26. がらくた姫と、高慢ちきなお兄さま。
「――― で、何でこんなことになっちゃってるのかしら」
「知るかよ!」
魔法使いと王女は言い合いをしながら、お互いの背を庇うように合わせた、身構えた。
+ + + + + + +
場所は、中央広場の片隅に設けられたペット自慢大会の会場。
ライトを浴びる出場者たちが、次々と舞台上で愛すべきペットのご披露を繰り広げ、それに応える歓声やブーイングが異常なまでの熱気で巻き起こる。
つい先ほどまで、その光景を前に、二人は激しく争っていたところだった。
「だーかーらー、竜を飼ってる奴なんて他に居るわけないだろ! 出れば優勝は間違いないって」
「何度も言うけど、アルダちゃんはペットじゃなくて親・友・なのっ。彼女を賞金のために見世物にしようだなんて。乙女の友情に懸けて、そんな外道なことさせやしないわっ。この、金の亡者!」
「誰かさんが、鶏レースの掛けに、自分のバイト料を全部つぎ込んだりするから助言してやってんだろ!? 言っとくけどなー、小遣いなんてやらないからなっ。森の奥に入る前に、買い物だってしなきゃいけないんだから」
「必要経費なら、お城にツケで……」
「家出娘のくせに、馬鹿言うな――――ッ!」
村民の皆さんにご迷惑をお掛けしないようにと、ポケットサイズに縮められていた黒竜を取り合いながら、ギャイギャイと騒ぐ。
当のアルダは興味無さそうに欠伸をしていたのだが、ウィード・セルとマリー・ベルの醜い争いは、見物人が出来るほどにヒートアップしていた。
まあ、結果的にいうと、そのせいだ。
馬鹿げたことをしていたので、いつのまにか取り囲まれていたことに全く気付かなかった。
「第19王女マリー・ベル=ソアラ=エルドレンシア様、及び、第6代〈夜の魔法使い〉ヴォロンディ家当主」
金色の装飾に飾られた、見事な鎧。それを着込んだ壮齢の髭男が、威厳に満ちた低い声で朗々と告げる。
「ディ=エルドレン国王の命により、お迎えに上がった。ご足労願おう」
――― ご足労願おうって、乞い願う態度じゃないだろう。
ギラリと、冷たい光りを弾く、刃の切っ先。四方八方から向けられているそれを睨みながら、ウィード・セルは自らの油断が引き起こした事態を前に、舌を打った。
「もはや逃げ場はないのです。両者とも、此度こそ速やかに身を委ねて頂きたい」
この村に辿り着くまでの、二人の逃走劇に対する嫌味か。
散々暴れたので、よほどこちらを警戒しているのだろう。金ぴか鎧の髭男、もといディ=エルドレン第1騎士団団長を名乗った男が、無駄な抵抗はするなと、牽制の剣を向けてくる。
「なにも今夜じゃなくてもいいじゃない、まったく」
「だな」
王家の騎士団。
ついに追い付かれてしまった追手を前にした二人は、その数の多さに、もう笑いを滲ませるしかなかった。
踊る篝火の灯りを、鈍く弾いて輝く鎧の群れは、およそ100。
祭の最中乗り込んで来た彼らと、ウィード・セルたちの緊迫した対峙を、どよめく村人たちが遠巻きに見守っている。
「戦争でも始める気かよ」
小さな声で鋭く呟きながら、ウィード・セルは手の平を固く握った。
……逃げ切れるだろうか。
ここで魔術をぶっ放せばそれも可能だろうが、ここは村の中だ。家屋を破壊するわけにはいかないというのは勿論だし、彼らとともに準備したせっかくの祭を台無しにはしたくない。
どうにか突破口を見出そうと、左右に視線を走らせていた――― その時。
「本当に恥さらしな女だな、お前は」
通る声で、忌々しげに放たれた言葉。
その声に、背中に触れている王女の肩が、びくりと反応したのを感じた。
(……… 誰だ?)
