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混沌(2)

セラフィナ・・・さん・・・」


アリアの掠れた声が、小さく漏れた。安堵と驚きが入り混じった表情で、セラフィナを見つめる。


「大丈夫。もう安全よ」


「っ・・・」


アリアの体から、禍々しい魔力が少しずつ消えていく。

だが、完全には除去できない。


「まずいね・・・憑依が始まってる」


セラフィナは焦った。憑依自体には間に合わなかった。しかし、数分遅ければ、アリアは完全に悪魔に乗っ取られるか魔物に変化していただろう。


「・・・やっぱりレオンだったのね」


「やあやあ、セラフィナちゃん」


レオンが起き上がった。

蹴り飛ばされたにも関わらず、彼は笑顔のままだった。


「『ちゃん』付けとか気持ち悪くて虫唾が走んだけど」


セラフィナは真理視(ヴァニタス・アイ)を静かに発動させた。


「よく来てくれたね~。でも、何で僕が犯人だと分かったの?」


「曖昧な推理だけどね。あの時の取り調べ、騎士団長は『魔物が突然発生したことについて』としか言ってなかったよね?」


「そうだね」


「じゃあ、何で『ファンが魔物になった』とか言ったのかしら?」


「それは僕がこの目で見たから・・・」


セラフィナの真理視(ヴァニタス・アイ)が嘘を検知した。


「はい、うっそ。あの時、ファンという名の実験体に埋もれて周りがよく見えなかったはずだけど」


「・・・確かにそうだね」


「まあ、この現場見たおかげで、確証が得られたよ」


「でも、もう遅いよ。『セラフィナちゃん』」


「・・・何が遅いですって?」


セラフィナは冷たい目でレオンを睨んだ。


「アリアの憑依はまだ完了していない。今なら、まだ間に合うはずだよ?」


「ふ~ん。確かに、完全な憑依は完了してない。でも、もう種は植えられたんだよ」


「種?」


「そう。悪魔の核が、アリアちゃんの体内に入った。あとは時間の問題。数時間後には、彼女は魔物に変化する」


レオンは軽く笑った。

しかし、レオンの言葉はすべて真実だった。


「それで、今から何をしようとしているのかしら?」


「何って、簡単さ。」


そう言うと同時に、レオンの姿が歪み始めた。人間の輪郭が崩れ、膨張し、変質していく。皮膚が裂け、そこから黒い瘴気が噴き出す。


レオンは、どす黒い悪魔に変化した。

もはや人間の面影など、どこにもない。漆黒の身体からは、絶え間なく黒い霧のようなものが立ち昇っている。


鋭い爪、異形の四肢、そして、燃えるような赤い目。その全てが、禍々しく、おぞましく、そして圧倒的な悪意に満ちていた。


「キミモ、ウツワニ、スルノサ」


そう言った瞬間、悪魔はセラフィナに一直線に向かって拳で殴った。セラフィナはそれをもろに喰らい、石造りの壁に吹き飛ばされた。


「いたた・・・うわ、頭から血が垂れてるじゃん」


「ナニ、シンパイナイサ。ウツワトナレバ、ナオシテアゲル」


「その心配は大丈夫。だって、私は別の人に治してもらうからさ」


セラフィナはすぐに起き上がり体制を戻した。


悪魔はまたセラフィナに突撃を行った。

今回はこっちに向かってくることが読めていたため、上手く避けることができた。


セラフィナは反撃として、剣で悪魔に切りかかった。しかし、装甲は想定以上に固く、その衝撃がセラフィナの全身に響き渡る。


「固ッ・・・」


悪魔の装甲は傷一つ付いていない。

どんだけ固いんだ?此奴。


「カタイダロウ?コレガ、シンノ、チカラ」


悪魔が嘲笑う。

セラフィナは一度距離を取った。


「通常の物理攻撃じゃダメか・・・なら」


セラフィナは剣に魔力を纏わせた。

魔力で強化された刃が、青白く光る。


「もう一回!」


セラフィナが再び斬りかかった。

先ほどとは明らかに異なる、剣身に魔力を纏わせ、重みと鋭さを兼ね備えた一撃だ。


刃が悪魔の装甲に叩きつけられた瞬間、甲高い金属音が辺り一帯に響き渡った。先ほどまでは弾き返されるだけだった剣が、今度は確かな手応えと共に装甲へと食い込んでいく。


わずかだが、装甲に傷が入った。

深くはない。それでも、あれほど硬かった悪魔の装甲に、確かな亀裂が走っている。


「やっぱり、魔力を込めた物理攻撃なら効くのね」


魔力を込めた攻撃が有効だということが証明された瞬間だった。セラフィナは素早く距離を取りながら、荒い呼吸を整えつつ悪魔を鋭く見据えた。


悪魔は拳を振り回し、壁を破壊し、床を砕く。石造りの壁が紙のように砕け散り、破片が雨のように降り注ぐ。轟音が部屋全体に反響し、天井から砂埃がぱらぱらと落ちてくる。


その暴風のような攻撃の中で、セラフィナは素早く動き続けていた。拳が迫るたびに身を翻し、瓦礫が飛び散る方向を瞬時に見極めながら回避を続ける。


