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黒騎士との再戦

所は変わって、ランセイア内部。その中央を東西に走る大通りでシンシアは帝国軍と交戦していた。数は劣っていてもさすがは王女直属の部隊、精鋭ぞろいの彼らは次々と敵兵を斬り倒していく。形勢が決まりかけたその時、突如として帝国軍の部隊の内側から悲鳴と共に血しぶきがあがった。

「何です?」

思わず誰もが戦闘をやめ、その場から距離をとる。血の雨が止んだその場所には、鎧を赤く染めた黒騎士が剣を構えて立っていた。

「キ、キリ様、一体何を……」

凶行を止めようとした帝国軍の部隊長は、キリの一閃で物言わぬ肉塊へとなり下がった。

「フフ、アハハ……」

黒騎士はゆっくりと歩き出す。そして、剣をブンと回して血糊を払うと言った。

「みんな、死んでよ。」

次の瞬間、その場は地獄と化した。敵も味方も関係ない。その剣は圧倒的な速さと正確さで生きとし生ける者全てを切り裂いていく。帝国兵は散り散りになって逃げだし、ルレンサ兵は君主を守るために勇敢にも黒騎士の前に立ちふさがったが、別次元の実力の前に次々と倒されていく。シンシアを射程に収めた黒騎士は最後の一撃を繰り出した。

だが、その剣がシンシアへと向かう寸前、白い影が間に割って入った。間一髪でシンシアの命を救った白い影、アイシャは背後のシンシアに向かって叫んだ。

「早く引いてください!これの相手は私がします!」

「でも……」

「足手まといです、早く!」

アイシャの剣幕に押し負けたシンシアは「わかったわ…どうか、無事で」と言うと号令を出して兵士と共に退く。追いかけようとした黒騎士を、再びアイシャが押しとどめた。

「あなたも、死ぬ。」

「断定しますか。ありえませんよ。」


長剣を自在に操る黒騎士相手に短剣で長期戦を行うのは無謀すぎる。そう判断したアイシャは、黒騎士の懐に潜り込み、猛烈に攻め立てた。常人には残像にしか見えないほどの速さの攻撃を、黒騎士は長剣を短く持ち替え、巧みに攻撃を防ぎ続ける。

「!」

一瞬の隙をついてアイシャが黒騎士の足を払った。アイシャが短剣を振り上げ、足を踏み込む。だが、黒騎士は崩れきった体勢のまま、手にした剣をアイシャに向かって投げつけた。

風を切って飛来した殺人剣を、首を曲げてかわしたアイシャは自らの勝利を確信した。相手への抵抗はしのいだ、これで終わりだ。

次の瞬間、彼女の世界が反転し、彼女と黒騎士の位置が入れ替わっていた。

自分の首に向かって振るわれたアイシャの腕を、黒騎士が掴んでアイシャを地に引きずり倒しつつ体を起こしたのだ。背中から地に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。即座に息を吸い込み立ち上がろうとするが、黒騎士の次の動きの方が早かった。

「これ、返すよ。」

喜悦に満ちた声で言う。その手には、先日アイシャがトルマンクで投げた短剣。

「ーー!」

振り下ろされたそれは右手首を貫き、アイシャを地へと縫いとめた。痛みに叫びたくなったが、そんな余裕はない。それこそ次の瞬間に殺されてしまう。

彼女は足を振り上げて黒騎士を蹴倒そうとしたが、それは果たせなかった。黒騎士が、アイシャの手に刺さった短剣を強く捻ったからだ。肉が裂け、骨が砕ける嫌な音はアイシャの絶叫にかき消された。その声に黒い喜びを覚えたキリは短剣をさらに無茶苦茶にかき回す。アイシャの悲鳴は続き、ようやく彼女が気を失えたころには、その手は原型を留めておらず、信じられない場所から骨が飛び出していたりした。

「ふふ……」

小さく笑ったキリは、民家の壁に深々と突き刺さった長剣を引き抜いて戻ってきた。計り知れないほどの喜びを覚える。これで、自分はまた一歩、目的に近づくことができるのだ。

剣を振り上げる。サイアが屋根伝いにその大通りにたどり着いたのはその時だった。


 サイアが飛び降りると同時に振り下ろした一撃を、黒騎士は紙一重でかわした。

とりあえずアイシャの命は一応無事のようだ。そのことだけ確認したサイアは、遅れてやってきたルレンサ兵に彼女の保護を頼むと、黒騎士に向き直った。

「やはりお前だったか。」

アイシャの声を聞いてやってきたサイアだが、それは尋常でない敵の存在を意味してもいた。1対1の戦闘においてはサイア自身よりも腕が立つかもしれないアイシャを苦しませる敵などそうそういるものではない。

