軍議
連日小競り合いを繰り返して一週間。
帝国軍はカノン砲と堅牢な城壁で守られたグランディアに有効な攻撃を仕掛けることができず、連合軍側も将の不足から効果的な攻めにでることが出来ずにいた。
しかし、この均衡状態は帝国軍に有利に働いていた。帝国軍の後発部隊が次々と到着し始めたのだ。
招集をかけた主な将が全員到着した日の夜、カルザの指示で作戦説明のための会議が行われることになった。
これほど豪華な面子が揃った軍議など中々お目にかかれるものではあるまい、半円状に並べられた椅子の一つに姿勢よく腰かけたきり何も言わないキリは、この軍議をそう認識していた。鎧も仮面も身に付けたままなので、その表情を外から窺うことは不可能だ。
「随分と遅い到着だったじゃないか。どこかでも寄り道でもしていたのかな?」
隣の席に陣取った若い男が声をかけてくる。一年中首に巻いたマフラーがトレードマークの三剣聖の一人、『魔刃』ミシェル・ラクセルだった。
この男、日々激戦となっている東方のイシガン戦線を指揮していたはずだが、どうしてこんなところにいるのだろうか。
少し考えて、すぐにやめにした。カルザが命令したから、以外に理由は考えられないし、さらにその原因となると、彼女にはまったくわからないことだからだ。
それよりもその口ぶり。自分がトルマンクからの道中で行った行為を知っているのかいないのか。
「ええ、少し野暮用が。そう、村を二つほど」
皆殺しにしておきました、とまでは言わなかったが、ミシェルは察してくれたようだった。
「そうかい……。君の行動にとやかく言うのはやめたけど、陛下のお叱りを受けない程度にしておきなよ。」
仕方がない、とでもいう風にミシェルは言う。キリは何も答えなかったが、代わりに彼女の向かい側に座った大男が口を開いた。
「よいではないか。彼女には彼女の考えがあるのだろう。それよりキリ殿、軍議の間ぐらいその仮面を外したらいかがかな?ここにはお主の素顔を見たからと言ってどうこう言う愚か者はおるまい。」
声をかけてきたのは他の二人に比べてだいぶ歳を重ねた三剣聖の一員、『壊王』ガンツ・ダルケントだった。
何より目を引くのは、その脇に鎮座している巨大な剣だろう。あまりにも大きなその鉄塊は、斬ることよりも潰すことを目的にしているように見える。
「……お断りさせていただきます。」
キリの返答はにべもない。取り付く島もない口調だった。ミシェルが間を取り持つように言う。
「ガンツさんもお元気そうで何よりです。カムレア戦では大活躍だったようで。」
「ハハハ、あの程度で活躍と言われても困るな。わしの底が知れてしまう。ミシェル、君はイシガンの方だったな。あっちの様子はどうだ?」
ガンツは長く伸ばした髭をいじりながら聞く。
「正直厳しいですね。あの魔術師団は反則ですよ。」
異民達の大国、イシガンの最大の戦力はその強力な魔術師団だ。魔術を知って十数年の元民と、何百年もの間魔術を生活の一部としてきた異民達の間には、魔術のレベルにおいてまさしく天と地の開きがあった。
「みなさん、お静かに願います。陛下が参られました。」
そう声をあげたのは、カムレア城の時にカルザのそばに控えていた眼鏡の女性。気の強そうな目つきが特徴的なディストリア帝国の宮廷魔術師団長、ユディ・マウレスだった。一説によればカルザの幼名馴染みだとか。
「みな、遠路はるばるよく集まってくれた。」
上座についたカルザが威厳を孕んだ声で言うと、その場にいた20人以上の将が彼の方に向き直った。
その注目を気にも留めてもいないようにカルザは続ける。
「突然の招集で状況がつかめていない者もいるはずだ。クルト、状況の説明を。」
「は。」と立ち上がり一礼したのは文官風の服を身に付けた男。
クルト・ルシアナと言えば軍師としての実力と同じくらい要塞建造の名手としての名が有名な男だ。成程、堅牢を謳われる要塞都市グランディアを攻めるならば最適な人選と言えるかもしれない。
「既にご存じの方もおられると思いますが、我々はディストリア帝国は2週間前、イシガンと半年間の停戦協定を締結いたしました。」
クルトのその言葉に、多くの将が驚きを露わにする。
