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パルテナ神殿

 いよいよグランディアの進軍を翌日に備えた日、サイアはゲンシンに剣の試合を申し込んだ。訓練とは言え模擬戦ではなく真剣を用いた勝負だ。お互いの技量を信用しているからこそできることである。

多くの者たちが見守る中、2人の勝負が始まろうとしていた。

「勝ちたいんだろ、黒騎士に」

「わかるのか」

「……わかるね、今のあんたからはそれしか伝わってこない」

ゲンシンは少し姿勢を低くすると、刀の柄に手を添えた。居合の構え。間合いに入った者を一閃の下に斬り伏せる一撃必殺の剣技。

あの神速の一撃は受け止めるのは至難。数度見ただけのサイアでもそれくらいのことはわかる。だが、一度剣を抜き放った後に絶望的な隙ができる。そのことにも彼は気付いていた。

相手が戦闘態勢に入ったのを見てサイアも剣を抜いた。周囲からため息のような歓声がもれた。ほとんどの者が炎剣を直に目にするのは初めてのはずだ、仕方ない。いつものことなので気にせずサイアはただ一言、言った。

「いくぞ」

サイアは炎剣を下段に構えると、地を削りながら炎剣を振り上げた。剣先の導く通りに地から吹き上がる炎がゲンシンに襲いかかる。ゲンシンはその場から動かない。動かないまま剣を抜き放ち、剣圧だけで迫りくる炎を吹き飛ばしてみせた。

だが、その間にサイアはゲンシンを間合いに捉えていた。しかし、ゲンシンに斬りかかろうとした時、彼は驚愕することになった。抜き放たれた刀が鞘に戻っている。

「斬り払い、戻すまでが居合なんだよ」

ゲンシンの言葉を、サイアは当然聞いていなかった。勢いをつけているため、後退はできない。彼は即座に地を蹴ると、一閃をかわし、ゲンシンの背後に着地する。だが、サイアが着地した時にはゲンシンは振り返り攻撃を繰り出してきていた。

サイアは咄嗟に後退するが、間に合うものではない。ゲンシンの刀がサイアの胸を斬り裂いた。そのまま距離をとるサイア。血が出ているが、深い傷ではない。問題なく戦いを持続できるだろう。


「黒騎士に勝ちたいんだろ?でもな……今のお前じゃ、勝てねえよ」

ゲンシンは三度刀を鞘に戻すと、居合の構えを見せた。

「目の前の相手に集中しろよ。誰かに気をとられて目の前の相手に集中できないようじゃ、剣士としては使い物にならないだろ?」

「言ってくれるじゃないか」

「だが、目が覚めるだろう?甘ったれお坊ちゃんじゃないなら、期待を裏切らないでくれよ」

ぷちん、と何かが切れてしまう音がした。再び剣を構えるサイア。その炎剣の火勢が一気に強まった。

「礼を言う、確かにおかげで目が覚めるよ。……覚悟はいいな?」

「いいね、少しはやりがいのある目つきになった」

ゲンシンがそう言った瞬間、サイアは彼の間合いに入り込んでいた。ゲンシンが咄嗟に刀を抜き放つが、サイアは決死の覚悟でそれを受け止めた。サイアに千載一遇のチャンスが訪れる。

その隙を逃さずサイアは強烈な一撃をお見舞いする。なんとか受け止めるゲンシンだが、彼は遠慮なく剣を振りぬいた。起こった爆発がゲンシンを吹き飛ばす。

壁に激突し、観客の集団の中に落下するゲンシン。サイアは当然追い打ちをかける。危険を感じて距離をとる群衆。しかし、今度はゲンシンが立ち上がり剣を抜き放つ方が早かった。サイアは再び受け止める。

「やるねぇ」

にやり、と笑ってゲンシンが攻勢に転じる。

キィン!キィン!キィン!キィン!

