混沌(4)
悪魔は突然、頭頂部から顎下にかけて裂け始めた。それと同時に背中から緑色の触手が数本飛び出してきた。
ルーベルトとセラフィナは嫌な予感を感じ、アリアを担いで逃げる準備を行った。
しかし、遅かった。すでにアリアは触手に捕らえられていた。
「あ・・・セラフィナさん・・・」
アリアはそう発した瞬間、悪魔の心臓部に取り込まれた。
すぐに助けに行きたいのは山々だったが、触手の猛攻が二人に襲い掛かっており、それどころじゃなかった。
「なにこれ⁉暴走⁉」
「僕も知らないよ!」
悪魔はどんどんでかくなっていく。
それと同時に、両足が一本の根になって、そこから細かい根が伸びていく。全身が緑色に変化していき、そこら中から葉がはえた触手が出てきた。
「ねぇ?悪魔ってこんな植物に変化するっけ?」
「しない・・・はず、」
首から下の変化が終わると、何かがはえてきた。深い青紫色の、穂状に連なる繊細な花だ。すごく美しかった。それと同時に足がすくむような恐怖が二人に襲い掛かってきた。
深い青紫色の花が、悪魔の頭に咲き誇っている。穂状に連なる繊細な花弁が、微かに光を放ちながら揺れている。まるで、月夜の庭園に咲く幻の花のように。だが、その美しさが、逆に恐怖を増幅させていた。
「アハハ!アハハ!キナヨ!フタリモ!」
二人ではさばききれない量の触手が襲い掛かる。ルーベルトが剣を振るい、迫り来る触手を次々と斬り払っていく。一本斬れば二本が迫り、二本斬れば四本が襲いかかる。斬っても斬っても終わりが見えない。
「オイデ、コッちにおいで」
アリアの声でそう囁かれた。優しい声だった。だからこそ、恐ろしい。
「分かってると思うけど、あれはアリアじゃないよ」
「知ってるよ!」
触手が斬り払っても斬り払っても次々と湧き出てくる。感情的になっている暇はない。今この状況で生き残るための最善手を、瞬時に弾き出さなければならない。
左から、右から、頭上から、足元から。まるで意思を持つように、二人の動きを先読みしながら触手が襲いかかってくる。個々の触手はさほど脅威ではないが、数が多すぎる。一本に集中すれば別の一本が死角を突いてくる。それが延々と続いていく。
二人は背中合わせになった。自然と、そうなっていた。言葉を交わすまでもなく、ルーベルトとセラフィナの背中が合わさる。
「どうする?正直、今の僕たちじゃ、さばき切れない」
「分かってる!」
セラフィナは折れた腕を庇いながら、剣を構えた。
「でも、アリアを取り返さないといけない・・・」
「うん。でも無謀に突っ込んでも、二人とも飲み込まれるだけだ」
ルーベルトは魔力感知を発動させた。触手を斬り払いながら、同時に意識を内側へと向けていく。二つのことを並行してこなすのは容易ではない。
悪魔に取り込まれたアリアの魔力は、この悪魔の内部のどこかにあるはずだ。薄く、か細く、今にも消え入りそうな気配かもしれない。だが必ずある。
「・・・いた」
「どこ?」
「心臓部の近く。まだ意識はある。でも、悪魔の魔力に侵食されている。早くしないと・・・」
「どれくらい時間がある?」
「分からない。でも、長くはないよ」
触手が再び迫ってきた。束の間の静寂を破るように、悪魔の体から新たな触手が勢いよく伸びてくる。先ほどよりも速い。先ほどよりも太い。
ルーベルトが魔法で触手を切り落とす。ぶつりという鈍い感触と共に、切断された触手が床に落ちる。一本、また一本。リズムを刻むように、次々と切り落としていく。
だが、切り落とした端から、また新しい触手が生えてくる。切断面からじわりと黒い靄が滲み出したかと思うと、瞬く間に新たな触手が芽吹いてくる。まるで切れば切るほど増殖していくかのようだ。一本切れば一本が、二本切れば二本が、それ以上の速さで再生されていく。
「再生が早すぎる!」
「しかも、魔力を消耗させる気だ。こっちが尽きるまで待ってる」
セラフィナは状況を冷静に見極めた。
「ルーベルト、核の場所は分かる?」
「さっきと同じ、胸部の中心だと思う。でも、今は装甲じゃなくて植物の幹になってる。構造が変わってる」
「弱点は?」
ルーベルトは必死に魔力感知を続けた。触手を斬り払う右腕とは裏腹に、意識の全てを魔力感知へと注ぎ込んでいく。体が二つあれば、と思わずにはいられない。だがそんな贅沢を言っている場合ではない。今この瞬間にできることを、全力でやり遂げるしかない。
悪魔の魔力の流れを追う。
どこに集中しているのか。どこに澱みがあるのか。流れが滞っている箇所。魔力が渦を巻いて溜まっている場所は・・・
「・・・花だ」
「え?」
「あの青紫の花。あそこから魔力を吸収してる。あの花が、この形態のエネルギー源だと思う」
セラフィナは悪魔を見た。
頭頂部に咲き誇る、深い青紫色の美しく、おぞましい花を。
「あの花を全部破壊すれば・・・」
「魔力の供給が断たれる。そうすれば、動きが鈍くなるはずだ」
「でも、あそこまで到達するには、触手をかい潜って・・・」
「難しい。今の状態では」
触手が再び迫ってくる。束の間の静寂すら与えてくれない。斬り払った傍から、新たな触手が執拗に二人へと向かってくる。まるでこちらの疲弊を見越しているかのような、絶え間ない猛攻だった。
ルーベルトが魔法で弾き、セラフィナが剣で切り落とす。完璧な連携だ。
しかし、きりがない。
「リュートはまだ来ないかな」
「念話してみる」
ルーベルトは念話を発動した。
ルーベルト(リュート、聞こえる?緊急事態だ)
リュート(分かってる。とゆうか見える。あのデルフィニウムだろ?)
