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混沌(1)

二週間後。

今日は特別休日だ。珍しく授業も訓練も何もない、完全なオフの日。その為、セラフィナ提案の元、俺は強制的に三人で新しい服を買いに行った。


一応、ケルビとアランの二人も誘ったが、最近の訓練や課題でかなり疲れが溜まっているから、一日中寝ときたいと言って、俺の誘いを断った。


そして、俺とセラフィナとルーベルトの三人で、王都の繁華街の服屋で俺の服を選んでいる。無論、セラフィナは変装を行っている。こんな所で庶民の服選びをしているのは、流石にいろいろと問題になりそうだからな。


「こんなのどう?」


セラフィナが一着の服を掲げて見せてきた。それは黒を基調とした、シンプルだけど洗練されたデザインの上着だった。


「う~ん、悪くないけど・・・」


俺がそう答えると、ルーベルトが別の服を持ってきた。


「こっちの方がリュートには似合うと思うよ。濃紺の、少しカジュアルなシャツとか」


「あ、それいいね。試着してくるわ」


俺は試着室に向かった。

服を着替えて鏡を見ると・・・確かに悪くない。普段着ている質素な服とは全然違うな。


「どう?」


試着室から出ると、二人が待ち構えていた。


「おお、似合ってるじゃん」


「うん、いい感じだね」


「じゃあ、これにするか」


俺は店員に会計を頼んだ。


「他にも見ていく?」


「そうだね。せっかくだし、何着か買っておこうよ」


三人は店内を回り始めた。

セラフィナとルーベルトが次々と服を選んでは、俺に試着させてくる。にしても・・・


「セラフィナお前!服多すぎだろ!どんだけ買わそうと思ってるんだ⁉しかも、値段見たらバカ高いじゃねぇか!!!破産するぞ!!」


「そのつもりで選んでるんだから。」


「ルーベルトも大概だよ。俺の所持金のこと考えてくれてる時点で、セラフィナよりマシだが・・・なんだ?俺は着せ替え人形かなんかか?」


「色んなリュートの姿が見たいからね。」


ルーベルトがにこやかに笑う。


「お前ら・・・」


俺は頭を抱えた。結局、三時間ほどかけて、俺は五着の服を購入することになった。とゆうか、それ以上のお金が財布に入っていなかった。


セラフィナが『あと二、三着くらい』とか言い出した時は、財布を見せて全力で首を横に振った。

さすがに諦めてくれたが、あの目は『次はもっと買わせるわよ』と語っていた。しれっと舌打ちしてたし。彼奴の辞書に良心という言葉はあるのだろうか・・・いや、なさそう。


あと、しばらく節約生活を送らないといけない。お金は冒険者業で稼ぐとして・・・食堂で豪華なメニューを頼むのは我慢。間食も控えよう。娯楽費も全部カットにして・・・


「次はどこ行く?」


セラフィナが楽しそうに聞いてくる。


「俺はもういいよ。疲れた」


「なんで?」


「お前のせいなんだわ!!!」


思わず、声を張り上げて叫んでいた。

セラフィナに向かって、全力でツッコミを入れる。だって、そうだろう!? 俺は別に五着も買うつもりなんてなかったんだ。最初は一着、多くても二着でいいと思ってたのに・・・


「じゃあ、お茶でもしようか」


ルーベルトが提案する。


「それがいいね」


「頼む。安いところにしてくれ。頼む。」


「え〜・・・」


三人は近くのカフェに入った。

窓際の席に座り、それぞれ飲み物を注文する。


「はぁ・・・疲れた」


俺は椅子に深く座り込んだ。


「お疲れ様」


ルーベルトが笑う。


「でも、いい買い物できたじゃん」


「一応ね・・・」


紅茶が運ばれてきて、三人は静かに飲み始めた。

セラフィナやルーベルトに散財させられた恨みも、少しだけ薄れていく。


色とりどりの看板が立ち並び、店先には様々な商品が並べられている。人々が行き交い、笑い声が聞こえる。子供たちのはしゃぐ声、友人同士の楽しげな会話などが混ざり、活気に満ちた雰囲気を作り出していた。