しかし、セラフィナの魔力量はそこまで多くはない。その為、魔力を込めた物理攻撃はせいぜい5回が限界だった。

それを考慮した結果、セラフィナは応援が来るまで、持久戦に持ち込むことにした。


「ニゲル、ダケカ?」


悪魔が嘲笑う。


「逃げるだけじゃないわ。時間稼ぎよ」


セラフィナは冷静に答えた。


セラフィナ(ルーベルトごめんこっち来て)


ルーベルト(今向かってるから待ってて)


セラフィナは少し安心した。悪魔の猛攻を躱しながらも、彼女の表情からわずかに険しさが和らいでいった。

ル-ベルトさえくれば、勝てる。この悪魔を倒せると思った。

セラフィナは悪魔の攻撃を躱しながら、意識の片隅でルーベルトの到着を待ち続けていた。荒れ狂う悪魔と対峙しながらも、その瞳の奥には静かな闘志と、確かな勝利への光が宿っていた。











【ルーベルト・フォン・アルヴィス】




時は少し遡る。


これはセラフィナが悪魔と交戦する前の事。

ルーベルトは国の西側で、とんでもない状況を目撃した。


「ユリウスさん。これは一体・・・何でこんなにも人を殺したんですか?」


ユリウスはたくさんの一般市民を殺していたのだ。しかも、一撃で、だ。

それがどれほどの力を意味するのか。


鍛え上げられた騎士でさえ、命のやり取りには相応の時間と労力を要する。それを、一般市民相手とはいえ一撃で仕留め続けていたということは、ユリウスの力が常軌を逸したレベルに達していることを意味していた。


あるいは、一般市民を狩ることに、何の躊躇も感じていなかったということでもある。


「何って、簡単なことだよ。大惨事になるから殺した」


ルーベルトはこの状況を呑み込めなかった。


「大惨事って・・・一体どういうことですか?」


「いつか分かるさ」


そう言い放つと、ユリウスは転移魔法でどこかへ去って行った。

ユリウス・・・この人は桁外れの力を有している。恐らく、今のリュート以上かも。

だけど、何でこんなことを・・・?

大惨事になるって、一体どういうことだ?


いや、今は他の二人の加勢を行わないと。今この瞬間も、仲間たちは戦い続けている。自分がここで立ち止まっている理由はどこにもない。


リュートは……今のところ大丈夫そうだ。魔力の流れは乱れているものの、まだ安定している。今すぐ駆けつける必要はないだろう。


問題なのはセラフィナの方か。

彼女の魔力から伝わってくる戦況は、明らかに芳しくなかった。激しく揺れ動く魔力の波動が、熾烈な戦いを物語っている。


そして、彼女と相対している魔力の気配には覚えがあった。相手はやっぱりレオンか。レオンを相手に、セラフィナが単独で戦い続けているとなれば、一刻の猶予もない。

早く、セラフィナの所に加勢しないと。


ルーベルトは迷うことなく駆け出した。











【リュート・アルス】




時は少し遡る。


これはセラフィナが悪魔と交戦する前の事。


「おや、知らない人が出てきた」


俺の目の前に、一人の男が現れた。

気配を感じたのは、ほんの一瞬前のことだった。まるで空気の中から滲み出てくるように、その男は音もなく姿を現した。足音もなく、予兆もなく、ただそこに立っている。それだけで、この男が只者ではないことが分かった。


全く見知らぬ顔だった。

記憶の中を素早く探ってみたが、どこにも引っかかるものがない。騎士団の中にも、これまで出会ってきた人物の中にも、この顔に心当たりは全くなかった。年齢は判断しづらい。整った顔立ちの中に、どこか人間離れした雰囲気が漂っている。


だが、その魔力は膨大だ。

思わず息を呑んだ。魔力感知を発動させた瞬間、その圧倒的な魔力の質量が一気に押し寄せてきた。肌を刺すような、それでいてどこか深淵を覗き込むような感覚。これほどの魔力を持つ人物に、これまで出会ったことがあっただろうか。


俺が感知していた魔力源と、一致する。


「お前、誰だ?それに、何をしている?」


「あれ?僕、結構有名人なんだけど。もしかして知らないかな?」


「知らないよ。俺はただの学園の一般生徒なんでね」


「よく言うよ。魔力感知が扱えるくせに」


・・・やっぱりこの男、俺が魔力感知を扱うことができることに気付いている。男の視線に、僅かな変化を感じ取った。こちらの魔力感知が発動した瞬間、男の目がほんの少しだけ細くなったのだ。気のせいではない。この男は確かに、俺の魔力感知を察知している。


いや、それはどうでもいい。

この瞬間、そんなことを考えている場合ではない。頭を切り替えろ。過去のことより、目の前の現実に集中しなければならない。


問題は此奴が今まで見てきた人間の中で桁外れの魔力を漂わせている点だ。次元が違う、という言葉がこれほど相応しい相手はいないだろう。一体、何者だ?

