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開戦前夜

エンブレス大陸の北部、双子半島とも呼ばれる海に突き出す二つの半島の内、東のラムセルク半島を支配する国、ルレンサ。現在は半島を出て内陸部へと領土を拡大するため、南進を進めている。

もっとも、半島すべてを制圧したのは王が代わったここ数年の話だ。

それまではごく小規模の領土を治める小国にすぎなかったのを、現君主である王女シンシアが新たに登用した家臣たちの力を借りて勢力を拡大したのだ。


そのルレンサの最前線、南部の都市ランセイアにある宿の一室で二人の少女が机の上の地図を挟んで話し込んでいた。

宿と言っても、旅人が利用するような安っぽいものではない。ルレンサ王室御用達、前線基地としての宿泊施設である。いざとなれば迎撃用の砦としての使用にも耐える設計になっている。

「トルマンクが落ち、カムレアが滅んだ、か……。あの国の王は優しい人だったのに、残念ね。」

ドレスの少女がトルマンクに帝国軍を示す赤のピンを立てながら言った。年齢は16、7歳というとこだろうか、見た目以上にその雰囲気で高貴な生まれとわかる。

「今は乱世。いかな仁の君といえども、力が無ければ暗愚に成り果てる、そういう時代じゃ。」

それに答えたのはもう片方の少女。この大陸では見ない形状の鮮やかな色の着物を身につけていた。桜色の髪に挿した美しい花の簪が目立っている。顔立ちや体つきから判断して、もう片方の少女よりさらに幼く、子供にしか見えなかったが、口から紡がれるのはそれとは正反対な老人じみた口調の言葉。

「わかってるわ。それにしても随分と陥落が早かったわね。最後の拠点だから数日ぐらいはもつと思ったけど。」

「皇帝カルザに、壊王ガンツ、軍師長ネムルジ、宮廷魔術師マウレス、そして黒騎士。攻めた面子がこれじゃからのう。その上内部で寝返りまで発生しては流石の『炎剣』でも数刻ともたぬのは道理であろうよ。もっとも、兵の内通を見抜けぬのは指揮官のミス。庇いだてする気はないがの。」

将の名を指折り数えながら少女は答えた。その声にはわずかだが、不甲斐なく敗北を喫した『炎剣』…サイア・アルレイに対するいら立ちが含まれているようにも聞こえた。

「そう。……何はともあれ、ディストリア帝国の次の目標はこの国。国力の差から考えて、一歩でも間違えれば確実にカムレアの二の舞よ。」

ルレンサの現有兵力は10万強、対してディストリア帝国の兵力は80万に迫る。すべての兵力をルレンサに向けることは当然不可能だが、絶望的な兵力差であることに疑いはない。その上帝国には名将が多数いるのは前述のとおり。

ルレンサが放った斥侯が伝えた情報によると、トルマンクを陥落させた直後、帝国軍は後方都市の兵を動員し、ルレンサに宣戦を布告すると同時に領地に侵入、ランセイアの西、トルマンクの北に位置する要塞、グランディアに向けて進軍を開始した。3日後の朝、早ければ2日後の晩には先鋒の騎馬隊が到着するだろう。

その動きは当然ルレンサ側の予測内だが、如何せんトルマンクの陥落が早すぎた。このままでは援軍の到着は帝国軍の攻撃開始の1日ほど後になるとみて間違いなかった。

「そんなことはわしがさせん。姫はわしの見込んだ方、どうあっても大陸を統一し、その志を成し遂げていただく。……帝国軍との戦闘じゃが、わしは一足先にグランディアへ向かおうと思う。援軍が遅れる以上、野戦で足止めする必要があるからのう。」

「勝算は?」

「わからぬ。じゃが、かの国が大陸の半分を統一する原動力となった皇帝直属の騎馬隊、並みの強さではあるまい。今回の出陣はそれを確かめたいというのもある、ということじゃ。」

「そう。……あなたのことだから、万が一はないと思うけど、気をつけてね。」

姫と呼ばれた少女、シンシア・セレスティナが言う。だが、それはちっとも「万が一はない」と思っている声ではなかった。

「やれやれ、相変わらず難儀なことをおっしゃる。無理を通さねば勝てぬ相手ですぞ。」

「シャオレン……。」

本気で寂しそうな声で言うシンシアに、シャオレンは苦笑する。

「わかっておる。返事は一つ、じゃろう?心配せずともわしは無事に帰ってくる。じゃから、そのような顔をするでない。」

「必ずよ。」

「仰せのとおりに。」

「よろしい。なら、頼んだわよ。」

シンシアが微笑む。それを見届けると、シャオレンは部屋を出て行った。

着物をなびかせて歩きながら考える。

あまり時間はない。できればトルマンクとグランディアの間にあるイルカンベ関で時間稼ぎをしたいところなのだ。



 そして、その数日後、サイアとアイシャはなんとか追撃を振り切り、ランセイアに辿り着いていた。

カムレア城を脱出した彼らはとりあえず帝国領を脱出することを優先、北東に進みルレンサ領に入っていたのだ。

黒騎士に斬りつけられた傷は当然だがまだ治らない。しばらくは利き手は使えないとみて間違いないだろう。サイアの腕に治療を施しながらアイシャが言った。

「やはり、帝国軍はグランディアに侵攻したようです。おそらく明日の内にはグランディアで戦闘が始まるかと。その数は先鋒の皇騎兵を中心とする騎馬隊だけで一万は下らないかと思われます。」

