第2話『告白』
10月に入ってすぐに施設実習が始まった。
浩介は春香と同じ実習先だった。
ある日、浩介と春香は職員に頼まれて掛け布団にシーツを入れていた。
浩介はおそるおそる「春香ちゃん…」と呼んでみた。「どうしたのですか?」
春香が聞き返す。
「いや、春香ちゃんのグループいつも元気だなぁって思って」
「元気っていうかただ単にバカ騒ぎしてるだけですよまだまだ子供ですから」
春香、晶代、貴弘はつい最近20才になったばかり。まだ大人という自覚がない。「このまま社会に出て大丈夫か?特に晶代ちゃん」
浩介達は2年生。来年の3月には卒業し、4月からは社会人としての一歩を踏み出すのだ。
「それは私も思います。
晶代ったら毎日はしゃいでばかりで…」
浩介の顔が赤くなっている。春香はその理由がなんとなく予想がついた。
「浩介さん、まさか…晶代のこと…」
バフッ!!
すかさず浩介は春香の顔に掛け布団を投げつける。
「痛ったぁ〜!!」
「口動かす前に手を動かして!ホラ、掛け布団利用者さんの部屋に持っていって」
「はいはい、わかりました」
「『はい』は1回!!」
春香は不満そうな顔をして部屋から出た。
そのころ、浩介は…
「やっべー、春香ちゃんに気付かれるとこだった。忘れてたよ、春香ちゃんは晶代ちゃんの親友だってことに」
浩介は自分の気持ちを春香にさえも言えなかった。
10月22日
浩介と春香は1日の実習を終え、帰りのバスを待っていた。
突然、春香の携帯が鳴る。「もしもし、晶代。どうしたの?………うん………うん………えっ!?ホントに?…………わかった。また連絡して」
電話を切った後、春香は暗い顔で溜め息をついた。
その様子を見ていた浩介が「春香ちゃん、どうした?」と聞いたが春香は「いえ、何でもないです」と慌てて遮った。
翌日、また春香の携帯が鳴った。
今度は貴弘からだった。
「もしもし、貴弘。…………うん、晶代から聞いた。……………わかったわかった。貴弘の言い分だけじゃなにもわからないから。…………また連絡する」
電話を切った後、春香は大きな溜め息をついた。肩を落とし表情も暗い。かなり落ち込んだ様子だ。
浩介は「春香ちゃん、何か困ったことでもあるんだろ。表情見てたらわかるよ。」と言った。しかし春香は「本当に大丈夫ですから」と突っぱねた。
しかし、浩介はこれを見過ごすことが出来ない。浩介は春香の両肩を押さえ、強い口調で詰め寄った。
「春香ちゃん!いいから事情を話してくれよ!!」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
春香は浩介にすべてを話した。
晶代と貴弘が些細なことでケンカをした。春香のグループは1年の時から全くケンカがなく全員が常に仲良かった。しかし、晶代と貴弘がこんな状態になってしまい、グループリーダーの春香はひどく落ち込んだ。春香にかかってきた電話はそのケンカに対する苦情だった。
「あの2人に仲直りしてほしいんですけど、どうしていいかわかりません。」
春香は泣き声混じりの声で浩介に言った。
「安心しろ、春香ちゃん。明日俺が何とかしてやる」浩介は春香を励ます。
「ありがとうございます」春香は少し笑顔になった。
10月24日
浩介は登校してすぐに晶代と貴弘を呼び出した。
「何で呼び出されたんだろ?」晶代と貴弘は疑問を抱く。
浩介は単刀直入に聞いた。「お前ら、ケンカしただろ?」
その言葉に晶代と貴弘は驚きを隠せない。
「誰から聞いたのですか?」晶代はすかさず質問する。
「春香ちゃんだよ」
浩介が答える。
「春香のやつ、勝手にしゃべったんですよね?あいつ口軽いですから」と貴弘は言う。
しかし、浩介は切り返す。「俺が無理矢理聞いたんだ。それよりくだらないことでケンカするなよ。春香ちゃんすごく心配してたぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、お前らのことすごく気にして昨日の実習なんか全く手についていなかったよ。ちゃんと仲直りして春香ちゃんに謝れよ。」
その言葉を聞いて貴弘は、「晶代、くだらないことで怒ってごめん」
すると晶代は「わたしの方こそごめん」お互い謝って仲直り出来た。
すると春香が登校してきた。
晶代は春香に抱きつく。
「春香〜。心配かけてごめんね」
「え、どういうこと?」
春香は何が起こっているかさっぱりわからない。
「俺ら仲直りしたんだよ」貴弘が説明する。
「よかったー。もう心配したんだよ」
春香はホッとする。
「これでいいんだよな、春香ちゃん」
浩介が得意気に言った。
「あ、はい……」
しかし春香はキョトンとしている。それもそのはず、ケンカの仲裁の時に春香の出る幕はなかったのだから。
6日後、施設実習が終わった。
11月。ある日の昼休み。
「春香ー、お昼ご飯買いに行こー」
晶代は春香を連れてコンビニへ行く。
そこへ行く途中で、晶代と春香はこんな会話をしていた。
「浩介さんって春香のこと好きなんじゃない?」
「え、どうして?」
