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策謀

 カルザが到着するまでの間、ランセイアの南に陣を張る帝国軍の中でも一つの事件が起こっていた。

キリの寝所はいつも帝国軍の部隊の一番端である。寝るときだけは鎧も仮面も外す彼女は他人を近づけることを好まず、また敵味方問わず斬ってしまう黒騎士に近づこうとするものも皆無であった。

 その晩、眠りに就くべく布団に入ろうとしたキリは、何かに気づいたかのようにその行為を止めた。そして、再び鎧を身に着け始めた。だが、仮面をつけるときに彼女は再び動作を止めた。黒い仮面には彼女の顔が映っていた。きれいな髪だとファン兄さんにほめられたそれは短く無残に切り落とされ、赤黒い血の色に染まっている。

「……うるさい。」

自分の中に沸いたわずかな疑念を押しつぶすようにその仮面をつけ、外に出て行った。

 そして、事件は起こった。その晩、警備に当たっていた帝国軍の兵士は後ろから突然黒騎士に声をかけられて、文字通り死ぬほど驚いた。

「異常は?」

「と、特に異常ありません。物静かなものですよ。」

「本当に?」

「ええ。」

そう、と黒騎士は答え、そのまま少しの時が流れた。突如として、黒騎士は兵の首根っこを掴み、自分の前に引っ張った。風を切る音と共に、一本の矢が兵士の肩に突き刺さった。

「異常なし、じゃなかったの?こんなあからさまな殺意も感じ取れないなんて、少しは真面目にやりなさい。」

周囲の慌てて警戒態勢をとるが、黒騎士はそれには興味を示さず、盾にしていた兵を投げ捨てると同時に剣を抜いた。暗闇から次々と飛来する矢を苦もなく叩き落し、声を上げた。

「出てきて。言っておくけど、闇に隠れても無意味よ。私は剣を投げればいつでもあなたを殺せるわ。」

黒騎士の脅しに屈したのか、茂みからを弓を携えた中年の男が現れた。一目見て兵士でないとわかる。ルレンサの手の者ではないということか。周囲の兵に手を出さないよう命じた黒騎士は口を開いた。

「あなたは誰?」

「お前に家族を殺された男だ!」

爆発したように男が言う。それに対しての黒騎士の反応は一同を驚かせた。

「……そう、それは、悪いことをしたね。ごめんなさい。」

突然の謝罪の言葉。あっけに取られる一同を尻目に、黒騎士は続けた。

「寂しい思いをさせたね。でももう大丈夫、すぐにあの世の家族のところに送ってあげるからね。」

「黙れ!お前が死ね!」

男が懐からナイフを出して黒騎士に襲い掛かるが、逆に一撃で倒された。倒れた男に黒騎士は剣を突きつける。男は何も言わずに彼女を睨み返した。その場にいた誰もが次の瞬間に起こるであろう惨劇を予測した。しかし、その瞬間はいつまで経っても訪れない。

「消えなさい。」

「え?」

「私の前から消えなさい。」

なぜそんなことを言ったのかはわからない。1人でこの男が生き残っても幸せになれるわけがないという、サイア・アルレイのあてつけだったのかもしれない。


 それからさらに1週間が経ち、ディストリア帝国とガルサムが停戦してから3つ目の月を迎えた。カルザが率いる援軍を到着した後、帝国軍はランセイアへ攻撃を再開した。南部での野戦では再び勝利したものの、街を東西に走る大通りを防衛線に定めたルレンサの防御に攻めあぐねることとなった。

 実際、守る側に参加しているサイアも、シンシアとシャオレン、2人の老練さとチームワークには舌を巻いた。今までは半信半疑だったその実力を2週間が経ったころにはある程度認めるようになっていた。

「しかし、不思議だな。」

「何がです?」

今日の作戦は、細い縄を道に張っておき、先頭の兵士を躓かせている内に狙い撃ちするというものだった。ありきたりだが、敵にばれないようにするのは難しい作戦だった。シャオレンの狙い通りに崩れていく敵の隊列を眺めつつ言ったサイアにアイシャが答えた。まだ戦うことはできずとも、彼女の立つ場所はサイアの隣なのだ。

