誘拐
冷め切った夕飯を食べ終え、三人は続きを話し合った。
食事中に何か違和感を感じたが・・・それは恐らく気のせいだろうな。
「・・・で、続きをしよっか」
セラフィナが先に口を開いた。
声は落ち着いているが、どこか硬い。
「セプテム・ルクスが関与している可能性がある、って仮説。あくまで仮説だけど、状況証拠は揃いすぎてる」
「校門前、人が密集、女子生徒中心、直接接触の機会あり・・・」
ルーベルトが淡々と整理する。
「しかも、魔物化した個体の魔力の癖が似ている。別々の悪魔が憑いたとは考えにくい」
「つまり、同一系統・・・下手すると同一個体の悪魔か」
俺がそう言うと、セラフィナは小さく頷いた。
「でも、おかしい点もある」
セラフィナは指先でテーブルを軽く叩く。
「もし本当にセプテム・ルクスの誰かが悪魔に関係してるなら、今日みたいな失敗は致命的よ」
「アイドルとしての立場も、表の顔も、全部危うくなる」
「わざと失敗した可能性は?」
俺の言葉に、二人の視線が集まる。
「無差別にばら撒いて、反応を見る。どこまで変異が進むか、どの段階で露見するか、学園側がどう動くか・・・」
「実験、ってこと?」
「そうかもしれない。本番は、これからなのかも」
三人は顔を見合わせた。
その時、突然の眠気が俺を襲った。
「ん?なんだ・・・突然の眠気が・・・やばい・・・」
俺は突然の眠気に襲われ椅子から倒れ落ちた。
よく見ると二人も同様に強い眠気に襲われた。俺もあの二人も今にも眠りそうだ。
「なに・・・何か盛られてた・・・?」
「ルー・・・ベルト・・・どこでもいいから・・・転移魔法で転移しろ・・・理由は後だ・・・」
「わかった・・・転移魔法・・・」
ルーベルトが転移魔法で転移を行い、俺ら三人は転移され、そこで眠りに落ちた。
しかし、転移された場所が俺とルーベルトにとって、とんでもない所だったのは知る余地もなかった。
【アリア・グランツ】
アリアは寮部屋で休養を行っていた。
ベッドに腰掛け、両手でカップを包み込むようにして温い茶を飲んでいた。けれど、喉を通る感覚はほとんどない。
昼に見た光景が、何度も頭の中で再生される。倒れた少女。裂ける背中。変わる瞬間。
忘れろ、と言われても無理に決まっている。
アリアにとって、この事件はトラウマになってしまったからだ。しかも、その記憶は完璧に定着しているためか、一瞬で鮮明に思い出すことができてしまう。
アリアはカップを置き、立ち上がる。
部屋の窓から見える学園は、夜の帳に包まれ、昼の騒動が嘘のように静まり返っていた。
次の瞬間、何かがアリアの目の前に降ってきた。
「・・・え?」
アリアは腰が抜けた。行き成り、人が降ってきたからだ。しかも、降ってきたのは昼休みの時間に、共に魔物を撃破したあの三人組だから猶更だ。
アリアは思考が追いつくより先に、反射で結界符を床に叩きつけていた。
淡い光の膜が部屋を包み、外部への魔力反応を遮断する。
「・・・三人とも、生きてる?」
「・・・なんとか・・・ちょっとここで寝るから・・・」
「寝るからって・・・ちょっと待ってください!!!ここは・・・」
三人とも眠り始めた。
呼吸は安定している。怪我も、ぱっと見ではない。
セラフィナも同様だった。普段の凛とした雰囲気はなく、無防備に眠りについている。
ルーベルトに至っては、魔法を使った直後なのだろうか、魔力の残滓が微かに漂っていた。
「一体・・・何が起きたんですか・・・?」
アリアはとりあえず三人の体が冷えないようにするため、分厚い毛布をかけ、三人の寝顔を見下ろし、唇をきゅっと結んだ。
・・・状況が異常すぎる。人が突然降ってくること自体がまずありえない上に、全員が同時に深い眠りに落ちているなど、聞いたこともない。
リュートの唇にタレが付いているのが見えた。
これを見るに、恐らく睡眠薬か何かを盛られて危険を察知したルーベルトが緊急で何らかの魔法を発動したんだと思う。
ただ・・・
「何で私の部屋なのよ・・・」
アリアはそう呟きながら、頭を抱えた。
【リュート・アルス】
「はぁ・・・寝た寝た。今何時だ?」
「9時半です。」
俺は毛布から出て、部屋主にお礼を言いに行った。
「サンキュー、アリ・・・ア?」
「そうですが。」
あれ?
