国語科
何故、唐突にニッチをずらす自己紹介になったか。
理由は単純。国語の授業の中で一番書きやすかったからだ。
あっという間に魔法学の授業は終わり、二時間目の授業を受けるために教室に戻った。
次は国語。うん、普通の国語の授業だと思うよ。多分。
両隣のアランとケルビが話しかけてきた。
「なあ、この学園・・・教師のレベル高くないか?」
「高いね。」
「そうだよね・・・次の国語の先生もそうなのかな・・・」
「そうであってたまるか。」
俺たち三人はそのまま教室に戻っていった。
【エルンスト・グラーフ】
エルンストは授業中リュートをずっと警戒していた。それは何故か。リュートは一目見てエルンストが手練れな魔法使いであることを見抜いたのだ。エルンストは教室を出た後も、頭の片隅から一人の生徒の姿が消えずにいた。
リュート・アルス・・・魔力感知ができる生徒は珍しくない・・・が、読み取る場合は話が別だ。
あの瞬間、ほんの僅かだが、リュートの視線が一瞬にして変わった。力量を測る目。恐怖でも尊敬でもない、純粋な分析だ。
エルンストは無意識に口元を歪めた。
学園には才能ある生徒がよく集まるが、こういう目をする者はそう多くない。
エルンストは歩きながら、授業中の一瞬を思い返した。
「彼奴だけは、即座に理解していた・・・」
驚愕も動揺もなく、静かな納得だけだった。
恐らくリュートは戦場を知っている。それも、後方支援ではなく、おそらく前衛として・・・
魔法を使える剣士は珍しくない。だが魔法を警戒する剣士は、もっと少ない。
強すぎる力ではない・・・だが、伸び方を間違えれば確実に国が亡びるだろう。
「折るべきか、導くべきか・・・教師の仕事とは、いつも難しい」
エルンストは自嘲気味に息を吐いたのだった。
ふと、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
その写真には七人の少年少女が仲良くピースをしていた。そして、その顔は皆、今の人生を楽しんでいるような楽しそうな顔をしていた。
「お前ならどうするんだろうな・・・ヴァルド・・・」
その目は悲しく、儚げな目をしていた。
【リュート・アルス】
教室に入って暫く、別の若い男性の教師が入ってきた。
「初めましてねぇーー」
な~んか癖が強い先生だな。喋り方がなんか色々とすごい。でも、この人は魔力の流れを見るに非戦闘員の教師なのかな。
「自己紹介と行きたいんですが・・・ただただ普通の自己紹介をするのは詰まらないと思いまして・・・」
そう言うと、魔法で一枚の紙を送った。この人、一応民間魔法は扱えるんだな。その紙には『ニッチをずらす自己紹介』と書かれていた。
「その紙を見て、君たちはニッチをずらした自己紹介をしてほしいんだよね」
ニッチってニッチ市場やニッチビジネスとかに使われる言葉だよな?
一体何がしたいんだ?
「そもそもニッチと言う言葉自体聞いたことがない人、しょーじきに!手を挙げてください」
続々と手が挙がる。俺も手を挙げた。何を意味しているのか分からないからだ。
「あれら~結構手が挙がったね~」
一々変な言い方するなぁ・・・この人。
「では、ニッチとは何か?それはマニアックな趣味や情報のことを言いますそれを踏まえてそこに置いてある用紙に自己紹介を書いてほしいんです」
そう言われた後、一人の生徒が手を挙げた。アリアだ。
「質問があります」
アリア姿勢を崩さず、真っ直ぐ先生を見る。
「ニッチをずらすとは、具体的にどの程度ずらせばよろしいのでしょうか?趣味の話なのか、それとも思考や価値観まで含めた自己紹介なのか、基準が曖昧かと」
・・・おお、正論だなぁ。しかも丁寧で分かりやすいし、流石と言った所か。
先生は一瞬きょとんとした顔をした後、にんまりと笑った。
「いい質問だねぇ~。結論から言うと、どっちでもいいよ」
どっちでもいいんかい・・・
「大事なのはね、普通の自己紹介をしないこと。名前、出身、将来の夢・・・そういう定型から、どれだけ横にズレられるかを見たいんだ」
そう言いながら、黒板に大きく文字を書く。『国語とは、言葉で他人の認識をズラす学問』っと。
・・・なるほど。
癖は色々と強いが、言っていることは筋が通っているな。
「ちなみに評価基準は三つ!」
先生は指を一本ずつ立てた。
「一つ、意味が通じること。二つ、本人の言葉であること。三つ、聞いた人が引っかかること」
教室がざわついた。
これ、地味に難しくないか?
