第七章「ギルドが混乱している」
冒険者ギルド、受付窓口。
カウンターの向こうに座った受付嬢、リナは、今日も平和な一日になるだろうと思っていた。
Eランクのダンジョン攻略報告が数件、素材の換金が数件、新規登録が一件。そのくらいの予定だった。
扉が開いた。
入ってきたのは四人組だった。全員、ぼろぼろだった。装備は傷だらけで、包帯を巻いている者もいる。顔には疲労と、それから何か釈然としない表情が浮かんでいた。
リナは笑顔で迎えた。
「お帰りなさいませ。報告でしょうか」
盾の男が前に出た。
「報告したいことがある」
「はい、どうぞ」
「序盤ダンジョン、Eランク指定の、北の廃坑跡。そこに行ってきた」
「はい、ご依頼の伝説の武器探索ですね。結果はいかがでしたか?」
男は少し間を置いた。
「……たどり着けなかった」
リナは笑顔のまま、ペンを持った手が止まった。
「……え?」
「ボス部屋にたどり着けなかった」
「……Eランクダンジョンに、ですか?」
「そうだ」
リナはパーティの顔を見渡した。Bランクパーティだ。実力は確かなはずだ。それが、Eランクダンジョンのボス部屋に。
「……少し、詳しく聞かせていただけますか」
報告は一時間に及んだ。
リナはその間、ずっとペンを走らせていた。途中から走らせる手が遅くなり、やがて止まった。
「壁からスライムが出てきて、棘で攻撃してくる」
「はい」
「バットが超音波で攻撃してくる」
「はい」
「バットが喋った」
「……はい」
「ホブゴブリンが三体いて連携してくる、しかも喋る」
「はい」
「最後に鬼人がいて魔法を使ってきた、そこで全滅した」
「……」
「ボスには会っていない」
リナはペンを置いた。
しばらく黙った。
「……少々お待ちください」
立ち上がって、奥の扉に消えた。
奥の部屋では、ギルドマスターのドガンが書類と格闘していた。四十がらみの大柄な男で、元はSランク冒険者だという。今は主に書類と戦っている。
「マスター」
「なんだリナ、今忙しい」
「報告が入りました」
「後にしろ」
「Eランクダンジョンで、Bランクパーティが全滅しました」
ドガンの手が止まった。
「……もう一度言え」
「Eランクダンジョンで、Bランクパーティが全滅しました。ボス部屋にはたどり着けていません」
ドガンはゆっくりと振り返った。
「どこのダンジョンだ」
「北の廃坑跡です」
「……あそこか。序盤ダンジョンの中でも特に簡単な部類の」
「はい」
「スライムとゴブリンとオーガとバットしかいないやつだろ」
「……報告によると、今はそれ以外もいるようで」
ドガンは立ち上がった。書類が床に落ちた。気にしなかった。
「詳しく聞かせろ」
◆◆◆
受付に戻ったリナの後ろに、ドガンがついてきた。
四人組を見るなり、ドガンは腕を組んだ。
「報告を聞いた。確認したいことがある」
盾の男がうなずいた。
「スライムが壁に溶け込む、というのは本当か」
「本当だ。壁から突然出てきた。棘状になって攻撃してきた」
「バットが超音波で攻撃、喋った」
「両方本当だ」
「ホブゴブリンが喋った」
「『止まれ』と言った」
「……鬼人が魔法を使った」
「炎と、氷を使った。受け流しも素手でやった」
ドガンはしばらく黙った。
それから隣のリナに言った。
「リナ」
「はい」
「あのダンジョン、いつ最後に調査した」
リナは台帳を引っ張り出した。ぱらぱらとめくった。
「……三年前です」
「三年前か」
「当時はスライム、ゴブリン、オーガ、バット。ボスは大剣使いの魔物、Eランク相当と」
「今はEランクじゃないな」ドガンは低く言った。「明らかに」
リナが恐る恐る聞いた。「……何ランクになりますか」
ドガンは腕を組んだまま天井を見上げた。
「わからん。調査してみないと。ただ——」
少し間があった。
「Bランクパーティがボス部屋にたどり着けなかった。それだけで十分おかしい」
◆◆◆
翌日、緊急会議が開かれた。
ギルドの会議室に、上位ランクの冒険者と職員が集まった。
ドガンが立って説明した。報告内容を読み上げるたびに、室内がざわめいた。
「壁からスライムが」「ありえない」「超音波攻撃?」「バットにそんな能力が」「鬼人が魔法?」「序盤ダンジョンに?」
「落ち着け」ドガンが手を上げた。「パニックになるな」
「でもマスター」と誰かが言った。「もしこれが本当なら、あのダンジョンは——」
「本当だ」とドガンが言った。「Bランクパーティの報告だ。嘘をつく理由がない」
静まり返った。
「調査隊を編成する。Aランク以上で行ってもらう。立入禁止の看板を立てて、一般冒険者が近づかないようにしろ」
「……ボスはどうしますか」と誰かが聞いた。
ドガンは少し考えた。
「まず調査だ。戦う前に、何が起きているのか把握する」
「何が起きているんでしょうか」とリナが小声で言った。
ドガンは答えなかった。
答えられなかった。
◆◆◆
会議が終わった後、廊下でリナはBランクパーティの盾の男と話した。
「一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「ボスには会えなかった、とおっしゃっていましたが……ボスは、どんな様子でしたか。扉の向こうから気配とか、声とか」
男は少し考えた。
「扉は開いていた。俺が鬼人に倒される直前に、少しだけ」
「開いていた?」
「ボスが、廊下を覗いていた」
「……何か言いましたか」
男はしばらく黙った。それから、どこか困ったような顔で言った。
「『俺の出番は』と言っていた」
リナは首を傾げた。「……出番?」
「わからん」と男は言った。「俺にも、よくわからなかった」