アリアがいるってことは・・・まだ学園内?しかも、女子寮???
ルーベルト、ランダムに転移させたからと言って何で転移先が女子部屋なんだよ。どういう確率なんだよ。おかしいだろ。
「お~い、起きろ~チビども~」
「「チビだと???」」
起きるの早。てか地雷踏んだわ。多分。
「イヤ、ナンデモ・・・ナイヨ!!!」
「ならいっか!さっきそこにいるリュート君が私に向かってチ・ビ・って言ったこと、ばっちり聞こえたけどそれは幻聴なんだね!」
「ソウデスソウデス」
「・・・僕の耳にはばっちり入ってたけど」
「じゃあ、死刑ね★」
セラフィナは俺に襲い掛かった。
ぎりぎりで避け切ることはできたが、セラフィナはいつの間にか剣を取り出していた。
しかも、普通に真剣なのやめてくれませんかね。ルーベルトも、魔法で拘束してきてんのやめろよ。ここ一応人の部屋だよ・・・
「あの!喧嘩はよそでしてください!!!」
アリアが大きな声を上げた瞬間、部屋の空気がぴたりと止まった。
「「「・・・あ」」」
三人同時に動きを止める。
セラフィナの剣は俺の首元数センチで静止し、ルーベルトの魔法陣も中途半端に揺らいだまま固定されている。
「これ以上騒ぐと・・・本当に色々、まずいので・・・」
「すみません・・・」
その言葉で、ようやく全員が現実を理解した。
「セラフィナ、剣しまって。ルーベルト、拘束解除」
俺がそう言うと、二人は不満そうな顔をしながらも従った。剣が霧のように消え、魔法陣も掻き消える。静寂が戻った部屋で、俺は深く息を吐いた。
アリアは視線を泳がせながら、ちらりと俺たちを見る。
「説明してもらえますよね・・・?どうして三人揃って、空から降ってきて、しかも全員眠ってたのか」
・・・ごもっともすぎる。
俺はベッドの縁に腰掛け、頭を掻いた。
「簡単に言うと・・・夕飯に、何か盛られた」
「・・・毒、ですか?」
「多分、即効性の睡眠薬をもられた。殺す気はなかったと思う」
その瞬間、アリアの顔色がさっと変わった。
「それって昼の、あの事件と?」
「分からない。関係あるかもしれないし、別の事件かもしれない」
セラフィナが慎重に答える。
「別の事件?」
「うん。魔物化事件と、今回の睡眠薬事件。目的が違う気がするんだ」
ルーベルトが何か引っかかったような顔をしている。
「ルーベルト、どうした?」
「う~ん・・・夕飯に睡眠薬を盛った犯人と、学園の生徒を魔物に変えた犯人は別人物だと思うな・・・」
「その根拠聞いてもいいかな?」
セラフィナががつがつとルーベルトに聞いてくる。
ルーベルトは顎に手を当て、少し考え込むように視線を落とした。
「そもそも、今回の睡眠薬事件の目的はセラフィナだと思うんだよね。」
「あ~なんとなく分かったわ。誘拐とかじゃねえの?」
「誘拐・・・?」
アリアが小さく息を呑んだ。
「可能性は高いと思う」
ルーベルトは淡々と続ける。
「夕飯に盛られた睡眠薬。即効性があって、致死性はない」
「てことは『私を安全に無力化して、連れ去るつもりだった』ってことかな?」
「多分ね」
「理由は恐らく・・・」
アリアが何か気づいた顔をしている。
でも、なかなか言い出せない様子をしていた。
「アリア。言いたいことがあったらはっきり言えばいい。外れてもいいからさ。」
俺は励ましのつもりでそう言った。
「・・・公爵家のご令嬢だからではないでしょうか?」
俺はそのまま理由を聞いた。
「じゃあ、理由を聞かせてほしいかな」
「えっと・・・理由はセラフィナ公爵令嬢を攫えばそこから巨額の身代金を要求できるから・・・」
セラフィナは一瞬だけ目を伏せ、すぐに肩をすくめた。
「そうだね。身代金目的なら、『気高き美の結晶』が二つ名である私を攫う価値は高いからね」
自分で言うのかよ・・・
「しかも、生きて連れ去る必要がある」
ルーベルトが補足する。
「だから致死性はなく、即効性のある睡眠薬。乱暴に攫うより、ずっとリスクが低い」
アリアは不安そうに両手を胸元で握った。
「で、でも・・・それなら、どうして三人まとめて・・・?」
