第六章「伝説の武器は、ここにあるらしい」
気配があった。
ダンジョンの入口付近に、人間の気配がした。俺はボス部屋の玉座から立ち上がり、目を閉じた。
「……来たな」
「来たの?」ポリンが床から顔を出した。
「ああ」
「強い?」
「知っている連中だ。前回、俺を倒した」
チイが天井からぱたぱたと降りてきて、俺の肩に止まった。
「ボスを倒した人たちなの?」
「そうだ。だが今回は違う」
俺は大剣を手に取った。磨き上げた刃が、松明の光を反射した。
「全員、持ち場につけ。いつも通りやれ」
「わかったの」「わかったよ!」「……はい」
「わかった」「ぐぇ、わかった」「わかった」
思い思いの返事が重なって、それぞれが散っていった。
俺は玉座に座って、待った。
◆◆◆
パーティの声が入口から聞こえてきた。
「ここで間違いないんだな。伝説の武器が、この序盤ダンジョンの最奥に」
「古い文献にそう書いてあった。『初陣の地の最深部に、時を超えた刃が眠る』と」
「でもここ、前に来たことあるだろ。そんなもんあったか?」
「見落としたんだろう。ボスを倒した後、ちゃんと探したか?」
「……してない」
「だろう。今回はボスを倒してから隅々まで調べる。序盤ダンジョンだ、さっさと終わらせよう」
俺は聞いていた。
伝説の武器。初陣の地の最深部。時を超えた刃。
封印の部屋のことか、と俺は思った。あの古い部屋に、先代の装備が眠っていた。あれがそうなのかもしれない。
「……好きにしろ。たどり着けたらな」
◆◆◆
しばらくして、第一層から悲鳴が聞こえた。
魔法使いの声だった。
「壁から!スライムが壁から出てくる!」
「火で焼け!」
「焼いてる!でも数が多い、どこにでもいる、壁にも天井にも!」
「っ、脇腹を!棘が——」
「ラムダ!」
どさり、という音がした。
それから静寂。魔法使いが倒れた。
三人の足音が、第二層へと急いだ。
◆◆◆
第二層に入った瞬間、天井が鳴った。
「バット……?いや、多い、多すぎる!」
「散れ!」
「きゅきゅきゅきゅ——」
チイの号令で、超音波が通路に響いた。
「なんだ今の!音で攻撃してくる!?」
「喋った!バットが喋った!?」
「気にするな、盾で——」
二撃目が来た。
「っ……回復、頼む」
「魔力が……もう限界で」
「エル!」
どさり。回復役が倒れた。
二人の足音が、第三層へと急いだ。
◆◆◆
第三層に入ったところで、イチが通路の真ん中に立っていた。
腕を組んで。ニとサンが両脇から現れた。
「止まれ」とイチが言った。
「ホブゴブリン……喋った?」と剣士が言った。
「そうだ」とイチが答えた。
盾の男が剣士に目配せした。「二人で突破する。行くぞ」
戦いが始まった。
ホブゴブリン三匹相手に、二人は粘った。連携は崩れなかった。
それでも、消耗しきった体に、罠のコースを何十回も走り抜けた三匹の動きは堪えた。
ニが剣士の剣を弾いた。
サンが「ぐぇ……もらった!」と叫んで剣士の足を払った。
「っ——」
剣士が膝をついた。
「アシュ!」
「行け」と剣士が言った。「一人でも、行け」
盾の男が舌打ちして、走った。
◆◆◆
ボス部屋の手前の廊下。
鬼助が一人で立っていた。
「通さない」
盾の男は答えなかった。ただ盾を構えて、突っ込んだ。
長い戦いだった。
盾の男は強かった。パーティの中で最後まで残っただけある。キスケの魔力を盾で凌ぎ、パワーに体を張って対抗した。
しかし一人では、限界があった。
キスケが静かに魔力を練った。
「……終わりです」
どさり。盾の男が倒れた
廊下に、静寂が戻った。
◆◆◆
俺は玉座で待っていた。
待っていた。
……待っていた。
誰も来なかった。
扉の向こうが、静かだった。足音もない。気配もない。戦闘音も、もうしばらく前に止まっていた。
「……?」
俺は立ち上がった。
扉に近づいた。恐る恐る、扉を少し開けた。
廊下に鬼助が立っていた。その足元に、盾の男が倒れていた。
「……鬼助」
「はい」
「誰か来るか」
「……来ないと思います」
俺は廊下をゆっくりと見渡した。
俺は大剣を握ったまま、しばらく黙っていた。
「……俺の出番は?」
「……なかったですね」と鬼助が言った。
静寂。
「そう、か」
ぱたぱたとチイが飛んできた。
「ボス!みんなやっつけたよ!」
「ポリンも頑張ったの!」壁からポリンが染み出してきた。
「ぐぇ、俺らも!」とサンが通路の奥から叫んだ。
「……」
俺は大剣をゆっくりと下ろした。
しばらく廊下を眺めた。
それから、ふと思い出した。
俺はこの日のために、いろいろ考えていたのだ。
ボス部屋の扉が開いた瞬間、どんと玉座から立ち上がって、低い声で言う。
「また来たな」
それから大剣をゆっくり構えて、
「今度は、そうはいかない」
完璧だ。前回負けた相手に、余裕を持って言い放つ。締まりがある。格好いい。何度も頭の中で練習した。
あるいは、もっとシンプルに、
「待っていた」
これも悪くない。寡黙で重みがある。鬼助みたいで格好いい。
どちらにするか、ここ数日ずっと迷っていた。
「……使わなかったな」
「えー?なんか言おうとしてたの?」とチイが言った。
「……いや、なんでもない」
「ぐぇ?」とサンが言った。
「なんでもないと言った」
ポリンが壁から顔を出した。「ボス、なんか悔しそうなの」
「悔しくない」
「悔しそうなの」
「……少しだけだ」
キスケが無言で前を向いていた。何も聞こえなかったことにしているらしい。それでいい。
俺は大剣を鞘に収めた。
次こそ、使う。きっと次こそ。




