第一章「これが最後かと思った」
俺がこのダンジョンに来る者たちを迎え撃つようになって、どれくらい経つのかは正直わからない。
時間の感覚というのは、ダンジョンの中にいると妙に曖昧になる。
陽も差さない、季節も関係ない。来る者を迎え、倒し、また迎える。それの繰り返しだ。
そして俺は、一度も負けたことがない。
俺はこのダンジョンの最深部に座するボスだ。
といっても大層なものではない。ここは冒険者の間で「初心者向け」などと呼ばれている、序盤のダンジョンだ。
来る奴らもたいてい若くて装備も頼りなく、剣の振り方もぎこちない。
俺はそういう連中を相手に、それなりに本気を出して、それなりに倒してきた。
負けなしだ。我ながら悪くない。
だが今日来たパーティは、少し違った。
◆◆◆
最初に気づいたのは、スライムたちの反応だった。
ぷるぷると通路を埋めるように広がった連中が、いつもより早く静かになった。
スライムは倒されても何も感じていない。すぐ再生するし、そもそも倒されたことすら気にしていない。そんな連中が相手にならないのは別にいい。ただ、速さが気になった。
続いてゴブリンたちが騒ぎ出した。
「来たぞ来たぞ!」「強いぞこいつら!」「逃げろ!」
うるさい奴らだ。とはいえ偵察くらいにはなる。その悲鳴もすぐに止まった。
俺は岩の玉座——といっても岩に布を敷いただけのものだが——から立ち上がり、耳を澄ませた。
通路のどこかでオーガがのっそりと徘徊しているはずだが、気配がない。
おそらく別の通路をうろついていてすれ違ったのだろう。あいつはいつもそうだ。
天井ではバットたちが縮こまってぶら下がっていた。気配を察して怯えているらしい。羽ばたく気配すらない。
「……戦力外ばかりだな」
俺は小さく息を吐いて、大剣を手に取った。
扉の向こうから、落ち着いた足音が近づいてくる。
◆◆◆
扉が開いた。
先頭に立ったのは盾を構えた大柄な男だった。その後ろに剣士、魔法使い、回復役の女。四人とも目つきが落ち着いていた。怯えていない。ここに来るまでに相応の場数を踏んできた目だ。
「ボスがいる」と剣士が言った。
「見ればわかる」と魔法使いが返した。
俺は玉座から立ち上がり、大剣を構えた。
「来い。手加減はしない。」
「こちらもです」と盾の男が言った。
戦いが始まって、俺はすぐに気づいた。
こいつらは、強い。
盾の男が俺の攻撃を受け流し、剣士が隙を突いてくる。
魔法使いが遠距離から牽制を入れ、俺が対処しようとすると盾の男がまた前に出る。
回復役が後方でパーティの傷を癒し続ける。よく練られた連携だった。
◆◆◆
俺は何度か攻撃を当てた。剣士の肩を掠め、魔法使いを怯ませた。しかし決定打にならない。回復役がいる限り、このパーティは止まらない。
ジリジリと削られていく中で、ふと頭の隅に妙な考えが浮かんだ。
俺は一度も負けたことがない。
つまり——倒されたことがない。
倒されたら、俺はどうなる?
魔物たちは倒されてもすぐ戻ってくる。だがあいつらは何も覚えていない。
毎回まっさらだ。俺も同じなのか? 倒された瞬間、この記憶は——
「もらった」
剣士の声と同時に、腹に衝撃が走った。
あ、やばい、と思った。
大剣を支える腕から力が抜ける。膝が折れる。視界が、急速に暗くなっていく。
記憶は。俺は。俺のまま——
暗くなった。
◆◆◆
…………。
…………あ、記憶ある。
俺は、俺だ。
ボス部屋の床に倒れた状態で、意識がはっきりしていた。
体は戻っている。大剣も手の届くところにある。
冒険者たちの姿はもうない。宝箱だけが部屋の隅で空になって転がっていた。
「…………なーんだ。」
拍子抜けした。あれだけ頭を駆け巡ったのに。腹を貫かれた感触まで覚えているのに。戻ってきたら普通に俺だった。
足元で、何かがぷるぷるした。
スライムだ。一匹、何事もなかったようにそこにいた。
俺が死んで再生したことなど、これっぽっちも気にしていない顔——顔はないが——をしていた。
「お前も戻ってきたか」
ぷるぷる。
「記憶は?」
ぷるぷる。
「……ないよな」
俺は天井を見上げた。薄暗い石造りの天井。バットたちがまだぶら下がっていた。戦闘中も戦闘後も、ずっとそこにいたらしい。
「お前らな……」
バットたちは特に反応しなかった。
俺は起き上がり、大剣を拾って、岩の玉座に座った。
静かだ。誰もいない。来る気配もない。
「……暇だな。」
ぷるぷる。
「掃除でもするか。」