その青年は、ウィード・セルの対面、兵士の輪から一歩踏み出た場に立っていた。
青銅色の髪に、アーモンドのような茶色い双眸をした、背の高い美丈夫。
一見して位の高い貴族だと分かる衣装を纏った彼を、ウィード・セルは知らない。
――― だが、
「あら、貴方がいらしたの」
背中合わせに立っていたマリー・ベルが、隣に並び、腕を組んで青年と向き合った。
その横顔を目にしたウィード・セルの背筋に、ぞっとするものが走る。
(なんて目してるんだよ、こいつ)
彼を見据えるマリー・ベルの瞳は、見たことがないほど暗いものを湛えていた。
怒りっぽいが、基本、無駄な生命力に溢れている彼女の顔には、常に何らかの感情が乗っている。少なくともウィード・セルは、共にした時間の中で、こんなに表情を無にした彼女に出くわしたことはない。
その静寂を貼り付けていた美貌に、魂を凍りつかせるほどの上品な笑みが湧く。
「意外だわ、ノイ・クレスお兄様。王太子の右腕たる貴方が、わたくしなどのために、わざわざ足をお運びになるなんて」
どこか小馬鹿にするような、嗤いを含んだ口調で述べた王女は、慎ましく衣装の裾を摘まみ上げ、最上級の礼を取ってみせた。
それは一見、兄王子に礼節を尽くした麗しき妹姫、といった構図ではあったが……、
(おいおい)
この女、面合わせた瞬間から喧嘩売ってるー。
ウィード・セルだけでなく、この場に居るどの人間にも、はっきりと分かったことだろう。
芝居じみた口上に、明らかな挑発を含んだ目。
ここまであからさまにされれば、本人とて気付くはず。家臣の前で乗ってしまうのは、兄として非常にみっともない。
だがそれでも、兄と呼ばれた第2王子は、何の躊躇いもなくその喧嘩を買うことにしたらしい。…… なんて単細胞な。
「そうだろうな」
彼は眇めた両目に異母妹を映し、侮蔑の響きを持った声音でもって応える。
「愚かなお前には、到底理解し得ないだろう。事は、我が国の存続、そして友好国との関係に繋がる重要な問題だ。王太子である兄上が出向けずとも、その補佐たる私くらい動かずにはいられない。例え、王族の末席に名を連ねるだけでもおこがましい、端下女が生んだ小娘が仕出かした不始末のためでもな」
――― “端下女”。
話の内容からするに、それはマリー・ベルの母親のことなのだろうか?
それは、同じ血の繋がりをもつ者の母を指す言葉にしては、あまりにも……。
「無理はお体に障りますわー、お兄様? 御幼少の砌より、虫という虫が大ッ嫌いでいらしたでしょう。虫がこわい~と泣き喚きながら女官のスカートに隠れていたお兄様が、大切なご公務とはいえ、よく森などにお入りなさいましたわね。わたくし、感動いたしましたわー」
ほほほ、と王女の高笑いが響く。ノイ・クレスは、妹姫と全く似ていない顔を怒りで赤らめた。
どうやら、二人の仲はもともと最悪らしい。
確か、王太子と第2王子は正室腹だったはず。マリー・ベルの母親に対する物言いや、高圧的な態度から、王子たちが異母妹親子をどのように扱ってきたかは、想像に難くない。
しかしながら、なんとなくウィード・セルの脳裏には、小悪魔のような妹姫に虫の大群を嗾けられて泣き叫ぶ幼い王子の姿が浮かび、涙を誘った。
例え、どんなに虐げられたとしても、
(絶対、何十倍返しにしたな)
おそらく、苛められた仕返しにと、トラウマになるような酷いこともやってのけたに違いない……この王女は。
「お前という女は!」
家臣たちの前でからかわれた兄王子が、歯ぎしりしながら妹を睨む。
だが、当の語り部がそんなことに構うはずもなく、毛虫入り寝間着事件やカマキリ靴下侵入事件などの事件が、衆人環視の中で赤裸々に語り続けられた。