「殺す前に、聞いておきたいことがあります。」

円を描きながら黒騎士はサイアに近づく。サイアも同じく円を描きながら等距離を保ち続けた。

「あなたは先程、私を殺せませたよね?躊躇なくその剣を振り下ろせば、私の頭を割れたはずです。」

その通りだが、全力で剣を振り下ろせばアイシャまで共に斬ってしまう。だが、それを聞いた黒騎士はおかしそうに笑い出した。

「そんなのおかしいですよ?だって、あなたはさっきまで敵兵を斬り殺してたんじゃないんですか?それとも、敵はよくて味方は駄目なんですか?同じ人間なのに?それってやっぱり、おかしいと思います。」

「それが軍人だろう。お前は違うのか?」

「私は全ての人を救うために戦ってるの。帝国に仕えているのはそのための手段。」

「何だと?」

「だから、あなたも今度こそ死んでくれるよね?」

先手必勝、と言わんばかりに斬りかかった黒騎士の一撃を、サイアは力任せに弾き返した。距離をとったサイアに黒騎士は再び打ち込むが、思わず大振りになった一撃は易々と受け止められてしまう。

「とらぁっ!」

渾身の力で押し返すサイアに黒騎士は体勢を崩してしまう。そこに、サイアの一撃が叩き込まれた。炎剣が光を放ち、爆発する。激しい衝撃に吹き飛ばされる黒騎士。しかし、家屋の壁に足をつくと、全身をバネにして再びとびかかってきた。だが、所詮は自由落下の一撃。サイア程の腕前があれば難なく受け止められる。

「どうした、焦ってるのか?」

頭をよぎったことを口にすると同時に、拳をその顔面に叩き込んだ。ガントレットで覆った文字通りの鉄拳である。黒騎士は再び吹き飛ばされ地に倒れた。頭がふらつくのか、剣を杖代わりにして起き上がる。サイアが斬りかかろうとしたその時、乾いた音をたてて、仮面がはがれた。

「な…!」

サイアが驚いたのは無理もない。大陸最凶を謳われる将の正体が20歳に満たない自分よりもさらに幼い少女だとしたら驚いて当然だろう。顔を見られたことに気が付いたのか、息をのんだキリが腕で顔を隠す。どちらも動かない。ここが戦場であることも忘れてしまう程の静寂。落ち着きを取り戻したサイアが口を開いた。

「さっきのお返しだ、一つ聞かせろ。」

キリは答えない。

「すべての人を救う、とはどういう意味だ。お前のしている行為と何の関係がある。」

再び沈黙。そして、彼女が次に口を開いたとき、その声は今までとは違い感情と呼べるものにあふれていた。

「サイア・アルレイ。人は、どうして争うのだと思う?」

少しの逡巡の後、剣を鞘に収めたサイアは答えた。

「わからない。だが、私は戦争を終わらせるために戦っているつもりだ。」

「戦争は決して終わらない。帝国がこの大陸を統一しても、すぐに次の争いが起こる。人が生きているから争いは続く。」

そこで一拍置き、顔を隠していた腕をおろす。

彼女は、泣いていた。

「だから殺すの。全ての人間を殺して、2度と争えないようにする。それが私の仕事。私はこの地獄のような世界にたった1人残された。私は使命を果たして、みんなと同じところへ行くの。」

キリは仮面を拾うと、それを付け直した。もう一度口を開いた時、その声は別人のものにしか思えなかった。

「アルレイ。お前はこの世界に戦を振りまく害悪だ。平和を望むというのなら、おとなしく死ね!」

斬りかかるキリ。だが、その剣は明らかに精彩を欠いていた。彼女は叫ぶ。

「憎い!」「憎い!」「戦争を糧に生きるお前たちが」「本当に憎い!」「死ね!」「この戦争で死んだ」「すべての者に詫びて死ね!」「平和を望むと言うのなら」「死ぬことでそれを証明しろ!」

その気になればサイアは反撃してキリを斬り伏せることができただろう。だが、それができない。あの泣き顔を見てしまった上に、狂ったように浴びせかけられる言葉が彼の胸に深く突き刺さっていた。

「そんな方法で本当に平和をもたらすことができると思っているのか!」

「思っているから私はここにいる。それを否定するの?」

「そんな方法でもたらされた平和を人々が喜んで享受えきるとは思えない!」

そう叫んで放たれた一撃が、キリの手から剣を弾き飛ばした。帝国最悪の将、黒騎士を討ちとる千載一遇の好機。だが、サイアは剣を振り下ろすことができなかった。剣を収めて言う。

「仮面がなければ戦えないお前は弱い。……黒騎士は死んだ。もう戦場には出てくるな。」

明らかに無駄な言葉を残してサイアはその場を立ち去る。無意味と知りつつ、彼には他に発するべき言葉が見つからなかったのだ。


 まさか自分が他人に情けをかけられるとは思わなかった。キリは苛立たしそうに民家の窓ガラスを殴りつけた。彼女にとって敗北とは死そのものであり、他の人間にもそれを要求してきた。その自分が、しかもアルレイに情けをかけられるなど……。

無茶苦茶に剣を振り回す。アルレイの男に何を言われようが、自分にはまったく関係ない。そうしていら立ちを振り払った気になった彼女は、戦場に舞い戻るべく歩き出す。その途中、彼女は無意識に昔のことを思い出していた。








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