残像しか見えないほどの素早い連続攻撃にサイアは後退を余儀なくされる。逆に壁際まで追い詰められかけた時、サイアが自ら後ろに跳んだ。壁に着地したサイアはゲンシンに向かって炎剣を振るった。刀身を覆っていた炎が蛇のようにゲンシンに襲いかかる。ゲンシンがそれを切り払う。だが、その視界が開いた時にはサイアが再び壁を蹴って飛び掛かってきていた。

「遅いぞっ!」

ゲンシンが下から迎撃する。サイアはその衝撃を受け止めず、甘んじて空中に向かって打ち上げられた。誰も手を出せない空中で、吹き飛ばされたサイアは平然と天井に足をついた。優雅で無駄のない、重力に反した動作。群衆は皆その姿に目を奪われた。

サイアは天井を蹴った。地上のゲンシンに向かって高所から斬りかかった。ゲンシンは目を閉じ、またも居合の構えをとる。目を閉じていても、ゲンシンは最良のタイミングで剣を抜いた。

炎剣と刀が激突し、炎を散らせる。お互いにまったく譲らない。同時に剣圧に耐え切れず吹き飛ばされる。先に着地し、距離を詰めたのはサイアだった。黒のマントをはためかし、それが当然のように着地する。

ゲンシンはサイアの一閃を受け止めるが、今度は受けきれない。サイアが横薙ぎに振りぬいた一撃が火炎と共にゲンシンを吹き飛ばした。起き上がろうとした彼の喉元に炎剣の切っ先が突き付けられた。

ついに観念したゲンシンは刀を手離し、両手を上げた。

「お前はうさぎか。……参った、俺の負けだよ」

サイアも剣を収めると、ゲンシンに向かって手を差し伸べる。ゲンシンはしっかりとその手を握り返した。2人の試合を讃える兵士たちの歓声が上がった。


 「もう……あまり同じ国の将で争われても困るのだけど」

2人の真剣勝負の話を聞いてシンシアは苦笑いという様子だった。その戦いを見守っていた1人であるシャオレンが言う。

「将が強者なのはよいことじゃ。特にゲンシンのように、並び立つ者がおらぬ者にとってはいい経験だったじゃろ」

後でキツく注意しておきますので……。エニマが申し訳なさそうに言った。

「まあ怪我がなかったのなら何よりよ。2人の勝負が見事であったなら、それだけ皆の士気も高まるでしょう」

そう、グランディア侵攻の準備はすでに終えている。いよいよ明日の早朝、ルレンサ軍6万はシンシアの号令一下、グランディアに向けて進軍する。


 「ミリス様、山のような軍資金と多くの将兵の命を使った見返りが、このような遺跡の調査権でよかったのですか?」

帝国領の奥地、言い訳程度に整備された山中の道を2人の男が歩いていた。いや、男だろう、だ。1人はフードとマントで姿を隠しているため判断がつかず、もう1人はひどく中性的な見た目であったため断言することができなかったのだ。

「カルザ君は極めて優秀な皇帝だが、この辺りの造詣は足りていない。そうは思わないかね、ネムルジ君」

「それは私には何とも……イシガンとの戦いはいかがでしたか、ミリス陛下ほどの方をもってしても楽なものではなかったでしょう」

ディストリア帝国正軍師ネムルジと、ミルレウス王国国王ミリス・デルタイリスその人だった。

「それよりもネムルジ君、君の作戦が失敗するとは珍しい。私から見てもルレンサの勝利はありえないと思っていた」

「せっかくこちらの戦略に協力していただいたというのに……そちらには申し訳ない結果となってしまい残念です」

「勝負は時の運。皇帝カルザ・ラストラク・ディストリアと言えども常勝とはいかないだろう。次勝てばいい」

「それは抜かりなく。全ては私とあの方の描いた作戦通り」

登り坂はすでに終わり、道は平坦になっている。密生した草木が2人の行く手を阻むように生い茂っているが、ミリスが歩みを進めるとまるで意思があるかのように道を開けた。

魔力とは体内に存在する自然エネルギー。ミリスの抑えることができない魔力が周囲の自然を無意識に従わせているのだ。流石はミリス・デルタイリス、原民最高の魔術使いだった。

突然、視界が開けた。山の深い森の中に突如として現れたくぼ地。その中央に神殿はあった。古びた石造りの神殿。その壁と柱は蔦に覆われており、美しかったであろう往時の面影をうかがうことはできない。

