表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

暗部

 「ええい、あのインチキ部隊め、好き勝手やってくれるではないか!」

炎に包まれたグランディアの最奥部、内々門内部。シャオレンは憎々しげに睨みつけた。彼女の視線の先で縦横無尽に動き回るのはカルザ率いる皇騎兵隊。兵数が少ないことや、カノン砲が封じられてしまったことは大した問題ではない。しかし、あの部隊だけはいけなかった。武力も策略も通じない。無敵とはこういうことを言うのではないかと思い知らされた。

「ここにももうじき火が回る!急いで!」

機関銃を携えたキャシエナが部屋に戻ってきた。殿を務めていた彼女がここに来たということは、グランディアも陥落の時を迎えたということだろう。

「アニスはもう機密の処理を終えたかの?」

「そっちは心配いらないって!ほら、早く!」

「わかっておる。しかし、あの皇帝はすきかってにやってくれたのう。」

「まーね。私の翔鳳隊も足止めがやっとだったわけだし。ま、次頑張ろうってことで。」

底抜けの笑顔でキャシエナは言った。シャオレンもつられて思わず笑みを浮かべる。

グランディアからは多くの兵士が脱出したが、帝国軍は執拗な追撃をかけることはしなかった。一つは、皇騎兵の強さを知った兵をあえて逃がすことで、長期的な士気の減退を狙うこと。もう一つは、シルシキの新たな動きに対応するためだった。


 グランディアの遥か南東、ディストリア帝国の首都、スケトラの北西に位置する海沿いの都市エイムリ。

現在、この街は海から突如として現れた船団の手によって危機に陥っていた。

「総督、湾岸の防衛施設は沈黙しました。上陸作戦の指揮を。」

「カノン砲の射程をもってすれば、相手の攻撃範囲外から一方的に攻撃できる。戦の常道とはいえ、メルケルの名が泣くわね。……まあいいわ、エセディア、これから接舷する。上陸の用意をお願い。」

「りょーかい。しっかし、張り合いがないねえ。警備の兵もほとんどいない。」

総督と呼ばれた小柄な少女、リナ・メルケルの声に対照的な声でもう一人の少女が答えた。

「それが私たちの軍師の狙いだからね……。手薄なところを叩いて兵力を分散させたいのでしょう。」

混乱に包まれる街並みから目を離さずメルケル家の跡取り、リナ・メルケルは言った。


 丘のアルレイ、海のメルケル。

エンブレス大陸の二大軍事貴族、アルレイ家とメルケル家を謳った言葉である。この言葉どおり、伝統的にアルレイ家は陸上戦を、メルケル家は海上戦を得手としてきた。両家は特に接近し、時に敵対しながら自らの名声を高めてきた。

そして、サイア・アルレイの誕生と時を同じくして、後に天才とまで語られる才媛が誕生する。シルシキ通商連合国の下で今を輝く、リナ・メルケルである。

 時は戻り、グランディアが戦端が開かれた頃の話だ。

「リナ、軍師様からの指令書よ。」

手紙の束を見繕っていた彼女の祖母、アンネ・メルケルが彼女を呼んだ。数年前から足腰が弱くなり、今は車椅子に頼りきりの生活だが、その頭脳は未だに健在だ。百年に一度の逸材などと言われる自分だが、祖母の若い頃にはまるで及ばないと思う。ただ戦争の多い時代に生まれたために、才能を活かす機会が多かったというだけだ。

それはともかくとして、まずは指令書だ。シルシキの軍師は決して姿を現さず、大まかな方針と戦術、個々の将に向けた指令を手紙で送りつける。その正体は謎に包まれているが、将たちの間では、武将の中の誰かが行っているというのが定説だ。

二匹の龍が円を描くその印はなるほど、シルシキの軍師様のものに相違ない。

その内容は、少数の艦船に精鋭の兵を乗せ南下、ディストリア帝国の西海岸沿いの都市を奇襲せよとのことだった。

「軍師様は帝国の将と兵をどうしても分散させたいらしいわね。」

「船はメルケル家のものを使えば、一週間でむこうにつけるでしょう。兵はエセディアに相談してみます。……しかし、こんな作戦、本当に意味があるのでしょうか?」

「私もそう思うわ。……そう、まるで別の目的があるみたい。」

「え?」

「これ以上は教えられないわ。自分で考えなさい。宿題にしておくわ。期限はそうね……軍師様の策が明らかになるまで、にしておこうかしら。」

目的があるならば教えてほしいものだ。奇襲や輸送の仕事ばかりでは腕が鈍ってしまいそうだ。

リナの言っていたエセディアは、大陸の西側に存在する群島国家、バラス連邦の姫にあたる。年齢はリナより少し上だが、冷静沈着なリナに対して、自由奔放でワイルドなエセディアは返って幼く感じられる。姫であるにも関わらず、そのお転婆さが高じて、家来を連れて海賊まがいの行為をしていた彼女が、自分たちを武力で支配下に置こうとした帝国軍を相手に戦いを挑んだのはある意味当然の成り行きであった。

その日のうちにリナはエセディア率いる兵士とともに出航。北からの風に乗って一路海を南下し、帝国の監視の目をかいくぐってエイムリに接近した。無論、誰にでもできることではない。天才と呼ばれるリナだからこそ、こうもあっさりと侵入できたのである。