「だってさー、この前貴弘とケンカした時、仲裁に入ったじゃん。あれって春香のことが好きだからそうしたんじゃない?」
「まさかねぇ。第一、あたしには彼氏いるのに」
「でも連絡取れないでしょ?」
春香の彼氏は高校3年生。今は大学受験の真っ最中で春香とは2ヶ月くらい連絡が取れていない。
晶代は続ける。
「もうあんな男ほっといて浩介さんに乗り替えたらいいじゃない。浩介さんイケメンだし優しいし、春香とお似合いだよ」
「でも、本当に好きなのは今の彼氏だから。それに浩介さんがあたし達のこと見ているだけであたしが好きだとは限らないよ。もしかしたら晶代のことが好きかもしれないよ」
「まさかー。浩介さんがあたしみたいなアニメオタクを好きになるわけないじゃん」
その会話は浩介の耳に入っていた。
(晶代まで俺が春香ちゃんのことが好きだと言うのか。最悪だ…。俺が好きなのは晶代なのに…。晶代は『まさか』って言ってたけどその『まさか』なんだよ…。)
浩介は心の中でそうつぶやいた。
数日後、浩介、春香、ユウタ、アンナは実習施設に実習記録を取りに行った。
担当者から実習記録をもらい、帰る途中にアンナは春香にこんな質問をした。
「豊川さんって春香狙いなんじゃない?」
それに対して春香はこう答える。
「みんなよく言うけどなぁ。ホントかどうかわからないよ」
「絶対そうだって!学園祭の時からずっと春香のこと見てるんだよ。実習中ずっと同じフロアだったから毎日挙動不審だったんじゃない?」
「いや、全然普通だったけど…」
浩介が春香のことが好きだという噂はクラス中に広まっていた。
その会話を聞いた浩介はこう思った。
(やっぱり春香ちゃんに本当のことを話そう。)
池田駅についた時浩介は「ユウタ、アンナちゃん先に帰ってくれ。」と言った。ユウタが「春香ちゃんは?」と聞くと浩介は「俺、春香ちゃんと話したいことあるから」と言った。
「もしかして告白ですか?」
アンナがはやし立てる。
「はい、帰った帰った」
浩介はユウタとアンナを追い返す。
今度は春香に「ちょっといいか?」と尋ねる。
「はい、大丈夫です」
春香の返事を聞くと浩介はすぐに春香を駅前の喫茶店に連れて行った。
「話って何ですか?」
ココアを飲みながら春香は浩介に質問する。
しかし、浩介は黙ったまま。
「浩介さん?」
春香が名前を呼ぶと、浩介は我に返って「あ、悪い」と言った後、話し始めた。
「晶代ちゃんのことだけど…」
「あぁ、晶代ですか。確かに授業中よく寝てますね」春香は浩介が晶代の授業態度を指摘すると思っている。
浩介はコーヒーを一口飲み、こう続けた。
「そのことじゃない。俺は……晶代ちゃんのことが好きなんだ」
実習中に春香が予想していたことだった。
「じゃあ、浩介さんが見てたのは晶代だったのですか?」
「うん。それで、春香ちゃんに晶代ちゃんの親友としてこの相談にのってほしい」
「何ですか?」
「晶代ちゃんに告白してもいいかな?」
春香は少し考えた後、こう答えた。
「私個人の意見では晶代が浩介さんと付き合うことによって、恋愛というものを知ることが出来ると思うから出来れば付き合ってほしいと思います。晶代今まで恋愛したことありませんから。でも、付き合うかどうかは晶代の気持ち次第ですから私は晶代の意見を尊重しようと思います。告白するかしないかは浩介さん次第ですから私が止める権利はありません。ただ一つ言えるのは、浩介さんが告白しなかったら後悔するかもしれないということです」「……ありがとな。聞いてくれて」
浩介は春香に礼を言った。
家に帰ってから浩介は長い間考えこんでいた。
告白するかしないか。
様々な人の様々な言葉が脳裏に甦る。
すると春香の『告白しないと後悔するかもしれませんよ』という言葉が頭をよぎった。
「よし、決めた」
浩介は決心した。
翌日、昼休みに浩介は晶代を呼び出す。
「晶代ちゃん、ちょっといいか?」
「はい、いいですよ」
春香が後ろからはやし立てる。
「晶代、頑張れー」
晶代は驚いた。
「どういうこと?」
「さぁね〜」
春香は意味深な笑みを浮かべる。
浩介は晶代を中庭に連れて行った。
そして、長い間温めてきた思いを晶代に伝える。
「俺、晶代ちゃんのことが好きです。付き合って下さい!!」
沈黙が続く…。
しばらくして晶代が「こんな私でよければ…」と言った。
告白は成功!!
浩介は嬉しそうに「ありがとう!!晶代ちゃん!」と言った。
浩介はハイテンションで教室に戻ってきた。
その様子を見て義彦が「上手くいったんか」と言った。
「はい、もうバッチリ!!」
浩介は嬉しそうに答える。「春香ちゃんのおかげだよ!ありがとう。」
浩介は春香に礼を述べる。「お役に立てて嬉しいです」
春香は照れくさそうに答える。
「もしかして、春香このこと知ってたの?」
晶代が尋ねる。
「うん。昨日から」
「うそー!?」
「ホント。だって昨日浩介さんから相談受けたもん」「ってことは春香1枚噛んでたのね?」
「まぁまぁ、もういいじゃないか」
義彦がその場を静める。
こうして豊川浩介と今村晶代は恋人となった。