あなたの為に
残酷なシーンがあります。
ぶっちゃけカニバリズムなシーンが。
そういう系が苦手な人は読まないようにしましょう。
【独白:私】
ある日、私は振られてしまった。
付き合ってくれと言ったのはあの人だった。
平均より重い体重がコンプレックスだった私に、それくらいが丁度いいと言ってくれた。
でも三年くらい付き合った頃から「デブったな」「太りすぎ」と言われ始め、次の月には別れ話を切り出された。
あの人と話しているのが好きだった。
あの人は美味しそうにスイーツを食べる私が好きだと言ってくれた。 食べるのが好きだった私は、あの人がそう言ってくれるのが本当に嬉しかった。
そんな事は、今のあの人にとって何の価値もないのだろうけど。
今あの人の隣りにいるのは、華奢な女の子。
あの頃に言っていた好みとはまるで違う女の子。
高校入学を機に一人暮らしをし始めた私は家族の目がないのをいい事に、夏休みを利用して過酷なダイエットを始めた。
私は痩せて、あの人を取り戻すんだ!
【目標達成:私・藤枝 小鳩】
その日、私の体重は目標を上回った。 いや、この場合は下回ったというべきなのか? 目標としていた体重を切り、つきあい始めた時よりもずっと細くなったのだ。
残念ながら夏休みを若干オーバーしてしまったが些細な事。
クリーニングした制服に袖を通し、その細さを実感する。
うわっ。 スカート緩い!
うわっ。 お気に入りの下着も緩い! 最近ジャージ&ださパンツばっかりだったから……。 あ~あ、ブラもスカスカに………。
仕方ないよね、脂肪のカタマリだもん。
久しぶりなせいか、少し重く感じるカバンを手に、ドアを開けるとまだまだ夏の日差し。 強いそれに少し目眩がするのを感じるけど、早く会いたいんだよ、ヒロくん。
私は強く足を踏み出した。
登校中、やたらと視線を感じるのは気のせい?
気のせいじゃなく、それだけ視線を集められるようになっていればいいのにな。
でも一気に体重を落としたからか、少し息が切れる。 幸い部屋から学校までは目と鼻の先。
もうすぐ。
もうすぐ会えるんだ、ヒロくん。
【遭遇:あの人・細井 宏敏】
何だか廊下が騒がしい?
意味ある言葉は聞こえないけど、やたらとざわついている気がする。
「何か、あったのか?」
最近つきあい始めた彼女 ――横澤 花恋に声を掛ける。
「何だろうね? 見に行こっか?」
彼女がそう言ったのとほぼ同時に教室のドアが開かれた。
途端、周囲を包み込む喧噪。 いや、これは悲鳴だ。
窓側後方に座っていた俺からはそこは見えない。
俺は直ぐさま立ち上がり、そこを見た。
そして、見なければよかったと後悔した。
そこにいたのは女子制服に身を包んだ、小柄なミイラがいたからだ。
そいつは立ち上がった俺を見て、不気味に笑って見せた。
「ぐっ…………」
ミイラじゃない。 まさか生きている人間、なのか?
そいつは少しふらつきながらこちらへ歩いてくる!?
「ヒロくん!」
くぐもった声が俺を呼ぶ。
そのせいか、周囲から人がいなくなった。 薄情な事に花恋もパッと逃げている。
俺とそいつを囲むように人の壁が出来上がる様子は罰ゲームにしか見えない。
「見てよ、頑張って痩せたんだよ!」
そいつはまるで「抱きしめて」と言わんばかりに両手を広げてみせる。
だが皺だらけで張りのない肌、骨すら浮き出る頬や手はミイラ以外の何者でもない。 俺は後退る。 ヤツはその分近づいてくる。 右へ左へふらふらしながら。
――というか、痩せた?
「……まさか、お前……小鳩なのか……?」
といっても外見では性別が解らないくらいの容貌だ。
髪は肩に掛かる程度あるのと、女子制服を着ているから辛うじて女子だと思えるくらいで、そうでなければ男とも女とも分からないだろう。
これがあの、ぽっちゃりしていた小鳩?
元の体型の半分……いや、三分の一くらいしか体積がないんじゃないのか?
その姿はまるでアンデッドモンスターだ。
「うん! 頑張ったよ。
ヒロくんと、またお付き合いしたいから……」
そう言いながら近づいてくる『小鳩』。
「……いや、お前とは……別れた、だろ?」
声が震える。
怖い! 怖い!
「私が太ったからって言ってたから、だから痩せたんだよ?」
痩せすぎだろっ!?
その言葉は口に出ない。 恐怖がツッコミなんて許さない。 ただ保身の為の言葉を口にさせる。
「……ち、近寄るな……!」
口が震える。
足にちからが入らない。
腰が抜けたその姿は何とも情けないに違いない。
「なんで……なんでそんな事を言うの……?」
また一歩、また一歩近づくそいつ。
「近寄るんじゃねえ! この化け物っ!!」
そう言った瞬間、彼女の顔が酷く歪んだのが解った。
【惨劇:俯瞰】
「なんで……なんでそんな事を言うの……?」
その拒絶の声は彼女を傷つけた。
彼女の、ある意味一方的な思いだったとは言え、その想いを傷つけ、彼女の『堅い意思』を揺るがした。
「近寄るんじゃねえ! この化け物っ!!」
その時、彼女の顔に浮かんだのは恐ろしいまでの絶望と、解放された本能の歓喜。
彼女の意思によって極限まで抑えられていた本能が、その一言で緩み、弾けてしまったのだ。
そんな本能は小鳩の身体を限界まで稼働させた。
「――がっ……!?」
鮮血。
悲鳴。
逃げ惑う生徒達。
「あは……、おいしい……おいしいよ、ヒロくん……」
少年の首筋に噛みつき、その肉を咀嚼すると、小鳩は涙を流しながら嚥下した。
その血を啜り、また噛みつき、本能 ――抑えていた食欲のまま、目の前の肉を喰らう。
その双眸から涙を流しながら。
微笑むように、嘆くように。
「おいしい……ヒロくん…………」
だが元より死の寸前の、限界を超えた肉体である。 それを鞭打ち稼働させて、無事でいられる訳もなかった。
「…………あれ……体が……動かな……いよ……」
彼女はそのまま彼に倒れ込み、息絶えた。
死因は餓死だった。
たぶん、結構な人は小鳩の痩せすぎには気づいたかと思います。
ありきたりですしね。
でも、思いついたら形にしたくなってしまったんです。