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それぞれの休戦

 「……嬉しそうだな、アイシャ。」

任官の儀を終えた後、サイアは自分の後ろを軽やかな足取りでついてくる従者に言った。

「それは、嬉しいですから。他の将の方々との関係も改善しつつありますし。」

ランセイアの決戦以来、ゲンシンやエニマなど仲間として認めてくれる将が出てきたのは確かだ。しかし、あの男が認めない限り、自分たちはいつまでもよそ者のままだろう。

「……いや、ボルテンが認めない限り、私たちがこの国と民に認められることはないだろう。」

それほどまでにあの男が与える将、民への影響は大きいはずだ。本人は認めずとも、その力は王女やシャオレンに並ぶかもしれない。

「それだけの実力、実績は認めるさ。」

「ところでサイア様、私たちは一体どこに向かってるんですか?」

「診療所。」

「え!?どこか悪いところでも!?」

「いや、少し会わなきゃならない人がいてね……」

先に戻っていてくれないか?そう言い残すと、サイアは一人で診療所へ向かった。


 「あの戦いの時、廊下で気絶してた子ですか?」

「ああ、それならきっとヘンゼルだよ。あの子なら多分…」

「しかしドジの子だよねぇ。床で滑って頭をうつなんて……」

「なんだって?」

あの時サイアが手刀で気絶させた少女のことはすぐにわかった。驚いたのは、少女が自分で

足を滑らせて気を失ってしまったことになっていたということだ。あの娘が気を利かせてくれたのだろうか。なんだか複雑な思いを抱えながらサイアはその娘の元へ向かった。

 嘘をごまかすためだろうか、頭に包帯を巻いた少女、ヘンゼルはにこやかにサイアを迎えてくれた。

「ご無事で何よりでした、アルレイ様。この前はとんだ無礼を……」

屋上で2人きりになるとヘンゼルはすぐにそう言ってサイアに向かって頭を下げてきた。

どうやらサイアが怒っていると思っているらしい。……いや、現在この国での自分のイメージがこういうものだということか。まあ仕方ない、アルレイと言う名前だけで誤解を受けることはこれが初めてではない。

「顔を上げてくれ。謝らなければいけないのは私の方だ。」

そう言って同じく頭を下げるサイアに、今度はヘンゼルが焦る番だ。

「やめてください、アルレイ様!こんなところ、誰かにでも見られたら……!」

そう言っても顔を上げようとしないサイアに根負けして、ついにヘンゼルは言った。

「わかりました、許します!許しますから!」


 「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

では、お詫び代わりに少し質問させてください。2人が落ち着きを取り戻した後、ヘンゼルが口を開いた。

「私に答えられることなら、何でもどうぞ?」

「……私、アルレイ様に気絶させられた時、最後まであなたの背中を見ていました。行かないでください、って。なんだか、とても辛そうに見えて……」

ヘンゼルは切れ切れな言葉で語りだした。サイアは何も答えない。

「私は、戦争は嫌です……。それがシンシア様の御意志でも。この前の戦いでも、たくさんの人が死んで……どうして、アルレイ様は自分から戦うことができるんですか?」

「君は正しいな。あの時も、今も。」

サイアは南西、アルレイの実家がある方角だ、を見やって言った。

「最近よく戦いの理由を聞かれるが、私はこうとしか答えられない。私はアルレイの当主だ。だから、戦わなければ私に意味などない。」

空を見上げながら呟くようにサイアが言ったとき、ヘンゼルが声を上げた。

「そんなことないです!」

「……?」

思わず振り向くサイア。

「アルレイ様は、戦わなくても、敵を殺さなくても、素敵な方です!だって、私は……!」

そこまで言うと、ヘンゼルは口をぱくぱく言わせるばかりで何も言わなくなってしまった。そしてそのままその場を走り去ってしまう。サイアが呼びかけてもお構いなし。

ただ、「また会いに来てくださいね~」という声だけが聞こえてきた。

いや、来てくれというなら来るけどさ……、後には狐につままれたような顔のサイアだけが残された。


 「貴様、自分が何をしたのかわかっているのか?」

皇帝陛下は大層お怒りだった。当然だと思う。自分が彼の立場だったらそれはもう当然の如く激怒するだろう。その将の命令違反によって軍全体が敗戦の憂き目に遭ったのだから。