それもそうだろう。異民の排撃を掲げるディストリア帝国にとって、イシガンは最大の敵であり、倒すべき最終目標のはずだ。
「成程。そしてイシガンとの戦線にいた兵を北上させ、一気にルレンサに攻撃を仕掛ける、ということですね?」
他の将を落ち着かせるかのようにミシェルが言う。頭の回転の速さは他の2人に比べて若干劣る剣の腕を補って余りある彼の長所だった。兵を率いさせればその強さは三剣聖で一かもしれない。
そうだ、とカルザは頷いて言った。
「だが、どこを攻めるかというのが問題だったな。」
カルザが問いかけると、クルトがそれを肯定した。
「はい。戦略的、地理的な観点から考えて考えられる攻撃目標は二か所です。素直に陸路を北上、グランディアの後方都市であるランセイアを攻めるか、海を渡ってルレンサの首都レイシャンを直接攻撃するか。この二つに絞られるかと。」
「敵の首都を落とせるならそれに越したことはないのでは?相手の士気にも相当なダメージを与えられると思いますが。」
1人の将が意見をあげる。確か、弓隊を指揮する将だったか。カルザはその顔を頭の隅に留めておいた。
「その通りです。しかし・・・」
クルトが言葉を濁らせたのを、ミシェルが後を引き継いだ。
「その場合、現状の兵数を維持するであろうグランディアを攻め落とすことは困難になり、さらにルレンサの抵抗次第ではイシガンとの停戦協定の期限までに首都攻防の決着をつけられず、逆にこちらが窮地に立たされることになる、と。」
「逆にランセイアを攻撃すれば、ルレンサはグランディアの兵を減らしてでも援軍を出さざるを得ないでしょう。この1週間、彼らにそれが可能だと思わせるために故意に敗北を繰り返してきたわけですし、まず間違いないかと思われます。」
「その隙をつけば、迅速にグランディアをとることが可能。・・・つまり、長い時間をかけた確実な勝利か、博打を打ってでも短期間での決着を目指すか、ということだったな?」
カルザが議論の要旨をまとめ、将達に問いかけた。
「軍師団の中でも二つに意見が割れたそうだ。何か意見があったら言ってくれ。」
帝国軍の軍略は、皇帝であるカルザの意向を反映した軍師団の意見をカルザが判断するという形で決定されている。
広大な戦線を持つ帝国軍のことだ、いちいち会議など行っていては時間がいくらあっても足りはしない。
しかし、もしも軍師団の意見が割れ、カルザがその必要性を認めた時には主要な将をできるだけ集めて軍議を行うのが通例になっていた。
独裁と合議。この二つを巧みに使い分けることで帝国軍は迅速さを保ちつつ、将の不満を溜めることなく行動することができていたのである。
もっとも、なぜか位が高くなるほど将の個性が強くなる感のある帝国軍である。議論は毎回のように紛糾するのが常だ。
今回それに決着を付けたのは、技術開発部の長、サライト・アルグレンの発言だった。
「……残念ながら、今の我らの兵器とイシガンの魔術を比べた場合、我らは火力、射程の両面において大幅に劣っていると言わざるをいません。イシガンとの決戦の前にシルシキ通商連合国を打倒し、その技術を吸収することは必須だと思われます。」
グランディアを陥落させることによって得られるシルシキの技術に注目すべきだという彼の意見は、戦闘を主な役目とする他の将達には盲点となりがちな所を突いていたと言える。
一通り意見が出揃った後、カルザは言った。
「・・・決まりだな。」
将達は議論をやめ、皇帝の次の言葉を待った。
「我々は北上した兵を利用し、ランセイアとグランディアの両都市を落とすことで、ガルサムとの停戦協定が切れる前にルレンサとシルシキの同盟軍に対し圧倒的な優位を築くことを目標とする。ミシェル、お前はジェンの『豹』を連れ、数人の将と共に北上する兵と合流しろ。兵12万、好きに使って構わん、ランセイアを攻め落とせ。」
「了解です。」
そう答えたミシェルは既に同行させる将とランセイア陥落のための戦術を考え始めている様子だった。
「クルト、後でミシェルに詳しい説明を頼む。・・・それ以外の者はグランディアを包囲、攻撃の機を待つこととする。」
そう言い残し、カルザはその場をあとにする。ユディが軍議の終了を宣言すると、将達も三々五々その場を去って行き、最後にはクルトとミシェル、そして新たに現れた1人の女性が残された。
