第8話『急変』
晶代が入院してから春香は晶代のことをいつも気にしているせいか副委員長の仕事がおろそかになってしまった。
この日は委員会があり、春香は委員長の志賀と一緒に出席していた。しかし、昨日遅くまで晶代の病院にいたため、春香は委員会の最中に寝てしまった。
それに気付いた志賀が春香を起こす。
「奥野!今会議中だぞ!」「あ、ごめん」
春香は起きて我に返る。
「ちゃんと話聞いてんのか?」
「ごめん、全然聞いてなかった」
「ったく…」
志賀は春香が話を聞いていないことに呆れる。委員会が終わると、志賀は春香に声をかけた。
「奥野、新学期入ってから副委員長の仕事全然出来てないじゃないか」
「ごめん…。晶代のことが気になって…。委員会の時でも考えてしまうの」
「ったく…。次はちゃんとやれよ」
志賀はハァッと溜め息をつき去っていった。
その日の放課後も浩介、義彦、貴弘、春香はいつものように晶代が入院している病院を訪れた。
病室のドアを開けると医師や看護師が何やら慌てた様子だ。ベッドには晶代が苦しそうな状態で横たわり、処置を受けている。ベッドの側には晶代の母と姉が心配そうな顔をして立っている。
浩介達が中に入ろうとすると、一人の看護師に
「今は処置を行っているので外に出て下さい」
と止められた。
仕方なく浩介達は病室の外で待つことにした。
今までと違う晶代の様子……晶代に何があったのか?浩介達は複雑な思いで処置が終わるのを待っていた。
しばらくして、医師が病室から出てきた。
「晶代は大丈夫なんですか?」
浩介達は口々に医師に聞く。
医師は浩介達に説明する。「君たちは今村さんのお友達だね。今村さんは今は落ち着いているけど、さっき状態が悪化して容体が急変してしまったんだ。このままだとあとどれくらいもつか分からないよ」
看護師が出てきて面会拒絶の札を病室の前にかける。「君たちが今村さんと会うのはしばらく無理だ」
医師はそう言い残して去って行った。
浩介達は信じられない思いでいた。
晶代の状態がこんなに悪くなっているなんて…。
さらに晶代と過ごす時間も残り少なくなっている。
自分達に出来ることはもう何もないのだろうか…。
浩介達は病室を後にした。しかし……
突然浩介が病室に向かって走り出した。春香は浩介の後を追う。
「どこ行くんですか!?」「決まってんだろ、晶代のところだよ」
「面会出来ないってさっき先生が言ってましたよ!それを無視するのですか?」「うるせぇ!俺は1秒でも長く晶代の側にいたいんだ!!」
「でも、今は無理ですよ!」
「医者の言いなりになりやがって…。お前それでも晶代の親友か!!」
浩介は春香を突き飛ばす。「親友なら1秒でも長く晶代の側にいるのが普通だろ!?」
義彦と貴弘が走ってくる。義彦は浩介を押さえ、貴弘は春香をかばう。
「浩介、もう止めろよ!!」
「うるせぇ!!離せよ!!」
浩介の興奮は治まらない。「悪い…。貴弘、春香ちゃんを頼む。俺は浩介を落ち着かせてくるから」
義彦はそう言い残し、浩介を病院の奥に連れていった。
「春香、大丈夫か?」
貴弘は春香に声をかける。「うん…。大丈夫。帰ろっか」
春香はそう言って立ち上がったが、暗く沈んだ表情をしていた。
「あんまり無理すんなよ」貴弘は春香のことが心配だった。
「ただいま」
春香は家に帰るとすぐに自分の部屋に入ってしまった。
春香のその様子を母と妹が捉える。
「お母さん、お姉ちゃんすごく落ち込んでるね」
「きっと晶代ちゃんのことで何かあったのね」
部屋に入った春香はしばらく立ち尽くしていた。
親友なのに晶代に何もしてやれない自分が情けない。そう思うと涙が溢れてきた。
「グスッ、グスッ…」
春香はずっと泣いていた。
