皇騎兵の力
「振り切れないか!」
しつこく追いすがってくる帝国軍の騎兵に、部隊の最後尾を走るキャシエナは歯ぎしりした。もっとも、追う帝国兵も追いつけないことにいら立っていたのだが。
グランディアの城門が若干開いているのが見える。翔鳳隊の一部がグランディアに到達したのだろう。
部隊を中に入れるためには城門を開かねばならない。その際に敵兵の侵入を許すことをキャシエナは危惧したのだが、迅速な撤退のおかげで追ってくる敵の数は少ない。
これなら、カノン砲で問題なく撃退できるだろう。
そう思い、我知らず彼女がグランディアを見やった時だった。
彼女の背後から飛来した火球が連続でグランディアに着弾した。
「な……!?」
今振り向いたら追いつかれる。彼女は必死で振り向きたいという衝動を抑え、愛馬を駆けさせ続けた。
「魔術は命中。目測ですが、グランディアの南側のカノン砲は無力化したかと。」
双眼鏡を手にしたケリエルが満足げな声で言った。時刻はすでに深夜を回っている。城壁が炎上したグランディアは巨大な燃え盛る松明のように見えた。
「第1大隊から6隊まで進軍開始。ただし、5隊と6隊は南門を落とすまでは無理をするなと伝えろ。攻城兵器と投石器も前進する。」
無論、俺も出る。カルザは自らの愛槍を手に立ち上がった。
「マウレスには魔術攻撃の手を緩めるなと伝えろ。ガルサムとの停戦から一か月。そろそろ前進と行きたいところだ。」
「ご武運を、お祈りしています。」
頭を下げたケリエルを、皇帝は笑った。
「祈りなど必要ない。ただ、俺を信じていろ。」
帝国軍のグランディア侵攻から約2週間、いよいよ本格的な戦闘が始まろうとしていた。
マウレス率いる帝国軍魔術部隊が放った魔術が開戦の銅鑼だったとするなら、実際に火ぶたを切ったのはキャシエナだと言える。
彼女は帝国軍の追撃を振り切って入城すると同時に城門の閉鎖を命じた。しかし、門の閉まる速度は兵たちの希望に反して絶望的に遅い。
とにかく敵の侵入を防がなければならない。彼女はコートの内側から何かを取り出した。
鈍い光を放つそれは、今の世でマシンガンと呼ばれるもの。キャシエナはその銃口を敵の中央に向けると、にっ、と唇をゆがめて引き金を引いた。
キャシエナより大分先に入城し、部隊の被害確認にあたっていたシュルツは、その光景を目にして言葉を失った。連続する銃声とともに、敵兵が次々と血を吹きだして倒れ伏す。
周りの兵たちが介入する時間もない。カノン砲でもなく、弓矢でもなく、魔術でもないが、とにかくキャシエナは圧倒的な力で敵兵を制圧、いや殲滅してみせた。
ほとんどの者が茫然としている中、油断なく銃口を向けたキャシーが声をあげた。
「ぼーっとしてないで、早く城門を閉めて!敵は待ってはくれないよ!」
「は、はい、今すぐに!」
ゆっくりと門が閉まり始める。これでひとまずは安心だろう。コートの内側に銃を仕舞い込んだキャシーにアニスが声をかけてきた。その服は煤で黒くなっている。おそらく、城壁の上で消火活動にあたっていたのだろう。
「お、ととくー。上の様子はどう?」
「消火はあらかた終わったが、カノン砲の使用は不可能だな。何よりこれ以上は危険だ。帝国軍の投石器が前進をはじめたようだ。それよりも先ほどはご苦労だった。」
「何のことはないって。私にかかればあの程度楽勝だよ。」
ははは、と笑う。外から怒号が聞こえてきたのはその時だった。
「ふむ……。どうやら休憩はまだまだ先のようだな。」
つぶやくようにアニスが言った。
グランディアの南門に配備されたのは第1から4までの計4部隊。今回翔鳳隊を追ってグランディアに侵入した第4大隊だが、キャシエナの迎撃により攻撃に失敗し士気を失ったため、一度引いて他の部隊と合流することになった。その数は2万弱だが、縦に長く伸びてしまっている。
そしてその部隊を、グランディアへの帰還途中だったシャオレンの部隊5千が強襲した。
「敵の隊列は伸びきっておる、ここを叩いて部隊を分断するのじゃ!
