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エピローグ 彼女のいない国と、彼女のいる世界
隣国の港町は、今日も穏やかだった。
帳簿を閉じ、私は窓の外を見る。
船が入り、商人が笑い、子どもたちが走り回る。
――何も特別ではない日常。
けれど、それがどれほど貴重かを、私は知っている。
「アリアンナ様、次の会合の準備が整いました」
「ええ、今行きますわ」
私を呼ぶ声は、敬意と信頼を含んでいる。
嫌悪でも、恐怖でもない。
それだけで、十分だった。
***
一方、遠い王都では。
会議は今日も長引き、
祈りは今日も答えを出さず、
誰かが「彼女なら」と呟く。
けれど、もう戻らない。
私はもう、悪役令嬢ではない。
誰かの物語の都合で裁かれる存在でもない。
私は、ただの一人の女。
そして、選ぶ側の人間。
窓を開けると、潮風が頬を撫でた。
あの国の物語は、私がいなくても続いていく。
でも――
私の物語は、あの国では始まらなかっただけ。
ここからは、私が書く。
拍手も罵声もない場所で、
静かに、確かに。
私の人生を。