只々、すごく平和な光景だ。


「そういえば・・・騎士団から何か連絡あった?」


「ううん、何も」


セラフィナの質問に対して、ルーベルトが首を横に振る。


「そっか」


俺は紅茶を一口飲んだ。


「もう二週間か。長いな」


「そうだね。でも、焦っても仕方ないよ」


「向こうが動くまで、待つしかないからね」


「そうだね」


三人は再び黙った。

誰も言葉を発することなく、ただ紅茶を飲み、それぞれの時間に浸っている。

だが、その沈黙は穏やかなものだった。






カフェを出て、俺たちは学園へ戻ることにした。

会計を済ませ、今度は各自で支払ったから、財布へのダメージはほとんどない。


買い物袋をアイテムボックスに入れて、学園への道を歩き始める。太陽はまだ高いが、少しずつ傾き始めている。


「今日は楽しかったね」


「ああ、まあな。でも誰かのせいで、俺の財布が火の車になったけど」


「たまにはいいじゃん。どっちにしろ、リュートは冒険者としてお金を稼げばいいしね」


「そうだな」


学園に戻ると、校門の前に騎士が数人立っていた。


「何かあったのかな?」


騎士の一人が大慌てでこっちに向かってきた。息を切らせながら、全力で駆けてくる。

これは只事じゃないな。一体何が起きたんだ?


「セラフィナ嬢、リュート君、ルーベルト君」


「「「はい」」」


「急ぎの連絡があります。アリア嬢が行方不明になりました」


三人は無言のまま、視線だけで問いかけ合った。


「・・・はぁ⁉アリアがいないってどういうことだよ⁉」


「何が起きたんですか⁉」


俺とルーベルトは思わず驚きの表情を浮かべた。


「詳しいことはここでは言えません。とにかく、至急捜索をお願いします」


「分かりました」


その瞬間、不思議な魔力が三か所同時に現れた。そのどれもが強大で禍々しく感じ、恐怖が走った。


俺は即座に魔力感知を最大限に研ぎ澄ませた。

三つの魔力源が、それぞれが異なる方角から感じられる。


一つは国の北側、一番膨大な魔力ではあるが、一応人間の魔力だ。

一つは国の西側、これも人間の魔力だ。

一つは国の中心部、これは・・・


悪魔(デーモン)だな。」


「それで、どうする?」


「私は中心部行くね。一応、父上や母上に報告したいし」


「僕は西側」


「俺は一番危険そうな北側行くか。何かあったら念話で伝えてくれ」


「分かった。じゃあ僕は西側で」


そう言い残し、三人はそれぞれ別行動を開始した。


にしてもこの魔力量・・・とんでもない量をしてるな。ざっくりだけど、俺が見たことのある人間の中で一番大きい魔力量をしている。一体誰なんだ?

それに、どうやってあれを倒すか・・・

まあ、どっちにしろ相手の手札が分からないから吟味して、攻略をしないといけないけどな。


そう思い、リュートは北に向かっていった。






【アリア・グランツ】




「・・・ここは?」


頭が重く、視界がぼやける。目を開けているはずなのに、世界が霞んで見える。何が起きたのか、記憶が曖昧で、思い出せない。

少しずつ焦点が合ってくると、そこは見知らぬ部屋だった。


「ここは・・・」


掠れた声でそう呟く。喉が渇いた。

身体を起こそうとするが、力が入らない。やっとの思いで上半身を起こし、周囲を見渡す。


冷たく、無機質な石が四方を囲んでいる。窓はなく、外の光も、空気の流れも感じられない。唯一の光源は天井に取り付けられた魔法灯だけ。それが放つ青白い光が、部屋全体に不気味な影を作り出していた。


「・・・どこ?」


記憶を辿ろうとする。

最後に覚えているのは学園で、いつものように読書をしている、はず。それなのに、なぜ自分はこんな場所にいるのか。

不安と恐怖が、じわじわと胸に広がっていく。


「誰か・・・!」


声を張り上げようとしたが、喉が痛くて大きな声が出せない。それでも、必死に助けを求めようとした。


その時、扉が、ゆっくりと開いた。

誰かが、静かに部屋の中へと入ってきた。

足音が石の床に響く。ゆっくりとした、余裕のある歩み。


「・・・誰?」


震える声で問いかける。

しかし、その人物の姿は影に覆われていて、顔がよく見えない。魔法灯の光が背後から差しているせいで、シルエットだけが浮かび上がっている。


「気がついた?」


聞いたことのあるような声だ。

いや、もしかして知っている人物なの?