俺は配られた用紙を見下ろした。名前を書く欄すらない、真っ白な紙。
ニッチな自己紹介、ねぇ・・・
脳裏に浮かぶのは、『転生者です』『剣士です』『記憶封印されてます』――このワードは全部アウトだな。確実に。
ふと横を見ると、アランが頭を抱えていた。
「なんやこれ・・・自己紹介で頭使わせる授業とか聞いとらんばい・・・」
「国語だからな・・・」
ケルビはというと、真剣な顔でペンを持ち、すでに何かを書き始めていた。意外とこういうの、強いタイプかもしれんな。
俺は少し考えてから、ペンを走らせた。
書き終えた瞬間、先生の声が響いた。
「はい、時間は十分!ではランダムで何人か、前で読んでもらおうかな~」
・・・絶対来るな。そうに決まってる。こういう時の直感は、大体当たるんだよな。
先生が名簿を適当にめくり、指を止めた。
「じゃあまずリュート・アルス君」
ほら、知ってた。教室中の視線を浴びながら、俺は静かに立ち上がった。
国語の授業で前に出るのは、向こうの世界以来なため俺は少しだけだが緊張していた。
俺は一度深呼吸をして、用紙を読み上げた。
「・・・剣を振るより、魔法を観察している時間の方が長い剣士です」
一瞬の沈黙が流れた。不味かったか?
「ほぉ~・・・」
先生の声が、妙に低くなった。
「これまた、随分と引っかかる自己紹介だねぇ」
やめてくれ、その反応は。嫌な予感がぷんぷんする。
「じゃあ質問。どうして観察なんだい?」
・・・クソが、来やがったな。
俺は少しだけ考え、無難な答えを選ぶ。
「知らないものほど、怖いので」
先生はしばらく俺を見つめた後、満足そうに頷いた。
「うん、いい。非常に国語的だ。座ってよろしい」
助かった・・・のか?
俺は崩れるように椅子に座った。干からびそう・・・
ため息をついた。
「次は・・・アリアさん、お願いしようかな~」
彼女は驚いた様子もなく、椅子を引き、静かに立ち上がった。その背筋は常に真っ直ぐだった。
声を張るでもなく、しかし不思議とよく通る声で、用紙に目を落とす。
「・・・アリアです」
一拍置いて、彼女は続けた。
「私は、間違えないように話すことは得意です。でも、本音を話すのは少し苦手です。正しい言葉を選びすぎて、大事なことほど、後回しにしてしまいます」
アリアはそこで一度だけ顔を上げた。
視線は前方だが、誰とも目を一切合わせない。
「なので・・・ここでは、少しずつでも、正しさよりも伝わる言葉を使えるようになりたいです」
読み終え、深く一礼する。拍手はない、ざわつきもしない。ただただ、静かに残っただけだ。
先生はしばらく黙ったまま、アリアを見ていたが、やがて小さく頷いた。
「・・・非常にいいね」
黒板を指で叩きながら、言葉を選ぶ。
「言葉の精度が高い人ほど、伝える勇気が必要になる。今のは、かなり勇気のいる自己紹介だ」
アリアは小さく息を吐き、席に戻った。
隣でアランが、俺にだけ聞こえる声で呟く。
「・・・あれ、地味に強いやつやろ」
「間違いないね」
ケルビは何も言わなかったが、さっきよりも、アリアの方を気にしているようだった。
国語の授業・・・魔法よりも派手さはないが、確実に人の内側を削ってくる。
そんな授業が、静かに進んでいった。
授業が一通り進み、数人の自己紹介が終わった頃、先生はふいに教卓に腰を預けた。
それまでの軽い調子とは少し違い、教室を見渡す視線が落ち着く。
「さて・・・君たちばかり喋らせるのも、不公平かな」
そう言って、先生は指先で黒板を軽く叩いた。
「実はね、本来なら最初にやるべきだったんだけど・・・今の流れの方が、たぶん分かりやすい」
教室が静まった。
先生は一度咳払いをしてから、にやりと笑った。
「じゃあ、この私、国語科担当の『バルド・ニコラ』のニッチをずらした自己紹介をしよう。僕はね、言葉を使うのが仕事だけど、実は言葉をあまり信用していない」
一瞬、空気の流れが止まった。
「正確な言葉ほど、人を簡単に誤解させる。美しい文章ほど、都合よく現実を歪める。だから僕は、言葉そのものより」
バルドは自分の胸を指で軽く叩いた。
「言葉が使われる瞬間の人の顔を見ている」
バルドは深呼吸を行ってから続きを喋り始めた。
「国語の授業で何を評価しているかって?文法でも語彙でもないよ。君たちがどういう時に言葉を選ぶかだ」
バルドは肩をすくめた。
「言葉はね、思考の結果じゃない。大抵は、覚悟の残り香|だ」
教室のあちこちで、息を呑む気配がした。
俺も、無意識に背筋を正していた。
「だからこの授業では、上手く話せなくてもいい。賢く聞こえなくてもいい。ただし・・・自分の言葉で逃げないこと」
そう言ってから、いつもの軽い調子に戻った。
「以上!これが僕の自己紹介。どう?ちょっと引っかかった?」
俺を含めて、誰もすぐには答えられなかった。
でも、それでいいと言わんばかりに、バルドは満足そうに頷いた。
「じゃあ今日はここまで。次の授業までに、誰かの言葉に引っかかった瞬間を一つ覚えておいてね」
うん。この学園。やっぱり、教師のレベルがおかしい。