ルーベルト(でるふぇ・・・?まあいいや。レオン・・・いや悪魔が変化してあの
花になった。その時アリアが取り込まれた。今、セラフィナと二人で
さばき切れない状態だ)
リュート(つまり、救援要請?)
ルーベルト(そう)
リュート(ごめん。今無理)
ルーベルト(・・・は?)
リュート(今こっちはヴァルドという男とバトってる。とゆうか、俺が逃げ回って
いる状態だけど。兎に角、俺は此奴を何とかしない限りこっちの応援に
は行けない。)
ルーベルト(まじ?え・・・本当?)
リュート(本当だよ。でも、俺の代わりになれる奴が絶対来る。多分。確実に。)
ルーベルト(どっちだよ)
リュート(だからそのまま耐久戦しといて!!!ってあっぶね!!しぬとk・・・)
念話が一方的に切られた。相当苦戦しているんなんだろうな。そのヴァルドという男はとても強いのか。
「それで、どうだった?」
セラフィナがルーベルトの方を振り向いた。
「無理だって。リュート今、別の奴と戦ってるっぽい」
「じゃあ、どうすんのよ」
「当てがあるらしいから、それにかける」
「当てって、誰よ?」
セラフィナが触手を斬り落としながら聞いた。
「分からない。でも、リュートが言ったなら、何か考えがあるはずだ」
「信用できるの?彼奴の当て」
「・・・今は信じるしかないよ」
触手が再び迫ってくる。二人は背中合わせで、ひたすら耐え続けた。セラフィナの左腕が悲鳴を上げている。応急処置とはいえ、骨折した腕で剣を振り続けるのは限界に近い。
「ルーベルト、私そろそろ限界かも」
「あと少しだけ耐えて」
「あと少しって、どれくらい?」
「分からない」
「クソが。」
「セラフィナの口の悪さは、ブレがなくて良かった。」
「あ?」
その時だった。
触手を斬り払いながら、ルーベルトは何かを感じ取った。戦闘の喧騒の中に紛れ込むような、微かな気配。だが確かにある。何者かがこちらへと近づいてきている。
「下がってください。後は教師の仕事です」
「あなたは・・・だれ?」
「一組の担任です。」
「ああ、もしかしてルグ先生?」
「そうです。セラフィナ嬢、ルーベルト君、よく持ちこたえました」
ルグは二人の状態を素早く確認した。
セラフィナの折れた腕。明らかに正常ではない角度だ。しかし、公爵家の令嬢がここまで戦えるとは思わなかったが。
ルーベルトの体から漂う魔力は、明らかに薄くなっている。それでも魔力感知を発動させ続け、触手を弾き続けている。
二人とも、限界に近い。
ルグは無言のまま、腰の短刀へと手を伸ばした。
「下がっていてください。二人とも、よく頑張りました」
そう言うと、短刀を取り出した。その動作は静かで、無駄がなかった。
「ルグ先生・・・短刀一本で、あの悪魔を?」
「問題ありません。それよりも、二人は下がって。セラフィナさん、腕を庇いながら戦い続けるのは無理です。ルーベルト君も、魔力がほとんど残っていないでしょう」
「「は~い」」
セラフィナとルーベルトは顔を見合わせ、後退した。
「アハハ!マタ、チガウノガキタ!」
悪魔が嘲笑う。
触手が一斉にルグに向かって殺到した。
「ふむ」
ルグは短刀を軽く振った。
その瞬間、短刀から放たれた魔力の刃が、向かってくる触手を一瞬で全て切り断った。ルグが一振りした短刀から放たれた魔力の密度は、先ほど二人が必死に放ったものとは次元が違った。
「あの花が弱点ですね」
ルグは悪魔を観察しながら静かに言った。
「魔力感知なしで、一瞬で分かるんですか?」
「経験です。」
「いや、何でだよ。」
ルグは一歩、悪魔に近づいた。触手が再び攻撃を仕掛けるが、ルグは全く揺らがない。短刀を最小限の動きで操り、全ての触手を丁寧に捌いていく。
