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疾風  作者: 藤宮紀晴
2/2

‥1‥

その日は1学期の終業式と選手発表。その後は自主練習だった。


といってもグランドのスペースは限られているもので。そこは選ばれし者たちの場所。

つまり3年の中で唯一補欠の俺の居場所は無い。


そんな安易な言い訳を自分に言い聞かせ、グランドの隅を制服姿で横切る。


遠いグランドの反対側に、昭吾の走る姿を見た。




俺の3年間は、この繰り返し。思い返せば、真剣に走ったことがあるのだろうか?


――否。

いつも真剣に走った。練習の時。選手選抜の時。

いつも体が重かった。必死に前に進もうとしても、走っている実感すら無かった。


足が遅いわけではない。その証拠に小学校の運動会ではいつも1位だったし、中学の陸上部では1年の時から選手だった。

そして何の迷いもなく入った高校の陸上部で俺は初めて、あいつの隣で走ることになるのだ。



あいつ――昭吾とは幼稚園の時からの幼馴染み。ずっと仲が良かった。あいつが父親が厳しく中学受験をして私立に行っても、俺らは週末には必ず一緒遊んでいた。


中学3年。俺が受験で遊ばなくなり、会わなくなった頃。あいつの父親が急死した。俺には難しい病名。

その葬儀で久々に会った昭吾は、相変わらずだった。昔の、いつも通りのあいつ。変わらない姿に安心した。


教育熱心な父親がいなくなった上、家が財政的に厳しくなった昭吾は私立中学をやめ、俺と同じ公立高校に進学することになった。


入学式で会ったあいつは、葬儀から半年しか経っていない筈なのに、まるで別人だった。


中学の頃のあいつはどちらかというとひょろひょろした体系で、骨太な俺の隣を歩くと滑稽な程だった。けれどいつのまにか彼の体は形の良い筋肉と小麦色の肌に骨を覆われていた。

入学式の日、結局俺は彼の後ろ姿を見ているだけ。会ったらまた二人で馬鹿しようと思っていたのに。くだらない話をしているはずなのに。


それでもそのとき俺はまだ、あいつのことは大して気にかけていなかった。別にそれまでやたら一緒にいたわけでもない。他に同中のツレはいっぱいいる。幸か不幸か俺たちとは違うクラスで、しばらくは接触する機会もなかった。


それからしばらくして1年がクラブに入部し始める。先輩たちは部員の勧誘に必死になり、1年は吟味に吟味を重ねて入部。中学3年間選手、記録所持者の俺は何の迷いもなく陸上部。先輩も顧問も当然のこととして見ていた。勿論俺も。


そしてそれは入部初日。


入部当初のタイムを記録しておくため、俺たちはトラックのスタートラインに並ばされた。

履き慣れたスパイクの紐を締め、軽く土を払って立ち上がる。見上げると、吸い込まれそうな青い空が何処までも広がっていた。


ふと、隣に響くスパイクと地面が触れ合う重い音……何気なく、振り向いた。


真っ青な空をバックに堂々と立つあいつの姿。ただ真直ぐに、トラックの遠くを見ていた。


「昭吾。」


今思えば、照れ隠しだったのか、動揺を悟られたくなかったのか。中途半端に引きつった笑顔で、まるで中学時代のように、あいつの名を呼んだ。


あいつは……

ちらりと俺を一瞥し、軽く礼をした。……同じスタートラインに並ぶ者として。

その顔は微塵も笑ってなどいなかった。


その瞬間、俺は何も考えられなくなったことをはっきりと覚えている。



どこか遠くの世界でピストルの音が響き、条件反射で片足が出る。空を切り、風に乗って……感触は、今までと全く違った。


足は重く、ものすごい勢いで地面に吸い付けられる。どんなに足を交互にあげても、景色はその場で留まっている。進まない、進まない。


そして気付いたら、俺の前にはあいつの広い背中。




どうしようもなかった。


空の青は冷たく、スパイクは俺を何度も何度も地面へ縛り付けようとする。





それが、俺とあいつ。














まだ説明的な部分ばかりで展開が無いですが…。次から展開する予定です。

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