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初見、そして……

 時計の針が深夜を回る頃、ミシェルは一度攻撃の手を止めた。夜闇の中の戦闘では地理に明るいルレンサ側にアドバンテージがありすぎるのだ。その時間を利用して病室に寄ってアイシャの無事を確認したサイアは、ルレンサ君主、シンシア・セレスティナの元へ向かった。本来なら多忙を極めるはずの彼女はしかし、嫌な顔一つせずに彼との面会を承諾してくれた。

「お初にお目にかかります、シンシア・セレスティナ様。私はアルレイの長子、サイア・アルレイと申します。」

文面は丁寧だが、態度は尊大だ。頭を下げもしない。身分の差を考えれば膝をついて挨拶しなければならない間柄のはずなのだが。

「我が国へのご助力、感謝します。あなたの従者の助けがなければ、こうして顔を合わせることもできなかったかもしれません。この戦争に勝つために、あなたの力を末永くお借りしたいものです。」

「もし私が嫌だといったら?」

「それは、困りますね……。」

全く毒のない声で言われると、少し調子が狂ってしまう。苦笑しながらサイアは答えた。

「今日の演説の時にも感じたのですが、あなたは変わった方ですねぇ。」

「そうかしら?シャオにもよく言われるのだけど。」

「ええ。ですが、興味深い。あなたが望まれるのなら、この度のランセイアの戦い、アルレイが長子サイア・アルレイの力、お貸しいたしましょう。」

まるで自分が上位の存在であるかのように語るサイアの態度に、思わずと言う風に口を出そうとしたエニマを押しとどめてシンシアは言った。

「サイア、グランディアが耐えている内は、絶対にここランセイアをディストリア帝国に渡すわけにはいきません。何か手はありますか?」

いきなりサイアと名前で呼ばれたことに対して彼が感じたのは困惑とかすかな喜びだったのかもしれない。だが、それも質問の内容を聞くまでの話だった。

この王女は私を試しているのか。それとも本当に手詰まりなのか。いずれにせよ、この場で聞くことではない。本気ですか、という目で見返すが、シンシアの目は真剣そのものだ。新参者に何を言わせるのか、と心の中で嘆息してからサイアは言った。

「内部への侵入を許した状況で、敵の兵数は2倍。守り切れるかどうかではなく、どれだけ持たせられるかという問題ですよ。」

周りのざわめきとは対照的に、シンシアの態度は落ち着きを崩さなかった。だが、この策を聞いてなお平常心を保てるかどうか。若干の悪意すら携えた彼は続けた。

「ですが、多少の犠牲に目をつむっていただけるなら、しばらくは可能ですよ。」


 翌朝、再び帝国軍は朝日とともに進撃を開始した。ルレンサのゲリラ戦術的抵抗に苦戦を強いられつつも市の南部を制圧。侵攻の早かった街の中央部では、先日シンシアが演説を行った広場にてゲンシンとミシェルの部隊が激突した。

ゲンシンたちは奮戦するが、数の差でじりじりと押されていく。荒ぶる獅子のように敵兵を斬り裂いて進むゲンシンは乱戦の中、ミシェルと鉢合わせした。

「よお。昨日はエニマのやつが世話になったみたいだな。」

一度鞘に収めた剣を、目にもとまらぬ速度で抜き放つ。光速の居合を、ミシェルは手のひらから直接生み出した光刃で受け止めた。

「残念だ。彼女には振られてしまったよ。」

「当たり前だ。あいつは俺にベタ惚れだからな。」

ゲンシンの一閃を躱したミシェルは答えた。

「ふぅん。なら、君がいなくなれば、僕もまだ脈あり、ってことかな?」

「二重の意味でありえねえよ。」

剣を再び収めたゲンシンとミシェルが向かい合った。次の交錯で勝負がつくことをお互いにわかっていた。だが、その時、大地が揺れたかと思うと、辺りが炎に包まれた。

「なんなのさ、一体?」

「やりすぎだろ、これは?」

ともかく、自分は作戦通りこの部隊をここで足止めしなければならない。訳知り顔のゲンシンはミシェルに斬りかかった。


 まるで地獄の窯のようだった。街の各所で爆発が起こり、火の手が上がったその姿はまるで、この大陸に伝わる黒き破壊神、アンノルトがその力を振るった跡のようだとエニマは思った。敵軍をあえて街の奥まで侵攻させ、街ごと焼き払う。どうせ敵に明け渡してしまう街ならば、焦土作戦も兼ねられる、一石二鳥の作戦だった。だが、燃えるのは敵兵だけではない。

「火の手が強すぎる。話が違うではありませんか!」

エニマが詰め寄るが、作戦の立案者、サイア・アルレイはどこ吹く風だった。

「そうでしょうか?」

「これでは私たちの兵にまで被害が……」

「どうせ負ければ失う兵数です。ある程度の犠牲は致し方ないことでしょう。」

そう言い残してサイアは階段を下ってゆく。

「どこへ?」

サイアは黒のマントを翻し、炎剣を肩に乗せて答えた。

「もちろん、敵を叩くんですよ。この機会に大きな打撃を与えておけば、それだけ今後の相手の行動を制限できますからね。精々暴れさせてもらいますよ。王女様も出陣しておられることですし、総指揮は任せます。

余裕をみせてそう言い残すと、彼はシンシアに所望した400の兵を引き連れて戦場に突っ込んでいった。


 突如として燃え盛る火の壁に囲まれた帝国軍は当然のように大混乱に陥った。そこをルレンサ兵が急襲する。統率を失って後退すれば被害が大きくなることを知らないミシェルではなかったが、ゲンシンの部隊に足止めを受け、他の部隊に指示を伝達することができなかったことが致命傷となり、4桁を超える死傷者を出して帝国軍は撤退した。

「まったく、やってくれるじゃないか。あの王女様がこんな強引な手段をとるなんて思わなかったよ。」

焼野原になってしまったランセイアを見渡してミシェルが言うと、後から登って来た声がそれに答えた。

「ふふ、いい眺めじゃないですか。」

「焦土が君の好きな風景なのかい?」

「いいえ、私の目標である人間の殲滅、この光景が私の理想を体現していたというだけですよ。」

声の主はやはり、夜闇に紛れる漆黒の鎧を身にまとった黒騎士だった。

「……それは、いずれ僕や陛下もその手にかけるという意味かな?」

「ええ。」

「狂っているね……。その割には何度も炎帝をとり逃しているようだけど。」

それを聞いた瞬間、黒騎士のまとう雰囲気が凍りついた。

「……うるさい。」

「え?」

「うるさい、うるさいうるさい!私は間違ってなんかいない!」

そう叫ぶと、黒騎士はその場を走り去ってしまった。後には狐につままれたような顔をするしかないミシェルが残される。とにかく、黒騎士が炎帝をどう思っているかは別問題として、彼は今日を持って再びディストリア帝国の敵となった。ジェンが伝えた情報である以上間違いはないだろう。サイア・アルレイがルレンサ軍に加入したなら、今回の強引な戦術もうなずける。ただの坊やと思っていたが、なかなかえげつない戦術をとってくれる。面白くなりそうじゃないか、ところところにいまだ煙をたち昇らせ続けるランセイアを見下ろしてミシェルは微笑んだ。

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