理由
雪が降りしきる中、朝方から始まった戦いは、日が暮れるとともに強くなってきた雪に後押しされる形でルレンサ軍が帝国軍を押し返し始めていた。だが、まったく押し戻されない部隊が一つ。
カルザの皇騎兵隊であった。
シンシアとシャオレンが複数の部隊を率いて相手をしていたが、皇騎兵隊はそれを押し返そうとすらする。
「あの軍師、グランディアの時とは動きが大違いだな。やはりあの時は実力を隠していたということか。」
悪化した戦況をカルザは認めざるを得なかった。大雪になり、足元が悪くなったのならその場に留まって戦うべきだったのだ。下手に動くから足をとられ、部隊の足並みを崩すのだ。足を止めて戦うのが最善の策である。
もっとも、帝国軍は昼間の間に広範囲に戦場を広げ過ぎていた。もしその場から動かなければ何もできずに各個撃破されるだけだっただろう。天候の変化まで考えに入れて部隊を配置、移動させたシャオレンの作戦勝ちであった。
「ここは私たちの国よ。誰であれ土足で踏み荒らさせはしないわ。行きましょう、シャオレン。」
「御意。あの部隊を落とせば、この街の攻防戦は我らの勝ちじゃ。」
「…っく、あまりいい気になるなよ!」
果敢に自分の皇騎兵隊に向かって攻めかかってくるルレンサの兵たちにカルザは柄にもなく激昂した。
自分の張った策が読まれ、あまつさえ敵に利用された屈辱。しかもそれがルレンサという、自国と真っ向から対立する意見を持つ、ある意味では異民そのものよりさらに憎いかもしれない相手から与えられたものであったからこそ、カルザもここまでの怒りを感じたのである。
彼もまた、偉大な皇帝である前に一人の人間であった。いや、一人の人間であったからこそ偉大な皇帝になれたというべきか。
ともかく、彼が兵たちと共にシンシアの部隊へ向かったことで後方への注意がそれたことで、戦いの均衡を保っていた最後の柱が折れてしまったのは確かだった。カルザ率いる皇騎兵隊のい注意がそれた瞬間、戦闘範囲の外から少数の兵で構成された部隊が突っ込んできたのだ。
黒騎士が退いた後に猛スピードで移動してきたサイア・アルレイ隊であった。足を緩めることなく皇騎兵隊の後方に食らいつく。
「サイア・アルレイか……。まったく、黒騎士は何をしていたのやら、だな。」
この時点でカルザに与えられていた選択肢は2つ。サイア隊を無視してシンシア隊の相手を続けるか、反転してサイア隊の相手をするかだ。どちらにしても敵に背中をさらすことになる。
自分は皇帝だ、他人に与えられた選択肢を選ぶなどありえない。
カルザが選んだ回答は、両方の相手をする、だった。周りの兵士に「前に出る必要はない。押し戻されるな。」とだけ命じると、騎首を反転して数十名の精鋭とともにサイア隊に向かって突っ込んで行った。
カルザの十字槍とサイアの炎剣が激突する。すさまじい衝撃であるはずの一撃を平然と受け止め、カルザは言った。
「早かったな。いや、そもそも今回の戦いで貴様と刃を交えることはないと思っていた。黒騎士はどうした?」
「兵は迅速を尊ぶ。あんたの国の軍が言ってることだろ?黒騎士ならきつくしばいてやったら逃げて行ったよ。」
大嘘である。むしろきつくしばかれたのは自分の気がする。しかし、負けて逃走したことにしておいた方が黒騎士にとっては都合がいいだろう。それくらいの便宜を図る程度にはサイアを黒騎士を宿命の敵として認めていた。
「戯言を。今の貴様程度があいつに勝てるとは思えん。」
「どの程度かどうか試してみるか?この戦争、ここで終わるかも知れないぞ?」
「よかろう、だが、まずは雑魚掃除からだ。」
カルザは十字槍を長く持ち替えると竜巻の如くそれを振り回す。カルザを中心として十字槍の届く範囲の者があまねく斬り裂かれていく。
絶妙の距離でそれをよけ続けるサイアだったが、それもカルザが「待たせたな、ゆくぞ!」と向かってくるまでのことだった。一気に距離を詰められ、サイアは二択を迫られる。
上か、下か。
サイアが選択したのは、下によけることだった。姿勢を低くし、回ってきた刃を躱すと、槍の回転よりも速くカルザに向かって飛び出す!
だがサイアをカルザは神速の反応速度で槍の石突を跳ね上げて迎え撃った。
……読まれていたか。並みの使い手なら顎を砕かれていたタイミングであろうそれをサイアは歯を食いしばって炎剣で受け止める。が、衝撃のあまりサイアの体は宙に弾き飛ばされた。ついで下からカルザが槍で突き上げるが、それをサイアは炎剣で受け止め、突きを繰り出す。
刃そのものは当然届かないが、切っ先から噴き出した炎がカルザを襲う。だが、カルザはその炎を籠手で軽く弾いた。その一瞬の間隙をついて白い影がカルザの背後に回り込む。
アイシャが後ろから短剣でその首を狙う。だが、刃が鎧を貫くより先に、カルザの肘が彼女を捉えた。弾き飛ばされるアイシャ。それと同時に落下してきたサイアが炎剣を全力で振り下ろした!
十字槍を片手で持ちそれを受け止めるカルザだが、その程度で止められる勢いではない。サイアが強引に剣を振りぬくと、爆発するように起こった火炎が皇帝を吹き飛ばした。
だが、その一撃でカルザは確信する。炎剣などという大仰な名前がついてはいるが、その実、炎自体の殺傷能力は大してない。せいぜい目くらましと火傷を与える程度だろう。
「とは言ったものの、2人同時に相手にし続けるのは流石に面倒だな。」
前後から襲いかかってくるサイアとアイシャの連携攻撃をいなしながらカルザは一人ごちた。
「もう一度聞かせてもらおう。アルレイ、貴様はなぜルレンサのために戦う?」
「……あなたより、あの姫様の方が気に入ったからだよ。」
「ほう。わからんなアルレイ。俺は自分がこの世界の他の君主に劣っているとは思わん。」
「だろうな。でも、あの姫は、初対面の私の名前で呼んでくれたんだ!助ける理由などそれ以外に必要ない!」
サイアは叫ぶ。自らの思いすべてを剣に載せ、それを叩きつけるように。
「私はアルレイの長子ではない!サイアという名の一人の騎士だ!」
またも炎剣と十字槍が激突する。周囲の者たちが戦いの手を止め、思わず振り向くほどの爆発が起こった。だが今度は、その衝撃を受けてなおカルザは身じろぎひとつしなかった。
「失望だな。ただの弱者だったか。」