記憶の底を探るが、頭がぼんやりしていて、思い出せない。でも、確かに聞き覚えがある。


「なぜ、私を・・・」


「リュート・アルス、セラフィナ・フォン・オルディナシス、ルーベルト・フォン・アルヴィス。あの三人は色々調べすぎちゃってさ、邪魔なんだよね~。だから、ここで始末させてもらうよ」


「貴方は・・・誰ですか?」


「あれ~?僕のこと、忘れちゃった?でもいいや。どっちにしろ、君は殺される運命だけどね」


その声の主は、ゆっくりとアリアに近づいてきた。一歩、一歩、また一歩と。

規則正しい足音が、薄暗い部屋に反響する。

アリアは後ずさろうとしたが、背中が冷たい石壁に当たって、それ以上下がれない。

つまり、逃げ場がないのだ。


恐怖が全身を駆け巡っていく。


「・・・何をしようとしているのですか?」


「何って、簡単なことだよ。神の器かどうか、確かめるだけさ。今まで、ずっと器は見つからなかった。しかし、君はどうかな?」


「器?・・・一体どうゆうことですか?」


「君も見ただろう。昼休み見た光景を。あれは神の器に選ばれなかった、可哀想な子供の成れ果てさ。」


アリアはそれを聞いて察してしまった。

自分は恐らく悪魔を体に入れられ、魔物に変化するのだと。


「そんな・・・」


アリアは震えた。

あの光景を思い出す。

校門前で、少女が突然倒れ、背中が裂けて魔物に変化していく様子を。

あの恐ろしい光景を・・・今度は自分が体験するのか。


「やめて・・・お願い・・・」


「無理だよ。もう決まったことだから」


人影が更に近づいてくる。全身が緊張で強ばり、身動き一つ取れない。ただ、目の前に迫りくる人影を、じっと見つめることしかできなかった。


青白い魔法灯の光が、その人物の顔を照らし出す。

その顔が、はっきりと見えた。


「レオン・・・アルヴァス・・・」


アリアの全身から、血の気が引いた。

セプテム・ルクスのメンバー、レオン・アルヴァス。

いつも明るく笑っている、人気アイドル。

なぜ、この人が・・・


「正解~!よく覚えててくれたね」


レオンは、両手を広げて大げさに喜んだ。

しかし、その喜びには狂気を感じる。


「正解のご褒美として、すぐに楽にしてあげるからさ。さ、始めようか。」


レオンがアリアの首根っこをつかみ始めた。

その瞬間、レオンの手から何か禍々しいものがアリアの全身に駆け巡っていく。


「やめて!」


アリアは必死に抵抗したが力が入らない。それどころか体が一切動かない。

レオンの手が、ゆっくりとアリアの額に移動する。


「無駄だよ。もう始まってるから。」


得体の知れない何かが、アリアの体内に入り込んでくる感覚。目に見えないそれは、まるで意思を持っているかのように、アリアの身体の奥へ、奥へと這い進んでいく。


体温が奪われていくような、生命力が吸い取られていくような冷たい感覚。


視界が、じわじわと暗くなっていく。いや、視界だけじゃない。心の中まで、闇に侵食されていくような感覚。


———怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


「い、いや・・・やめて・・・やめて!!!」


必死に声を振り絞るが、その声は掠れて、力がない。抵抗しようとしても、身体は言うことを聞かない。ただ、為す術もなく、その侵入を受け入れるしかなかった。


レオンは、そんなアリアの様子を満足げに、狂気の笑みを浮かべたまま、見下ろしていた。


「誰か・・・助けて・・・」


アリアは心の中で叫んだ。


誰でもいい・・・










—————————————————助けて—————————————————










突如、轟音と共に天井が突き破られた。

石造りの天井が砕け散り、瓦礫が部屋中に降り注ぐ。その破片の中、一つの人影が舞い降りてきた。

その人物は、一瞬で部屋の中の状況を見渡し、一切の躊躇なくレオンを蹴り飛ばした。


「やっぱりお前だったか。レオン・アルヴァス」


侵入者は、レオンに背を向けたまま、アリアの方へと駆け寄った。

その動きには一切の迷いがなかった。

まるで、最初からこの状況を予測していたかのように。


「リュートが言ってた。ヒーローは遅れてやってくる。まあ、私はヒーローって言葉の意味は知らないけど」


澄んだソプラノ寄りの声がこの部屋に響き渡る。

髪は淡い金色〜白金、腰まで届く長髪。澄んだ蒼の瞳。

肌は透けるように白く、病的ではない自然な陶器肌。

スタイルまだ成長途中の、華奢で直線的な体つきで肩幅は狭く、腰も細い。


アリアは女神が舞い降りたのかと錯覚した。


「とにかく、助けに来たよ。アリア」

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