シャオレンが率いているのはルレンサの兵だけで構成された部隊である。彼女の指揮に従い、兵たちが一糸乱れぬ動きで帝国軍に突撃する。
「敵は寡兵で、1部隊だけだ。落ち着いて挟撃しろ!」
部隊の混乱をなんとか鎮めようと、第4大隊の隊長、コナン・ハワードは自軍の優位を強調した指示を出した。あながち間違った指示ともいえない。確かに裂かれた2つの部隊で挟み撃ちにすれば、相手の兵数が大幅に劣るこの状況なら容易に殲滅することができるだろう。
「なかなか冷静じゃのう。だが、まだまだ青い。」
彼女がそう言ったのが合図であるかのようにグランディアから部隊が出撃してきた。その先陣を切るのはキャシエナ・ホルデルト率いる翔鳳隊。
「挨拶がわりだ!」と言いつつ爆矢を一斉射撃する。
先ほど彼女の力を目の当たりにした帝国兵たちは彼女を恐れ、思わず下がる。前方の部隊だけに集中できるようになったシャオレンは扇を開いて言った。
「先ほどの礼じゃ、遠慮なく受け取るがよい。」
彼女が振り下ろした扇が輝いたかと思うと、電光が走り、兵たちを襲った。近づいていた者の多くは即死、離れていた者も得物を取り落すほどのダメージを受けた。
そこに彼女の部隊の兵士が殺到する。キャシエナも部隊の片割れを圧倒しており、このまま大戦果を挙げて勝利することができる。連合軍の誰もがそう確信した、その時だった。
帝国軍の部隊が突然闇の中から現れた。無論、移動速度が非常に高速であったため、そのように感じられただけなのだが。
「皇騎兵隊!?馬鹿な、移動速度が速すぎる!」
シャオレンの部隊は皇騎兵隊の奇襲で脇腹を食い破られた形になった。一撃で部隊が半壊し、統制が取れなくなるほどの猛攻。
「速すぎる?貴様の世界が狭すぎるだけだろう。」
彼女の数メートル先まで迫ったカルザが槍を繰り出す。一瞬の交錯。
シャオレンは扇で大槍をいなすと、宙を舞って距離をとった。
「子供というのは調子づかせると怖いからのう。少し懲らしめてやらねばなるまいて。」
言い終わると同時に扇を一閃。仕込まれていた刃が飛んだ。不可視の刃だが、カルザは籠手でつまらなさそうにそれを弾くと、再び突撃する。今度はシャオレンはよけない。
一度、二度、刃と扇がぶつかり合う。シャオレンは前に出れない。リーチが圧倒的に違いすぎた。そして何十合か打ちあった末に、カルザの槍がシャオレンの腕をとらえた。左手の平に槍が突き刺さったにも関わらず、彼女は動かない。そして、にっ、と笑って言った。
「阿呆め。」
次の瞬間、カルザの十字槍を電光が走った。カルザは咄嗟に距離をとるが、その右手からは黒い煙が上がっている。にらみ合う2人。周囲の兵たちも固唾を飲んでそれを見守った。
その視線を前に、シャオレンは堂々と言い放った。
「全軍撤退!グランディアまで引くのじゃ!」
2人の一騎打ちは互角に進んでいるが、戦況自体は非常に芳しくない。兵の全滅を防いだ判断だったが、この判断は評価が分かれる。もし兵の全滅を覚悟して一騎打ちを続ければ、カルザを討ち取れたかもしれないからだ。
ともかく、グランディア城門前の平原における攻防戦は皇騎兵の奇襲により戦況が逆転し、帝国軍の勝利に終わった。いよいよ、帝国軍は堅牢を誇るグランディアを直接攻撃することになる。