闇に溶け込むような装束、帝国軍の隠密部隊『豹』のリーダー、ジェンだった。
帝国の中でも一部の者しか存在を知らない部隊、『豹』。そのリーダーともなればまさに伝説の存在と言っても過言ではない。
「クルト、ランセイアには大した将がいない代わりに、かの国にとってとても重要な人物がいるようだね?」
部屋の中央に置かれたエンブレス大陸の地図の模型、ランセイアの地点を見つめながらミシェルが言った。
「・・・やっぱり気づいていたか。」
「『豹』のリーダー、ジェン様がわざわざ出向くんだ、簡単なことさ。・・・で、一体どなたがいらっしゃるんだい?」
「ルレンサ君主、王女、シンシア・クレスティナ。」
だが、クルトの答えは彼の予想をはるかに上回っていた。
信じられない、という顔をしてミシェルはクルトに振りかえる。その顔には若干の苛立ちすらうかがえた。
「おいおい・・・、なんでそんな大事なことをさっきの軍議で言わないのさ。」
「陛下の意向だそうよ。まあ、黒騎士の反応を考えたら妥当な判断でしょうね。」
ジェンが口を挟んでくる。ミシェルは納得した。
もし黒騎士キリがランセイアにルレンサの君主がいるなどということを知ったら、黙っているとは思えない。全ての命令を無視してでも王女の命を奪いに行くだろう。
黒騎士の殺人衝動は誰が相手でもその命を奪うが、その衝動は相手の身分が高ければ高いほど激しくなることが知られていた。
「・・・ランセイアの兵数は約4万。でも、ルレンサは国土の北側から兵をどんどん輸送して来てるから、君がつく頃には6万ぐらいに増えていると考えていいと思う。増援は次々来るだろうから、迅速な行動が重要になる。」
「10万超の兵と『豹』を好きに使えるんだろう?一か月はいらないね。」
「言う必要はないと思うけど、油断はしない方がいい。確かにランセイアには名のある将はいないけど、トルマンクから脱出した『炎帝』が逃げ込んだって言う話がある。彼は敵に回る可能性が高い。厄介だよ。」
「・・・そうですか?アルレイの高名は知っていますが、彼がいた国が勝利を手にしたという話は聞いたことがありません。過大評価では?」
ジェンが疑問を口にする。確かに彼女の言う通り、この4年間サイアは帝国軍に煮え湯を飲まされ続けて来た。
「彼の場合は仕官先が不味いんです。既にどう足掻いても勝ち目がない国の求めに応じて仕えていますからね。」
この4年間、サイア・アルレイは帝国軍に攻められた国にばかり仕官し、抗戦を続けて来た。
先日のカムレアしかり、その前も。そのさらに前も・・・。だが、彼がいくら奮戦したところで、帝国と他国との圧倒的な国力差は、優秀な将1人でひっくり返るほど生易しいものではなく、敗戦を続ける結果になったというのが現実だった。
「アルレイの名を背負っている以上、どんな戦況でも引っくり返せると期待される。・・・やれやれ、名家の坊っちゃんは大変だねぇ・・・。」
「ですが、そのせいで、この国が時間と人員を浪費させられたのも確かです。カルザ様がクーデターを起こした時には、5年間でイシガンとミルレウス王国以外の全ての国を制圧する計画でしたから。」
確かにそういう計画であった。
だが、既に6年もの時が経過している。主な原因は北方、シルシキの新兵器と東方、イシガンの魔術師団だったが、思い出したように報告される大陸の中原での思わぬ苦戦には必ずと言っていいほどサイア・アルレイが関わっていたのも確かだった。もっとも、中原には帝国が大した将を配置していなかったのも理由の一つだが。
「まあ、考えても仕方がないことさ。アルレイ家の長子、『炎帝』サイア・アルレイ・・・。まずは、そのお手並み拝見といこうじゃないか。」
ミシェルは微笑して言った。常に余裕を隠さず、悠々と任務を遂行するのが、『魔刃』ミシェル・ラクセルのスタイルであった。彼が常々苦戦していると評価しているイシガン戦線ですら、彼直々に指揮を執っている所に限れば互角以上に進めていると言っても過言でなかった。
彼にとって勝利とは圧倒的かつ一方的なものであり、苦戦しつつ得た勝利など勝利とは呼ばないのだ。
その後しばらくして、一通りクルトの説明が終わった後、ジェンが言った。