「セラフィナさん。アリアさんは、悪魔の心臓部にいますね。私が花を破壊して動きを止めたら、その隙にアリアさんを取り出してください。短刀は貸します。右腕は動きますね?」
「はい」
「なら、できます」
「鬼かよ。」
ルグは短刀を一瞬でセラフィナに向かって投げた。セラフィナは反射的に右手で受け取った。
「ルーベルト君は、アリアさんが取り出された瞬間に治癒魔法をかけてください。悪魔の魔力が侵食しているはずです。残った魔力を全て使ってでも、侵食を止めることが最優先です」
「分かりました」
「では、行きます」
ルグがすぐに動いた。
その速さは、先ほどまでとは別物だった。恐らく、ルグの本気のスピードだろう。こんなに早いのか。
触手を全て躱しながら、一直線に悪魔の頭頂部へと向かっていく。それを見た悪魔は、全ての触手がルグに向かって襲い掛かってく。
「アハハ!アハ・・・」
短刀が一閃した。
深い青紫色の花が、一輪、また一輪と切り落とされていく。その速さは凄まじく、セラフィナの目にはルグの腕が幾本にも見えるほどだった。
「ナ・・・ニ・・・」
悪魔の動きが、急速に鈍くなった。
花が次々と散っていく。青紫の花弁が宙を舞い、ゆっくりと、ひらひらと、地面に落ちていく。それは美しく、そしてどこか悲しい光景だった。
「今です!セラフィナさん!」
セラフィナは右手に短刀を握りしめ、悪魔の心臓部へと駆け込んだ。悪魔の幹の内部に向かって、短刀を突き立てた。
「アリア!聞こえる!?」
「・・・セラフィナ・・・さん・・・」
「今取り出すから、絶対に意識を保って!」
セラフィナは短刀で幹を切り開いた。しばらく切り裂いていると、人影が見えた。
「いた!」
悪魔の魔力に包まれ、意識が朦朧としているアリアの姿が見えた。顔は青白く、目は虚ろで、意識がどこか遠くへと飛んでしまっているようだった。
だが、一応生きている。
セラフィナはアリアを引きずり出した。
左腕に激痛が走った。頭の中が真っ白になるほどの痛みが、左腕全体を貫いた。思わず呻き声が漏れそうになるのを、奥歯を噛み締めることで堪える。視界がぐらりと歪んだ。
それでも、手を止めない。
アリアを抱えて、素早く後退する。
「今!」
ルーベルトが即座に治癒魔法を発動させた。ルーベルトの残り少ない魔力を全て注ぎ込む。これが最後だ。
アリアの体を包む悪魔の魔力が、ルーベルトの魔法によって少しずつ減っていく。
「頑張って、アリア・・・」
「・・・う・・・」
アリアの顔色が、少しずつ良くなっていく。
「侵食が止まってきた・・・」
ルーベルトの表情に、安堵の色が浮かんだ。
「よかった・・・」
その時、轟音が響いた。振り返ると、ルグが悪魔の最後の花を切り落としたところだった。
「ソウイウ・・・コト・・・カ・・・」
悪魔の動きが、完全に止まった。全ての花が失われた悪魔は、急速に萎れていく。植物の幹だった部分が枯れ始め、触手が力なく地面に倒れていく。
「ア・・・リ・・・ア・・・」
「残念だったわね。アリアは渡さない。誰にも」
悪魔の体が、完全に崩れ落ちた。黒い霧が広がり、そして消えていく。そのままレオンは、黒い霧となって消え去っていった。
「あとは教師の仕事です」
「てか、先生はどうやってリュートと連絡を取れたんですか?」
「君たち三人の謁見式の次の日から、念話を開設していたのですよ」
「へ~・・・んで、リュート君の姿が見えないけど、彼奴何して・・・」
突然、空から誰かが降ってきた。
降ってきたのはリュートだった。しかし、この怪我で何故生きているか分からない程、全身ぼろぼろな状態だった。
リュートが体制戻した瞬間、もう一人降ってきた。