「いやさ……」

一瞬ためらうような素振りを見せたものの、結局サイアは言った。

「ここまで優秀なシャオレンが守将を務めたのに、どうしてあのグランディアがたったの2週間で落ちたんだ?」

「……」

言われてみれば確かにそうだ。むしろシャオレンが指揮したにもかかわらず、シルシキの最新鋭の兵器で武装したグランディアが2週間で落ちたというのは違和感を感じざるを得ない。なお、現在そのシルシキ通商連合国はグランディアの再奪取を目指して進軍しているらしい。兵数は約4万と少なめだが、キャシエナ率いる翔鳳隊が含まれているため、苛烈な攻撃が期待できる。(もっとも、4万というのが少なめに扱われるようになったのはここ最近の話だ。ディストリア帝国が強大化し、多くの兵を動かせるようになったため、他の国も大量の兵数を用意しなければそもそも戦にすらならなくなってしまったのだ。)もし帝国軍がそちらに多少でも将兵を裂いてくれるならランセイアが生き残る可能性も出てくるだろう。季節はすでに秋を過ぎ、冬を迎えようとしている。ここルレンサは毎年のようにぶ厚い雪に覆われるらしい。サイアは雪というものを見たことがなかったが、とにかく彼は今それを待ち望んでいた。


 「サイアよ、お主はヘイトスのニシリム王を知っておるか?」

ルレンサ軍の人々にとって念願の初雪が降った日、サイアは再びシャオレンに呼び出された。彼女は机に向かって何か書き物をしていた。

「もちろん知っていますよ。仕えたことはありませんが、戦争の初期には共同作戦で組んだこともありますし。」

ヘイトス。大陸の南西部、ディストリア帝国を挟んでちょうどルレンサの対角線上に位置する国だ。開戦前には大陸中最大の版図を誇る大国だったが、ディストリア帝国による侵攻と重用していたミリス・デルタイリスの叛乱によって、大幅に弱体化してしまった。平和を重視し、異民との共存を唱えるその姿勢はルレンサと志を同じくするものだろうが、弱体化がひどく、同盟を結ぶ価値もない国のはずだ。

「ヘイトスは弱体化がひどい。ミルレウスが侵攻の手を止めても反撃にでることすらできていない。」

「そう言ってやるな。その責任の一端は我らにある。」

そしてこれが、ヘイトスに帝国領への進撃を進める親書じゃ、と彼女は書いていた手紙をひらひらさせながら言った。

「馬鹿な!そんなことをすれば、あの国は帝国とミルレウスの攻撃で逆に滅ぼされます。あの国をだまして滅亡に追い込むつもりですか。」

「だが、我らに対する侵攻の手は確実に緩む。後数ヶ月、ディストリア帝国とガルサムの停戦が切れるまでしのげれば今の状況は確実に打破できるのじゃ。」

わしとて同じ志を持つ国を滅ぼしたいわけではない。シャオレンは椅子に深く沈みこんだ。

「サイア、その文面でニシリム王を動かす、いや、騙すことはできるかのう?」

「はっきり言って、ニシリム王は才能に溢れた方というわけではありませんから、この手紙で動かすことはできるでしょう。……この話、シンシア様はご存知なのですか?」

「言える訳がなかろう。あの純真で人を疑うことを知らぬ姫に。わしがこのようなことをしたなどと言えるわけがない。」

苦しげにシャオレンは声を絞り出した。そして手際よく手紙に2匹の龍が円を描いている図柄の印で封をすると、再び口を開いた。重苦しい感触は消えていたが、やはりどこか物寂しいものが残っていた。

「……ところでサイアよ、お主、雪は好きになれそうかの?」

「私は今日始めて見ましたが、嫌いではありませんよ。……なんだか、落ち着いて気分になってくる。」

「そうか……。わしもじゃ。雪を見ていると、自分の汚いところを隠してくれるようで、とても落ち着くのじゃよ。」



 

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