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銀の姫君と蒼の魔法使い  作者: 苫古。
銀の姫君と蒼の魔法使い
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12. おサイフな下僕と、王女の宝物。

「じゃあ、わたしはこれをいただくわ」

「ありがとうございます」

 浮かれた様子でくるりと身を舞わせたマリー・ベルの横で、灰色の髪をきちんと撫でつけた小太りな店主がほっと安堵の息を付いた。

「では、選んで頂いた洋服に似合う靴をご用意いたします」

 少々お待ちください、と言って奥に下がった店主を見送りながら、ウィード・セルは中身が寂しくなった財布を握って、気の抜けた息を吐いた。

「うふふ~っ、一目ぼれが見つかって良かったぁ。森の村にあるお店だからあまり期待してなかったけど、なかなかどうしてレベルの高い品揃えじゃない」

「あーそーですか。良かったな」

「あら、あなたは買わなくていいの?」

「……俺は、古着屋でいい」

「そ? 残念ね~」

 そう言って、軽やかな風のように笑った彼女が身に着けているのは、柔らかな風合いの白が優しいワンピース・ドレス。

 胸下の切り替え部分のタックにより、膝下までの裾が広がった型になっている。生地がレースなので、どことなく品の良さを感じさせる品だ。

 実際、値段も高貴な感じだが、致し方ない。曲がりなりにも王女なので、あんまりな恰好はさせられないだろう。あーだこうだで、あとになって首を刎ねられかねない。

 ……まあ、演劇儀礼をぶっちぎった時点で、処刑になるかもと気を揉むのもおかしな話だが。一応、最大限に生き残る努力はしておこう。

 彼女の紅色の髪とも、良く合っている。


 ――― そう、紅。


「ん? なによ」

 着替えで乱れた髪を左耳の下で適当に結わいていたマリー・ベルが、ヘアピンを咥えたままこちらを向いた。

 しまった。まじまじ見つめすぎてしまった、とそこでやっと気付く。

「……べつに」

 ふいと視線を逸らすと、王女は悪戯っぽく瞳を細めて笑みを浮かべた。

「ウソおっしゃい。ふふん、あまりのわたしの可愛さに見惚れちゃった? え、この洋服が似合いすぎるから、もう一枚買ってもいいって?」

「アホ言うな! それでもう3着目だろうがっ」

「ふーんだ、ケチ」

 纏め終えた紅色の髪を撫でつけていた彼女は、そう文句を付けて舌を出した。

 そんなお姫様を半眼で見据えつつも、ウィード・セルはくるくると変化していく表情に胸の内で感心する。

(顔が変わったわけじゃないのにな)

 ヘンな感じだ。髪の色一つで、ここまで人間の印象が変わるなんて。

 儀礼開始の日の夜、初めて会ったあのとき、その姿がいまにも儚く掻き消えてしまいそうな、幻みたいだと感じたことを思い出す。

 だが、いまは消えるどころか煌めきを含む鮮烈な色彩に、こちらが焼かれてしまいそうだ。

(銀よりこっちの方が、やっぱこいつらしいよな)

 染めていた色ではなく、彼女本来の色。

 だからだろうか。目に映る色彩だけじゃなく、今の方が、より鮮やかで美しい。

 そう感じたことを、本人に伝えるつもりは更々無いのだけれど。




「お嬢さん、ちょっといいですか」

 引き続き、もう一枚服を買うか買わないかで揉めているところへ、店主のフィルツが戻って来た。

「お預かりしたこちらの服のことなんですけどね」

「あら、何か問題?」

「ええ。汚れ落としをというお話だったんですけど、うち一枚がどうも上手く出来そうになくて」

「え、どれ?」

「この白い服ですね。泥染みと、もう一つは草か何かの汁かな。布地がちょっと特殊なようで、もしかしたら染みを完全に抜くのは難しいかもしれないですよ」

「そんなぁ。しかも、なんで寄りによってこの服なの!?」

「本当に申し訳ない」

 差し出されたのは白い服。昨夜まで着ていた、例のお姫様御用達限定服だ。

 それを腕に取ったマリー・ベルが悲鳴を上げている横で、フィルツがしょんぼり頭を下げた。

 眉をハの字にして唇を引き結んだ王女は、鳶色がすっかり薄くなってしまった彼の後頭部をしばらく見つめたが、ぐっと言葉を呑んだような顔をしたあと、肩を落として項垂れてしまった。

 たった一枚の服でこの娘がここまで落ち込むとは、意外だ。

「……捨てればいいじゃないか、そんな汚れたもの。邪魔になるだけだろ」

「はぁっ!?」

 しゅん、と下を向いていたマリー・ベルが、ドスの効いた声でもってガバリと顔を上げる。

「っざけたこと言わないで!」

 怒りの形相で一つ、床を踏みならした彼女の迫力に押され、ウィード・セルだけでなくフィルツまでもが身を引いた。

「この服はそういうものじゃないのっ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ!」

「あんた、何そんなに―――」

「うっさいわね、お黙り! これは、わたしにとってすっごく大切なものなの。ひとの宝物を馬鹿にしないでッ」

 頬が赤くなるほどの憤りを見せた王女は、そこまで言うと、再び服に視線を落して黙り込んでしまった。

(……そんなに大事な服なら、こんなところに着て来なきゃ良かったじゃないか)

 初めから逃げ出すつもりだったのならば、こうなる事態は十分予測できただろうに。

 そんなことを考えながら、彼女らしくもなくすっかりしょげているその様子を、呆れた思いで眺める。

 ドロドロに汚れた、それでもなお大切そうに抱かれている洋服。

 装飾レースやスカート部分に付いたあの染みは、なるほど確かに手強そうだ。

 ――― でも。

「……まったく」

 はあっ、とワザとらしい大きな溜息を吐いたウィード・セルは、

「貸せ」

 シュルリと王女の腕から白い服を抜き取り、視界の端ですっかり縮みあがって震えていた店主に向き直って尋ねた。


「すみません、こちらに〈レングの樹液〉と〈サリエ石の粉〉ってありますか?」





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