恐らく、相当手練れな魔法使いだろうが・・・。


「自己紹介をしないとね。僕はヴァルド。よろしく」


ヴァルド・・・聞いたことないな。本当に有名人か?


「自己紹介は済んだところだし・・・此処で何をしているのか、についての質問を返さないとね。理由は簡単。中途半端な魔法使いどもを殺すためだよ」


「中途半端な魔法使いを殺す?その理由はなんだ?」


「簡単だよ。そもそも、何で魔物が発生するのか分かるか?」


「人間から溢れ出た魔力だろ?」


正確には魔法使いの人間から溢れ出た魔力だけど・・・

もしかして・・・


「おや、察しがいいね。戦士の身体は漏れる魔力を極限まで減らせる。だが魔法使いは違う。魔法も扱える戦士や完璧な魔法使いは例外として、魔法を扱うが故に、制御を失えば周囲に魔力を垂れ流す。そしてその魔力が積み重なり、やがて魔物を生み出す」


「じゃあ、中途半端な魔法使いって何なんだよ」


「中途半端な魔法使いとは、魔法を扱う力はあるが、制御しきれていない者たちのことだ。彼らが生きているだけで、世界は少しずつ汚染されていく」


「だから、殺すのか?」


「そう。根本的な解決策だろう?魔法を扱っていいのは君みたいな天才だけでいい」


ヴァルドは微笑んだ。穏やかな表情だった。まるで、当たり前のことを話しているかのように。

でも、俺は納得できなかった。


「俺はお前の理屈には従わない。人を守るために戦う。それが俺の答えだ」


「・・・残念だ。君のような逸材を敵に回したくはなかった」


次の瞬間、ヴァルドの拳が俺の腹に叩き込まれた。俺はいつの間にか数メートル吹き飛ばされた。


「ウッ・・・なんて威力だ・・・」


この攻撃を喰らって今気づいた。この圧倒的な魔力を漂わせているのはすべてブラフ。

これだけの魔力を目の当たりにすれば、誰もが強大な魔法使いを相手にしていると思い込む。自然と魔法への警戒心が高まり、近距離での戦闘を避けようとする。間合いを取り、魔法への備えに意識が向いたその瞬間を、此奴は狙っているのだ。


そこからの、近接戦闘。

魔力に気を取られ、無防備になった相手の懐へと一気に飛び込む。魔法使いだと思い込んでいる相手が近接戦闘の達人だったとすれば、その瞬間には既に勝負がついているだろう。

今回は生きているけど、下手したらあの一撃で終わっていたな。


ヴァルドは余裕の表情で立っている。


「まだまだこんなもんじゃないけどね」


俺は立ち上がった。膝をついていた地面から、力を振り絞って体を起こす。膝をついていた地面から、力を振り絞って体を起こす。

このままじゃ、ヤバい。


俺は魔力を全身に纏わせた。体の奥底から魔力を引き出し、皮膚の表面へと押し広げていく。


強化魔法を自分にかける。

速度、筋力、反射神経、全てを極限まで高める。肉体が魔力によって塗り替えられていく感覚がある。筋肉の一本一本に力が漲り、感覚が研ぎ澄まされ、世界がわずかにスローモーションに見え始めた。全身が、今この瞬間のために最適化されていく。


「おっ、やる気になったね。それでこそ、戦う価値があるってもんだ」


剣と拳がぶつかり合い、火花が散る。

金属と肉体がぶつかり合う、鈍く重い衝撃音が周囲に響き渡った。全身に強化魔法を纏わせた渾身の一撃。魔力を限界まで上乗せした、今の俺が出せる最大の攻撃だ。それが、ヴァルドの拳一つで受け止められている。


この男は相当危険だ。改めて、そう確信した。ブラフの魔力だけではない。純粋な戦闘能力そのものが、桁外れなのだ。一体どれほどの修羅場を潜り抜けてきたら、こんな領域に達することができるのか。


二人の加勢に向かいたい気持ちは山々だ。だがヴァルドをこのまま野放しにすれば、全員がまとめて危険に晒されることになる。ならば答えは一つしかない。

俺が此処で、この男の足を止める。それが今の俺にできる、唯一の仕事だ。


俺は剣を構え直し、ヴァルドを真っ直ぐに見据えた。

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