「そう言えば、一つお聞きしたいことが。」
「何でしょう?」
「一体どうやってイシガンと停戦したのです?普通に考えて可能とは思えませんが。」
確かにそうである。仮に帝国が停戦を申し込んだとしても、相手が承諾しなければそれは成立しない。異民の排撃を主張するディストリア帝国と、元民の征服を一義とするイシガン、二つの国の仲は大陸中でも最悪のものである。
戦況はほぼ互角。一体どんな手品を使って要求をのませたのか、軍師ならずとも気になるところではあった。
「ああ、ミリス王に少し頑張っていただきました。」
ミリス王、本名はミリス・デルタイリス。帝国の南方に存在する国、ミルレウス王国の君主であり元民最高と称される魔術の大天才である。王国は帝国の現在 (そしておそらくこれからも)唯一の同盟国でもある。現国王であるミリスが、5年前ヘイトスに反旗を翻したことで成立した。
他の国に比べて国力は劣るものの、ミリス本人を初めとしてその将はまさに精鋭。将の質だけなら大陸に並び立つ国はないと言われている。
あの国は死に体のヘイトスの領土に侵攻していたはずだが、なるほど、あの国が全力を挙げて攻めれば、イシガンも帝国との停戦を行う気も起こるというものだろう。それほどまでにかの国の将は駒が揃っているのだ。
しかし、それではイシガンと1対1で戦わなければならないミルレウスの損が大きい。ミシェルは部屋を出て行こうとしていた足を止めて言った。
「それで、彼らにはイシガンを攻めてもらう代わりに何を渡したんだい?」
ミシェルのその質問にクルトは答えに詰まる。そして言うべきか悩んでいる様子で数秒間逡巡した後に答えた。
悩むのも当然だろう、その答えは到底その場にはそぐわないものであった。
「・・・・・・遺跡の調査権。」
「「は?」」ミシェルとジェンが何が何だかわからないという顔をする。まさしく、呆気にとられたという様子だあった。
「そんな顔をされても。……詳しく言えば、ミリス王は、イシガンに侵攻する代償として、我が国領内のパルテナ遺跡の調査権を所望されたのです。」
帝国領の中央、山間部に存在する古代の神殿の跡、パルテナ遺跡。天地創世を司るという双柱を祀り、古代には多くの信仰を集めたそうだ。今となってはただの遺跡に過ぎないはずなのだが……。
「……ミリス王は、新たな宗教団体でも結成するつもりなのでしょうか?」
「まったく、あの王の考えることは、僕らには想像もつかないね。予定より早くなるけど明朝、日が昇る前には出発する。難しいことは軍師団に任せて、ゆっくり休んでおいた方がいい。」
そう言うが早いか、ミシェルは部屋をあとにする。強行軍になったとしても、できるだけ早くルレンサを攻め滅ぼした方がいい。そこはかとなく、嫌な予感がしていた。
同時刻、帝国軍本陣、カルザの私室。そこにはカルザとユディ、そしてもう一人、軍服姿の女性がいた。軍服と言っても、女性の文官用の物、ロングのスカートである。いかにも頭の切れそうな切れ長の目をしている彼女はディストリア帝国の軍師団の一人、ケリエル・サウサンであった。
一発逆転を狙えるような策は得意でないものの、得意の算術を活かして正確な兵の輸送等を行い、一分の狂いもない軍略で敵軍を打ち砕く。その能力は他国に比べて圧倒的な国力を持つ現在の帝国にとって必要不可欠なものであった。そのケリエルにカルザは問いかけた。
「貴様の主張通り、我々はグランディアを攻めることになったわけだ。・・・だが、どうやってあれを攻略する?半年と言うタイムリミットがある以上、あまりのんびりはしていられないぞ。」
グランディアは10m近い城壁に周囲を囲まれており、その内側には内門、内々門が存在するという三層構造になっている。そして、シルシキの保持する都市と言うことだけあって、物資も潤沢。包囲戦も有効な戦術とはなりえない。
「グランディアを難攻不落せしめているのは、堅牢な城壁とそこに配置されたカノン砲です。まず城壁の方ですが、こちらは攻城兵器に任せれば兵数の差で押し切ることが可能でしょう。」
「兵数の差で、ねえ・・・。」
ユディがいぶかしげに言う。彼女の言いたいことを察したケリエルはこともなげに答える。