パルテナ神殿。昔は黒と白、天地創生と破壊の両神を奉り、多くの信者を集めたという……

「しかしミリス陛下、このような神殿の調査をわざわざ戦時中に行う必要があるのでしょうか?」

普段は誰が相手でも余裕を隠さず謎めいた態度を隠さないネムルジが敬うような態度をとる。相手がミリスだからに他ならない。

「……調査と言うのは少々大げさだったかもしれないな。正確には探し物と言った方が正しいかもしれない」

「探し物?一体何を……?」

「ネムルジ君、一体どうしてここが廃神殿と呼ばれているかわかるかい?」

「廃れた神殿だから、ではないのですか?」

違うよ。ふふふ、とミリスは微笑んだ答えた。

「廃された神の殿だからさ」

「廃された……」

ミリスは平然と神殿の内部に入っていく。固く閉ざされていたはずの扉は彼が近づくと独りでに開いた。

「創生と破壊の両柱ここで崇められていたのではない。いや、そういう時代もあったのだろうが、少なくとも後半は違っていた。黒と白の両柱は廃され、ここに封じられていたのだ。世界に害を及ぼすことがないように、ね」

「そんな馬鹿なことが」

呆然としていたネムルジは自分の足が止まっていたことに気付く。慌ててミリスを追いかけるが、彼が足を踏み入れると同時に扉は再び固く閉ざされた。自分の力でこじ開けるのは不可能だとすぐに悟ったネムルジはいったん距離をとる。中で何をやろうとしているのかは知らないが、自分は見届けなければならない。

彼が何事かを呟くと手のひらの上に黒く渦巻く球体が生まれた。彼が呪文を唱え続けると、その球体はみるみる大きさを増していく。

バレーボール大の大きさに達した時、彼は呟くのをやめて球体を軽く手で押し出した。球体はふわふわと前に進んでいく。だが、扉に触れる寸前になってその球体は消し飛んでしまった。

この扉、いや、神殿自体に対魔術の術式がかけられているとでも言うのか。神殿の内部からミリスの声が聞こえてきた。

「ネムルジ君、危険だよ。離れてくれたまえ」

その瞬間、大地がグラグラと揺れ始めた。ネムルジは思わず体勢を崩してしまう。

(あの男、一体何をした……!)

大地の底から何かが湧き上がってくるのを感じる。本能的に危険を察知させる揺れ。距離をとるのは困難と判断したネムルジは魔術で防御壁を幾重にも生み出す。どれくらいの衝撃か想像もつかない。幾重にも幾重にも壁を生み出す。なんとか壁を作り終わった瞬間、地の底から光が吹き上がった。


 パルテナ神殿から天に向かって飛び出した光は、大陸の多くの場所から見ることができた。

グランディアで守りを固める帝国軍、そのグランディアに向かって進軍するルレンサとシルシキ。東南地方でじっと動かぬまま戦争の行方を見守るイシガンからも。南西、国境で帝国軍と激戦を繰り広げていたヘイトスの兵たちもそれを目撃した。

 「先生、あれはなんですか?」

そして、シルシキ領内で弟子と共にいたシルシキの軍師は何が起こったのかを察していた。自分の描く大陸の設計図、その未来のためにはここからが正念場のようだ。

 「サイア様、あれは一体?」

「いや、あれは……」

何なんだ、一体。あんなものは見たことがない。当然ながら兵士たちもざわついている。今軍勢の中にあの現象を理解できている人間が1人でもいるのか。すぐさまシンシアのいる本隊へ向かう。そこではすでにシャオレンが地図を広げて多くの将とともに机を囲んでいた。

「測量器がなければ正確な距離を測ることは不可能ですが、方角を見るとこのように」

地図の上、現在地点から定規でまっすぐに線を引く。

「ふむ……これが怪しいのう」

シャオレンが扇で指し示した地点に一同は沈黙する。彼女は『パルテナ神殿』を指していた。

ディストリア帝国は一体何を考えているのか……一同は物も言わぬまま考え続けた。

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