「この町がやけに騒がしいのはそのせいか。戦乱の世とはいえ、御苦労なことだ。」

こちらは平凡な宿の窓から町並みを見下ろしたサイアが自嘲気味な声で言う。アイシャには普通の町にしか見えないのだが、サイアがそう言うのならそうなのだろう。



6年前、カルザ・ラストラク・ディストリアという若者がクーデターを起こしたことを起点にして始まったこの戦争は、帝国の勝利という結末に向かって進みつつある。

この戦争の原因を求めるとするのなら、10年前の異民の大量流入だろう。エンブレス大陸の人々が『入らずの森』と呼び、決して入ろうとしない樹海を越え、50万人を超える数の人々がやってきたのだ。

なぜ元の居住地を捨ててこの地にやってきたのかは、まるで何かにおびえているかのように誰一人として口を開かなかったものの、異民たちは『魔術』という当時のエンブレス大陸の人々の概念に縛られない技術を持ち込み、大陸の人々の生活レベルを急速に向上させた。

しかし、あまりに急激な人口増加により、食糧難や経済混乱等の問題が発生。そうした状況に立ち上がったのがカルザだった。彼は問題の根源は異民たちにあると主張、仲間と共にクーデターを決行、国民たちもそれを義行と支持した。異民たちとの共存を掲げていた前皇帝をその手にかけ皇位を奪うと、異民に融和政策を採る国を主な目標に対し次々と侵攻、瞬く間に領土を拡大した。

ディストリア帝国の動きをみた他国も自衛策として勢力の拡大を企図、わずか6年間で40以上あった国が6つにまで減少したのだ。

現在単独で帝国に抗し得るのは大陸の南東部、樹海を背に広がる異民たちの大国、イシガンだけだろう。強力な魔術師団を活かし、数度に渡る帝国の攻撃を防ぎきった。だが、異民たちによる原民(異民に対し、元からエンブレス大陸に住んでいた人々を指す言葉)の支配を主張するかの大国は、他のどの国とも同盟を結ぶことができない運命にある。

「もし、このままグランディアが落ちることがあれば、大陸で帝国と張り合うことができる勢力はイシガンだけになる、か……。そして、そのイシガンですら後方の憂いを絶ち、戦場を縮小した帝国の前では危ういだろうな。」

誇張であるとは言い切れない。シルシキ通商連合国とルレンサの生命線とも言える両国の同盟は、グランディアがあって初めて効力を発揮すると言っていい。

そこを失えば両国は陸上での接地点を失い、迅速な援護が行えなくなった両国は長い時間を要せずに帝国に吸収されるだろう。そして、いくらイシガンといえども帝国軍との総力戦になれば勝てる見込みは薄い。

「……では、次はルレンサに任官を?」

手際良く包帯を巻きながらアイシャが言う。彼女が行っていたのは魔術を使用した治療だが、未熟なためか華々しい効果をあげているとは言い難い。もっとも、原民のほとんどは体の構造的に魔術がまったく使えないも同然の状態だから、多少なりとも使えるアイシャは十二分に感嘆に値するのだが。

だが、返事をするサイアの声には今一つ生気がない。

「さあ、どうしようかな。……とりあえず今は何も考えたくない気分なんだ。」

「……後悔しておいでですか?」

ああ、またこの人の悪い癖だ。アイシャは嘆いた。

彼女の主、サイア・アルレイはきわめて有能な将だった。千の兵を以て万を討ち、単騎でどんな死地からも生還する。アルレイの名と炎剣が後押しし、国の全ての者が彼を信じ、頼る。

でも、アイシャは知っている。サイアが「強い」のはあくまでも将としてなのだ。

そして、彼はその強さが故に全ての責任を自分1人で背負いこんでしまう。あらゆる敗戦を自らの責と捉え、それに思いつめる主の心がとうに限界を超えているのは、幼い時からともに生活してきた彼女には明らかだった。

「いや、大丈夫だ。それより、頬の傷は治りそうかい?美人の顔に傷が付いたら大変だ。」

サイアは明るい声で笑いながら話をそらす。見る人が見ればそれはどこか痛々しい、空虚な笑みだった。


ほら、やっぱり無理してるじゃないですか。本当はすべてを投げ捨てて逃げ出してしまいたいくせに。


そう思った瞬間、アイシャは突如として彼を抱きしめてやりたいという思いに駆られた。

励まし、心の傷を癒してやりたい。いや、せめて慰めるだけでも……。

しかし、彼女は従者。恋人や友人ではない。

「この程度なら何も問題は。2週間もあれば元通りでしょう。それより、サイア様の方が心配ですよ。家を出てから4年、帝国軍に付き合って闘い通しだったじゃないですか。今のあなたには休憩が必要だと、私は思います。休むのも、仕事の内ですよ。」

だから自分にできるのはこう言って彼に休息を与えてやるくらいだ。

「そうか。そうかもな・・・。」

サイアは椅子に身を沈みこませ、目を閉じてそう呟き、眠りへと落ちていく。

それを見て少しだけ安心した彼女はサイアに毛布をかけた後、部屋が少し寒いかもしれない、と思い当たり、暖炉の薪をもらうために部屋を出て行った。





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