「策とは不利な闘いを有利にするために弄するものです。元々有利な立場にいるのならそんな事をする必要はない。・・・圧倒的な兵力で、圧殺する。兵力差がある以上、単純な攻撃が一番確実で、相手にとっては厄介でしょう。」
「・・・ネムルジが聞いたら、怒りだすわよ、それ。」
ネムルジというのは帝国の軍師団長を務める男だ。ケリエルとは反対に、策を好み、その頭脳で敵軍を切り崩す。怪しげな風体をしているが、その知略はまさに神算鬼謀と呼ぶにふさわしいものであった。
「・・・だが、カノン砲はどうするつもりだ。あれのせいで攻城兵器が使えないから攻めあぐねているだろう?」
「逆にいえば、カノン砲さえなければ攻略は可能。そのためにユディさん、あなたの率いる魔術師団が必要なのです。」
グラスに継がれた水を飲み干し、ケリエルは微笑んで言う。
「・・・今までの無意味な攻めは、情報を得、この状況を作り出すためものか。」
カルザは納得したように言う。当の本人であるユディは今一つ分かっていないようだ。
「よくわからないわ、どういうことかしら?」
「ここ、ロンドメル平原はこの季節、北の海から強い海風が吹きます。風の強い日を選んで魔術の火を大量に打ち込み、城壁を炎上、カノン砲を使用不能にします。追い打ちとして相手の火薬を誘爆させることができれば理想的です。まあそううまくはいかないでしょうが。」
つまるところ、火の魔術でカノン砲を無力化し、攻め落とす、力押し戦術ということだ。
「・・・いくらなんでもそううまくいくかしら?動員できた魔術師団の人数は三桁に満たないのよ。それだけの人数で全ても城壁を攻撃するなんて。」
ユディの反論に被せるようにカルザが答えた。
「そのための今までの攻撃だったというわけだな、ケリエル。」
「ええ。カノン砲の弱点はその重さゆえの移動のしづらさです。この一週間の攻防で、グランディアのカノン砲の位置はほぼ正確に把握できました。魔術である程度の量を封じれば、後は簡単でしょう。」
そう言うと、彼女は右手に抱えていた紙を机に広げる。
それは、まるで実際に見て来たかのように細部まで作りこまれたグランディア内部の地図。
カノン砲の位置は勿論、ご丁寧なことに各所に配置されているであろう兵の数まで記されている。確かにこれを使えばピンポイントに相手の攻撃を封じることができるだろう。
「この地図を他の方の所にも回してきますので、私はこれで。」
そう言い残してケリエルは部屋を出て行く。他の人、とはおそらく攻城兵器の責任者、スアンのことだろう。ケリエルのことだ、明日には「これで落とせます。」とかなんとか言って、攻城兵器の配置、人員等全てを決定するに違いない。
ただ2人残されたカルザはユディに声をかけた。その声は普段とは違う柔らかい声音を含んでいた。
「悪いな。」
「何がです?」
「いつも負担の多い役割ばかり任せる。」
「いえ、それであなたのお役に立てるなら。」
そう答えるユディの声もいつもの凛としたものではなかった。
ユディ、ミシェル、ネムルジがカルザの有する最大の忠臣だが、その中でもユディは特別な存在と言われていた。彼女は、カルザが皇帝ではなく、一個人として信用することができる唯一の人物だったのだ。無論、そのような態度を人前で見せることなど絶対にないが。
「お飲みになります?」
棚からワインのボトルとグラスを取り出しながら言う。それはユディが用意した、カルザが特に好む銘柄であった。
「もらうとしよう。お前も座れ。」
向かいの席を指さしてカルザは言う。それでは、と言って席に着いたユディはカルザのグラスにワインを注ぎながら言った。
「挙兵してから6年・・・、このグランディアが峠でしょうか。」
あながち言い過ぎというわけでもなかった。グランディアを陥落させれば、イシガン以外の敵国は容易に撃破できる程度の勢力に制限される。
だが、カルザは明快な答えを言おうとはしなかった。
「さあな。そういうことは軍師共に聞け。俺はただ、帝国の民の幸福のために、立ち塞がる者を全て打ち倒しながら進むだけだ。」
目を閉じてそういう彼の姿は、いかにも皇帝にふさわしい威厳を放っていた。
やはり、この人こそ大陸を統一するにふさわしい方なのだ、カルザを見つめるユディの瞳はまるで少女のようだった。