取り調べ(1)
走ってきたのは校長だった。その後ろから続々と他の先生がやってくる。
「全員、無事か!」
「はい、何とか。それよりほかの生徒は?」
奥からルグが歩いて向かってきた。
「皆無事です。しかし、これは・・・」
「この騒動、クロカワの所に報告しないといけませんね」
「・・・何故、冒険者ギルド総帥に報告をしないといけないのですか?」
アリアが懐疑的な顔で俺とルグに対して質問をしてきた。
その質問に答えたのはルーベルトだった。
「ああ、理由は簡単だよ。情報規制を行うためさ」
「なぜ情報規制をする必要があるのですか?この事件を全て公開すれば・・・」
「この事件の問題は、人間が魔物に変化したことなんだよ。もしこれをそっくりそのまま公開したら町中パニックになるかもしれない」
「・・・」
「それに、もう一つある」
そう言って一歩前に出たのは校長だった。
いつもの軽薄そうな笑みは消え、珍しく真剣な表情をしている。
「原因不明という点が、何より厄介だ。リュート君はその理由が分かるだろ?」
校長は魔物が存在していた痕跡を見下ろす。
「・・・自然発生の魔物なら、まだ説明はつくね。だが今回は違う。人間が、意図的に、あるいは何者かの手によって変えられた可能性が高い」
「そうだ。そんなものを公表したら・・・」
「疑心暗鬼が広がるね。隣にいる人間が、いつ魔物になるか分からない、そういうパニックが起こるだろうさ」
アリアは唇を噛みしめ、視線を落とした。
「だからこそ、冒険者ギルドだ」
ルーベルトが淡々と続ける。
「クロカワ・・・冒険者ギルド総帥情報を止める力と、回す力の両方を持ってる。その力は騎士団や国王より上だ」
「下手に国王に通すと、政治の道具になる。騎士団は動きが遅い鈍間なんだ・・・」
校長が肩をすくめる。
「その点、冒険者ギルドは現場主義だ。裏で調査を回しつつ、表では偶発的な魔物出現として処理できるだろう」
遠くでは、まだ混乱から立ち直れない生徒たちの騒めきが聞こえる。
だが、この場にいる者たちは皆、理解していた。
これは大きな事件の前振りだということを・・・
「・・・分かりました」
アリアが顔を上げる。
「私は、今日見たことを軽々しく話すつもりはありません」
「助かるよ」
ルーベルトは少しだけ柔らかく微笑んだ。
「ただし」
校長が指を一本立てる。
「君はもう、無関係な一般生徒ではいられない」
「覚悟は、あるかい?」
アリアは一瞬だけ逡巡した。
だが、あの少女の変貌を思い出し、はっきりと頷く。
「・・・あります」
「よろしい」
校長は踵を返し、教師たちに指示を飛ばし始めた。
「現場封鎖。生徒には結界の暴走による事故として説明。魔力痕は私が処理する」
そう言い放った時、ルーベルトが手を挙げた。
「どうした?ルーベルト」
「あの、魔物に変貌してしまった少女の友人とか身内との関係とかは如何するのですか?」
「それは・・・もう、記憶忘却機に頼るしかないですね」
記憶忘却機?・・・名前だけで物騒な機械なのは伝わる。
でも、そうでもしないとこの事件を隠蔽することは不可能だからな。
これが必要な犠牲ってやつか・・・
「では改めて言う。このことは結界の暴走による事故として説明とする。いいな?」
「了解しました!」
その様子を見ながら、ルーベルトは俺に小声で話しかけた。
「なあ、クロカワさん、これ聞いたらどう動くと思う?」
「何も言わずに情報規制のためにすぐ動くと思うよ」
その言葉に、ルーベルトの背筋がわずかに冷えた。
空は相変わらず青く、昼休みの鐘がもうすぐ鳴る。
だが、この世界の裏側で、確実に歯車は回り始めていた。
—————次に変わるのは、誰なのか。
校長と教師陣の指示で、校門周辺は手早く封鎖された。
魔力痕の処理も終わり、あれほど騒がしかった空気は、嘘みたいに落ち着いていく。
だが、完全に元通りというわけにはいかなかった。
「全生徒に通達する!」
校長の声が魔法で学園全体に響き渡る。
「本日発生した魔物騒動を受け、本学園は本日および明日を臨時休校とする!」
一斉にどよめきが広がった。
「なお、生徒諸君は不要な外出を控え、速やかに寮へ戻るように!教員は巡回を強化する。以上だ!」
・・・休校か。