果たして、ノイ・クレスの顔色が赤から青、最終的には紫に近くなってきた頃。
「おい、もうその辺で……」
勘弁してやれよ。
さすがに気の毒になったウィード・セルは、ノンストップな王女を止めようと、口を開きかけた。
だが、それよりも一呼吸早く、ノイ・クレスの堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
怒りに震える声が、その場に居た者の耳朶を強く打った。
「このようなことを仕出かしてまで、その態度とはな! 生まれも低ければ、やはり魂も低俗ときている。これだから賤しい女が孕んだ娘など、さっさと捨て置くべきだったのだ!」
黒い雑言。
ノイ・クレスは吐き捨てたと同時に、マリー・ベルがぴたりと哄笑を止めた。
再び表情を無にした妹に、片親のみ血の繋がった兄は叩きつけるように続ける。
「不運にも、当代の王女の中で演劇儀礼の条件に見合った者が、他に無かったとはいえ……父上が戯れで囲った売女を母に持つ娘が、麗しき銀月の姫君だとは嗤わせる! あまつさえ、分不相応にも国を救うための重要な儀を託された身で、理を乱すような真似をするとは。10年前、お前を〈銀月姫〉として王族に名を連ねさせたのが、そもそも大きな間違いだったようだな!」
辺りの喧騒が消えた。
それに代わって、静かな騒めきが波打つように湧く。
悪意、怜憫、好奇。向けられた大勢の視線と、蜜めき。
その中心に立たされた王女は、そっと花の唇を開いた。
「間違い?」
そうはっきりと告げた彼女の声は澄みきり、華奢な背筋は凛と伸ばされ、青の双眸には臆する色もない。
無表情だった少女の美しい貌に、笑みが狂い咲く。
「そうね、おっしゃる通りだわ。わたしが王族に名を連ねることも、当代の〈銀月姫〉であることも間違い。間違いだらけ! だってそうでしょう? わたしは〈銀月姫〉なんて名前じゃない。このふざけた名前は、母さまを虐げ嬲ったあの王や、それを止めなかった連中に押し付けられた“モノ”だもの」
「お前、その話をここで―――!」
「ねぇ、高貴なる“お兄様”? 愚かなわたしに教えて頂ける? 今のわたしの存在が間違ってるってこと、わたしは認めて差し上げてもいいのよ。でもそれって、わたし一人のお話かしら?」
「ッ!」
「わたしを間違えさせた王家は? その王家に君臨する貴方がたは? そんな連中に支配されているこの国は? こんな国に〈碑板〉なんて玩具を与えた、この世界は? ――― そうよ、莫迦げてるわ。こーんな莫迦げた世界、まるごと間違ってる!」
「何を……」
両手を天を広げ、衆人環視の中で唄うように叫ぶマリー・ベルに慄きつつも、ウィード・セルは彼女を止めようと肩に手を伸ばした。
だが、触れるその直前に、差し出された彼の腕は逆に王女によって捕えられる。
戸惑う周囲を余所に、銀色の王女は世にも可憐で冷たい微笑を浮かべた。
「――― でも、ね」
そう言いつつ頬に人差し指を当て、彼女は無邪気に小首を傾げる。
「そんなこと、今更じゃなくて? お・に・い・さ・まッ」
兄に片眼を閉じて見せると、マリー・ベルはその白い片腕を掲げた。
寄り添ったまま腕を絡められたウィード・セルは、動くに動けない。彼女が何をしようとしているのかを想像するような精神的余地も、皆無だった。
だが、妹の仕草を目の当たりにしたノイ・クレスは違ったようだ。
何を悟ったのか、彼の顔面の色が、一瞬にして青白へと転じる。
「ば、馬鹿ッ! 止め――――」
制止はバッサリ無視された。
少女が目一杯の声量で張り上げた叫びが、辺り一面、夜の村に大きく響き渡る。
「みんな~ッ! たーすーけーて――――――――― ッ!」