 シルシキによるエイムリ襲撃の報は、翌日にはカルザの知るところとなった。報告を聞き終えた皇帝は、胸の内のいら立ちも敵の卑怯な戦術への怒りも見せずに、グランディア侵攻部隊の一部と何人かの将を海からの攻撃に備えられる地区に配置することを命じた。

 これでわずかとはいえ、確実に帝国の北進は遅れる。加え、ポーズに過ぎないのはほぼ疑いないとしても、帝国の南に位置するヘイトスも国境に兵を集めているらしい。追い詰められたネズミ共が、背水の陣で手を組んだということだろうか。だが、ネズミがいくら束になろうとも、ドラゴンの鱗を食い破ることはできない。戦闘の後始末も済んだことだ。そろそろランセイアに向かって進撃を開始する時期だろう。

グランディアを陥落させ二週間、戦後処理を終えた帝国軍は東進、ランセイアに進軍した。しかし、この時カルザが無意識にシルシキの襲撃を過剰に警戒したために、必要以上にグランディアに多くの兵を残したことが、このルレンサ電撃侵攻作戦の大きな転換点となった。


 グランディアを脱出した兵士たちがランセイアに帰ってくる段になって、ミシェルは一度兵を引いた。どうせしばらく待てばガンツやユディ、カルザ本人までもがやってくるのだ。一時的にとはいえ兵数が逆転した状況で戦う必要はなかった。ともにグランディアを脱出したシルシキの将は途中で北に分かれ海を渡って自国へ帰って行った。

 ランセイアに帰還したシャオレンは、開口一番自らの失態を詫びた。

「すまぬ。わしの認識が甘すぎた。」

「いいのよ。兵の損害も少ないみたいだし、何よりあなたが無事に帰ってきてくれただけでうれしいわ。」

よくないだろ。サイアは脇から声を入れたくなった。兵の被害が少なかったのは被害が出ないほどの短時間で戦闘が終結したからだ。それだけ圧倒的な実力差があったということに他ならない。

「ところで、見ない顔があるようじゃが。その衣装は……」

その視線に気づいたのか、シャオレンがサイアのことを尋ねた。

「タオ様の考えておられる通りかと。アルレイ家の長子、サイア・アルレイ様です。」

シンシアのかわりにエニマが答えた。その声に若干の声が込められているように感じるのはサイアの気のせいではないだろう。シャオレンはそれを敏感に感じ取ったようだった。

「……ふむ、とにかく、グランディアの戦後処理を終えた帝国軍がここに攻めてくるのは間違いない。早急に対策を立てる必要がある。サイアとやら、後でディストリア帝国についての話を聞かせよ。」

その言葉通り、シンシアとシャオレンの面会が終わるとすぐにサイアはシャオレンに呼び出された。アイシャと共に向かったサイアはやはり、シャオレンの外見に驚かされた。「ルレンサの少女軍師」といえば、武将たちの間では有名な話だが、やはり自分より頭一つ分以上背の低い少女が軍師というのは戸惑うものだ。

「なんじゃ、わしがそんなに珍しいか?」

サイアを自室に呼びつけた彼女は、クックと笑いながら向かいの席を扇で指した。座れ、ということらしい。その通りに席についた彼にシャオレンが口を開いた。

「初めましてじゃのう、サイア・アルレイ。ふむ、なかなかの美男子ではないか。」

「こちらこそお初にお目にかかります、タオ・シャオレン様。こちらは僕の従者のアイシャ・テネシー。『ルレンサの少女軍師』、思っていた以上にかわいらしい方で驚きましたよ。」

シャオレンのペースに合わせた挨拶を交わし、本題に入る。

「さて、わしはグランディアでこっぴどく負けたわけじゃが……。帝国軍と長く戦ってきたお主から見て、あの国の軍の強さはいかほどのものじゃ?」

王女といい軍師といい、この国の人間は答えづらいことをずけずけ聞くのが趣味なのだろうか。答えなくない、とでも言うように姿勢を変えたサイアにシャオレンは続けた。

「初対面とはいえ、我々はもう仲間じゃろう?忌憚のないところを聞かせてくれればよい。ほれ、これをやるから。」

そう言って、彼女は草に包まれた何かを手渡した。中身は草色の餅だった。食べろと言うことらしい。

「わしのお気に入りじゃ。うまいじゃろう?」

「緑の香りがしますね。アイシャもどう?」

「いえ、私は……」

「ほれ。」

シャオレンが投げ渡すと、アイシャは言葉と裏腹に嬉しそうだ。やはり彼女も年頃の少女と言うことだろうか。

「帝国軍は強いですよ。武将の層の厚さは言うまでもなく、兵の錬度と士気も段違いだ。同じ数でやればまず負けるかと。」

「カルザの皇騎兵についてはどう思う?」

「あなたもグランディアで刃を交えたのでしょう?ならわかるはずだ。まともにやっては勝てるはずのないインチキ部隊だ。」

「……ふむ、誰よりも長く帝国軍と戦ってきたサイア・アルレイはかの国の軍を最強と判じたわけか。だが、その上でこの国に仕官してきたのはなぜじゃ?」

サイアの見解は間違っていないのだろう、とシャオレンは思う。なら、この自分の目の前のアルレイの男は、一体何を狙ってこの国に来たのだろうか。

「勿論、戦うためですよ。」

勝つため、とは言わなかった。その程度の楽観も許されないということか。哀れな男よ。勝利のためではなく、闘争のために戦わなければならないとは。

「……」

「他の方々に挨拶をしなければならないので、これで失礼します。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