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銀の姫君と蒼の魔法使い  作者: 苫古。
銀の姫君と蒼の魔法使い
33/43

32. お姫さまになることにした女の子と、3つの願い。

 マリー・ベル=ソアラ=エルドレンシアには、どうしても叶えたいことが3つあった。



 1つは、幼い日、マリー・ベルの存在を王宮に知らせた商人への復讐。


 なんでも、ヤツは情報の提供と引き換えに、かなりの金銭をせしめたそうで。

 純粋に国のためにと思い出た行動ならば、まだ可愛げがあったものの、懇意にしていた高位貴族に媚を売る材料として使ったとくれば、捨て置くわけにはいかない。あぁ、いかないとも。

 そんなわけで、この件に関しては、王宮に入った1年目に無事成し遂げた。

 商売で側妃の元へ参じていたあの中年デブを偶然見つけ、鳥たちに頼んで一斉攻撃を仕掛けてもらったのだ。

 頭頂部の残りわずかな毛をとても大切にしていた彼は、貴重な資源を一瞬で失うことになった。ざまぁない。



 2つ目は、童話に出てくる精霊の乙女のような、素晴らしく可憐で綺麗なお姫様になること。


 何故、その2つに重点を置いたのか。

 それは、前述のような復讐行為や普段の行いを省みつつ、精細な自己分析を幾度も重ねた結果、「特筆されるほどの清らかな心を得ることは難しいかもー」との答えを弾きだしたためである。

 ゆえに内面の美徳を早々と諦めはしたが、それに代わるだけの努力は、死ぬほどこなしてきたつもりだ。

 毎日、美容法の研究を重ねつつ、立ち振る舞いや笑顔作りの訓練を、騎士団の修練指導員も真っ青なくらいに、クドくしつこく実践してきたのだから。

“彼”に対して自分を恥じぬよう、お洒落の勉強だって頑張った。・・・・・・センスの問題もあって、ファッション・リーダーとまでは行かなかったけれど、やれる限りはやった。






 そして、3つ目は――――――、


 そう、3つ目の願いが、一番、絶対に叶えるんだと誓った願いだった。






 + + + + + + +





 それは、いつものように“彼”に会いに行こうと、王宮の片隅にあるあの中庭を歩いていた時のこと。


「こんにちは、お嬢さん」


 普段、誰もいない通り道の中ほどで、見知らぬ男に声を掛けられた。

 マリー・ベルは驚いた。

 何故なら、その時の彼女はとても「お嬢さん」と呼ばれる格好をしていなかったのだから。

 服は、上等ではあるが、少年仕様の品。

 儀礼の姫として、丁重に迎えられたマリー・ベルの存在に激怒した王妃による、嫌がらせの一つだ。

 まあ、深窓の姫君とは程遠い育ちをしたマリー・ベルにとっては、なんのダメージにもなっていなかったのだが。むしろ、ビラビラしたドレスよりも、こちらの方が動き易くて助かるとさえ思っていた。

 短く刈り上げられた髪は、異母兄弟の手で不気味な緑色に染められている。本当は黒にしたかったようだが、染料が悪かったのか、彼らの使い方がマズかったのか、こんな色になってしまった。

 連日に渡る異母兄弟や、それに便乗した他の兄姉からの虐め。負わされた怪我の傷を隠すため、眼帯や貼り薬を顔にまで施しているので、顔立ちすらあやふやであろうことは、子供であるマリー・ベルにも、容易に想像できた。

 いまのこの状態で、彼女を“少女”であると断言できるということは、元から彼女自身を知られているということ。

「ごめん・・・・・・そんなに警戒しないでくれるかい? 怪しい者じゃないから」

 十分怪しいその男は、睨みながら後ずさり始めていたマリー・ベルをみて、苦笑した。

 その笑顔を目にした瞬間、強張っていた肩から少しだけ力が抜ける。

 黒い襟足までの髪に縁取られた顔は、この城でみたどの大人よりも優しげで、少しだけ青み掛かった夜色の目は、最近知り合った、今まさに会いに行こうとしている少年に似ていると気付いたから。