「そこだ」
俺は視線を上げる。
「本来の標的はセラフィナだけ。でも、俺とルーベルトが一緒にいた」
「まあ、想定外の護衛が二人増えたってことかな」
セラフィナが苦笑する。
「だから全員まとめて眠らせる方向に切り替えた。・・・雑だけど、急ごしらえにしては上出来ね」
「ただし」
ルーベルトの声が、少しだけ低くなった。
「犯人は転移魔法を想定してなかった」
「だろうな」
俺は肩を鳴らす。
「普通、学生が咄嗟に転移魔法使えるわけないからな。今頃、誘拐犯たち俺らがいないって慌てふためいてるんだろうなw」
俺は冗談っぽく口にした。
「そうだねw」
「なんなら両手上げてぴょんぴょん跳ねてそうwww」
「ま、結果として、誘拐は失敗。代わりに・・・」
全員の視線が、アリアに向いた。
アリアはびくっと肩を跳ねさせた。
「わ、私・・・巻き込まれただけですよね?」
「そうだよ」
セラフィナは即答した。
「ただの偶然。ルーベルトが転移魔法を使った時、咄嗟だったから行き先を指定できなかった。だから学園内のどこかにランダムで飛ばされて、たまたまアリアの部屋だっただけ」
「そういうことです。ごめんね、アリア」
ルーベルトが申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いえ・・・無事で何よりです」
「でもさ」
俺は腕を組んだ。
「睡眠薬を盛った犯人、まだ分かってないんだよな」
「そうなんだよね・・・」
セラフィナが眉をひそめる。
「夕飯はセラフィナ専用の部屋に届けられたものだった。てことは、犯人は部屋に入れる人間か、配膳に関われる人間」
「清掃員、調理スタッフ、配膳係・・・」
ルーベルトが指を折る。
「それか、セラフィナの部屋に自由に出入りできる誰か」
「私の部屋に自由に出入りできるのは・・・家族と、一部の信頼できる使用人だけ。でも、彼らが私を誘拐する理由がない」
「となると、やっぱり清掃員か配膳関係者か」
「でも、それだけじゃ絞り込めない」
三人は顔を見合わせた。
「もう一つ問題がある」
俺は真剣な顔で二人を見た。
「この誘拐未遂事件と、魔物化事件。本当に無関係なのか?」
「・・・どういうこと?」
「同じ日に、同じ学園で、二つの大きな事件が起きた。偶然にしては出来すぎてる」
セラフィナが息を呑む。
「まさか・・・魔物化事件の調査を妨害するために、私を攫おうとした?」
「可能性はある。俺たち三人は、セプテム・ルクスが犯人かもしれないって推理してた。それを知られたくない誰かが、俺たちを黙らせようとした」
「でも、どうやって俺たちの推理を知ったんだ?」
ルーベルトが首を傾げる。
「盗聴・・・?」
アリアが小さく呟いた。
「盗聴・・・」
三人は顔を見合わせた。
「セラフィナの部屋に盗聴器が仕掛けられてたとしたら・・・」
「俺たちの会話は全部筒抜けだった」
「そして、セプテム・ルクスが犯人だって推理を聞いた誰かが、急いで俺たちを始末しようとした」
セラフィナが首を振る。
「魔物化事件の犯人がセプテム・ルクスの誰かだとして、その人物が私を誘拐しようとしたってこと?でも、セプテム・ルクスは昼間握手会をしてた。どうやって夕飯に睡眠薬を盛るんだ?」
「・・・協力者がいる、とか?」
「セプテム・ルクスと繋がってる誰かが、学園内にいる」
「学園の職員、生徒、もしくは・・・」
三人の思考が、同じ結論に辿り着こうとしていた。
「・・・とりあえず、今分かってることをまとめよう」
セラフィナが深呼吸をする。
「魔物化事件の犯人は、恐らくセプテム・ルクスの誰か。目的は悪魔を増やすこと」
「睡眠薬事件の犯人は不明。目的はセラフィナの誘拐。身代金目的か、それとも調査妨害か」
「二つの事件に関連がある可能性はあるが、確証はない」
「そして、どちらの犯人も、まだ特定できていない」
四人は重苦しい沈黙に包まれた。
「・・・そろそろ戻るか。誘拐犯を捕らえたいし」
「そうだね。じゃあ、アリアありがとう」
三人はアリアにお礼を言った後、部屋を後にした。