そこまでわかっていながら、今の自分が置かれている状況に何の感慨も持てないのがキリの心情だった。

「本来なら処刑されてもおかしくないのだぞ?」

確かに、処刑されてもおかしくはないが、その命令が下されていないことを彼女が幸運と感じることはなかった。なぜなら、処刑命令程度で死んでやる自分ではない、彼女は心の底からそう信じていたからだ。

「ごめんなさい。」

キリは地に膝を着け、謝罪する。

「お詫びとして要求するのはおかしい、っていうのはわかってるんだけど、一つお願いがあるの。」

「言ってみろ。」カルザはそう言いつつ、真意を探るような目で彼女を見やった。

「次のルレンサとの戦い……いや、サイア・アルレイが死ぬまで、私からすべての指揮権を剥奪して欲しいの。」

今の私では、将としての責任を果たせそうにないから。キリはそう言った。

「それで、お前自身はどうするつもりだ。」

もちろん、キリはそこで一拍置いて仮面を外して続けた。

「サイア・アルレイと決着をつける。私の生き方を全否定しようとするあの男を、野放しにしておくわけにはいかない。」

カルザも彼女の素顔を目にするのは久しぶりだったが、どこか変わったなとは思う。以前はただの幽鬼のものであったような表情に、今は確たる光が宿っているように感じる。

こいつにはまだまだ伸びる余地があるはずだ、そう確信したカルザはキリに向かって答えていた。

「いいだろう、貴様の望むようにするがいい。」

「ありがとう。……必ず、決着をつけるから。」

キリは、いってきます、と皇帝に頭を下げ一礼すると、一陣の風のようにその場から立ち去った。

この日を最後に、グランディア、いや、帝国軍から黒騎士が姿を消した。


 帝国軍がランセイア侵攻を開始して以来、絶えずグランディアに攻め寄せていたシルシキ軍はランセイア攻略部隊が帰還して以来攻勢の手を止めていた。

しばらく待てばルレンサ軍が加勢にやってくるのだ。無理に自分たちが大きな犠牲を払う必要はない、というのがシルシキ軍師様の考え方のようだ。

「しかし、気にいらないなあ……」

いつの時代、どこの戦場であっても食事の時が最高のひと時の一つであることに変わりはない。

キャシエナたち翔鳳隊の一同もそんな時間を過ごしていた。そんな時には口も軽くなるし、本音も出がちだ。

「ここにきて攻撃中止って、一体なんなのよ~!」

ジョッキに注いだ酒をグビグビと飲み干して、キャシエナは言った。

「キャシー様、酔ってますか?ランセイア攻略軍がグランディアに帰還したんですから、攻略は無理ですよ。」

言ってること無茶苦茶ですよ、とシュルツが言う。

「私は酔ってなんかないよ。そもそもの問題として、グランディアを攻略する気なんてあったの、って話。」

「帝国軍はグランディアをシルシキ、ルレンサ侵攻の橋頭保にするつもりなんだよ?それをこの程度の兵数、兵装でだなんて、そもそも攻略する気がなかったとしか思えないね。」

キャシエナは不機嫌そうにパンを口に放り込みながら言った。

「ええと……帝国軍に対しての陽動なのでは?」

「それはリナがやってくれてる。猛反撃が予想されるこっちに裂く兵力を半分あっちに回せば、リナはもっとまともな作戦行動をとれたはずだよ。」

開いた口がふさがらないとはこのことだ。本当にあのお馬鹿なキャシエナ隊長なのか?もしや酔っぱらうと頭が良くなるのか?それとも敵のスパイが化けているのか?

「まぁ、こっちもそれがわかってて本気で攻略しようとはしてなかったわけだけどさ。」

それは大声で言わない方がいいのでは、とシュルツは彼女を見やるが、そんなことは気にしてくれないようだ。

「私は無駄死になんてまっぴらだし、部隊のみんなにもそんなことはさせない。ここは私の家だもの、家族のみんなをそう簡単に死なせたりするもんか。」

この人はそういう人間らしい。とんでもないきれいごと、夢みたいに実現不可能なことを平然と言う。それでも他人に嫌われないのはその常に明るい態度のおかげだろうか。

「しかし、キャシー様、それでは軍師様はいったい何を企んで……」

「ん、ああ。それは多分……」

「馬鹿な、そんなことが。」

シュルツは戦慄した。確かにキャシエナの言うとおりなら、今シルシキが抱えている分の悪い戦況全てを一度にひっくりかえすことができる。だが、果たして、これは許されるのだろうか…… 

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