に、またもやズベリと足を滑らせてしまった。

「ぎゃーッ! も、もたれ掛って来ないでよっ。この可愛い服に泥が付いちゃうでしょ!?」

「わぁあッ! バカ、手離すなッ。あとで洗濯なり何なりしてやるから!」

「洗濯? 何言ってるのよ。クリーニングに決まってるでしょ?」

「はいはい! 割引キャンペーンの週まで待てくれるなら、喜んでっ。だから、とっとと引っ張り上げてくれ―――――ッ」





 その絶叫の後、数分後。

 ようやく水から上がり、地面に両手を突いたまま肩で大きく呼吸を繰り返している魔法使いを眺め下ろしながら、姫君は空色の双眸を得意そうに細めた。

「ふふん、お礼はいいわ。下僕の面倒をみるのも主の役目だもの。まあ、感謝は十分に態度で示すことね、下僕らしく」

「誰か下僕だッ!」

「下僕でしょう? ほーらほら、額に文様が浮かんできてるわよ。ご主人さまに逆らうと、痛い目に合っちゃうんだから」

「――――ッ」

 呪いを掛けられたあの夜から、もう数日も経った。

 呪われた証が浮かび上がった額も、もう痛くはない。……ただ、ひたすらに痒いだけだった。

 じわりと熱を持って額に現れた、帯状の幾何学文様。それをバリバリと掻きながら、ウィード・セルは少女の手を乱暴に振り払った。

 このふざけた呪いの効果は、今は単なる痒みだけで、初めのような激痛などは一切ない。

 しかし、これなら平気だろうと一度マリー・ベルの元から逃亡を試みたところ、尋常ではない痒さに襲われて、地面をのた打ち回るはめに陥った。

 認めたくはないが、あの胡散臭い骨牌にも、それなりに正当な効力があるようだ。

 ただ、売買時の口上とは効果が非常に異なるところが、やはり詐欺っぽい気もするが。

 ウィード・セルは脱力しつつ、投げやりな気分で黒い前髪を握った。目の前で呑気にアルダの頭を撫でている王女の顔を、胡乱な目つきで見据える。

「……それより、本当にあの村でいいんだろうな?」

「ええ、間違いないわよ。骨牌の袋に付いてた業者表記欄の住所が、この村になってたもの。何か有力な情報が聞けるはずよ」

「おま……っ! 確かな情報源って、まさかそれかよ!」

 わたしに任せとけば確実よっ、という彼女の言葉を信じた自分が愚かだったのか?

 自信満々にふんぞり返る王女を眺めながら、ウィード・セルは猛烈な勢いで湧き上がってくる不安と戦った。

 城をアルダで破壊――― もとい、脱出してから早三日。

 性質の悪い王女の手によって攫われたウィード・セルが連れられてやって来たのは、通称〈黒い森〉と呼ばれる広大な森林地帯だった。

 人里といえば小さな村がいくつかあるのみ。

 冒険者以外の旅人は普段あまり、この森には近寄らない。人間に敵意をもつ精霊族や妖精族のほか、人肉をも喰らう恐ろしい幻獣や妖魔がうようよと生息しているためである。

 だがしかし、それでも行かねばならない。

 たかが木の集まり如きに怯え、足を竦ませるわけにはいかないのだ。

 ……そう。いくら暗くて陰気で不気味な上、奥の方から正体不明な動物の奇声が響き渡っていようとも。

 何としてでも、この地に住まうという骨牌を作った魔導士を見つけ、ウィード・セルに掛けられた呪いを解呪して貰わねばならない。

「解き方も分からないのに、こんな悪質な呪いを掛けるなんて……」

 王女がこうだと、この国の破滅もきっと近い。

 散々な目に合わされたここまでの道のりを、少年は遠い目で思い起こした。

 あれは、旅立って一日目のことだった。彼らを連れ戻そうと後を追って来た、王宮騎士団の襲撃に際し、

「わたし、腕力ないから無理。あ、アルダちゃんもそういうのは一切パスね。わたしたち、か弱い女の子だから」

 と、主たる王女殿下がのたまったため、絶対絶命な危機であったにも関わらず、十三対一で全員を撃退するという未踏の領域に挑戦するはめに陥った。

 連日の野宿でも、寝床の準備から火の番まで押しつけられるし……。

 大体、演劇儀礼の台本通りにいけば、姫を攫ってから目的地に辿り着くまでは、およそ半日で済んだはずなのだ。食料の持ち合わせなどあるはずもない。

 いきなり善良な魔法使いを誘拐した分際で、彼が必死に調達してきた木の実や山菜に文句を付けるなど、お門違いも甚だしいというものだ。

 因みに、夜の魔法使いと銀月姫の二人が演劇儀礼で本来向かうはずだったのは、都より西の森。

 代々、儀礼で使用されてきた、国指定歴史建造物〈魔法使いの塔〉だ。

「あのねー、あの塔は儀礼のために作ったインチキ塔なのよ? ホントに魔法使いが住んでたことなんて一度も無いんだから。今だって維持管理費を稼ぐために、普段は内部を一般公開してるらしいしね。御利益も何もあったものじゃないんだから、別に行かなくったってどうってことないわよ」

「そんな面白お国事情知識はどうでもいいんだよっ! てか、どうってことあるに決まってるだろ。僕たちは、現在進行形で演劇儀礼をぶち壊してるんだぞ!? ディ=エルドレンの場合は、国際問題が絡んでるし……。あーもう、二人とも死罪だよ!」

「なによー、小さいことをグダグダと。あなたホントに小物ね。さあっ! 濡れたままだと気持ち悪いし、風邪引く前にちゃっちゃと行きましょ。森の村でも、洋服くらい売って貰えるかもしれないしー」

 死罪は小さくないだろう……。

 そんな魔法使いの悲痛な嘆きをかっ飛ばすように拳を天に突き上げ、マリー・ベルは元気に歩き始めた。

 もはや腹の奥底からの溜息しか出ないが、仕方がない。先を行く姫君に、ウィード・セルもしぶしぶながら続こうとした。

 だが次の瞬間、向けられた華奢な背中に異変を見とめ、彼は慌ててマリー・ベルの腕を掴んだ。

「待て! お前、血が付いてるじゃないか! 怪我してるのか?」

 白い肌や衣裳に張り付く銀色の髪が、あちこち赤く染まっていた。

 血相を変える少年に、当のマリー・ベルは何事もないように笑う。

「ああ……これ、血じゃないわ。水に浸かったせいで、染粉が落ちちゃったのよ、たぶんんね」

 彼女は一房だけ自分の髪を手に取り、指で擦ってみせた。先の言葉の通り、銀色の染粉が落ちて、下から鮮やかな紅色が現れる。

「わたし、ホントは赤毛なのよ」

 長い髪を肩口まで払った王女は、苦笑しながら肩を竦めた。




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