本来は学校で起こりうる素敵なハプニングなんだけど、あんなことが起きたから素直に喜べないな。
俺は軽く息を吐き、肩の力を抜いた。
正直、昼飯どころじゃなかったしな。
そのまま人の流れに紛れて歩いていると、見慣れた二人の姿が目に入った。
「おーい」
「・・・おお、無事やったか」
アランはほっとした顔で手を振り、ケルビは少し遅れて頭を下げてきた。
「怪我、してない?」
「見ての通り。昼飯も無傷だ」
「それはそれで腹立つな」
三人揃ったところで、周囲を見回す。
俺は二人と別れてこっそり食堂に向かい、一瞬にして昼飯の残りを平らげ、食器を片付けた。
その後、生徒たちは皆、教師に誘導されながら寮方向へと向かっていた。
「休校ってことは・・・」
「寮に戻るしかないやろな」
「だね。外出禁止っぽいし」
俺たちは自然と進路を合わせ、寮へ向かって歩き出した。
学園内の通路は、いつもより妙に静かだった。
さっきまでの熱気が嘘みたいで、逆に不気味ですらある。
「・・・なあ」
アランが、少し声を落として言う。
「さっきの魔物、普通じゃなかったやろ」
「まあな」
「人が魔物になるなんて話、聞いたことないし・・・」
ケルビが不安そうに呟く。
「大丈夫やろか、この学園・・・」
「さあな」
俺は肩をすくめた。
「でも、教師も冒険者ギルドも動いてる。放置はしないだろ」
そんなことを考えているうちに、男子寮が見えてきた。
「とりあえず、今日は大人しくしとくか」
「せやな。変に首突っ込んで怒られても損や」
「・・・部屋で何する?」
「寝る」
即答すると、二人は苦笑した。
寮の扉をくぐりながら、俺はふと空を見上げる。穏やかな青空。何事もなかったかのような昼下がり。
だが、確実に何かが動き出している。
そんな予感だけが、胸の奥に引っかかったままだった。
突然、寮部屋の扉をたたかれた。
「はいは~い。今開けますので少々お待ちを」
アランが寮部屋の扉を開けた。
そこには担任のルグがいた。
「リュート君は居ますか?」
「いますよ。ここに」
そう言い、俺はベットから手を振った。
「騎士団が取り調べを行いたいらしいので、起きてついて来てください」
「はいはい・・・」
俺は怠そうに起き上がり、ルグのもとに付いて廊下を歩き始めた。
昼間の騒ぎが嘘みたいに、寮の中は静まり返っていた。
所々に立つ教師や警備用の魔導具が、事態の深刻さを物語っている。
「・・・騎士団って、どこまで知ってるんですか?」
歩きながら、俺は小声で尋ねた。
「公式には結界魔法の暴走の事故までだ」
ルグは前を向いたまま答える。
「だが、君が現場にいた以上、形式だけでも事情聴取は必要になる」
「形式、ねぇ・・・」
要するに、探りを入れられるってわけだ。
廊下を抜け、学園の応接用会議室に入ると、そこには騎士団の制服を着た男女が二人いた。
一人は壮年の男、もう一人は記録係らしい若い女性だ。
「リュート・アルス君だね」
男が穏やかな口調で言う。
「怖がる必要はない。いくつか質問に答えてもらうだけだ」
「はいはい」
俺は適当に相槌を打ち、椅子に腰掛けた。
ルグは壁際に立ち、無言でこちらを見守っている。
「では確認する。君は魔物発生時、校門付近には――」
「いません。食堂で昼飯食ってました」
記録係のペンが走る。一々書く音が大きいから緊張するなぁ・・・
「魔物を直接見たかね?」
「遠目に、騒ぎだけ」
「戦闘には?」
「参加してません」
嘘ではない。
少なくとも、公式には。
騎士団の男は俺の目をじっと見つめた後、ふっと息を吐いた。
「・・・分かった。協力に感謝する」
引くのが早いな。
どうやら、これ以上踏み込むつもりはないらしい。
最初から答えは決まっていたのだろう。
「では最後に。今回の件について、学園外で話すことは?」
「しません」
「良い心掛けだ」
男は立ち上がり、軽く敬礼した。
「君たちは、守られている。だからこそ、守る側を信じてほしい」
守られてる、か。
会議室を出ると、ルグが小さくため息をついた。
「助かったな。深掘りされずに済んだ」
「裏で誰かが動いてる感じですか?」
「ああ」
ルグは一瞬だけ目を伏せた。
「冒険者ギルドだ。クロカワ殿が、すでに話を通している」
なるほど。
仕事が早すぎるな、あのジ〇ジ〇ラー・・・。