翌日。晶代の急変と浩介とのケンカのせいで春香は一日中上の空だった。
窓の外をぼんやりと見つめている。
突然、志賀が春香のところにやってきた。
「おい、奥野!!これはどういうことだよ!!」
志賀はいきなり春香に怒鳴りつける。
「え…何?」
春香はぼんやりしたまま返事を返す。
「とぼけんな!情報誌の原稿に書いてることテーマと全然違うじゃねぇか!!」志賀は春香の机に原稿を叩き置く。
春香がそれを見るとなんと晶代のばかり書かれていた。
実は春香は無意識のうちに晶代のことを書いていたのだ。
「あ…ごめん…」
志賀は怒鳴り続ける。
「ごめんじゃねぇよ!情報誌はクラス全体の様子を書くんだ。それにお前は今村のことばかり書きやがって!!情報誌の意味わかってんのか!!」
「明日までに書き直してくるから…」
「明日締め切りだからな!今度はちゃんと書けよ!」
志賀は春香にそう言って去っていった。
「ちょっと志賀、何言ってるの!?」
志賀にそう言ったのは増川ヒロミだ。ヒロミはボーイッシュな感じの女子生徒である。
「文句あんのか!増川」
志賀はヒロミに言い返す。「あんた今、春香がどんな状態かわかってんの!?」「あー!?奥野はなぁ、情報誌に今村のことばかり書きやがったんだよ。それを注意しただけだ。あいついつも今村今村って…。そんなんだから情報誌もまともに書けないんだよ」
バシッ!!
ヒロミは志賀にビンタを食らわせる。
「痛てぇぞ増川!!何すんだ!!」
志賀はビンタされたところをさすりながらヒロミに文句を言う。しかしヒロミはかなり怒っていた。
「春香が今どんな気持ちか分かってんの!?毎日毎日晶代のこと心配してんだよ!晶代がいつ死ぬかわからないから少しでも楽しい思い出を作ろうと必死なんだよ!だから情報誌に晶代のことを書いてしまったのは無理もないことなんじゃない!?晶代のこといつも気にしてるからだよ!それぐらいわかんないの!?」
「わかんねぇよ!勝手な行動ばかりとる副委員長の気持ちはよぉ!!」
「わかってないのは志賀の方だよ!!」
志賀とヒロミが自分のことをめぐってケンカをしている…。春香は見ていられなかった。
「もういいよ…。書き間違えたあたしが悪いから…」春香はそう言って教室を飛び出してしまった。
「春香…!」
ヒロミが春香の名を叫ぶ。しかし春香には届かなかった。
春香は階段のところで泣いていた。
「春香…」
ヒロミは春香に声をかける。
春香はヒロミがいることに気付く。
「ヒロミ…。さっきはごめんね…。」
「春香は悪くないから謝る必要ないよ。情報誌は志賀に書くように言ってきた」「それで……どうなった?」
「納得したよ。あいつ何考えてんだか。春香が大変な時に。『副委員長は委員長のサポートしてろ』って…」
「でも…ちゃんと仕事出来てないのは事実だし…」
ヒロミは真剣な目で春香を見る。
「春香はさ、一人で抱え込み過ぎなんだよ。晶代のことも委員会の仕事も。委員会のことなんて志賀に頼めばいいじゃん。晶代のこともうちに出来ることあれば何でもするよ。だからもっと人を頼りなよ」
ヒロミは春香の頭をなでる。
「ヒロミ…ありがとう…」春香はヒロミに礼を述べる。
「いいって、うちはいつでも春香の支えになるよ」
その言葉で春香は笑顔になった。
春香の携帯が鳴った。
電話の相手は浩介だった。『春香…昨日はごめんな。俺、感情的になりすぎてたな…』
「いいですよ。もう気にしてませんから。浩介さんがそれだけ晶代のことを大切に思ってくれているのが嬉しいです」
『ありがとうな、春香。これからも一緒に晶代を支えていこう』
「はい!」
こうして浩介と春香は仲直りし、2人で晶代のことを支えていくという決意をした。