「ウィセルのおじさん?」

「そうだよ」

 微笑んだ彼は、マリー・ベルの前で膝を突いて、目線を合わせてきた。

 初めて目にしたウィセルの“ルーシスおじさん”は、近くで見ると本当に彼と似ている。

「おじさんの目、ウィセルとおなじだね!」

 なんだか、大人になったウィセルに対面しているようで、面映い気持ちになった。

 そうかな? と返したルース・シスも、マリー・ベルの右目を覗き込んで言う。

「・・・・・・君は、お母さんの色を貰ったんだね」

「え? おじさん、おかあさまのこと知ってるの?」

「ああ」

 祖父母以外の人間に、母のことを正しく(、、、)教えて貰ったことがなかったマリー・ベルは、期待に顔を輝かせて、正面からルース・シスの肩に手を置いた。

「ねえ、わたしのおかあさまって、どんなひとだった? 王宮でどんなふうにくらしてたの?」

 興奮気味にまくし立てたが、ルース・シスは答えない。

 しゃべる自分を、ただじっと見つめたままでいる彼を不思議に思って口を止めたと同時に、彼の両目から涙が溢れ出した。

 間近で見る大人の涙。真っ青になったマリー・ベルがオロオロしていると、横から伸びてきた何者かの手が、彼の頭を思い切り叩いた。

「あーあぁっ! もう、影で見てればジメジメと! 幼女の目の前で泣いて困らせるのがお前の趣味か、この変態がっ」

「誰が変態だよ。というかユレナ、君どうしてここにいるの。覗き見してる人間の方が、よっぽど変質者っぽいけど」

「っるさい! 見守ってやってたんだよ。実際、肝心なことを言えないまま、メソメソしてるじゃないか」

王宮で他に見ない、男装の女。

 涙を拭け、とルース・シスに命令した女王様の如く偉そうな女は、ぐるりとこちら向くと、おや、と目を見張った。

 無意識に逃げようと足が動いたが、それより早く、頬を両手で挟まれて捕まってしまった。

「これは、また・・・・・・。とんだ上玉じゃないか。今まで、遠目にしか見たことがなかったからなー。噂は本当だったか」

「ちょっと、ユレナ。この子に絡むのはやめてくれよ。それに、なんだか、盗賊団の親玉が、攫って来た女の子の品定めをしてるみたいに聞こえるよ?」

「ウィード・セルのヤツ、本当に阿呆だな。こんな美少女を、未だに男の子だと思ってるなんて」

 よく見ればすぐに分かるだろう、という女の言葉に、マリー・ベルはガックリと肩を落とした。

(・・・・・・やっぱり、勘違いされてたんだ)

 初めに正さなかった自分も悪いが、何度会っても間違えられたままだったという事実は、乙女的にかなりショックだった。

 格好がこれだから仕方がないが、仕草なんかで気付いてくれてもいいはずなのに。

「まあ、あいつはお子ちゃまだからな。女の魅力に鈍いんだよ。赦してやってくれ」

 ユレナと呼ばれた女にガシガシと髪を掻き混ぜられながら、マリー・ベルは小さく頷いた。

 これから、まだ一緒に居られる時間がたっぷりあるのだ。

 その間に、女の子としてウィセルに認めて貰えれば・・・・・・、

「どうせ、この先、当分会えないんだ。再会の時までに、女を磨いてあっと言わせてやればいい」


(――― え?)


 当分、会えない。

 女の言葉の意味が理解できず、幼いマリー・ベルの思考は凍った。

(会えないって・・・・・・どうして?)

 その疑問だけが、一気に頭の中を駆け巡る。

 それを察したように、ユレナが彼女の瞳を覗き込んでくる。

「ねぇ、お姫様。ここに自分が連れて来られた理由、ちゃんと教えて貰ってる?」

「・・・・・・うん」

「じゃあ、この庭には近付いちゃいけないってことは?」

「・・・・・・」

 後の問いには、無言で顔を背けた。

 この王宮に連れて来られた日、女官長だとかいうおばさんに「あの中庭には、絶対に立ち入ってはなりません」とキツく言い渡されていた。

 だが、あの日、義母兄弟たちから逃げているうちに、偶然入り込んでしまって―――。

「君がここに来ると、君の大切な彼が罰せられてしまう」

「どうして?」

「この庭に住んでいる人間が、みんな、悪い呪いを受けているから。・・・・・・いや、違うか。掛けている(、、、、、)んだったな」

「のろい?」

「そう、古くて、とても強い呪い」

 女が唱えるその言葉こそが、呪いの呪文のように耳に届く。

 ぞっとした。

「……ウィセルも?」

「そう、あいつも」

 じゃあ、とルーシスの方に視線を流すと、彼は困ったような笑みを、優しく、悲しそうに浮かべた。




 マリー・ベル。


 マリー・ベル。


 小さくて可愛いお姫様?





「君は、王子様に掛けられた呪いを解くことが出来る?」








 




 ルース・シスたちと別れ、庭から出たマリー・ベルは、その足で図書館に向かった。


 禁断の中庭。

 古い魔術。


 彼女は、ルース・シスと女が提示した2つのキーワードに、“王族”の文字も加えて、古い書物を漁った。

 ヴォロンディの一族は、王宮の中庭に囚われている。

 となれば、〈呪い〉とやらは王族、もしくは王宮と何か関わりがあるに違いない。

 マリー・ベルは、自分でいうのもなんだが、非常に聡明な子供だった。

 貴族でありながら学者でもあった祖父の影響から、現代語のみならず古語を読むことにも非常に長けていたし、ぶ厚い古文書を紐解くこともお手のものだった。

 後に、この時の話を語った際、「天は二物を与えずってウソよねー」と宣った彼女が、相手に冷めた目で見据えられたのは、また別の話として……。

 図書館の禁書部屋にまで手を伸ばし、ようやく答えに辿り着いたのは、探し始めて3週間が過ぎた頃のこと。

「〈誓約魔術〉……」

 幼い唇で、そのおぞましい呪いの正体を形作った。

 ウィセルに――― いつか自分を攫いに来る中庭の魔法使いに掛けられていたのは、〈誓約魔術〉という、死の鎖のような魔法だった。

 大昔の事務的な書類の中にその記述を見つけ、古びた頁を握り締める。

 それは、過去の〈演劇儀礼〉に関したもの。

 ヴォロンディの一族を誓約で縛ったのは、儀礼で役を演じさせるためとあった。


 ……ああ。

 暗い書庫の中で、マリー・ベルは吐息とともに涙を落した。



(わたしと、一緒だったのね)



 一生囚われたままの自分。

 彼は、彼らは、〈銀月姫〉にされてしまった彼女と同じだった。




 しかし、ウィセルたちには、まだ可能性が残されている。

 






“――― ねぇ、可愛いお姫様”




 耳の奥、庭の梢の音とともに残る、女の声。




“――― 君は、王子様に掛けられた呪いを解くことが出来る?”












「できるわ」


 








 ――― その日、



 お姫さまになったばかりの女の子は、彼女の(、、、)王子に掛けられた呪いを、絶対に解くと決めた。





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