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反転

 「馬鹿な、ミシェル・ラクセルだと!」

カルザ・ラストラク・ディストリアであるはずの男の兜の下から現れたその素顔にボルテンは驚愕した。将から一兵卒に至るまで、その場にいたルレンサの人々は同じ衝撃に襲われたはずだ。

その隙を突いてミシェルが率いる部隊はシンシア隊に襲いかかった。既に囲まれていて彼らは脱出が不可能な状況だ。確かに最善手には違いないのだろうが、この状況下で自らの命を危険にさらし、生還の可能性を減らす選択をすることができるというのはたとえそれが敵君主の命を取れるかもしれないという一手でも簡単なことではない。

流石は三剣聖随一切れ者、ということか。やはり、ここで何としても仕留めておかなければならない相手のようだ。既にクルスをはじめとするシンシア様の直衛隊がミシェル隊を攻撃を始めている。後は自分とサイアの部隊が背後から襲撃をかければ、いくらあのミシェル・ラクセルといえども倒すことができるはずだ。

「ボルト将軍、サイア・アルレイ様より、指揮を副官のアイシャ様に任せたとの報告が。どうやら、黒騎士との一騎打ちのようで……」

「……やはり、どこまで行ってもアルレイはアルレイか。仕方がない、ここはわしが対処する。アイシャ殿には街の中心部へ戻りサイア殿を支援、本物の皇騎兵隊の相手をするように伝えてくれ。」

「かしこまりました。」

ここへ誘い込んだカルザと皇騎兵が偽物だとするなら、本物はランセイア市街にいるとみて間違いない。

姫様の安全を確保し、ミシェル隊を殲滅した後に、至急市街へ向かわなければならない。


 刃がぶつかり合う音と炎をまき散らしながら、サイアと黒騎士は戦い続けた。激しい一騎打ちを、周りの兵士たちは止めることができない。下手に接近すれば巻き添えをくうことが分かり切っていたからだ。黒騎士とサイア・アルレイ、あまり好かれているとは言えない2人の将を命をかけて応援しようなどという者がいないことは両軍に共通していたのである。

 壁を駆け、宙を舞う。サイアは邪魔になる敵兵を斬り裂きながら黒騎士と激しい剣舞を演じ続けた。なんとか黒騎士を誘導し、帝国軍の陣営に突入したものの、そこからは完全に行き当たりばったり。本当に彼女に打ち勝ち、帰還することができるのかどうかさえ怪しかった。

「動きが悪くなってきたね。ほらほら、もっと頑張らないと死んじゃうよ?」

「……ふん、余計なお世話だ!」

血が抜けると共に体から力が抜けていく。だが、彼には敵軍の中で暴れ続け、混乱を拡大させる以外の選択肢がなかった。そんなサイアを、横から十字槍の強烈な一撃が襲った。

 この野郎…、と毒づいたサイアは弾き飛ばされながらも炎剣を振るい、無粋な侵入者に炎の刃を叩きつけたが、それも槍の一振りで切り払われた。

「黒騎士、遊ぶのは構わないが、時間をかけ過ぎだ。しかも敵に誘導されるがままに、味方を混乱させるなど……。悪いが、手を出させてもらった。この街を掌握する、貴様は俺を補佐しろ。」

「それは別にいいけど、まずそこをどいて。サイアを殺すから、さ。」

なぜここにカルザがいる?作戦はうまく進行していたはずではなかったのか?そんな思考の断片が頭をよぎるが、考えがまとまらない。体中の血が抜けてしまったのか、立ち上がる力すら湧いてこない。

仮に立ち上がったところでこの二人を相手に戦うことができるのか。……アイシャの言うとおり、自分はとっくに疲れ果てていたのかもしれない。誰にも感謝されずに続ける、勝ち目のない戦いに……。

サイアを斬り殺そうとする黒騎士を押しとどめてカルザは言った。

「サイア・アルレイ。お前を殺したいとは思わない。待遇は保障しよう、俺の下について働け。」

「今は交戦中。こんなところでのんびりしていられるとは余裕だな。……結論から言わせてもらうが、御免だな。」

力なく、しかしはっきりと拒絶の意思を込めて答えたサイアに、カルザが答える。その片手は黒騎士を押さえつけることに余念がない。

「何故だ?お前はアルレイ家の長子、サイア・アルレイ。アルレイというのは報酬次第で誰にでもつくものではなかったのか?」

カルザのあざけるような台詞に、サイアの中に強い怒りが沸き上がった。その怒りは彼の体内の血を沸騰させ、本来なら這うことすらできないはずの傷を負った体を立ち上がらせる。カルザが連れている皇騎兵、百戦錬磨も彼らですら気圧されるほどの気迫。

「アルレイを動かすのは金でも土地でもない、全ては私の意思だ!」

炎剣の切っ先を突き付けたサイアに対するカルザの返答は、黒騎士の肩に置いた手を放すことだった。

「30秒だ。それ以上かかるようなら介入させてもらう。」

「だから言ったじゃん。さっさと斬り殺した方がいい、って。」

この二人を同時に相手どるのは全快の状態でも不可能に近い。サイアは炎剣を振り払い炎をまき散らすと、脱兎の如く駆け出した。今は敵陣の奥深くに入り込み過ぎている。死にたくなければ最高速で自陣に戻るしかない。


 ゲンシンの部隊に隣接する敵軍の中に炎剣を振るうサイアと、それを追う黒騎士とカルザの姿を見た瞬間、シャオレンは自分の予測通りに作戦が進んでいることを悟った。即座に各部隊にランセイア中心部へ戻るよう指示をだし、物見台を降りる。

「エニマ、転送魔術の用意はできたかの?」

「はい、いつでも行けます。」

「時間がない、すぐに始めるのじゃ。」


 「なんだ、敵が固まっていく?」

流石のミシェルも、シンシア隊が見せた不審な動きに即座に対応することができなかった。シンシアを守るように兵士たちが固まっていく。この状況で守りを固めるなどありえない。ミシェルは困惑したが、彼らを囲むように光の輪が現れた瞬間、ミシェルの頭を一つの考えがよぎった。

「シンシアを逃がすな、突撃!」

その指示は正しかったが、遅すぎた。ミシェルが命令を下すのと同時に、光の環が光ったかと思うと、シンシアと彼女を守っていた兵士たちはその場から消えてしまった。




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